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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
三章-4
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4
ランドと瑠胡が神界に到着する少し前。王城の謁見の広間にいた安仁羅の元に、紀伊を含めた三名の神祇官がやってきた。
白い衣にそれぞれ色違いの袴を穿いた三人の神祇官は、安仁羅に一礼した。
「安仁羅様へ、三柱から謁見の申し出が来ております」
「ふむ……それは応じねばなるまい。宜しく頼む」
「はい」
中央にいた初老の神祇官が恭しく返事を返すと、紀伊たち三名の神祇官は、以前に瑠胡が神器に対して使った祝詞を唱え始めた。
やがて、三名の神祇官から光が立ちのぼり、それぞれに違う姿を形作っていく。
一つは、ワームの様な身体を持った、頭部に二対の角があるドラゴン族――いや、龍族である。虹色の鱗に三本指の前足、右の前足には宝玉を掴んでいた。
真ん中の――紀伊から現れている影は、銀髪の女性の姿をしていた。白い衣に身を包み、縦に細長い瞳孔を持つ金色の瞳と耳は、猫を思わせる。
安仁羅から見て一番左は、穏やかな表情を湛えた青年の姿だ。頭の後ろで束ねた頭髪は黒く、瞳には慈愛の色が浮かんでいた。
安仁羅は玉座から立ち上がると、その場で跪いた。
「龍神・恒河様、アムラダ様、そしてマハヴィロチャナ様。この度は、この竜神・安仁羅に、どのような御用件でしょうか?」
安仁羅の声に応じたのは、龍族である龍神・恒河だ。
「安仁羅よ……まずは、そなたの愛娘、瑠胡につがいができたこと、まことに喜ばしい」
「有り難き御言葉にございます。ただ、瑠胡とランド・コールという人族は、まだ子作りまでしてはおらぬようです。つがいというには、まだ早いでしょう」
安仁羅の返答に、三柱は誰も言葉を返さなかった。
この不気味な沈黙に対して、流石の安仁羅も怪訝な顔を隠せなかった。三柱を順に見回したあと、僅かに眉をひそめた。
「如何なされましたか?」
「ここからは、わたくしから話をしましょう」
穏やかな声のマハヴィロチャナは、慈愛に満ちた表情を安仁羅に向けた。しかし、その目に僅かな哀しみを見て取り、安仁羅は大きく息を吸った。
「まさか……瑠胡と、そのつがいになにか?」
「瑠胡姫には、問題はありません。ランド・コールに対して、我らは一つの決定を下すことになるでしょう。今はまだ、そのときではありませんが……すべては明日、決まります」
「明日……彼は瑠胡に相応しくないと、そう仰有るのでしょうか」
安仁羅の問いに、マハヴィロチャナは鷹揚に首を横に振った。
「いいえ。瑠胡姫とランド・コールは互いに愛し合っています。その一点については、なにも問題はありません。問題は、ランド・コールそのものにあるのです。そのときが来たら、再び我らは姿を見せることになるでしょう。そしてランド・コールには……」
言葉を切ったマハヴィロチャナの表情に、初めて苦悩の色が滲んだ。
「ランド・コールには、人としての生を終えて貰うことになるでしょう」
途端、安仁羅は顔を歪ませた。
シンと静まり返った謁見の広間に、瑠胡の帰還を告げる配下の者たちの声が、普段よりも大きく聞こえてくる気がした。
*
与二亜が案内をする天竜族の王城は、構造だけみれば予想外に簡素な造りだった。
天竜族の王である王妃や王妃の麟玉と謁見するための広間、王と王妃の部屋、そして配下の者たちの待機所――その中には瑠胡や与二亜のための部屋もある――くらいしかない。
食事を作るのは食房という施設が王城の横に備わっているし、神祇官がいる神社――教会みたいなものだと思う――も見える。
天井や壁の無い王城の階段を下っている途中、木々に囲まれ、丸太を二本の柱と横向きの二本とを組み合わせた形状の、鳥居という門が見えた。
「ここは攻め込まれることがありませんし、雨風もないですから。天井や壁は個室を除いては、ほとんどありません。わたくしや瑠胡は、あの道の向こうにある屋敷に住んでおります。沙羅たちが住む侍従房も、道の向こう側ですね」
そんな説明をする与二亜が指を向ける方角には、王城から伸びている四本の道が見えていた。
道の向かって右側……東西南北がわからないから、あえて右って言い方をするけど、そこには石が敷かれた大きな広場が見える。幾つか石柱のようなものも見えるけど、目的が見当がつかない。
