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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

三章-3

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   3

 旅籠屋に食事に行くランドと瑠胡を見送ったセラは、手にしていた銅製の鍵を握り締めた。
 ランドと瑠胡の旅立ちが早すぎて、セラ自身の心の準備や覚悟が、まったくできていなかった。突然の別れを突きつけられ、セラの思考は空転してしまっていた。
 すでにレティシアたちは、周囲の村人たちに上空のワイバーンを必要以上に怖がらないよう、説明をして回っていた。自分も村人たちのところに行って、ワイバーンについての説明をしなければ――と思うのだが、身体が自分の意志に反して、まるで石になったかのように動かない。
 セラは改めて、自分の中に押し隠してきた想いの強さを実感した。そのことに軽いショックを受けていると、突然に背後から肩を叩かれた。


「な――っ!? あ……キャット?」


 飛び上がるような勢いで振り返ったセラに、キャットは苦笑しながら、キャットの肩に添えた手を離した。


「予想以上よね……まったく」


「なんのこと――」


「そういう強がりは、やめておきなさいよ。あたしから、老婆心じゃないけど助言を一つだけ……よろしいでしょうか、副団長殿?」


 珍しく――出会ってから、初めてのことかもしれない――、穏やかな笑みを浮かべるキャットに、セラは心の底から驚いていた。
 それはキャットに「副団長?」と再度、声をかけられるまで、返事をするのを忘れていたほどだ。
 我に返ったセラは可否の返答ではなく、頭に浮かんだ疑問を口にした。


「……雰囲気が、変わったな。なにか、あったのか?」


「そう? ああ……いえ、そうかもしれないわね。少し昔に刺さった棘が、やっと抜けた感じ――と言えばいいかしらね。それで、助言をしても?」


「ああ……」


 セラが曖昧に頷くと、キャットは少し真顔になった。


「なにをどう決断するのかは、セラの自由よ。だけど……先の事も考えて決断しないと、取り返しがつかなくなるかもしれない。だから、後悔のない決断をすることをお勧めするわ。あたしみたいに、後悔が身体を縛る茨にならないように――ね。ちなみに早く決断しないと、ランドたちは行っちゃうわよ?」


「セラ……わたしは、後悔などしない。諦めるべきだと、元々わかっていたことだ」


「本当に? ランドと離れたくないって顔をしてるのに。そんな我慢なんか、しなくていいと思うけど」


 キャットはセラの背に手を回すと、レティシアのところへと押していった。


「なにをする、キャット――!?」


「いいから。レティシア団長、セラがランドたちと行きたいみたいよ!!!」


 大声で告げるキャットに、レティシアは目を丸くしながら驚いた顔で振り返り、そしてセラ当人は顔を真っ赤にさせていた。

   *

 ――無実だ。

 昼飯を食べながら、村の人たちに挨拶と留守にすることを告げたあと。俺と瑠胡は、レティシアたちがいる村の中央付近へと戻った……わけなんだが。
 そこで俺は、あからさまに不機嫌そうなレティシアに、詰め寄られることになる。


「セラが、おまえとともに瑠胡姫の故郷へ行くことを志願した。言っておくが……わたしは、男女の関わりについて、とやかく言うつもりはない。ない、が――今回のことに関しては、詳しい説明を求めたい」


 そんなことを言われたって――身に覚えは、まったくない。
 強いて挙げれば、依頼と言われて酒場で酒に付き合った――俺は飲んでないけど――だけだ。
 側にいるセラを見ると、初めて見るような赤い顔で、「……すまん」と呟くように言ってきた。
 瑠胡は扇子で口元を隠すと、セラを手招きした。


「セラや。御主が同行したいという理由を申せ」


「それは……わたしから言い出したことではなく、キャットが団長に告げたことなのです。わたしに、瑠胡姫様の邪魔をする意志は御座いません。ただ本心を申し上げれば、ランドについて行きたいと思ったのは、紛れもない事実です。その……ランドの側にいたいと、思ってしまいました」


 頬を染めるセラの目が、チラリと俺に向けられた――って、え?
 わけがわからなくて、俺は目を瞬きながらセラの返答を聞いていた。そんな俺の顔を見た瑠胡は、小さく肩を上下させた。


「ふむ。ランドから手を出したわけではないのだろう?」


「それは……勿論です」


 セラが頷くと、瑠胡は扇子を閉じた。


「妾は寛大だからのう。独占欲がないわけではないが、セラには世話になったこともある。ランドは妾に優先権があることを認めるなら、同行を許そう」


「……はい。それに、異を唱えることは御座いません」


 騎士らしい所作で返答をしたセラに、瑠胡は小さく頷いた。


「それならば、さしたる問題はない。だが、先ほど仔細を話した通り、戻って来られる保証はできぬ。それでも構わぬか?」


「構いません」


 まったく悩む素振りを見せなかったセラは、僅かな遅滞も無く瑠胡の問いかけに同意した。覚悟はとうに出来ている――そんな顔をしていた。
 リリンも俺たちと同行したかったらしいけど、年齢的に若すぎるということで、レティシアから却下されたらしい。


「これを、わたしだと思って下さい」


 そう言いながら、俺と瑠胡に小箱を渡してきた。中身は現地で見て欲しい……ということで、まだ箱は開けていない。
 瑠胡は俺の腕に手を添えてから、改めてセラを手招きした。


