屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
117 / 275
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

三章-5

しおりを挟む

   5

 瑠胡の屋敷は瓦屋根をもつ、石造りの建物だった。二階建てで、横幅は三〇マーロン(約三七メートル五〇センチ)ほどもある。
 金属製の扉のある玄関を中心に、窓が左右に三つずつ並んでいる。一人で住むには、かなり大きな屋敷だろう。
 瑠胡の部屋は、二階に上がる階段の真正面にある。
 ランドの家に持ち込んでいるため、家具は畳と呼ばれる床に、棚が一つ置いてあるだけだ。あとは布団と呼ばれる寝具が二つあるが――これは瑠胡の私物ではなく、帰郷した瑠胡とセラのために用意されたものだ。
 下駄を脱いで畳の上に座る瑠胡は、ずっと浮かない顔をしている。同じ部屋に通されたセラは、瑠胡の横に腰を落ち着けた。


「瑠胡姫様、質問をしても宜しいでしょうか。どうして、真実を話しては頂けなかったのですか? いえ、わたしは構いませんが……せめて、ランドには」


「……神の御子神と知られてみよ。ランドは妾への恋慕など、絶対に口にせぬだろう。そのようなこと、妾には耐えきれぬ」


「神の子でも……ですか?」


「神の子とて、耐えきれぬ感情はある」


 返答はするが、瑠胡は顔を伏したままだ。セラは次の言葉に迷いながら、ランドが案内された部屋の方角へと目を向けた。
 廊下の突き当たりにあるその部屋の前には、ランドを案内した女官が立ち続けている。
 どうやらランドが己の選択について考えるのを、瑠胡が邪魔をしないよう見張っているようだ。
 瑠胡は膝の腕で組んだ両手を、モジモジと動かしている。ランドがどんな選択をするのか、不安で仕方が無いのだと――セラは表情から、そう読み取った。


「やはり腰をすえて、ランドと話し合うべきかと存じます」


「だが……どのような話をすれば良い? ランドは神になど興味はなかろう。そのような欲求は、かなり薄いように見える」


「そうでしょうね。それでも……今からでも、話をするべきです」


「そなたは――」


 瑠胡は僅かに顔を上げると、横目にセラを見た。


「なぜ、そこまで妾を気遣う? ランドが妾から離れれば、そなたが……つがいとなろう」


「かも、しれません。ですが、最初から申しておりますように、お二人の邪魔をする意志は、わたくしには御座いません。お二人の仲を取り持つのが、わたくしの役目だと心得ておりますよ」


 セラは立ち上がると、瑠胡に手を差し出した。


「ランドのところに、行きましょう。そして、二人で納得のいくまで、話をなさって下さい」


「セラ――」


 瑠胡は躊躇いながら、セラの手を取った。
 ゆっくりと立ち上がった瑠胡から手を離すと、セラは部屋の扉を開けた。


「さあ、ランドのところへ」


「……わかった。妾とて、このまま終わらせる気など、毛頭ない」


 ようやく目に光が戻った瑠胡に、セラは僅かに微笑んだ。


「それでは、ともに参りましょう」


 セラのあとを追うように、瑠胡も自室から出た。

   *

 女官に案内された部屋は、来客用だったのか……それとも別の用途があるのか、俺にはわからない。
 畳という、なにかの植物を編んだ床が敷き詰められた部屋は、土足が禁止ということで、ブーツは脱いで上がっている。普段なら、慣れないことへの違和感で落ち着かないんだろうけど……今の俺は、そんなことよりも瑠胡のことで頭が一杯だった。
 竜神の子、神の末裔。そして跡取りとなった以上、ゆくゆくは竜神となる存在。
 つがい――俺たちはまだ、正式に夫婦ってわけじゃない。
 だけど……麟玉王妃が言うには瑠胡と結ばれるために、俺は瑠胡たちと同じ天竜族にならなくてはいけない。
 それは人間であること――親や妹、そして今まで出会ってきた人々との絆を、捨てるということだ。
 俺は、神になりたいわけじゃない。
 向いてない、柄じゃない、そして興味がない。それに、人間としての生活を捨てるなんて、俺には無理だ。
 メイオール村に戻って、前のように生きる。それが俺が俺のままで生きるためには、最良の選択なんだろう。
 このまま村に戻ってからの生活――それを考えていると、部屋の扉が静かに開かれた。
 扉から入って来た人影に、俺は目を逸らしたい衝動に駆られた。


「セラ……それに、瑠胡」


「ランド――」


 互いの名を呼び合ってから、部屋の中に再び沈黙が降りた。
 ブーツを脱いだセラが畳に上がりながら、瑠胡に手を差し出していた。


「瑠胡姫様、話し合いをしに来たのですから。ランドも、いいな?」


「話し合い――?」


 怪訝な顔をしていると、畳の上に上がってきた瑠胡が俺の前に腰を降ろした。


「ランド、今更……と思うかもしれませんが、すべてをお話致します」


 そう前置きをして、瑠胡は話を始めた。長い――天竜族が龍神と呼ばれる、さらに上位の神の眷属であること。そして東の海や河を護りつつ、同族であるドラゴンの衰退に気を揉んでいたこと。
 そして、瑠胡の目的――。


「……ドラゴンの衰退を止めるため……他の種の血を混ぜる? なら、俺じゃなくたって」


「いいえ。強き者の血で無ければ意味がありません。少なくとも、わたくしに勝てる強さを持つ者でなければ。でも、あのとき――ランドに負け、そして命を助けられてからは、それも二の次になりました」