そんな俺の視線に気付いたのか、与二亜は指先を広場へと向けた。
「あの場所は、様々な用途で使われます。石柱は――あなたがたに理解しやすい言葉で言えば、ある種の魔術が施されて、広場を維持し続けております」
「広場の維持……ですか?」
「はい。魔術の修練にも使われますから」
与二亜の返答で、俺はすべてを納得した。
竜語魔術にある攻撃用魔術の修練を行えば、その被害は甚大だ。あの石柱は、それらの被害を最小限に抑える、または修復のためのもの――なんだろうな。
階段を下り終えたとき、目の前にかなり艶やかな着物姿の女性が、俺たちを待っていた。
二名の女官を引き連れた女性を見ると、瑠胡が息を呑んだ。
「……母上」
「久しぶりですね、瑠胡。息災なようで、なにより。それで……そちらが、つがいのかたですね?」
瑠胡の母――王妃に視線を向けられ、俺はできうる限り礼儀正しく腰を折った。
「お初にお目にかかります。ランド・コールと申します」
「ええ。お噂は、かねがね承っておりましたわ。わたくしは麟玉。瑠胡の母です。瑠胡がお世話になったようで、感謝しております」
「いえ。瑠胡……姫様と過ごす日々は、わたくしにとってもかけがえのないものです」
麟玉王妃に答えながら、俺は背中のほうで、こそばゆさを感じていた。
なんかもう……我ながら、歯が浮きそう。
これで挨拶と自己紹介は終わりか――と思ったけど、麟玉王妃は俺の後ろへと目を移した。
「そちらの女性は、どなたかしら?」
「セラと申します。わたくしは……瑠胡姫様に同行を許可され――」
「ランドの第二夫人候補です、母上。妾が許可致しました」
緊張から、やや遠回しな返答をしかけたセラに代わり、瑠胡が答えた。
第二夫人という言い方が正しいかどうか、俺には決定権はない気がする。それに、麟玉王妃の反応も気になる。
第二夫人候補を引き連れて来た――いや、俺もまだ、戸惑ってるんだけど――という状況に、激怒されるのではないか。
しかし、そんな俺の懸念を余所に、麟玉王妃は少し目を丸くしただけだ。
「まあ……ランド殿は、女性に人気なのですね」
「いえ、そういうわけでは……」
「そんなに謙遜せずともよいではありませんか。そんな御方が、瑠胡と一緒に住んでいた――あら? でも瑠胡に、食事の準備などできたのですか?」
「食事などは、わたくしがお世話を致しておりました」
俺が答えると、麟玉王妃の目が益々丸くなった。
「あなたがお料理をしたり、お風呂などの世話をして下さった? つまりこれは……優良物件ってことですね。なんてすばらしい」
麟玉王妃が、俺を褒めているのか判断に迷ってしまった。
褒めているんだろうけど時折、言葉の意味が掴めない。困惑の色を濃くした俺に、麟玉王妃はパタパタと右手を振った。
「あら、いけない。そんなに真剣に悩まず、もっと気楽に構えて下さいな」
「母上、ご自重下さい」
瑠胡に窘められ、麟玉王妃は苦笑した。
「ごめんなさいね。わたくしは元々、ただの村娘でしたから。時折、こうして力を抜いてしまうのです」
「まさか……麟玉王妃様は、元々人間でいらっしゃったのでしょうか?」
「ええ、その通りです。今は、そこの瑠胡と同じ、天竜族と成りましたが」
そう言って、麟玉王妃は首筋からドラゴンの翼を広げてみせた。驚く俺に微笑むと、翼を収めてから小さく頷いた。
「不安はあるでしょうが、わたくしも神の妃として昇華できたのです。あなたも瑠胡の伴侶として、神の一柱へ昇華できるでしょう」
「え? あの――」
麟玉王妃の言葉は、俺にとって寝耳に水だった。
神とか、昇華とか――今まで、瑠胡から聞いたことがない。驚きとか遙かに通り過ぎ、絶句していた俺とセラの横で、瑠胡がなにかを言おうとした。
しかし、その前に表情を険しくした麟玉王妃が、口を開いた。
「――瑠胡? わたくしはあなたに、すべてを伝えておきなさいと、そう申した筈です」
「ですが……母上。妾は父上の跡目を継ぐつもりは、ありませんでした。ですから、そこまでのことは――」
「瑠胡、それは言い訳にしか過ぎません。ランド殿、娘が説明を怠ったこと、誠に申し訳ございません。わたくしたちは、東の河海を治める、竜神・安仁羅の妃、そして御子神なのです。安仁羅様の後継となる瑠胡のつがいとなる以上、あなたにも我々と同じ、天竜族へ昇華せねばなりません」
「それって、俺がドラゴンになるということですか?」
「ドラゴン……ではありません。竜神の一柱です」
竜神になる――ということは、人間を捨てるということか?
