屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
104 / 275
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

二章-1

しおりを挟む

 二章 卵と玉葱のスープ


   1

 メイオール村を出てから十日目の昼前、俺たちが同行している隊商は王都タイミョンに到着した。城塞都市としては国内でも最大で、やや長方形になった城壁の一片は一キロン(約二千メートル)を超える。
 二重になった城壁の第一層は、主に王族や貴族が住まう区画。第二層は平民や兵士たちが住まう区画だ。
 隊商が入れるのは、第二層にある西門から近い、市場のある広間まで。
 そこから先は、例外はあるものの、街の住人以外は立ち入り禁止になっている。比較的に二階までの家屋や建物の多い市場周辺とは異なり、三階、四階と建て増しされた家屋が建ち並ぶ区画は、お世辞にも整然としているとは言い難い。
 商売をするミィヤスと別れた俺と瑠胡、それにキャットは先ず、レティシアから指定された宿へ向かうため、市場から東の区画へ移動することにした。
 市場から出るときに、衛兵と一悶着あった。俺やキャットは問題なかったんだけど……瑠胡の着物が異国の服装だったために、衛兵が警戒したらしい。
 最終的にはレティシアからの紹介状を見せることで、なんとか移動することができた。
 街の通りを歩いている途中に、瑠胡は怪訝そうな顔で俺に訊いてきた。


「ランドや……妾の姿は、それほどに奇抜かえ?」


 衛兵との一件、そして街の住人たちからの奇異の視線に、瑠胡は少し不安を覚えたようだ。
 自分の身なりを見回す瑠胡に、俺は苦笑した。


「大丈夫ですって。着物姿というのが、珍しいからだと思いますよ」


「そうか。街の者と、同じ装いにするべきかのう?」


「いや、そこまでしなくても大丈夫ですよ。長期滞在をするわけじゃないですし」


 あくまでも、今回の目的はジョシアへの挨拶だ。もしかしたら、もう一つできそうだけど……それはまだ、あとの話だ。
 宿に到着した俺は、少し唖然とした。
 レティシアが指定した宿は第二層には似つかわしくない、高級そうな佇まいだったからだ。恐らくは、第一層に済む貴族に用のある商人なんかが使う宿だ。
 俺のような一介の村人が使っていい宿じゃない。それを証明するかのように、宿の主はあからさまに、俺たちへ侮蔑の目を向けてきた。
 しかし、それもキャットが提示した紹介状を見るまでだ。紹介状の文面を読んだ途端、主の態度が、手の平を返すように軟化した。
                                                            

「これはこれは……ようこそ、旅の宿《金のスプーン》へ。お目にかかれて光栄です」


 へつらうような態度で俺たちを部屋に案内すると、最後に恭しく頭を垂れた。


「お代は、もう頂いておりますので……心ゆくまで、おくつろぎ下さいませ」


 宿の主が去って行くと、俺は少し不安を覚えながらキャットに訊いた。


「キャット……本当に、宿の代金とか大丈夫なのか?」


「あたしだって、知らないわよ。大体ここ、一泊で一ゴパルって話なのに」


 一ゴパル――金貨一枚!? え? そんなにするの?

 俺の日収が一二コパルだから……約四ヶ月分の収入が、一泊で消えるのか。それを次の出発までの三日分……三人だから、金貨九枚。

 あ――ちょっと、めまいが。

 まあ、それはともかく――荷物を置いた俺と瑠胡が一番最初にやったのは、風呂に入ることだ。
 なにせ旅のあいだは宿に泊ったとしても湯浴み、野宿のときは汚れを落とすこともできずにいたんだ。
 宿泊料が高額なだけあって、この宿には部屋に風呂が備わっていた。
 風呂の湯は、使用人に頼めば桶で持って来てくれる。しかも無制限に、だ。こういうのを目の当たりにしてしまうと、高額な宿泊料も納得してしまう。
 旅の汚れを落とした俺たちは、宿の昼食を食べてから、ジョシアが勤めている図書館へ行くことにした。
 これには、キャットも同行をしてもらっている。これには、ちょっと思うところがあって――のことだ。
 ルビントウ村の旅籠屋で店主たちから聞いた話は、まだキャットにはしていない。これも思うところがあって――というより、俺がなにかを言っても、すぐには信じて貰えないだろうし、反発されるだけだと思ったからだ。
 自分の過去を勝手に推測され、調べられるというのは、気分のいいものじゃないだろうしなぁ。
 話をする時期は、かなり重要になると思う。
 キャットの事情も定かではない今、性急にことを進めるわけにはいかない。キャットに同行してもらっているのは、なるべく俺たちの目から離れないようにするためだ。
 護衛する側と護衛される側の関係が、どこか逆転してしまった気はするけど、この場合は仕方が無い。
 街中を歩いて図書館へと向かっていると、やはり人々の視線を感じてしまう。瑠胡と一緒にいるせいだと、わかっているんだけど……ちょっと慣れないな、これは。
 豪奢な刺繍が施された異国の服装に、髪飾り――かんざし、というものらしい――裕福な異国の女性という認識なんだろうけど、ちょっと悪目立ちしてるかもしれない。
 宿は第一層に近い、第二層の南側にある。図書館は第二層の北側だから、かなり迂回をすることになる。
 第一層の外壁沿いに北側へと来たのはいいが、門番の側にいた騎士らしい男が、俺たちに不躾な視線を送ってきた。


 ……なんだ?