「二の次?」


「はい。あなたに……選ばれたいと、そればかりを願っていました。それだけは――どうか信じて下さい」


「そんな、とってつけたような――」


「いや、ランド。メイオール村で暮らし始めた当初から、瑠胡姫様の想いは変わっていない。わたしは直接、話を聞いたからな。間違いはない」


 セラの発言に、俺は目を丸くした。
 俺だけ蚊帳の外だったのか――と思うよりも先に、瑠胡とセラが親しげなときがあったことを思い出していた。
 色々な思い――文句や愚痴も含めて――が頭の中で交錯する中、俺は一番冷静な言葉を探し当てた。


「その気持ちは嬉しいです。でも――俺は、神にはなれません」


「そ――」


 絶句した瑠胡の顔は、まるで世界の終末を目の当たりにしたようだった。手が、小刻みに振るえているのが見える。
 俺に近寄ろうと立ち上がろうとする気配はあったが、力が入らないのか、結局は四つん這いのような格好で、近寄って来た。


「ランド、そんなこと言わないで下さい。わたしを――拒絶しないで」


「瑠胡を拒絶したわけじゃないです。ただ神の一族には、なるつもりがない。それだけなんですよ」


 俺は瑠胡の顔から目を逸らしながら、拳を固く握った。


「瑠胡――瑠胡姫様が神の末裔だって知っていたら、俺は好意を伝えなかったでしょう。俺に、その役割は重すぎる。さっきまで、ずっと村に戻って、元の生活をすることを考えてました。でも――」


「なんで……そんなこと、言わないでっ!!」


 恐らく――俺の前では初めてのことかもしれない。俺の言葉を遮り、感情を剥き出しにして叫んだ瑠胡は、俺の両肩を掴んできた。


「切っ掛けは――わたしにとって、すべての切っ掛けはランド――あなたなんです。わたしの心の中を掻き乱し、こんなにも強い欲求を抱かせたのは、あなたなのに! わたしを……今更、わたしを独りにしないで」


 瑠胡の瞳からは、涙があふれていた。
 まだなにか言おうと、口を開きかけた瑠胡を手で制してから、俺は瑠胡の瞳に目を向けた。


「まだ、話は終わってなくて。神になるのは、俺にとって重すぎる。でも――村で元の生活に戻ろうと、何度も考え続けました。でも……どうしても、その中に瑠胡の姿が出てくるんです」


 そう告げながら、俺は瑠胡の肩に頭を預けた。


「もう、頭の中はぐちゃぐちゃですよ。俺は……どうすればいいんでしょうね」


「ランド……ごめんなさい。まさか、兄上が父上の後継になるのを断っていたなんて。わたくしは前にも話したように、あなたと下界で暮らすつもりでしたのに」


「お兄さんは、なんで断ったんでしょうね」


 どうして急に、後継を断ったんだろう? 
 面倒だって言ってたけど、それがすべての理由じゃ無い気がする。
 そんなことが、ふと頭に思い浮かんだ俺は、瑠胡の肩から頭を上げた。俺はまだ、与二亜という瑠胡の兄の真意を、なにも知らない。
 ふと見れば、似たようなことを思ったのか、瑠胡も似たような顔をしていた。


「……兄上の真意を知りたいです。そして、できることなら」


「説得をしてみたいです。瑠胡のお兄さんが後継になれば――」


「はい。問題はなくなります」


 俺と瑠胡は、しばらく見つめ合ったあと、ほぼ同時に立ち上がった。
 横で見ていたセラは、苦笑をしながら俺たちを交互に見た。


「二人とも、なにをするか決めたようですね」


「まあな」


「セラ、妾たちは兄上のところへ行く。御主も来るが良い」


 それからすぐに、俺たちは瑠胡の屋敷を出た。
 玄関から少し進んだところで、白い衣に赤い……袴という衣類を着た少女と出くわした。


「瑠胡姫様っ!? そんな、泣き腫らした顔で、どこへ行かれるのですか!」


「おお、紀伊か。丁度良いところに。兄上がどこにおるか、知らぬか?」


「与二亜様でしたら、お屋敷に戻られました」


「そうか。かたじけない」


 紀伊という女性に礼を述べた瑠胡が、俺に目配せをした。
 どうやら、屋敷まで案内をするってことみたいだ。俺は無言で頷き返すと、セラと一緒に先を歩く瑠胡のあとをついて歩き出した。
 なにもせずに、ただ運命に翻弄されるなんて御免だ。乗り越えられない壁が立ちはだかるなら、ぶっ壊してやろうなじゃいか。
 与二亜を必ず説得してみせる――そんな闘志が、俺と瑠胡に満ち始めていた。
 そんなとき、後ろから足音が聞こえてきた。


「瑠胡姫様? 姫様! ちょっと――待って下さい!」


 背後を振り返ると、俺たちのあとを追いかけてくる紀伊の姿が見えた。
 四人となった俺たちは、一〇〇マーロン以上も離れた場所にある、与二亜の屋敷へと向かった。

-------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

実のところ、かなり似たものカップルですよね、な回です。

特に障害を乗り越えるんじゃなく、まずは正面突破をしようとするところ。

余談ですが、中の人の場合、障害は迂回したくなるタイプです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

処理中です...