屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

二章-4

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   4

「まあ、ようこそおいで下さいました」


 王城の東側にある小部屋で、キティラーシア姫は俺たちを待っていた。
 石造りの王城とは思えぬほど、清潔感のある内装をしていた。なんでも、何度も増改築を繰り返して、内部では石壁をほとんど見なくなっている。
 ただ、かなり豪華な内装なんだろうな――という想像に反して、廊下は白く塗られた壁や褐色の絨毯を除いて、かなり質素な造りだった。
 一定の間隔で並べられたランプに、ドアの一つ一つに紋章が彫られている程度だった。
 しかし、俺たちが通された小部屋は、金箔を貼られた調度類や柔らかなソファやシャンデリアなど、豪華絢爛たる調度類が並び、お茶の器も陶器や銀製品ばかりだ。
 場違い過ぎて、俺はもう帰りたくなっていた。
 召使いの女性メイドが、円卓上に並べられたカップに、半透明の赤みがかったお茶を注いでいる。中央にはお茶菓子なんだろう……俺が見たこともない、丸みのある焼き菓子っぽいのとか、白いフワフワの乗った物体ケーキなんかが、三段重ねの金属の皿に盛られていた。
 半透明のカーテンが閉じられた窓の前の席に、キティラーシア姫はにこやかな表情で座っていた。
 頭髪は蜂蜜のように艶やかな金髪をシニヨンという髪型に纏め、銀のティアラで飾っている。ドレスは濃い褐色を基調として、袖はベルスリーブ。
 優雅な所作で微笑んでいる姫君は、見るからにおっとりとした雰囲気を纏っている。
 だがしかし。
 この見た目とは裏腹に、性格は――その、控え目な表現で逆境にノリノリで乗っかる程度に図太い。
 今ですら、ともあれば拉致に近い召喚方法を取った上で、先の台詞をのたまったのである。俺たちの常識など、まったく通用しないといっていい。
 とまあ――そんなことを考えながら、俺はできるだけ恭しく頭を下げた。


「この度は、お誘い下さいまして、光栄に存じます。ですが……その」


 俺は頭を上げたあと、躊躇いがちに質問を投げた。


「わたくしたちが王都にいると、どうしておわかりになられたのでしょう?」


「騎士が、わたくしに報せてくれましたの。北門で、あなたがたを見たと。あの騎士は、誘拐事件のときに、わたくしに同伴していた騎士の一人でしたのよ?」


 ああ、なるほど。
 騎士の全員を覚えていたわけじゃないからな……そこには気がつかなかった。


「なるほど。左様であったか。それで妾たちを……呼ぶ理由がわからぬが」


「あら。そんなの簡単ですわ、瑠胡姫様。お二人と、お話をしたかっただけです。ですが……そちらは?」


 キティラーシア姫の目が、瑠胡の背後へと注がれた。そこには……瑠胡の着物の袖に縛られたままのキャットが、憮然とした顔で立っていた。
 馬車からずっと、このままだったし。この表情になっていても不思議じゃない。いや、発端は俺なんだけど。
 俺は瑠胡と目配せしてから、キティラーシア姫へ向き直った。もちろん、説明をするのは俺である。


「レティシアの《白翼騎士団》に所属する、キャットです。彼女は……その、ここで大切な話をしたくて連れてきました。何卒、御容赦下さい」


 部屋のドアは、俺たちを案内してきた騎士が閉じている。見張りも兼ねているようだから、逃げようとしても抑えられるはずだ。
 キティラーシア姫を前に、キャットも諦めがついたようだ。部屋に入ってからは、暴れたり文句を言ったりする気配を見せなくなった。
 瑠胡が袖の拘束を解くと、キャットは無言で俺を睨んできた。
 キティラーシア姫は、そんなキャットを眺めながら、俺たちを席に座るよう促した。


「それで……キャットさんへ、どのようなお話をされるんですの?」


 少しばかり目を輝かせながら、キティラーシア姫が訊いてきた。瑠胡の隣に座るキャットも、俺へと目を向けている。
 俺はちょっとだけ間を置いてから、喋り始めた。


「ここから、余計な人間に話を聞かれない……から訊くんだけどさ。俺たちと別れたあと、裏世界の酒場に行ってたのか?」


 まあ尾行していたし、右腕を負傷しながらも俺に遅いかかってきた強盗に訊いたので、キャットの行き先はわかっているんだけどな。
 わざわざ質問したのは、俺から尾行したとは言わない方がいい――と判断したからだ。
 そして――その判断が間違っていなかったことを裏付けるように、キャットはキツイ目で俺を睨んできた。


「まさか、尾行してたわけ?」


「いや? その手の話……《黒》だっけ? その噂は聞いたことがあるしな。キャットの動きは、裏の世界の奴らのそれに似ていたしさ。そっちと関係があったのかって思ってたんだよ。それに、その手に持っていた羊皮紙。あれは、そっちの奴らから託されたものだと思ったしな」


