屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
111 / 275
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

二章-8

しおりを挟む

   8

 礼拝堂に入ってきた十数名の衛兵に混じって、何故か侍女の服を着ているキティラーシア姫が、俺たちの前に現れた。
 石のベンチに両脚を挟まれた盗賊たちを見回ししてから、キティラーシア姫は俺たちにおっとりとした笑みを浮かべた。


「皆様、ご苦労様でした。無事、神像を護って頂けたようですわね。それに盗人さんたちも全員、捕まえて下さいましたのね」


「はい。神像は所定の位置に戻してございます」


 代表して俺が応じた直後、ギネルスが大声を張り上げた。


「てめえら! そこの女騎士は、村人を虐殺した重罪人だぞ! 俺たちを捕まえるなら、その糞女も捕まえろっ!!」


 ギネルスの怒鳴り声に、衛兵たちから緊張した気配が漂ってきた。
 村人を虐殺したとなれば、重罪人では済まない。この場で捕まれば牢獄行きは免れず、最悪は死罪だ。
 流石に、それは拙い――俺が弁護をしようとしたとき、キティラーシア姫が先に口を開いた。


「村人を虐殺……どこの村のことでしょうか?」


「ああ? ルビントウ村だ。侍女なんかじゃ知らねぇだろうが、宿屋の……その、そこにいた全員を毒殺したんだよ!」


 怒鳴るように質問に答えたギネルスに、キティラーシア姫は小首を傾げた。


「ルビントウ……おかしいですわね。そんな記録はなかったように思いますが」


「だから、侍女風情に――」


「勘違いなさっておられるようですので、まずは自己紹介を致しましょう。わたくしはインムナーマ王室の末姫、キティラーシア・ハイントと申します」


 優雅な所作で御辞儀をするキティラーシア姫を見て、盗賊たちは驚きを隠せなかった。
 頭を上げたキティラーシア姫へ、ギネルスは嘲るような顔で、しかしぎこちなく声を絞り出した。


「姫なんかが、事件を覚えているわけ――」


「あら。把握しておりましてよ? なにせ、貴族たちの雑談で出てくるのは、浮気話と領地内の事件事故ばかり。虐殺なんていう事件があれば、必ず貴族たちの噂話になりますもの。それも、何度も。たとえ幼子だって、あれだけ同じ話を聞けば記憶に残りますわ」


 キティラーシア姫は笑みを消した顔を、ギネルスに向けた。


「姫だから頭が足りないなどと、侮らないで下さいませ。歴史に帳簿、それに礼儀作法など、覚えることは庶民以上なんでしてよ。お陰で、暗記は得意ですの。そのわたくしが、絶対の自信を以て言いますわ。ルビントウ村で虐殺など、ただの一度も起きておりません」


「……それは本当……なんですか?」


 呆然と二人の会話を聞いていたキャットが、キティラーシア姫に問いかけた。
 キティラーシア姫は黙ったまま、小さく頷いた。


「ええ。あなたを《白翼騎士団》に誘う際、わたくしとレティシアは、あなたの経歴を徹底的に調べましたの。盗みや潜入工作――それ以外の犯罪歴は確認できませんでした。それに話にあった村については、ランド様も調べたはず――違いますか?」


「少しは……調べましたけど」


 俺は答えてから、少し考えて言葉を足した。


「俺の言うことだけじゃ、信じてくれないだろうから……ルビントウ村へ行けば、わかるさ」


 俺が答えるとキャットは固く口を結んでから、力強く頷いた。

   *

 ギネルスたちを衛兵たちに引き渡し、その他の諸々を終えたとき、もう明け方近くになっていた。
 神器を護ってくれた御礼に食事会でも――というキティラーシア姫のお誘いを、俺たちは丁重に断った。単に眠かったし、メイオール村へ発つ準備など、やることが山積みだったからだ。
 再びミィヤスのツテで隊商に便乗した俺たちは、昼前に王都タイミョンを発った。
 それから――数日。
 野盗や狼に襲われることなく、俺たちはルビントウ村まで戻って来た。
 隊商が村で商売を始めた早々に、俺と瑠胡はキャットを連れて、村の宿である《鶏の卵亭》を訪れた。


「いらっしゃいませ! 《鶏の卵亭》へようこそ!!」


 店主の声が、宿に入った俺たちを出迎えた。
 俺やキャットの顔を見て、店主はハッとした顔をした。奥方である、中年の女性に声をかけると、俺たちに中に入るよう手で促した。


「やあ、いらっしゃい。ええっと……ランドさん、でしたね。約束通りの日取りですね」


 店主は笑顔で、俺たちを四人掛けのテーブルに案内した。そこにはすでに、三人分の食器が並べられていた。
 俺と瑠胡が隣り合わせ、キャットは瑠胡の真正面に腰を降ろした。
 キャットは浮かない目で食器を見回してから、俺を睨んだ。


「それで? なにを企んでいるわけ?」


「企むって……もっとほかの言い方はないのかよ」


 そこそこ苦労して、この機会を作ったんだけどな……。それに、これでキャットは、過去を払拭できるはず――その確信が、俺にはあった。
 そういうのが、あるんだけどなぁ……ちょい対応が冷たくないか?
 俺と瑠胡が村の食事やジョシアについて話をしていると、宿の奥から奥方と老婆がやてきた。
 やや腰の曲がった、痩せこけた老婆だ。チェニックに上着を羽織った老婆は、俺たちの前に来ると笑みを浮かべた。