「では、妾の故郷へ参るとしよう。沙羅、空におる者どもを森のほうへ。妾たちも、そこから飛び立つことにする」


「――御意に御座います」


 沙羅の先導で、俺たちはメイオール村から西にある森の中へと入っていった。
 そこで、降り立った二体のワイバーンに分乗することとなった。俺と瑠胡は少し青みがかった鱗のワイバーンへ。沙羅とセラは群青色に近い鱗のワイバーンだ。
 手綱はないが、瑠胡と沙羅は手慣れたもので、ドラゴン語で会話をしながら、ワイバーンを操っていた。
 瑠胡の一声で、二体のワイバーンは飛び上がった。
 上空で仲間のワイバーンと合流した二体は、一度上空で旋回してから、高度を上げ始めた。
 途中、瑠胡と沙羅が竜語魔術を使って、目の前の空間を歪ませた。これは、攻撃魔術じゃないから……俺の知らないヤツだ。
 四体のワイバーンが、歪みの中に突っ込んでいく。俺とセラはそのあいだ、ひと言も喋ることができなかった。
 上空の気流が強くて、瑠胡や沙羅にしがみついているだけで精一杯だ。それに気温も低いから、寒さで口が動かせなかった――という理由もあったりする。
 空間の歪みから出ると、そこは昼間なのに星が見える空だった。太陽はほぼ真上にあるというのに……星が見えるなんて。
 そんな光景に驚いていると、瑠胡が僅かに振り返った。


「……しくは、ないですか?」


「なんですっ!?」


「ランド、苦しくはありませんか!?」


 大声で言われて、俺は呼吸がし難くなっていることに気付いた。息を大きく吸っても、まるで長距離を走ったときのように、息苦しさが消えなかった。


「なんか、そうですね。息がしにくいです!」


「少しだけ、辛抱して下さい!」


 瑠胡がワイバーンの首元を叩くと、速度が上がった。
 途中で、なにか水の中に入ったような、そんな感覚が全身を包んだ。


「――え?」


 目の前に、山河のある大地が浮かんでいた。広さとしては、どのくらいだろう。ざっとメイオール村から、国境くらいの広さはあるんじゃないだろうか。
 大地の手前側には白い城のようなものがあり、そこからいくつかの道が伸びている。その先にも建物のようなものが見えるけど、それが何かまでは視認できない。
 気流の流れや、気温も穏やかだ。


「ここは――?」


「これが、わたくしの故郷です。まずは、城へと参りましょう」


 瑠胡の命令で、ワイバーンは王城の南にある小さな広場っぽいところに着地した。
 俺たちがワイバーンから降りたとき、階段を登って一人の若い男が現れた。瑠胡と同じく前合わせの衣を着ているけど、下半身は裾が大きく広がったズボンのようなもの――袴――を穿いていた。
 黒髪を後頭部で縛り、金色の瞳には穏やかな光を湛えていた。


「やあ、瑠胡。それに沙羅も。お帰り。瑠胡、息災なことでなによりだよ」


「……与二亜、兄上」


 瑠胡は与二亜に御辞儀をしてから、安堵したような笑みを浮かべた。


「アムラダ様から、兄上に問題が起きた――と教えられ、妾が下界に戻れぬという話も出ておりました。ですから、兄上に何ごとかあったのかと、御身を案じておりました」


「ああ、そこまで聞いていたんだね? それらのことは、事実だよ」


「事実――なにがあったのです、兄上?」


 瑠胡の問いに、与二亜は穏やかに微笑んだ。そして両手を僅かに広げながら、まったく力みの無い口調で言った。


「それはね、わたしが父上の後継者になるのを断ったからさ。父上の後継は、瑠胡のほうが適任だと思ったしね」


「な――」


 唖然とした瑠胡は、与二亜に詰め寄った。


「なぜです、兄上!」


「だって……面倒じゃないか」


 与二亜の返答に、瑠胡は言葉を失っていた。
 俺と瑠胡が地上に帰れなくなったのが、跡取り問題というのは理解できた。その理由が『面倒』というのでは、どう反応していいかわからなくなる。
 瑠胡は声を震わせながら、質問を続けた。


「後継を断って、どうされるおつもりです?」


「そうだね……下界に降りたあと、風景や鳥たちを眺めながら、俳句ポエムでも詠もうって思ってるけど」


 この言葉で、瑠胡は絶句してしまった。
 与二亜は本気で、瑠胡に後継を譲るつもりみたいだ。セラも含めて俺たちが唖然としていると、与二亜は下りの階段を手で示した。


「さあ、つがいとお連れの方々。王城へと御案内を致しましょう。父上の面会は、明日になります。今日のところは、旅の疲れを癒やして下さい」


 与二亜に促されるまま、俺たちは階段へと向かった。
 これからどんな話が沸いて出てくるのか――俺の中に、不安が渦巻き始めていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

月、火の残業を熟しつつ、なんとか水曜のアップができました……ちょっと話を詰め込みすぎかとも思いましたけれど(反省点)。

とりあえず、本文はギリギリ四千文字以下なので、良し! です。

瑠胡の使った空間の歪みなどについては、次回本文で。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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