まだ理解が追いつかないけど、きっとそんな意味だと思う。瑠胡を振り返ったけど、辛そうな顔で麟玉王妃を見つめていた。
そんな瑠胡と目を合わせてから、麟玉王妃は俺へと向き直った。
「……少々、時間が必要でしょう。これからのこと、瑠胡のこと――ランド殿には、考える必要があるでしょう。瑠胡の屋敷に部屋を御用意いたします。そこで今宵一晩、しっかりと考えて下さい。瑠胡――話し合い以外で、ランド殿の邪魔することは許しません」
麟玉王妃は控えていた女官に指示を出すと、俺と瑠胡たちを別々に、屋敷へと案内させた。
考える時間――いや、先になんで黙っていたか訊きたい気持ちもある。
女官の後ろを歩きながら、俺は後方にいる瑠胡を振り返ったけど……その姿は、女官に遮られて見ることができなかった。
--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、 誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
安仁羅と麟玉の馴れ初めは、大神神社の大物主神の伝承を参考にしています。
まあ、あちらはもうちょっと……ごみょごみょ的な内容ですが。
基本、こうした伝承には「うちの娘は、神の子を産んだ。だから、うちは神の家系だ。おまえたちはへつらえよ」という裏があるような気がします。
これは日本だけでなく、西洋でも「うちの先祖は聖人だ」と言う貴族が多かったことから、世界的なものでしょうね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
ランドと瑠胡が神界に到着する少し前。王城の謁見の広間にいた安仁羅の元に、紀伊を含めた三名の神祇官がやってきた。
白い衣にそれぞれ色違いの袴を穿いた三人の神祇官は、安仁羅に一礼した。
「安仁羅様へ、三柱から謁見の申し出が来ております」
「ふむ……それは応じねばなるまい。宜しく頼む」
「はい」
中央にいた初老の神祇官が恭しく返事を返すと、紀伊たち三名の神祇官は、以前に瑠胡が神器に対して使った祝詞を唱え始めた。
やがて、三名の神祇官から光が立ちのぼり、それぞれに違う姿を形作っていく。
一つは、ワームの様な身体を持った、頭部に二対の角があるドラゴン族――いや、龍族である。虹色の鱗に三本指の前足、右の前足には宝玉を掴んでいた。
真ん中の――紀伊から現れている影は、銀髪の女性の姿をしていた。白い衣に身を包み、縦に細長い瞳孔を持つ金色の瞳と耳は、猫を思わせる。
安仁羅から見て一番左は、穏やかな表情を湛えた青年の姿だ。頭の後ろで束ねた頭髪は黒く、瞳には慈愛の色が浮かんでいた。
安仁羅は玉座から立ち上がると、その場で跪いた。
「龍神・恒河様、アムラダ様、そしてマハヴィロチャナ様。この度は、この竜神・安仁羅に、どのような御用件でしょうか?」
安仁羅の声に応じたのは、龍族である龍神・恒河だ。
「安仁羅よ……まずは、そなたの愛娘、瑠胡につがいができたこと、まことに喜ばしい」
「有り難き御言葉にございます。ただ、瑠胡とランド・コールという人族は、まだ子作りまでしてはおらぬようです。つがいというには、まだ早いでしょう」
安仁羅の返答に、三柱は誰も言葉を返さなかった。
この不気味な沈黙に対して、流石の安仁羅も怪訝な顔を隠せなかった。三柱を順に見回したあと、僅かに眉をひそめた。
「如何なされましたか?」
「ここからは、わたくしから話をしましょう」
穏やかな声のマハヴィロチャナは、慈愛に満ちた表情を安仁羅に向けた。しかし、その目に僅かな哀しみを見て取り、安仁羅は大きく息を吸った。
「まさか……瑠胡と、そのつがいになにか?」
「瑠胡姫には、問題はありません。ランド・コールに対して、我らは一つの決定を下すことになるでしょう。今はまだ、そのときではありませんが……すべては明日、決まります」
「明日……彼は瑠胡に相応しくないと、そう仰有るのでしょうか」
