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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
二章-7
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最初に動いたのは、ギネルスたちだった。
三人は、ほぼ同時に動いていた。ギネルスと中年の男が左右に散り、真ん中にいた男はランタンを俺たちのほうへ放ってきた。
視線がランタンの炎に向きかかった寸前に、俺は盗賊たちへと意識を引き戻した。
ランタンは囮で、攻撃の本番は盗賊たちだ。左右の二人が腰から短刀を引き抜き、俺たちへと投げつけてきた。
俺はギネルスからの短刀の柄を掴み、そしてキャットは中年の男からの短刀を、空中で取っ手を掴んだランタンで弾いた。
しかし、それでギネルスたちの攻撃は終わらなかった。手にした短剣で、俺とキャットへ斬りかかってきた。
俺は短刀で、矢継ぎ早に繰り出された短剣を防ぎ続けた。防戦一方になってしまったが、相手の動きが素早くて、反撃の糸口が掴みきれなかった。
俺とキャットは、盗賊との一対一の戦いを続けていたが――もう一人の盗賊の動きが気になる。
俺やキャットに攻撃してこない――となると。
素早く礼拝堂の中を見回すと、覆面をした男はすでに、神像を手に取っていた。
「おい、ブツは手に入れた。逃げるぞ!」
そう言って、覆面の男は祭壇の下を弄り始めた。あの祭壇には――キティラーシア姫からの情報では――、緊急時の抜け道が隠されている。
そこまで情報を仕入れていることに驚いたが、だからといって、このままギネルスとやりあっていては、覆面の男を止めることなんかできそうにない。
――仕方ない。
俺は左手を逆手にしたまま抜き払った長剣で、ギネルスの短剣を受け止めた。ギネルスもこれは予想外だったのか、僅かに目を見開いた。
攻勢を逆転するのは、今しかない。
俺は右手の短刀で、ギネルスの右腕へと斬りかかった。しかし、ギネルスは些か大袈裟に思えるほど、大きく後ろへと跳んだ。
――なんだ?
怪訝に思いはしたが、それを考えている暇はない。見れば、キャットと対峙していた中年の男も祭壇まで退いていた。
祭壇を横にずらしている覆面の男を護るように、中年の男はキャットを牽制している。
「ギネルス、逃げるぞ!」
「だが、こいつだけは――」
「予定を勝手に変えるな! 俺たちは、おまえを置いていってもいいんだぞ!!」
覆面の男が怒鳴るのを聞いて、ギネルスは小さく舌打ちをした。
ここで神像を持ち逃げされたら、それは俺たちの負けだ。祭壇を横にずらした下に現れた抜け道に、覆面の男が入ろうとした。
だが――その直後に、覆面の男は三マーロン(約三メートル七五センチ)ほど吹っ飛ばされた。
石のベンチの角に背中をぶつけ、覆面の男は悲鳴をあげながら横たわった。
「やれやれ。やっと出番かの」
抜け道の階段を登ってきた瑠胡の背中から、ドラゴンの前足が生えていた。
脱出経路としていただけに、抜け道の中を確認しなかったんだろう。覆面の男は恐らく、ドラゴンの前足の一撃をまともに受けたに違いない。
瑠胡に遅れて騎士ベルナンドも礼拝堂に上がってきた。
仲間が吹っ飛ばされたことに驚いた中年の男は、その隙を突かれてキャットの持つ短剣の柄による打撃を受けて昏倒した。
そして、四人に囲まれる形となったギネルスは、歯軋りするような顔をしていた。しかしすぐに、瑠胡やキャットたちと距離の離れていた俺へと、短剣を構えながら斬りかかってきた。
しかし、焦りからか動きは直線的で読みやすい。
俺は冷静に、ギネルスの右脚へと〈遠当て〉を放った。膝の辺りに〈遠当て〉を受けたギネルスが姿勢を崩した。
倒れかけたものの、ギネルスはなんとか踏ん張ったが、俺が間合いを詰めたことに気付いて、目を見広げた。
「て――」
なにかを言いかけたが、そんなの待ってられるか。
「――砕けろっ!」
俺は床すれすれまで下げた右拳を、勢いよく振り上げた。〈筋力増強〉で力の増した拳に、〈遠当て〉の威力を加えた一撃だ。
