屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
114 / 276
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

三章-2

しおりを挟む

  2

 預かっていた鍵でランドの家に入っていたセラは、布巾でテーブルの水拭きをしていた。
 騎士の装い――軽装だが鎧に長剣を下げた格好だ――にも関わらず、中々に身軽な動きをしている。
 二十日以上も留守にしていると、埃や虫などが入り込んできて、なにもしていなくても家の中は汚れてしまう。ランドはともかく、瑠胡にとっては辛いだろう――という理由の元、レティシアの許可を得て、セラは朝から家の中の掃除を行っていた。
 根が几帳面であるためか、掃除は嫌いではない。
 水桶で布巾を洗ってから、セラは椅子を吹き上げ、ドアの取っ手などの埃を丹念に拭った。
 ランドの部屋の取っ手を拭い終わったとき、セラはドアの鍵が開いていることに気付いた。
 ついでに中の掃除を――と、ドアを開けたセラは、ベッドのシーツが畳まれていないことに気付いた。


「まったく……だらしない」


 呆れたように呟いたセラが、シーツに手を伸ばした。出立の前日に洗っていないのか、汗と香が混じった臭いが漂ってきた。
 汗はランドのものだ。香の匂いは――瑠胡のもので間違いがないだろう。


(二人は――このベッドで?)


 一緒に寝ている――と思うと、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
 実のところは、ここでカードをしていたり、瑠胡が一人で昼寝をしているだけなのだが、そんなことをセラは知るよしもない。
 一度はシーツに手を伸ばしかけたが、セラは寸前で止めた。
 洗濯をしたところで、今からでは乾く確証がない。それに、そろそろ隊商とともにランドと瑠胡が村に帰ってくるころだ。


(それから……また数日後には、瑠胡姫の故郷へ、か)


 会えなくなる寂しさはあるが、まだ数日は猶予がある。それまでに、気持ちも落ちつくだろうし、それからランドと瑠胡が村に帰ってくる頃には、心の痛みも癒えているはずだ。


(なにも……問題はない)


 気持ちを切り替えたセラは、急いでランドの家から出ると、ドアに鍵をかけてから村へと歩き出した。
 出迎えるついでに鍵を返しておこう――このときのセラは、そんな軽い気持ちしかなかったのである。

   *

 村の中では、瑠胡と沙羅とのあいだで言い争いが起きていた。
 今すぐに瑠胡――と俺を、瑠胡の故郷へと連れて行こうという沙羅と、数日は待って欲しいという瑠胡の意見が、平行線を辿っているからだ。


「沙羅――母上の命というのは理解しておると、何度も言うておろうが。しかし、だ。妾たちも旅を終えたばかり。数日の猶予はくれても良かろう」


「旅の疲れは理解しております。ですからお母上は、わたくしに姫様をお迎えに上がるように言われたのでしょう。何卒、御理解を願います、瑠胡姫様」


「妾が言うておるのは、疲れのことだけではない。また村を空けるとなれば、周囲への根回しや挨拶などもせねばならぬ。それに、旅の汚れも落としたい。それらのことを、なぜ考えてはくれぬ」


「それは……申し訳御座いません。わたくしめは、母上様の使いとして参上しておりますので。申しつけられたことに、背くことはできませぬ」


 ――という感じの会話が、もう七、八回ほど繰り返されている。
 俺は立場上、どこまで介入していいのか判断がつかないでいた。なにせ、ドラゴンの一族の問題だ。人間である俺に、口を挟む資格があるかどうか……。
 俺が迷っていると、リリンが瑠胡の横に立った。


「沙羅殿。お二人がメイオール村に戻って来られた、そのあとのことも考えて下さい。この村で仕事をして暮らすなら、旅立つ前の根回しだって必要になりますから」


「……いいえ。瑠胡姫様がお戻りになることは、二度とないでしょう」


 沙羅の告げた言葉に、場が一瞬で凍り付いた。
 寝耳に水――というか、最悪の予想の一つではあったけれど――だったことに驚いていると、瑠胡が固い表情で沙羅を見た。


「そのようなこと、妾は聞いておらぬ」


「瑠胡姫様が地上に降りられてから、決まったことなのです。仔細は……お父上とお母上から伝えられるでしょう」


「アムラダ様が仰有っておられたが、兄上の問題が理由ではあるまいな」


「御存知でしたか……」


 驚く沙羅に頷くと、瑠胡は俺を振り返った。


「ランド……予定は変更せねばなるまい。我が故郷へは、妾だけで行く」


「瑠胡、ちょっと待って下さい。一人で戻ったあと、村に戻ってくる可能性は――?」


「ないかもしれぬ。だが、ランド――御主がともに行けば、もう戻って来られぬやもしれぬ。妾は――御主と別れたくはない」


 表情は冷静さを保っていたが、瑠胡の瞳には泪が滲んでいた。
 間違いなく、別れを覚悟した顔――そのことに気付いた俺は、咄嗟に固く結ばれた瑠胡の左手を掴んでいた。


「瑠胡――帰郷は止めましょう。そうすれば――」


「ランド・コール……最早、手遅れなのですよ。瑠胡姫様のお母上であらせられる麟玉様より、お二人を連れてくるようにと命を受けている以上、わたくしも引き下がるわけには参りませぬ」


 そう言いながら立ち上がる沙羅は、腰にある細い剣――刀の柄に手を伸ばした。まさか、こんな村の中で大立ち回りを繰り広げるつもりか? 冗談じゃねぇぞ。
 俺は身構えはしたが、腰の長剣には手をかけていない。
 互いの睨み合っていると、杖を握ったリリンが、俺たちと沙羅のあいだに割って入ってきた。


「お二人は、どこにも行かせません」


「リリン殿――だったか? そこをどけ。我らに、敵う訳がないのだから」


「ただでは負けません」


 沙羅に言い返すや否や、リリンは早口に呪文を唱え始めた。
 そこへ、慌てた様子のセラが駆け込んできた。


「双方止め! 一体、なにをしている!?」


 セラが沙羅と俺たちのあいだに駆け込むと、睨むような目を双方に向けた。
 その目が、俺で止まった。


「……この場で、まだ冷静なのはランドだけのようだな。簡潔でいい……説明を」


「あ、ああ……」


 俺が経緯を話すにつれ、セラの表情が様々に変化していった。驚きから、引きつった顔、そして落胆に――最後は怒り。

 ……怒り?