安仁羅の問いに、マハヴィロチャナは鷹揚に首を横に振った。
「いいえ。瑠胡姫とランド・コールは互いに愛し合っています。その一点については、なにも問題はありません。問題は、ランド・コールそのものにあるのです。そのときが来たら、再び我らは姿を見せることになるでしょう。そしてランド・コールには……」
言葉を切ったマハヴィロチャナの表情に、初めて苦悩の色が滲んだ。
「ランド・コールには、人としての生を終えて貰うことになるでしょう」
途端、安仁羅は顔を歪ませた。
シンと静まり返った謁見の広間に、瑠胡の帰還を告げる配下の者たちの声が、普段よりも大きく聞こえてくる気がした。
*
与二亜が案内をする天竜族の王城は、構造だけみれば予想外に簡素な造りだった。
天竜族の王である王妃や王妃の麟玉と謁見するための広間、王と王妃の部屋、そして配下の者たちの待機所――その中には瑠胡や与二亜のための部屋もある――くらいしかない。
食事を作るのは食房という施設が王城の横に備わっているし、神祇官がいる神社――教会みたいなものだと思う――も見える。
天井や壁の無い王城の階段を下っている途中、木々に囲まれ、丸太を二本の柱と横向きの二本とを組み合わせた形状の、鳥居という門が見えた。
「ここは攻め込まれることがありませんし、雨風もないですから。天井や壁は個室を除いては、ほとんどありません。わたくしや瑠胡は、あの道の向こうにある屋敷に住んでおります。沙羅たちが住む侍従房も、道の向こう側ですね」
そんな説明をする与二亜が指を向ける方角には、王城から伸びている四本の道が見えていた。
道の向かって右側……東西南北がわからないから、あえて右って言い方をするけど、そこには石が敷かれた大きな広場が見える。幾つか石柱のようなものも見えるけど、目的が見当がつかない。
そんな俺の視線に気付いたのか、与二亜は指先を広場へと向けた。
「あの場所は、様々な用途で使われます。石柱は――あなたがたに理解しやすい言葉で言えば、ある種の魔術が施されて、広場を維持し続けております」
「広場の維持……ですか?」
「はい。魔術の修練にも使われますから」
与二亜の返答で、俺はすべてを納得した。
竜語魔術にある攻撃用魔術の修練を行えば、その被害は甚大だ。あの石柱は、それらの被害を最小限に抑える、または修復のためのもの――なんだろうな。
階段を下り終えたとき、目の前にかなり艶やかな着物姿の女性が、俺たちを待っていた。
二名の女官を引き連れた女性を見ると、瑠胡が息を呑んだ。
「……母上」
「久しぶりですね、瑠胡。息災なようで、なにより。それで……そちらが、つがいのかたですね?」
瑠胡の母――王妃に視線を向けられ、俺はできうる限り礼儀正しく腰を折った。
「お初にお目にかかります。ランド・コールと申します」
「ええ。お噂は、かねがね承っておりましたわ。わたくしは麟玉。瑠胡の母です。瑠胡がお世話になったようで、感謝しております」
「いえ。瑠胡……姫様と過ごす日々は、わたくしにとってもかけがえのないものです」
麟玉王妃に答えながら、俺は背中のほうで、こそばゆさを感じていた。
なんかもう……我ながら、歯が浮きそう。
これで挨拶と自己紹介は終わりか――と思ったけど、麟玉王妃は俺の後ろへと目を移した。
「そちらの女性は、どなたかしら?」
「セラと申します。わたくしは……瑠胡姫様に同行を許可され――」
「ランドの第二夫人候補です、母上。妾が許可致しました」
緊張から、やや遠回しな返答をしかけたセラに代わり、瑠胡が答えた。
第二夫人という言い方が正しいかどうか、俺には決定権はない気がする。それに、麟玉王妃の反応も気になる。
第二夫人候補を引き連れて来た――いや、俺もまだ、戸惑ってるんだけど――という状況に、激怒されるのではないか。
しかし、そんな俺の懸念を余所に、麟玉王妃は少し目を丸くしただけだ。
「まあ……ランド殿は、女性に人気なのですね」
「いえ、そういうわけでは……」