苦悶の声などあげる隙すらなく、ギネルスは俺の顔のあたりまで浮き上がりながら、数マーロンほど離れた祭壇付近まで吹っ飛んでいった。
拳は肋骨あたりに当たったはずだから、骨の数本は折れたかもしれないが、内蔵は無事だろう。
拳が当たる寸前に〈遠当て〉を放ったから、俺の拳はなんとか無事だ。増加した筋肉も骨を保護してくれた――が、ちょっとした痛みは感じる。
「ランド、無事でなにより」
「はい。瑠胡も怪我とかはないですか?」
「無論。不意の一撃してやっておらぬでな。しかし、こやつらはどうする? このまま寝かせておくのは、ちと不用心な気もするが」
「とりあえず、逃げられないように拘束しておきましょうか。といっても縄はないから……」
俺は少し考えてから、ギネルスたちの脚を〈筋力増強〉で持ち上げた石のベンチの下に挟むことにした。そのあいだに、騎士ベルナンドに衛兵たちを呼びに行ってもらうことにした。俺やキャットが動くよりは、衛兵たちに話が通しやすいだろうし。
拘束しているあいだ、激痛に目を覚ました盗賊たちから、苦痛混じりの抗議の声があがったが、それは丁重に無視をすることにした。
ついでに、ギネルスたちの《スキル》や技術――戦闘や盗みに関するものだ――を〈スキルドレイン〉で消失させておいた。
これで抵抗をされようが、容易に対処できる。
それから、俺は転がっていた神像を手に取った。俺なんかが触れたら、神罰が下るかもしれないけど……元の位置に戻すだけだから、許して欲しいところではある。
「とはいえ、神罰とか来たらたまったもんじゃないけどなぁ」
「そんなことが不安かえ?」
瑠胡は少し苦笑したような顔をすると、供えるための台に置いた神像へと両手を添えた。
「掛まくも 畏き万物の神アムラダの大前に、天竜の瑠胡が、神霊を招きと奉り給えと畏み畏みもうす」
瑠胡が独特の旋律を伴った声で、アムラダに呼びかけた。
しばらくすると神像が淡く光り出し、小刻みに震えながら男女の区別のつかない声を発した。
〝異なる神の祝詞にて、我を呼び出すのは誰か――〟
この声は……万物の神アムラダ、なのか?
威厳のある声、そして目の前で起きた文字通りの奇跡を前に、思考が真っ白になった俺は息を呑んだ。近くにいたキャットも驚きからか、表情を強ばらせている。
そんな俺たちの前で、瑠胡は神像に語りかけた。
「妾は天竜の瑠胡でございます。万物の神アムラダ、突然のお呼び出しについては、深く陳謝を致しま――」
〝あら、なんだ瑠胡姫ちゃん? なになに? もしかして、わたくしのところに帰依してくれるのかしら。瑠胡姫ちゃんは可愛いから、大歓迎しちゃうわよ?〟
いきなりアムラダの口調が変わってしまって、俺は先ほどとは違う意味で、頭が真っ白になった。声の感じも女性的で、年若い人妻という雰囲気になっていた。
キャットに至っては、唖然とした顔で、ぽかんとした口を開けている。
瑠胡は咳払いをしてから、勤めて平静な顔を維持していた。
「そうではございません。先ほど、この神器が騒動に巻き込まれました。その際、アムラダ様の信徒が神器に触れたため、神罰が下るのではと不安を覚えております」
〝ああ、なるほどね。神器に触れた程度で、神罰なんかないのにねぇ。瑠胡姫ちゃんから、そう伝えておいてくれる? 神器なんか、もうちょっと気楽に触っていいのにねぇ。みんな遠慮しちゃうのよ〟
お気楽なアムラダの言葉に、瑠胡は俺を一瞥してから、少し気まずそうに言った。
「その……先ほど申した信徒は、妾の側におりますので。すでに伝わっております」
〝あ――〟
少し焦ったような声で、アムラダの言葉は途切れてしまった。しかし、数秒ほど経ってから元の威厳のある声が戻った。
〝そこな信徒よ。我の神器に触れたとて、神罰など与えぬ。これからも、その信心を胸に日々を努めるがよい〟
いや、その……今更感が半端ないのですが。
俺が反応に困っていると、瑠胡が小さく吐息を漏らした。
「アムラダ様。この者は、妾のつがいになる者。そこまで取り繕わなくとも、よろしいと存じます」
〝ああ、なんだ。びっくりしちゃった〟
いや……予想を超えてざっくばらんな神様に、俺のほうがビックリしてますが。