 尾行したことを誤魔化すために、色々な理由をこじつけた。我ながら強引すぎるかと思ったけど、キャットはなにも言い返さずに、僅かに表情を曇らせた。


「やっぱり……染みついた因縁は、そう簡単に消せないのね」


 キャットは俯いてから、数秒ほど黙っていた。
 俺が焦れてきたころに、小さく溜息を吐きながら顔を上げたキャットは、どこか吹っ切れたような顔をしていた。


「確かに……《黒》へは行ったわ。昔の仲間から、話があると言われて――ね」


 キャットの話は、隊商と王都に向かっているときから始まった。
 客を装った養い親、ギネルスという男からの指示。《黒》で密会したギネルスから持ちかけられた仕事のこと。そして、過去の悪事をばらすという脅迫――。
 それらの話を終えたあと、キャットは羊皮紙を円卓の上に乗せた。


「これが証拠の品です、キティラーシア姫。この話をした以上、あたしの過去にした悪事は、すべて明るみになるでしょう。そうなれば、監査係の追求は免れません。これ以上、レティシア団長に迷惑はかけられない……キティラーシア姫様。抵抗はしませんから、わたくしをこの場で捕らえて下さい」


「お、おい……キャット、落ち着――」


「なるほど、お話はわかりましたわ」


 俺の言葉を遮るように、キティラーシア姫はポンと手を打った。


「大聖堂の神像を狙う者がいる――と。その計画の詳細は、把握されておりますか?」


「え? あの、少しであれば。この羊皮紙を王城に持って来たときに、わたくしの《スキル》を使って、夜まで潜伏。内側から鍵を開けてギネルスを招き入れて、神像を盗み出す……という計画だと。ただ、あいつのことですから、ほかにも二手三手以上は考えている筈です」


「ありがとうございます。それから、もう一つ。この場で捕らえなかった場合、あなたは神像を盗むことに加担するのでしょうか」


「それは……過去のことを明るみにされたくありませんから。やるしかないでしょうね」


「あら。こう考えることはできませんか? その養い親さんたちを全員捕まえてしまえば、なんの問題もなくなるって」


 にこやかに告げるキティラーシア姫に、キャットは驚いたように首を振った。


「そんな――悪党とはいえ、知人を裏切るなんて。それでは、ギネルスと同じになってしまいますから。あたしは……そこまで堕ちたくありません」


「あら。あなたが養い親さんを手伝えば、それはレティシアを裏切ることになるのではなくて? どちらに転んでも裏切ることになるなら、あとはどちらを裏切るか。意味の無い脅迫に怯えずに冷静な判断をすれば、簡単な選択だと思いますわ」


「意味の無い脅迫って、そんな無責任に」


「待てよ、キャット。おまえはレティシアとギネルス、どっちを信じてるんだ?」


「え?」


 質問の意図が掴みきれなかったのか、表情を強ばらせたまま振り返ったキャットに、俺は険しくした目を向けた。


「おまえは、レティシアのことを甘く見過ぎだ。過去の罪を気にしているみたいだが、あいつが把握してないと思うのか? 把握した上で、おまえを騎士団に誘ったはずだ。すべてとは言わないが、もう少しレティシアの判断を信じてもいいと思うけどな」


「……でも、あたしが神像を盗むことに加担しているのは事実。牢に入れるのには、充分な理由よ」


「あら? まだ神像は盗まれておりませんわよ。それに、窃盗について情報提供をした騎士を捕らえたら、わたくしがレティシアに怒られてしまいます。キャットさんを捕まえる、捕まえないの話は、これでお終いにしません? それより、その盗人さんを捕らえる算段を考えたほうが、建設的ですわ」


 俺とキャットの会話に割り込んだキティラーシア姫が、にっこりと微笑んだ。
 毒気の抜かれた顔をするキャットを見て苦笑した俺に、瑠胡が声をかけてきた。


「先ほどから、話に入る余裕がない。キティラーシア姫の言うとおり、別の話にせぬか?」


 そういう瑠胡の顔は、少し拗ねているように見えた。
 ちょっと嫉妬させちゃったかな……俺は苦笑しながら謝ると、キティラーシア姫の提案に乗っかることにした。


「キャット、まずはギネルスたちの《スキル》を教えてくれ」


 俺の頼みに、キャットは――きっと初めてのことだろう――小さく頷いたのだった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

瑠胡の会話が少なすぎ……な回です。キティラーシア姫が多めですが、こうした流れになると、この人は強いです。王族の中を見ていて、人の闇を知ってますからね、お姫様って――というイメージで書いてます。
だからか、こういう流れになると瑠胡より書きやすかったりします。

一歩間違えば、裏社会のボスになりそうな人かもですね。鞭とか似合いそう。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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