「まあまあ。遠路はるばる、お越し下さいまして。本当に、ありがとうございます」


 穏やかで、のんびりとした老婆の挨拶に、俺と瑠胡は軽い会釈で返した。
 ただキャットだけは、まるで幽霊でも見たような顔で、大きく見広げた眼を老婆に向けていた。
 今は騎士の鎧を身につけているキャットの視線に気付いたのか、老婆はゆったりと首を傾げた。


「おやおや。女性の騎士様ですか。わたくしの顔に、なにかついておりますか?」


「あ――いえ」


 キャットは我に返ったように、瞬きをした。


「あの……以前、この宿でお世話になったことがありまして。そのときの店主は老夫婦でしたから、もしかして……そのときのご夫婦かなと思ったもので」


「あら、そうでしたか。お爺さんはもう、旅立ってしまいましたけれど。わたしは隠居として、隣の村に済んでいるんですよ。娘夫婦が、一緒にと言ってくれまして」


「そうでしたか。旦那様は残念です……」


「いえいえ。天寿を全うできましたので、本人は満足しておりました」


 にこやかな表情で語る老婆は、口元に手を添えた。


「あら、いけない。わたくしったら……お客様の御食事を邪魔してはいけませんね。お昼には少し早いですが、どうぞ」


「あ、あの――っ!」


 老婆を止めようとしたキャットを、俺は手で制した。
 こちらを向いた老婆に、俺は努めて明るい声で告げた。


「こちらの騎士様は数日前、数年前に、この宿を襲った盗賊たちを捕らえたんですよ。その報告をしようとしたみたいで」


「あらまあ。これはこれは。あのときは難渋しましたから。盗賊を捕まえて頂き、ありがとうございます」


「いえ……御礼なんて。その……それが職務ですから。お気遣い……感謝致します」


 本気で戸惑っている様子のキャットは、立ち上がると老婆へ敬礼を送った。


 奥方に手を引かれた老婆が奥に下がると、キャットは怪訝な顔を俺に向けた。


「……どういうつもり?」


「過去のことを謝罪したい気持ちはわかるけど……状況がややこしくなるだろ。それに、あのお婆さんもいい年だ。今から感情を揺さぶったら、それこそ寿命が縮むだろうが」


 キャットは憮然としながらも、今回のところは引き下がってくれた。
 その代わり、険しい顔で目を細めた。


「……説明してよ」


「ああ。俺の推測も混ざるけど、いいか?」


 キャットが頷いてから、俺は話を始めた。


「まず、この村で虐殺は起きていない。キャットが仕事をしたあとに起きたのは、食中毒――って、知られている。盗賊たちがやってきたときは、数人の護衛を除いて、みんな腹痛と下痢になってたって話だ」


「腹痛に下痢……でも、どうして」


「さあな。運が良かっただけかもしれないけど……毒に比べて、スープの量が多かったかもしれないな」


「スープの量……」


「ああ。毒を口に入れても、ある程度の量を摂取しなきゃ、簡単には死なないもんだ。あのときは、隊商が泊まったんだろ? 普段より多く作ったスープで、毒が薄まったのかもしれないな。だから、腹痛と下痢で済んだんだ」


「じゃあ……ここでは、誰も」


「ああ、死んでない。といっても、しばらくは評判ががた落ちして、苦労したみたいだけどさ。老夫婦は、そのあと娘夫婦のところへ移住――ってわけだ。前回、この村に立ち寄ったときから、おまえの様子がおかしかったからな。尾行をしていたら、この宿に入るのを見たからさ。おまえが隊商に戻ったあとで、ここの店主から話を聞いたんだよ」


 俺が話を終えたとき、店主夫婦がスープを持って来た。


「先代から受け継いだ、うち自慢のスープです」


 そう言って、店主は満面の笑みを浮かべた。


 ジャガイモと玉葱、それに魚――この辺りでは一般的なスープだ。
 正直、味もありきたりなものでしかない。普通に美味しいけれど、特筆するべき味かと言われれば、そんなことはなかったりする。
 でも――スプーンでスープを飲みながら、キャットは目に涙を浮かべていた。


「……うん。美味しいわ。とても、美味しい。今度、あたしの仲間たちにも広めておくわ」


 普通に美味しいけれど、特筆するべきものがない味のスープ。だけど、今のキャットにとっては、心が溶けるほどの美味なんだろう。
 店主たちが退いてから、キャットは伏し目がちに言った。


「……貸しができたわね」


「まあ、そっちはレティシアに返してもらうさ。最初に気付いたのはミィヤスだし、礼はそっちにも言ってくれ」


「ミィヤス……?」


 キャットは怪訝そうな顔をしたものの、すぐに表情を和らげながら、「そうするわ」と頷いた。

---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

これで王都側の帰郷は終わり……ほぼキャットがメインの話となりました。
本文中にあった毒の話は、致死量のことですね。致死量未満なら、助かる可能性も高いですし。

瑠胡の影が薄いこと薄いこと。前回の反動かもしれません。

次回は、幕間となります。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

処理中です...