101 / 276
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
一章-5
しおりを挟む5
メイオール村から数時間。夕方近くにようやく、隊商はサラントという宿場町に到着した。
森を抜けてから、数十分というところの位置に、その町はあった。
宿場町とはいえ、農業をやっていないわけではない。収穫の終わった麦畑と芋を植えているらしい畑の間を通って、隊商の馬車列は町を囲う外壁を通った。
衛兵が左右を護る門を通って町の中にはいると、様々な匂いと音が聞こえてきた。
放し飼いにされた豚、往来する人々の汗――それらに混じって、旅籠屋から料理の香りが漂っている。
宿場町というだけあって、門の側には旅籠屋などの宿が多い。それに、祭りでもないのに屋台が建ち並んでいる。旅人相手なんだろうけど、ずいぶんと賑やかだ。
隊商の馬車列は、空き地になっている外壁沿いに停まった。最後尾にいた護衛兵が、捕らえた野盗たちを引き渡しているのが見えた。
今日はもう宿に泊まって……と思っていたら、商人たちは馬車の前に商材を並べ始めた。
一体、なにをするつもりなんだろう?
ぼんやりと商人たちを眺めていると、背後から声をかけられた。
「ランドさん、すいませんけど手伝って下さい」
「あ、ああ……」
ミィヤスに頼まれて、俺は木箱や大きな袋を取り出して、荷馬車の横に並べた。
その品々を木箱や広げた布の上に並べたミィヤスは、他の商人たちと同じように、客寄せの口上を述べ始めた。
「さあ、獲れたてのトウモロコシと隣国、ゼイフラム国の布だよ! 王都に近い街よりも安くご購入いただけます!!」
布地っていうのは、どの町でも高価だ。だからメイオール村のような離村なんかだと、各家庭で機織りをしていたりする。
それが安く買えると聞いて、通りすがりの町人や商人がミィヤスの商品を見物し始めていた。
周囲を見渡せば護衛兵たちは商人たちの近くで、周囲の警戒をしていた。
となると……俺もそういう役割か。
周囲を見回していると巡回の当番なのか、一人の警護兵が近寄って来た。
「よお、こっちの景気はどうだい?」
「さあ……まだ始まったばかりですし。でも、まさか着いて早々に商売をするなんて」
「隊商ってのは、そういうものさ。今晩は帳簿の整理と利益の分配、隊商に残る奴らは明日の朝一で買い付けだぜ?」
「マジですか……」
隊商というのは、俺が考えていたよりも激務のようだ。のんびり休む暇なんか、滅多にないだろう。
馬鹿にしてたわけじゃないけど……大人しくて朴訥なミィヤスに、そんな胆力があると思ってなかっただけに、俺は驚嘆を隠せないでいた。
「こりゃ大変だ……」
「まあな。だが、それは商人たちに任せておけばいい。それより、あんた。《地獄の門》をぶっ潰したんだって? おかげで、今日は楽できたぜ」
「ああ……なんか、仕事を奪ったみたいですいません」
俺が謝ると、護衛兵は大笑いをした。
「なにを言ってんだよ。確かに俺たちは、戦うのが仕事だけどな。けれど別に好きこのんで、命を危険に晒したいわけじゃない。楽して仕事が終われるなら、それにこしたことはねぇさ」
「それは確かに」
「しかし、あんた凄腕なんだろ。これを機会に、隊商の護衛兵になるっていうのはどうだい?」
護衛兵の勧誘に、俺は苦笑しながら首を左右に振った。
隊商の護衛兵というと聞こえはいいけど、結局のところは傭兵みたいなものだしな……瑠胡と一緒に暮らすことを考えると、やはり不安定すぎる職業だろう。
「いや、メイオール村での仕事もありますから。警護兵は無理なんですよ」
「そうか……そりゃ残念だ。あんたと一緒なら、俺たちも心強いんだけどな。ああ、そうだ。伝言を忘れるところだった。今晩の歩哨、あんたは外れていいってさ。泊まる宿は、長が確保中だ」
「わかりました。ありがとうございます」
俺が礼を述べると護衛兵は肩を竦め、手を振りながら去って行った。
俺は改めて、ミィヤスたち商人が商いをしている様子を見回した。見た目の活気に隠れた、商人たちの努力が、今の俺には理解できる。
見た目より、お気楽な仕事じゃないんだな。
そんなことを考えながら、俺はミィヤスの商いに目を戻した。他の街で買うよりは安いと言っても、トウモロコシの売れ行きに比べれば、布はほとんど売れていない。
ふと馬車を振り返れば、キャットが御者台に座っていた。瑠胡は時折、幌の隙間から顔を覗かせているが、それは商いを眺めているというより……俺がいつ戻るか、気にしているかのようだ。
客の切れ目に俺と目を合わせたミィヤスは、肩を竦めながら苦笑した。どうやら、こういう状況には慣れっこらしい。
