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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
二章-3
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右腕に怪我を負った男を羽交い締めにしながら、俺はキャットが入って行った建物を見張っていた。
それにしても、隠し扉ねぇ……。
王都タイミョンの中に、こんな場所があるなんて。ちょっとばかり、勉強になった気がする。まあ、どう考えても裏世界の施設だろうから、使うことはないだろうけど。
「本当に、あそこは酒場なんだな?」
「ああ……そーだよ! 痛てて……」
極めている左腕の痛みに男は顔を顰めたが、俺は気にせずに建物の監視を続けながら、ふと気になったことを訊ねた。
「おい……さっきの女は、おまえの知り合いか?」
「ああ……昔、一緒に……仕事をしたことが……いてて――ある」
なるほど……キャットの過去は裏街道の人間だと思っていたが、本当にそうだったのか。
レティシアのことだから、そこまで悪党じゃなかったと思うけどな。ただ、なんで今更、こんな場所に来るんだ……という気はしているけど。
男の腕を極めたまま、三〇分ほど過ぎた。
そろそろ男を極めてる腕も辛くなってきたな……と思っていたら、建物からキャットが出てきた。
最初に持っていなかった、丸めた羊皮紙を手にしている。
「俺のことは、あの女に喋るなよ。おまえも格好がつかないだろ?」
「わ、わかったよ……」
俺は男から手を離すと、素早く路地から出た。
駆け足で図書館まで戻ると、すでにジョシアと一緒に瑠胡が外で待っていた。
「瑠胡、待たせてすいません。ジョシアも、ありがとうな」
「瑠胡姫様は賓客扱いだったから、問題ないよ。それより、用件っていうのは終わったの?」
「ああ。まあ、ね。それじゃあ瑠胡、宿に戻りましょうか」
俺と瑠胡はジョシアに別れを告げると、宿への道を歩き出した。
元来た道を戻っている途中で、瑠胡が話しかけてきた。
「キャットは、どうでしたか?」
「ああ……裏世界の酒場に行ったみたいなんですよね。それ以上は、追えなかったですけど」
「あら。どうしてです?」
「流石に、裏世界のど真ん中へ行くだけの度胸はないですよ。ただ、なにかの羊皮紙を持ってましたね。手紙……かもしれませんけど」
そんなことを話しているあいだに、俺たちは北門の近くまで戻って来た。
北門の前には、いつの間にか十名ほどの正騎士が並んでいた。鎧に身を包んだ正騎士たちは、まるで君主の帰還を待っているかのように、横一列に整列していた。
まあ、関係無いか――そう思って壁沿いに南門側へと行こうとしたとき、正騎士が一斉に俺たちのほうへと駆け寄ってきた。
ヤバイ、俺のことを知って捕らえに来たか――そう思って身構えたが、騎士たちは俺と瑠胡の前で一斉に姿勢を正した。
踵が鳴る音が響く中、一番右端の騎士が、俺たちに敬礼を送って来た。
「ランド・コール殿、瑠胡姫様とお見受け致します。王家の第二王女、キティラーシア姫君が、お二人をお招きしたいとのことです。どうかこのまま、我らと来て頂きたい」
慇懃な態度ではあるが、言葉遣いには威圧感がある。
そこに警戒感を抱きたくなるが……よく考えれば、騎士なんてこんなものだ。耶蘇に戻って、少しは休めると思ったのに、キティラーシア姫の召喚とあっては、無下に断れない。
仕方なく承諾しようとしたが、俺の脳裏に、一つの考えが思い浮かんだ。
「召喚には応じましょう。ただ、もう一人……《白翼騎士団》の騎士が同行してまして。彼女も一緒に伺いたいのですが。それでもよろしいでしょうか? 南門近くの宿にいると思うので、呼びに行って来ないといけませんが」
「それは……いや、我らが命じられたのは、お二人のみ。このまま、姫君のところまでお連れ致します」
騎士たちが、俺と瑠胡を取り囲むように移動した。これでは、城まで連行されるのと変わりない。
いくらなんでも無礼が過ぎる――と思って身構えたとき、騎士がもう一人、こっちへ駆け寄って来るのが見えた。
すぐ近くに来てわかったが、彼は俺たちが図書館へ向かう途中、門の前で見かけた騎士だった。
その騎士は俺たちを取り囲む騎士たちへ、まるで咎めるように告げた。
「おまえたち、やめるんだ。この御方たちが本気になれば、おまえたちなど赤子同然に叩き潰されるぞ」
割って入っていた騎士は、別の騎士から事情を聞くと、俺たちに向き直った。
「レティシア殿の《白翼騎士団》の騎士と同行したいという旨、確かに承りました。わたくしが宿まで同行いたしますが、それはよろしいでしょうか?」
「えっと……はい。それは構いません」
「畏まりました。それでは早速で申し訳ありませんが、宿へと急ぎましょう。宿は南門側ですか……ならば、こちらへどうぞ」