 瑠胡やキャットが人の――主に男性の――視線を集めるのは仕方ないが、騎士の表情はそれとは異なっていた。
 しかし、こちらに近づく気配はなかったため、俺は視線を無視して図書館へと急ぐことにした。北門へと続く大通りは、商人よりも訓練兵や見習いの職人が多い。
 職人が多く住んでいる通りの東側には、俺が居た兵士養成のための訓練所がある。

 ……あ、そういえば。

 王都を追放になった俺が、こんな場所を彷徨いていたらヤバイ気がする。さっきの騎士が、俺のことを知っていたらどうしよう。
 ちょっと忘れてたな……と思っているあいだに、俺たちは図書館に到着していた。
 石造りの図書館は、三階建ての剛健な造りをしている。なんでも、屋根のあたりは大昔の神殿を模して建てられたそうで、壁なんかもそっちに寄せた印象が強い。
 上から見ると十字になっている建物の四隅にはベンチがあり、読書をしている住人の姿もあった。
 横と奥行きがそれぞれ、三〇マーロン(約三七メートル五〇センチ)というのは、王都における建築物では王城に継いで二番目に相当する。
 大聖堂もあるが、それは王城に併設しているために、王都内で建物の話をするときは、あまり単独では出てこない。
 ただし。王城に併設されていなければ、間違いなく大聖堂が二番目になるはずだ。
 俺は図書館の外で立ち止まると、キャットを振り返った。


「悪いんだけど……ジョシアを呼んで来てくれないか?」


「……なんで、あたしが?」


「いや、ちょっと事情があって……中に入ると拙いかもしれないからさ。頼むよ」


 俺がまた頼み込むと、キャットは怪訝そうにしながらも図書館の中に入っていった。
 しばらくして――呼びにやったキャットを後方に置き去りにしたジョシアは、正面玄関から出てくると、俺と瑠胡の前で立ち止まり、喜びを露わにした。


「うわっ! 本当にお兄ちゃんだ! 瑠胡姫様まで……兄の不始末でここまで来たんですよね? 御足労をおかけして、申し訳ありません」


 しおらしく瑠胡に謝罪するジョシアに、俺はちょっとばかり頭痛を覚えた。


「あのな……なんで、俺がなにか不始末をした前提で話を進めるんだよ?」


「だって……それしか考えられなくない? 追放処分なのに、王都に来てるんだし」


 目をパチクリとさせながら、ジョシアは答えた。

 ……このやろう。冗談とかではなく、本気でそう思っていやがるな。

 俺は盛大な咳払いをしてから、ジョシアに瑠胡の故郷へ行く旨を伝えた。
 瑠胡の両親への挨拶に、もしかしたら数年は帰ってこられないかも――それらのことを話すと、ジョシアは最初こそ驚いていたが、次第に真顔になっていった。


「いいんじゃない? こっちのことは心配しないで、ゆっくりと行ってらっしゃい。どうせ両親とも、お兄ちゃんのこと気にしてないしね。あ、でも……旅の前に大聖堂でアムラダ様の神像に祈っておくのは……どう考えても無理よね」


「ああ、そうだな。王都に居るだけでも拙いと思うのに、第一層に行くのは……なぁ」


 大聖堂にあるアムラダの神像は、古来より神より授かった信仰の象徴として、近隣諸国にまで名を轟かしているものだ。
 一説には神器という話もあり、神像を介して神託を授かることもあるという。
 そんな話をしていると、キャットが俺たちから離れた。


「どこへいくんだ?」


「別に――少し、行きたいところがあるの。終わったら、すぐに宿へは戻るから」


 小さく手を振って歩き出すキャットを見送ってから、俺と瑠胡は小さく頷き合った。
 ここで動くか――別に放っておいてもいいんだけど、なにか最悪な状況に陥ったら、レティシアに合わす顔がない。
 俺たちに責任がなくても――旅の道連れというのは、全員が無事に帰れるように努力するものだ。


「ジョシア、瑠胡に図書館を案内してやってくれないか?」


「それは……いいけど。お兄ちゃんは?」


「ちょいと野暮用だ」


 俺は瑠胡と指先を触れ合わせてから、一定の距離を開けてキャットのあとを追い始めた。
 あの暗い表情に、荒事には疎いミィヤスでも感じとれる不穏さ。それらに言い知れぬ不安を覚えながら、俺は尾行を開始した。

--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

二日酔い&寝不足&洗濯用洗剤の詰め替え用が品切れで、買いに店を三軒巡ったため、予定よりも遅くなりました。

……なんで、あの二店舗では売ってなかったんだろう。

それはともかく、二章の始まりでございます。
地の文ばっかりになりましたが、街の説明とか書いてると、どうしてもこうなります。その分、ジョシアの口の悪さを二割ほど増しました。

一応、あれも親愛表現の一つだと思……すいません、嘘を書きました。書いてて楽しいだけです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~

裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】 宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。 異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。 元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。 そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。 大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。 持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。 ※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

処理中です...