屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
109 / 276
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

二章-6

しおりを挟む

   6

 ギネルスの仲間である中年の盗賊が、門の扉を閉めた。
 ギネルスは手振りで集まるよう、二人の仲間に指示を出す。それから《スキル》を使ったらしく、青白く光る目で周囲を見回した。


「キャット――そこに居たか」


 囁くような小声で、木箱の近くへと声をかけた。
 しかし、他の二人にはなにも見えていないらしく、木箱の周囲で視線を彷徨わせているだけだ。


 ――コン、ココン。


 床を軽く叩く音に、ギネルスは苦笑した。
 床を三回叩く、さらに一回目と二回目の間隔が長いのは、『準備は出来た、先に進んで良し』の合図だ。
 この状況で姿を見せないまま、合図だけを送ってくることに、ギネルスは訝しむような顔をした。しかし、それもすぐに解け、仲間たちに軽く肩を竦めてみせた。
 案内役に嫌われているからな――そんなギネルスの態度に、仲間たちも小さく笑みを浮かべた。
 ギネルスが三本の指を前に振ると、三秒ごとに床を一回叩く音がした。少しずつ遠くなっていく音に導かれるように、ギネルスたちは大聖堂へと近づいていった。
 ギネルスだけは己の《スキル》である、〈生命探知〉で案内役の居場所は把握していたが、仲間と歩調を合わせるため、あえて音の指示に従っていた。
 大聖堂の大扉ではなく、横にあるドアの前までギネルスたちを導いていた音が、ココンと二連続で鳴った。
 その合図に、ギネルスたちは立ち止まった。
 周囲を警戒する中、ドアが独りでに開いた。そしてしばらくすると、コココンと床が三連続で――進めの合図だ――鳴った。
 ギネルスは青白く光る目で周囲を見回し、中に先導役以外がいないことを確認したようだ。小さく息を吐き出しながら、三本指を前に振った。
 テーブルのある小部屋を通り過ぎ、ギネルスたちは礼拝堂へと脚を踏み入れた。燭台に火の灯っていない礼拝堂は闇に覆われて、なにも見ることができない。
 予定通り、〈暗視〉の《スキル》を持つ覆面の男が、ランタンに火を入れた。僅かに内部が照らされた内部は、
『欲を慎み、同じ種である者同士は争うことなきよう』
 この教えからは些か逸脱した、豪奢な内装をしていた。
 数十本にも及ぶ蝋燭が立ち並ぶシャンデリアが、天井から二つもぶら下がり、壁にも多くの燭台が並んでいた。
 国教となっている、万物の神アムラダのシンボルである、杖の上端で光る太陽の彫刻は純金製。床には異国から取り寄せたカーペットが敷いてある。
 戒律により木製のベンチや椅子はなく、削りだした直方体の岩が並んでいる。これが、椅子代わりである。
 ギネルスは、司祭が演説を行う祭壇へと目を向けた。
 アムラダのシンボルの前に、子犬程度の神像が供えられていた。純銀製の像は猫の頭部に獅子の身体、鷹の翼を生やした姿が象られている。
 先ほど、〈暗視〉を使ってランタンを灯した男が、小さく首を振った。


「本当に、礼拝堂に神像があるなんて思わなかった。坊主どもってのは、無頓着だな」


「王都の第一層、しかも王城に併設され、門番や衛兵に護られてるんだ。大聖堂の礼拝堂とはいえ、堅牢な宝箱と変わりねぇのさ。だから、こうして――威光と威厳のために、信者どもに見せびらかせるってわけだ。神の教えを伝えるって嘯くわりに、権力欲の権化ってわけだ」


 ギネルスは無駄口はここまでと、仲間たちへと手を振った。これから仕事に取りかかる――というところで、礼拝堂の扉が閉じた。
 バタン、という音がして、ギネルスたちは一斉に振り返った。
 閉じられたドアの横には、ランプを手にしたキャットが立っていた。その隣で〈隠行〉を解除した俺は、盗人三人組へ、警告を告げた。


「おまえら、大人しく投降しろ。そうすれば、五体満足で牢屋にぶち込んでやる。抵抗するなら、徹底的に砕いてやるから覚悟しな」


「な――キャットと同じ《スキル》を持ってるとはな。俺たちをここまで連れてきたのは、おまえだったってわけか?」


「二つ目の質問については、その通りだ。おまえらは、檻の中へと誘い込まれたってわけだ。というわけで、大人しく投降しろ」


「周囲の扉は、すべて施錠済み。それに今頃は、大聖堂の周囲は衛兵に囲まれているはずよ。もう……逃げられないわ」


 俺の言葉を継いで、キャットが無表情に告げた。
 歯を剥きながら俺たちを睨むギネルスは、腰に手を回しながら荒い息を吐いた。


「ラルア、てめえ……裏切ったな! てめぇのやってきたこと、すべて暴露したらどうなるか……わかってるんだろうな、ええ?」


 ギネルスはキャットを睨めつつ、意味ありげな笑みを浮かべた。
 それは相手の弱みを握り、感情や行動を掌握したことを確信した、支配者だけが見せる顔だ。
 相手が自分に心から逆らえるはずがないと、ギネルスは表情だけで語っていた。


「ラルアよぉ……ここで、その男を殺せ。なに、俺たちも手伝ってやるさ。それで、おまえの罪は永遠に闇の中だ。冷たい牢獄に閉じ込められたり、死罪になることもない。昔みたいに、みんなで稼ぎまくろうじゃねぇか」


 どこか猫撫で声のギネルスに、キャットの表情が揺らぐのがわかった。
 牢に投獄されたり死罪になるのは、誰だってイヤだろう。己の保身のために、ギネルス側に寝返るのでは――という危惧を抱いた俺の横で、キャットは小さく笑った。


「本当に……昔から変わらないわね、ギネルス」


 キャットの手には、いつの間にか短剣が握られていた。ランプを床に降ろしながら、ゆっくりと顔を上げた。


「投獄に死罪――そうね、昔のあたしたちは、それを一番怖れていたっけ。生きてさえいれば、次があるって。次で上手くやれば、生きる糧が手に入る――そう言われていたわ」


「そうとも。ここを脱出する方法なら、いくらでもある。そいつさえ殺してしまえば、あとは自由が待ってるんだ。さあ、一緒にやろうぜ?」


 そう言いながら短剣を構えるギネルスへ、キャットは短く告げた。


「巫山戯んな。お断りよ」


「な――?」


 虚を突かれたように、ギネルスは目を丸くした。キャットは怒鳴りもせず、淡々と喋り始めた。


「あんたのいう自由は、闇の中にしかないじゃない。光から隠れて、逃げて、息を顰める――そして、死ぬときも闇の中よ。そんなの、自由なんかじゃない。連綿と続く、煉獄そのものだわ。
 あたしは光の下で、日差しの匂いのする仲間たちと一緒にいたい。たわいない話を聞いたり、下らないことで笑ったり……そんな世界がいい。だから、あんたの手助けは、金輪際しないと誓ったの。誰でもない、自分自身に!」


 最後のひと言に力を込めたキャットが短剣を構えるのを見て、ギネルスの顔が醜悪なほど歪んだ。



「そうかよ。こうなったら、てめぇがやってきたこと、すべて暴露してやるからな……覚悟しろよ、糞女っ!!」


「……好きにしなさい。その覚悟で、あたしはここに来たの。もう、闇の世界にはこりごりしてるのよ。今日、すべてを精算するわ」


 キャットの返答に、ギネルスの顔に残忍さが広がった。
 腰から抜いた短剣の切っ先を、そのまま俺に――いや、キャットに向けた。


「おい、そこのヤツ。その女は自分のためなら、人を騙す、裏切る――それがラルア。つまり、その女ってわけだ。俺たちに負けそうになれば、てめぇを裏切るかもなぁ?」


「残念だけどな。この女騎士は、もう誰も裏切らねぇよ。ちゃんと帰る場所があるからな。日の下にある、糞盗賊どもなんかより、よっぽど魅力的な場所がある」


 俺の返答に、キャットは僅かに目を見広げた。俺がこんなことを言うなんて、予想外だったんだろう。
 俺の感情を揺さぶれなかったことに、ギネルスも怒りに手を振るわせていた。最後の手段とばかりに、大声でがなってきた。


「そうかよ! それじゃあ、言ってやる。おい、そこのヤツ。その女は、村の宿屋で虐殺をしたこともあるんだぜ? それに盗みだけでも数百件。それが、その女の正体だっ!」


「村の宿で虐殺――」


 俺はふと、ルビントウという村でキャットが訪れた宿のことを思い出した。あの小さな旅籠屋の主人とキャットが交わした会話――それに、今の話。
 これで、すべてが繋がった気がする。
 俺は苦笑するのを堪えながら、ギネルスに告げた。


「ルビントウでなにが起きたか――なら、すべてを知ってるさ。なるほどね。罪悪感で人を縛る――やり方は糞外道だが、効果はあるみたいだな」


「……てめぇ、なにを知っている?」


 凄むギネルスに、俺は意味ありげな笑みで返した。


「さあね。あんたの浅知恵のことなら、もう見当はついた。あとは……キャ――そこの女騎士も知らないこと……だな。簡単にだけど、調べさせて貰った」


「そうかよ。要するに、だ。てめぇを殺せば、ラルアを庇える存在はいなくなるってわけだ。なら、やることは同じだ。簡単でいいぜ」


「そう簡単にいくと思うなよ?」


 改めて短剣を抜いた三人に対し、俺は無手のままで身構えた。長剣を抜いてもいいが、ここは大聖堂だ。
 礼拝堂の中を血で汚すのは避けたい。
 俺はキャットと横目で頷き合うと、ギネルスたちとの戦いに備えた。

-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回、ちょっと手間取りまして。
3000文字くらい書いたときに、「ちょっと違うかなー」と、千文字以上削除して、改めて書き直し。最後の部分なんですが。
その作業で、少しアップが遅れました。

内容についてもう少し。
盗賊が盗みに入るとき、基本的に無駄話とかは無いと思ってます。
淡々と、素早く仕事を熟し、さっさと出て行く。失敗なら、粘らすに逃げる。これが盗賊の基本スタンスじゃないかな……と。
ただ、それだと話としてはちょいと寂しいので、神像についての話をさせた次第です。リアリティは薄くなりますが、御容赦下さいませ。

あと、本作品はR指定を付けておりませんので、一部罵詈雑言は表現を和らげております。

糞女とか、GTAなら「ふぁっ○ん○っち」ですしね。

そしてもう一つ。

本文中、瑠胡さんはかなり暇しております。念のため。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...