 セラは大きく息を吸うと、素早く長剣の柄に手をかけた。

 ……って、おい。諍いを止めに来たんじゃないのか!?

 驚く俺の前で、セラは姿勢を屈めた。


「沙羅殿。貴殿の言い分は理解出来る。しかし、少々強引ではありませぬか?」


「それも承知の上。皆様、我々に強引な手を……使わせないで頂きたい」


「我々?」


 セラが怪訝な顔をした直後、俺たちの周囲で大きな影が幾度となく飛来しはじめた。見上げれば、四体のワイバーンが頭上を飛んでいた。
 あれすべてが、沙羅とともに来た天竜族の配下――ということなんだろう。沙羅に四体のワイバーンが相手では、セラとリリンでは太刀打ちできない。
 それは俺が助太刀しても同じ――いや、〈断裁の風〉を使えば行けるかもしれないが、それを切っ掛けに、ドラゴンの一族との戦に発展する可能性は否定できない。
 この段階になって、レティシアたち《白翼騎士団》の面々も駆けつけてきた。


「これは一体――沙羅殿、いや、瑠胡姫様でもいい。状況を説明頂けますか?」


 険しい顔のレティシアに、瑠胡が経緯を語った。


「――というわけでの。ちと村を騒がしてしもうた」


「騒がした……という程度では済まされませぬが」


 レティシアが頭上を見上げながら、神妙な顔で俺と瑠胡へと向き直った。


「周囲の安全を考えれば、ランドと瑠胡姫様には、沙羅殿と一緒に行って欲しいところだが……な」


「団長、それは酷い――というか」


「……そうですよぉ。なんか……生け贄にするみたいで、その……」


 クロースとユーキからの非難に、レティシアは静かに頷いた。


「そうだな。否定をするつもりはない。だが帰って来られぬとしても、それで殺されるわけではない。余計な犠牲を増やすよりは、随分とマシだろう」


 レティシアの意見を聞いて、周囲の人々――騎士団の連中や村人たちだ――の視線が、俺と瑠胡に集まった。
 ずっと不安げな顔を向けている瑠胡を一瞥してから、俺は沙羅へと向き直った。
 瑠胡は、まだ何かを俺に隠しているんだろう。だけど、それをあえて聞かないまま、俺は沙羅に告げた。


「わかりました。一緒に行きますよ」


 俺の返答に、沙羅はどこか複雑そうな顔をした。
 俺が素直に従ったことへの安堵感と、俺が一緒に来るのか――という鬱陶しさが、入り交じった顔だ。
 俺や瑠胡の近くにいるリリンは、露骨に悲しそうな顔をしていた。それは良いんだが、その横にいたセラも、どこか寂しげな表情をしていたのが、俺にとっては意外だった。
 そんなに仲が良かったっけ……瑠胡とセラって。親しげに喋っているところとか、あまり見たことがなかった気がするけど。
 俺は二人から沙羅に目を移すと、片手を小さく挙げた。


「ただ、小一時間だけ待って下さい」


「なぜ?」


 俺の言動を警戒しているんだろう。険しい表情を崩さない沙羅に、俺は溜息交じりに答えた。


「まだ昼飯を食ってないんで。腹が減ってるんですよ、こっちは」


 返答を聞いて目を点にした沙羅を見て、俺は少しだけ溜飲が下った気がしていた。

----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

沙羅さんマジモード。

ちなみにワイバーンが四体いる理由ですが……。。

四体のワイバーンで上空制圧中という意味合いですね。沙羅の指示で二体が対地攻撃。遅れてドラゴン化した沙羅が主力への攻撃。
上空制圧中の二体は、先の二体が上空に逃れた後に、生き残りを狙っての対地攻撃――的な。

ええっと……本作はエ○ア88の二次創作ではありません。念のため。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

うちのポチ知りませんか? 〜異世界転生した愛犬を探して〜

双華
ファンタジー
 愛犬(ポチ)の散歩中にトラックにはねられた主人公。  白い空間で女神様に、愛犬は先に転生して異世界に旅立った、と聞かされる。  すぐに追いかけようとするが、そもそも生まれる場所は選べないらしく、転生してから探すしかないらしい。  転生すると、最初からポチと従魔契約が成立しており、ポチがどこかで稼いだ経験値の一部が主人公にも入り、勝手にレベルアップしていくチート仕様だった。  うちのポチはどこに行ったのか、捜索しながら異世界で成長していく物語である。 ・たまに閑話で「ポチの冒険」等が入ります。  ※ 2020/6/26から「閑話」を従魔の話、略して「従話」に変更しました。 ・結構、思い付きで書いているので、矛盾点等、おかしなところも多々有ると思いますが、生温かい目で見てやって下さい。経験値とかも細かい計算はしていません。 沢山の方にお読み頂き、ありがとうございます。 ・ホトラン最高2位 ・ファンタジー24h最高2位 ・ファンタジー週間最高5位  (2020/1/6時点) 評価頂けると、とても励みになります!m(_ _)m 皆様のお陰で、第13回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます。 ※ 2020/9/6〜 小説家になろう様にもコッソリ投稿開始しました。

処理中です...