そう言って騎士が促したのは、第一層の北門だった。その奥に、中々に質の良い二頭立ての馬車が停まっていた。
驚く俺に、騎士は苦笑しながら説明した。
「キティラーシア姫様のご厚意で、馬車も用意して御座います。あれで、第一層を抜けて、宿へと行きましょう」
その騎士はベルナンドと名乗り、この前の誘拐事件のときに、キティラーシアの護衛として同行していたという。
「お二人に恩義を感じている騎士は、わたし以外にもおります。偶然とはいえ、お二人に再会できて、光栄です」
そう言って、ベルナンドは朗らかな笑みを浮かべた。
騎士や正規兵から褒められることに慣れていない――《白翼騎士団》のクロースたちは別だが――俺としては、背中がこそばゆくなってしまう。
瑠胡は平然と受け流していたけど……やはり、故郷で褒められ慣れしているのかもしれないな。
馬車は第一層の大通りを、ゆっくりとした速度で進んでいた。第二層を走る馬車とは違い、第一層ではだく足以上の速度は禁止されているらしい。
白い石材を使った王城――ハークロン城が天高く聳え立ち、周囲には騎士団の詰め所や貴族の屋敷が取り囲んでいた。
貴族たちが住む色とりどりの屋根が立ち並んでいるが、城塞都市の常か庭のある屋敷は限られている。王城に近い屋敷には小さな庭があるが、そこは公爵家の家系のものという話だ。
俺にとっては珍しい光景を見物していると、馬車は南門から第二層へと出た。
馬車はそのまま、俺が指定した宿《金のスプーン》に到着した。俺は皆を馬車に待たせたまま、宿の店主にキャットが帰ってきたか訊いた。
「いいえ。まだ、お帰りではありません」
俺は店主に礼を述べると、部屋に荷物があるのを確認してから、急いで馬車に戻った。
「キャットはまだ戻ってない。ちょっと待って下さい」
俺は馬車に乗り込んでから、窓を少しだけ開けて外の様子を伺った。キャットがあの裏路地から真っ直ぐに帰ってくるとしたら、俺の右にある窓側の道から来るはずだ。
それから数分――くらいか。馬車の中で待っていると、俯き加減に歩いてくるキャットの姿が見えてきた。
俺は御者に指示を出して、キャットの右横までゆっくりと進ませた。
馬車がキャットの真横にくるまで、俺は頭の中で秒読みを続けていた。零になった瞬間に客車のドアを開けた俺は、素早く手を伸ばしてキャットの右腕を掴んだ。
なにか考え事をしていたんだろう、突然のことに目を見広げたキャットの顔は、恐怖で引きつっていた。
「な――な、なによ、いきなり……」
「王城から召喚がかかっているんだよ。急いで乗ってくれ」
俺の言葉に、キャットは少し悩むような顔をした。
しかしすぐに、俺が掴んだ右腕を後ろに退きながら、首を左右に振った。
「あたしは……行けない。あんたたちだけで、行ってきて」
まあ、予想していた返答だ。だけど、今はその願望を叶えるわけにはいかない。裏の世界に引きずり込まれそうな、そんな気配を見せているキャットを放っておいたら、二度と日の下へは帰ってこない気がする。
そうなれば、レティシアたちにも追求が及ぶ可能性がある。そんな不安材料を残したままじゃ、瑠胡の故郷へ行きにくくなる。
俺は問答無用で〈筋力増強〉で増した腕力で、キャットを強引に馬車に引っ張り上げた。
「ちょ――なにをするのよ!!」
「悪いな――馬車を出して下さい!」
客車でのゴタゴタに驚いた様子だったけど、御者は俺の指示に従って、馬車を第一層へと走らせた。
こんな状況でも、キャットは馬車の外に出ようと藻掻いたが――。
「これ。大人しくしておれ」
瑠胡が神糸で織られた着物の袖を操り、キャットの身体を縛り上げたことで、表面上は騒動が収まった。
口まで塞がれたキャットを見て、ベルナンドは目を白黒とさせていたけれど。
「緊急措置なので、気にしないで下さい」
俺の説明なんかで、絶対に納得はしていない。だけど、ベルナンドはなにも言わず、ただ頷いてくれた。
そんな微妙な空気で満たされる中、俺たちを乗せた馬車は王城へと、ものすごくゆっくりと進んだのだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
キャット、王城へドナドナ回。極論ではありますが。
馬車は一頭立て、二頭立て、四頭立て……あたりが一般的かなと思うのですが。三頭立てがあると……知り合いが言っていたんですが、資料が見つかりません。
アニメのキタサンブラックなら、一人で充分な気がしますが、まったくの別の話ですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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上記はあくまで予定です。
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