「そんなに謙遜せずともよいではありませんか。そんな御方が、瑠胡と一緒に住んでいた――あら? でも瑠胡に、食事の準備などできたのですか?」
「食事などは、わたくしがお世話を致しておりました」
俺が答えると、麟玉王妃の目が益々丸くなった。
「あなたがお料理をしたり、お風呂などの世話をして下さった? つまりこれは……優良物件ってことですね。なんてすばらしい」
麟玉王妃が、俺を褒めているのか判断に迷ってしまった。
褒めているんだろうけど時折、言葉の意味が掴めない。困惑の色を濃くした俺に、麟玉王妃はパタパタと右手を振った。
「あら、いけない。そんなに真剣に悩まず、もっと気楽に構えて下さいな」
「母上、ご自重下さい」
瑠胡に窘められ、麟玉王妃は苦笑した。
「ごめんなさいね。わたくしは元々、ただの村娘でしたから。時折、こうして力を抜いてしまうのです」
「まさか……麟玉王妃様は、元々人間でいらっしゃったのでしょうか?」
「ええ、その通りです。今は、そこの瑠胡と同じ、天竜族と成りましたが」
そう言って、麟玉王妃は首筋からドラゴンの翼を広げてみせた。驚く俺に微笑むと、翼を収めてから小さく頷いた。
「不安はあるでしょうが、わたくしも神の妃として昇華できたのです。あなたも瑠胡の伴侶として、神の一柱へ昇華できるでしょう」
「え? あの――」
麟玉王妃の言葉は、俺にとって寝耳に水だった。
神とか、昇華とか――今まで、瑠胡から聞いたことがない。驚きとか遙かに通り過ぎ、絶句していた俺とセラの横で、瑠胡がなにかを言おうとした。
しかし、その前に表情を険しくした麟玉王妃が、口を開いた。
「――瑠胡? わたくしはあなたに、すべてを伝えておきなさいと、そう申した筈です」
「ですが……母上。妾は父上の跡目を継ぐつもりは、ありませんでした。ですから、そこまでのことは――」
「瑠胡、それは言い訳にしか過ぎません。ランド殿、娘が説明を怠ったこと、誠に申し訳ございません。わたくしたちは、東の河海を治める、竜神・安仁羅の妃、そして御子神なのです。安仁羅様の後継となる瑠胡のつがいとなる以上、あなたにも我々と同じ、天竜族へ昇華せねばなりません」
「それって、俺がドラゴンになるということですか?」
「ドラゴン……ではありません。竜神の一柱です」
竜神になる――ということは、人間を捨てるということか?
まだ理解が追いつかないけど、きっとそんな意味だと思う。瑠胡を振り返ったけど、辛そうな顔で麟玉王妃を見つめていた。
そんな瑠胡と目を合わせてから、麟玉王妃は俺へと向き直った。
「……少々、時間が必要でしょう。これからのこと、瑠胡のこと――ランド殿には、考える必要があるでしょう。瑠胡の屋敷に部屋を御用意いたします。そこで今宵一晩、しっかりと考えて下さい。瑠胡――話し合い以外で、ランド殿の邪魔することは許しません」
麟玉王妃は控えていた女官に指示を出すと、俺と瑠胡たちを別々に、屋敷へと案内させた。
考える時間――いや、先になんで黙っていたか訊きたい気持ちもある。
女官の後ろを歩きながら、俺は後方にいる瑠胡を振り返ったけど……その姿は、女官に遮られて見ることができなかった。
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本作を読んで頂き、 誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
安仁羅と麟玉の馴れ初めは、大神神社の大物主神の伝承を参考にしています。
まあ、あちらはもうちょっと……ごみょごみょ的な内容ですが。
基本、こうした伝承には「うちの娘は、神の子を産んだ。だから、うちは神の家系だ。おまえたちはへつらえよ」という裏があるような気がします。
これは日本だけでなく、西洋でも「うちの先祖は聖人だ」と言う貴族が多かったことから、世界的なものでしょうね。
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