へこたれない精神力に舌を巻いていると、濃緑色のフードを目深に被った男が、ミィヤスに近寄って来た。
見るからに胡散臭そうな顔をしている男は、商品を見回したあと、ミィヤスに話しかけた。
「すいませんが、アンキィルン産のレモンバームは置いてあるかい?」
レモンバームは、香り付けやハーブティに使われる香草だ。ただ、この地方での自生は少なく、少し南方に行った国で多く収穫されている。
ミィヤスは申し訳なさそうに、右手を後頭部に添えながら、男に謝った。
「申し訳ありません。それは置いて無くて……少し遠方の品ですし」
「ああ……そうだよな。寝る前に、あれをお茶にして飲むのが好きなんだが。もし手に入るようなら、頼んでもいいかな?」
「ええ、いいですよ」
ミィヤスが笑顔で頷くと、男は他の商人たちの商品を見ることなく、立ち去ってしまった。
目当ての品があるなら、他の商人のところも見て廻ればいいのに――そんなことを思って男の後ろ姿を目で追っていた俺に、ミィヤスが声をかけてきた。
「これを長のところに持っていってくれないかな。そろそろ、店じまいだと思うから」
ミィヤスは売り上げの入った革袋を俺に手渡すと、羊皮紙に男が告げた香草の名を書き始めた。
あれも注文ってことになるのか……口約束なんて、当てにならないだろうに。ミィヤスの人の良さに呆れつつ、俺は隊商の長の姿を探した。
護衛兵は宿を手配しに行っていると言っていたが、隊商の長は自分の馬車で帳簿とにらめっこをしていた。
「長さん、ミィヤスから売り上げを預かって来ました」
「ああ、ランドさん。確かに、売り上げ金を預かりました。ああ、そうだ。お三方の宿は、ここから一番近い《踊る道化師亭》になります」
「ありがとうございます。あとで、宿を見に行ってみます」
俺は礼を告げてから、長さんと別れた。
ミィヤスの馬車に戻ったとき、御者台にいたキャットが青い顔をしながら、周囲を見回しているのが見えた。
窃盗があったにしては、ミィヤスはのんびりと商品を片付け始めている。ということは、別のなにかがあったのか――そう思った俺は、キャットのところに駆け寄った。
「キャット、どうした?」
俺が声をかけると、キャットは酷く驚いた顔で振り返ってきた。
いつもふてぶてしい態度――というと言い過ぎだけど、飄々とした態度を崩さないキャットにしては、珍しい表情だ。
まるで安堵するかのように大きく息を吐いたキャットは、静かに首を振った。
「ああ……その、なんでもないの。夕暮れ刻は盗人も増えるから……あんたの代わりに周囲を警戒してただけ」
「だけって顔がなかった気がするけど……まあいいや。俺たちが泊まる宿を教えて貰ったからさ。俺と瑠胡とで見に行ってくるよ」
「あ、え? ああ……そうね。お願い」
キャットは興味なさそうに頷くと、また視線を周囲へと向け始めた。
俺は荷馬車の後部に移動すると、瑠胡に声をかけた。二人で町を歩いて、長さんから聞いた《踊る道化師亭》を探した。
といっても、探すというほど歩いていない。長さんが言っていたとおり、目的の宿はすぐに見つかった。
道化師の看板のある二階建ての旅籠屋は、かなり品の良い造りをしていた。見るからに宿代も高価そうなんだけど……宿代って自腹だっけ?
あとで、そのあたりも確認しなきゃ……。
そう考えていた俺の横で、瑠胡は呑気に微笑んでいた。
「宿というものに泊まるのなんて、初めてですから。わたくし、少し楽しみなんです」
その笑顔を見ると、これよりも格下の宿には変えにくい。俺は財布の中身を必死に思い出しながら、「そうですね」と答えたわけだけど。
表情が引きつってなかったか、少しだけ不安になったのは、瑠胡には内緒にしておこうと思ったのだった。
------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
隊商(キャラバン)の商人は、幾つかのパターンがあるみたいです。
ずっと一緒に行動して仕入れと販売をしながら移動する人。自分の土地で作った物や買い集めたものを売るために、一定の区間だけ行動を共にする人。商人じゃないけど、町で小銭を稼ぐために同行する芸人などなど。
ミィヤスは、一定の区間を往復するタイプです。
その理由は、兄たちが心配だから。二人とも家事が壊滅的なため、定期的に帰らないと家が悲惨なことになるから――ということなんですが。
本文中に書くと蛇足間があったので、あえて省略した次第です。
あと文字数。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる