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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
二章-6
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ギネルスの仲間である中年の盗賊が、門の扉を閉めた。
ギネルスは手振りで集まるよう、二人の仲間に指示を出す。それから《スキル》を使ったらしく、青白く光る目で周囲を見回した。
「キャット――そこに居たか」
囁くような小声で、木箱の近くへと声をかけた。
しかし、他の二人にはなにも見えていないらしく、木箱の周囲で視線を彷徨わせているだけだ。
――コン、ココン。
床を軽く叩く音に、ギネルスは苦笑した。
床を三回叩く、さらに一回目と二回目の間隔が長いのは、『準備は出来た、先に進んで良し』の合図だ。
この状況で姿を見せないまま、合図だけを送ってくることに、ギネルスは訝しむような顔をした。しかし、それもすぐに解け、仲間たちに軽く肩を竦めてみせた。
案内役に嫌われているからな――そんなギネルスの態度に、仲間たちも小さく笑みを浮かべた。
ギネルスが三本の指を前に振ると、三秒ごとに床を一回叩く音がした。少しずつ遠くなっていく音に導かれるように、ギネルスたちは大聖堂へと近づいていった。
ギネルスだけは己の《スキル》である、〈生命探知〉で案内役の居場所は把握していたが、仲間と歩調を合わせるため、あえて音の指示に従っていた。
大聖堂の大扉ではなく、横にあるドアの前までギネルスたちを導いていた音が、ココンと二連続で鳴った。
その合図に、ギネルスたちは立ち止まった。
周囲を警戒する中、ドアが独りでに開いた。そしてしばらくすると、コココンと床が三連続で――進めの合図だ――鳴った。
ギネルスは青白く光る目で周囲を見回し、中に先導役以外がいないことを確認したようだ。小さく息を吐き出しながら、三本指を前に振った。
テーブルのある小部屋を通り過ぎ、ギネルスたちは礼拝堂へと脚を踏み入れた。燭台に火の灯っていない礼拝堂は闇に覆われて、なにも見ることができない。
予定通り、〈暗視〉の《スキル》を持つ覆面の男が、ランタンに火を入れた。僅かに内部が照らされた内部は、
『欲を慎み、同じ種である者同士は争うことなきよう』
この教えからは些か逸脱した、豪奢な内装をしていた。
数十本にも及ぶ蝋燭が立ち並ぶシャンデリアが、天井から二つもぶら下がり、壁にも多くの燭台が並んでいた。
国教となっている、万物の神アムラダのシンボルである、杖の上端で光る太陽の彫刻は純金製。床には異国から取り寄せたカーペットが敷いてある。
戒律により木製のベンチや椅子はなく、削りだした直方体の岩が並んでいる。これが、椅子代わりである。
ギネルスは、司祭が演説を行う祭壇へと目を向けた。
アムラダのシンボルの前に、子犬程度の神像が供えられていた。純銀製の像は猫の頭部に獅子の身体、鷹の翼を生やした姿が象られている。
先ほど、〈暗視〉を使ってランタンを灯した男が、小さく首を振った。
「本当に、礼拝堂に神像があるなんて思わなかった。坊主どもってのは、無頓着だな」
「王都の第一層、しかも王城に併設され、門番や衛兵に護られてるんだ。大聖堂の礼拝堂とはいえ、堅牢な宝箱と変わりねぇのさ。だから、こうして――威光と威厳のために、信者どもに見せびらかせるってわけだ。神の教えを伝えるって嘯くわりに、権力欲の権化ってわけだ」
ギネルスは無駄口はここまでと、仲間たちへと手を振った。これから仕事に取りかかる――というところで、礼拝堂の扉が閉じた。
バタン、という音がして、ギネルスたちは一斉に振り返った。
閉じられたドアの横には、ランプを手にしたキャットが立っていた。その隣で〈隠行〉を解除した俺は、盗人三人組へ、警告を告げた。
「おまえら、大人しく投降しろ。そうすれば、五体満足で牢屋にぶち込んでやる。抵抗するなら、徹底的に砕いてやるから覚悟しな」
「な――キャットと同じ《スキル》を持ってるとはな。俺たちをここまで連れてきたのは、おまえだったってわけか?」
「二つ目の質問については、その通りだ。おまえらは、檻の中へと誘い込まれたってわけだ。というわけで、大人しく投降しろ」
「周囲の扉は、すべて施錠済み。それに今頃は、大聖堂の周囲は衛兵に囲まれているはずよ。もう……逃げられないわ」
俺の言葉を継いで、キャットが無表情に告げた。
歯を剥きながら俺たちを睨むギネルスは、腰に手を回しながら荒い息を吐いた。
「ラルア、てめえ……裏切ったな! てめぇのやってきたこと、すべて暴露したらどうなるか……わかってるんだろうな、ええ?」
ギネルスはキャットを睨めつつ、意味ありげな笑みを浮かべた。
それは相手の弱みを握り、感情や行動を掌握したことを確信した、支配者だけが見せる顔だ。
相手が自分に心から逆らえるはずがないと、ギネルスは表情だけで語っていた。
「ラルアよぉ……ここで、その男を殺せ。なに、俺たちも手伝ってやるさ。それで、おまえの罪は永遠に闇の中だ。冷たい牢獄に閉じ込められたり、死罪になることもない。昔みたいに、みんなで稼ぎまくろうじゃねぇか」
どこか猫撫で声のギネルスに、キャットの表情が揺らぐのがわかった。
牢に投獄されたり死罪になるのは、誰だってイヤだろう。己の保身のために、ギネルス側に寝返るのでは――という危惧を抱いた俺の横で、キャットは小さく笑った。
「本当に……昔から変わらないわね、ギネルス」
キャットの手には、いつの間にか短剣が握られていた。ランプを床に降ろしながら、ゆっくりと顔を上げた。
「投獄に死罪――そうね、昔のあたしたちは、それを一番怖れていたっけ。生きてさえいれば、次があるって。次で上手くやれば、生きる糧が手に入る――そう言われていたわ」
「そうとも。ここを脱出する方法なら、いくらでもある。そいつさえ殺してしまえば、あとは自由が待ってるんだ。さあ、一緒にやろうぜ?」
そう言いながら短剣を構えるギネルスへ、キャットは短く告げた。
「巫山戯んな。お断りよ」
「な――?」
虚を突かれたように、ギネルスは目を丸くした。キャットは怒鳴りもせず、淡々と喋り始めた。
「あんたのいう自由は、闇の中にしかないじゃない。光から隠れて、逃げて、息を顰める――そして、死ぬときも闇の中よ。そんなの、自由なんかじゃない。連綿と続く、煉獄そのものだわ。
あたしは光の下で、日差しの匂いのする仲間たちと一緒にいたい。たわいない話を聞いたり、下らないことで笑ったり……そんな世界がいい。だから、あんたの手助けは、金輪際しないと誓ったの。誰でもない、自分自身に!」
最後のひと言に力を込めたキャットが短剣を構えるのを見て、ギネルスの顔が醜悪なほど歪んだ。
「そうかよ。こうなったら、てめぇがやってきたこと、すべて暴露してやるからな……覚悟しろよ、糞女っ!!」
「……好きにしなさい。その覚悟で、あたしはここに来たの。もう、闇の世界にはこりごりしてるのよ。今日、すべてを精算するわ」
キャットの返答に、ギネルスの顔に残忍さが広がった。
腰から抜いた短剣の切っ先を、そのまま俺に――いや、キャットに向けた。
「おい、そこのヤツ。その女は自分のためなら、人を騙す、裏切る――それがラルア。つまり、その女ってわけだ。俺たちに負けそうになれば、てめぇを裏切るかもなぁ?」
「残念だけどな。この女騎士は、もう誰も裏切らねぇよ。ちゃんと帰る場所があるからな。日の下にある、糞盗賊どもなんかより、よっぽど魅力的な場所がある」
俺の返答に、キャットは僅かに目を見広げた。俺がこんなことを言うなんて、予想外だったんだろう。
俺の感情を揺さぶれなかったことに、ギネルスも怒りに手を振るわせていた。最後の手段とばかりに、大声でがなってきた。
「そうかよ! それじゃあ、言ってやる。おい、そこのヤツ。その女は、村の宿屋で虐殺をしたこともあるんだぜ? それに盗みだけでも数百件。それが、その女の正体だっ!」
「村の宿で虐殺――」
俺はふと、ルビントウという村でキャットが訪れた宿のことを思い出した。あの小さな旅籠屋の主人とキャットが交わした会話――それに、今の話。
これで、すべてが繋がった気がする。
俺は苦笑するのを堪えながら、ギネルスに告げた。
「ルビントウでなにが起きたか――なら、すべてを知ってるさ。なるほどね。罪悪感で人を縛る――やり方は糞外道だが、効果はあるみたいだな」
「……てめぇ、なにを知っている?」
凄むギネルスに、俺は意味ありげな笑みで返した。
「さあね。あんたの浅知恵のことなら、もう見当はついた。あとは……キャ――そこの女騎士も知らないこと……だな。簡単にだけど、調べさせて貰った」
「そうかよ。要するに、だ。てめぇを殺せば、ラルアを庇える存在はいなくなるってわけだ。なら、やることは同じだ。簡単でいいぜ」
「そう簡単にいくと思うなよ?」
改めて短剣を抜いた三人に対し、俺は無手のままで身構えた。長剣を抜いてもいいが、ここは大聖堂だ。
礼拝堂の中を血で汚すのは避けたい。
俺はキャットと横目で頷き合うと、ギネルスたちとの戦いに備えた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回、ちょっと手間取りまして。
3000文字くらい書いたときに、「ちょっと違うかなー」と、千文字以上削除して、改めて書き直し。最後の部分なんですが。
その作業で、少しアップが遅れました。
内容についてもう少し。
盗賊が盗みに入るとき、基本的に無駄話とかは無いと思ってます。
淡々と、素早く仕事を熟し、さっさと出て行く。失敗なら、粘らすに逃げる。これが盗賊の基本スタンスじゃないかな……と。
ただ、それだと話としてはちょいと寂しいので、神像についての話をさせた次第です。リアリティは薄くなりますが、御容赦下さいませ。
あと、本作品はR指定を付けておりませんので、一部罵詈雑言は表現を和らげております。
糞女とか、GTAなら「ふぁっ○ん○っち」ですしね。
そしてもう一つ。
本文中、瑠胡さんはかなり暇しております。念のため。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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