それにしても、鬼神のときも思ったけど、天竜族というのは神々と繋がりが強いみたいだ。ドラゴンの王族――というのかは知らないが、そういう存在というのは、かなりの力を持っているのかもしれない。
これで話は終わりだろう――と思ったが、瑠胡は少しあいだをあけてから、アムラダに話しかけた。
「ときに、一つ質問をしてもよろしいでしょうか? この国では、教義で婚姻前の同衾を禁止されているようで。それで、少し……難渋しております。つがいとして互いが認め合っていたとしても、禁止されている理由を教えて頂きたい」
〝あら――そんなことは決めた覚えはないわよ?〟
アムラダは、あっさりと教義を否定した。
〝あたしは人が集団生活をするにあたって、子を作ってから育児を放棄するのは駄目――という取り決めはしたけれど。それが、夫婦という形へと成っていったのよね。だけど、夫婦になるという意思が固ければ、それを否定するつもりはないわ。そのあたりはきっと、人が制度として、わかりやすい取り決めを作ったんでしょうね〟
「左様で御座いますか。それであれば、問題は御座いませぬ。この度は、妾の呼びかけに応じて頂き、心からの感謝を致しております」
瑠胡が礼を述べると、アムラダは〝いいのよ、瑠胡姫ちゃん〟と返した。
神像の光が弱くなっていくのを眺めていると、再びアムラダが喋り始めた。
〝そこにいるのは、ランド・コール……瑠胡姫ちゃんのつがい――人の言葉では恋人とか許嫁といったところよね。あなたは、これから覚悟を迫られることでしょう。天竜族のつがいになること、その責務に対する覚悟はある?〟
「責務……? あの、ドラゴンの王家というか、そういう類いの話ですか?」
問いかけに問いかけで返してしまったが、アムラダは気にしてないようだ。咎める言葉はなく、しばらくの沈黙のあと、再び喋り始めた。
〝瑠胡姫ちゃん? きちんと、お話はしたのかしら?〟
「父上の跡目については、兄がおります。妾とランドには、無縁のことで御座います」
〝あら……瑠胡姫ちゃんは知らないのね。そのお兄様が今、少し問題になっているのよ?〟
アムラダが言った内容に、瑠胡は僅かに戸惑ったような顔をした。
「兄上に、なにが……」
〝それは、自分で確かめて頂戴ね。わたくしが教えることは――うん、ちょっとしないほうがいいと思うから。ああ、でもね、二人のことを祝福したい気持ちはあるのよ? だから、困難に目の前を塞がれても、挫けないでね。ああ、そろそろ多くの人が来るみたいだから、あたしはこれで失礼するわ。あと今回の会話は、ほかの人々には内緒でお願いね? 威厳があったほうが、評判がいいみたいだし。それじゃ、まったねぇ〟
最後は気さくすぎる口調で告げたあと、アムラダの神像の光が止んだ。
片手で頭を押さえながら、小さく首を振っていたキャットは、俺や瑠胡の視線に気付くと、視線を合わせないようにしながら、呆れきった口調で言った。
「あたしは、なにも見てないし、聞いてない。そーゆーことにするから。それと、二度とこういうのは御免だわ。あたしに関わらせないで頂戴」
……至極、懸命な判断だと思う。
さっきの言動を目の当たりにしたら、敬虔な信徒は信仰を止めるかもしれない。
俺もちょっとやばいけど。
そんなことを考えていると、礼拝堂のドア向こうから、ざわめき声が聞こえてきた。
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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
久しぶりに四千を超えてしまいました……あれです。神様をちょとアレなキャラにしちゃったのが、敗因だと思います。
次は三千台だと思います……。
念のために補足しておきますが、アレと言っても阪神は関係ございません。
キャット関連は、次回も続きます……久しぶりの二章-8で御座います。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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