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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
一章-3
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ランドがセラの説教を受けている頃、瑠胡は二階の自室から外を眺めていた。
天空から降り注ぐ夏の日差しは肌を焼くように熱いが、瑠胡の部屋はこの時間、日陰側になっていた。それに湿気がない気候のためか、窓を開けていると心地良い風が入ってくるから思いの外、過ごしやすかった。
村の方からは家畜の鳴き声や馬の嘶き、それに遊んでいる子どもたちの歓声が聞こえてくる。それにランドの家の裏にある家畜小屋からも、鶏の鳴き声がしていた。
のどかな光景に、瑠胡は目を細めながら微笑んだ。
風になびく髪を手で押さえていると、村の中にランドの姿を認めた。どこか疲れ果てた感のあるランドは、村の人と挨拶を交わしながら、村はずれにあるこの家に向かっていた。
予想よりも早くランドが帰ってくるようで、瑠胡は顔を綻ばせた。しかし――それも数秒のことで、視線の端に映った人影に、瑠胡は僅かに眉を寄せた。
騎士の鎧を身に纏ったレティシアが、ランドの家へと歩を進めていた。縛っていない長い金髪を風になびかせるままにし、ブルーアイの目が瑠胡へと注がれていた。
ランドは帰宅の途中で、村人との世間話で足を止めていた。この分では、レティシアのほうが十数分ほど早く着きそうだ。
その予想通り、窓の下で立ち止まったレティシアは、直立の姿勢で瑠胡を見上げた。
「瑠胡姫様、お休みのところ申し訳ございません。こちらに、我が部下であるセラがお邪魔していないでしょうか?」
「いや、おらぬぞ。それにセラなら、ランドに依頼をしておったからの。騎士団での任務をしておるのではないか?」
「ランドに……依頼?」
レティシアは怪訝な顔をしたが、すぐに表情を改めた。
「わかりました。それでは、ランドに訊いてみま――いえ、瑠胡姫様。ひとつだけ、お伺いしたいことがあります」
「なんだ? 申してみよ」
瑠胡が促すと、レティシアは周囲を見回しながら、僅かに手を広げた。
「ここでは……少し話しにくい内容なのですが。中でお話をしてもよろしいでしょうか」
「それは構わぬが……しかし、妾はここから動けぬのでな。鍵は開けてある故、妾の部屋まで来るが良い」
「ありがとうございます。それはでは、失礼致します」
一礼をしてから、レティシアは玄関のドアから家の中に入った。
ノックをしてから部屋に入ってきたレティシアに、瑠胡は腰掛けていたベッドの上で、姿勢を正した。
「して、妾になにを訊きたい?」
「はい。瑠胡姫様はランドと恋仲になられて、目的を果たされました。もう……この村に滞在する意味は低いのではありませんか? ランドを連れて、瑠胡姫様の生まれ故郷に帰る――と思っていたのです。ですが、あなたがたに、そのような動きが無い……なぜです?」
レティシアの問いに、瑠胡は苦笑した。扇子で口元を隠したあと、肩をゆっくりと上下させた。
「ふむ……どこから話せばよいかのう。理由は色々とあるが……まず妾は、すぐに帰る必要がない。それにランドは、この村で婚姻――結婚式というのか。それをするつもりでおるらしい。ならば、妾もそれを断る理由はない。ただ……それをするのに、ランドの年齢が上がるのを待たねばならぬのが、少々焦れったいが」
「年齢……ああ。確かに」
レティシアはランドの年齢を思い出し、瑠胡に頷いた。
まだ一七歳であるランドが婚姻――教会での結婚式を挙げるのは、かなり困難だ。それに必要な寄付金は、すぐに貯められる金額ではない。
そこまでを察したレティシアが顔を上げると、瑠胡は話を続けた。
「それに、帰郷をせぬわけではない。ランドが、妾の家族に挨拶をしたいと言うておるしな。そのときは、一時的に帰郷することになる」
「……そのまま、戻らないということは?」
「ふむ……恐らくは、大丈夫だろう。父上や母上に引き留められ、しばし滞在はするかもしれぬがな。遅かれ早かれ、妾は故郷を出ねばならぬ。ならば、この村に帰ってきたところで、なんの問題はない」
「故郷をお出になられる……どうしてです?」
怪訝な顔で問うレティシアに、瑠胡は真顔になった。
「妾には、兄がおる。父上の跡目は兄が継ぐことになるだろう。そうすれば、兄が天竜族の――人の言葉で分かり易く言えば、王になる。そうなると、妾は邪魔であろう? 父上の子が二人もおっては、混乱の元になる。
我らの習わし……風習……まあ、そのようなものでな。跡目を継がぬ子は、故郷を離れる決まりになっておる、ということだ」
瑠胡の説明を聞いたレティシアは、僅かに安堵の表情となった。そんな表情の変化に目を細めた瑠胡は、扇子を畳んでから、自らの手の平を打った。
パシッ! という音にレティシアがハッとした顔になると、静かに問いかけた。
「逆に、妾も御主に訊きたい。なぜ、そのような質問をして、なぜ帰ってくると聞いて安堵する? それほどまでに、ランドと離れたくないと――そう思っておるのか?」
「いえ、その――疑わしい態度を取ってしまい、申し訳ありません。ランドは確かに、わたくしの友です。ですが、恋慕などは抱いておりません。わたくしが安堵した理由は……その、部下たちにあるのです」
レティシアはいったん言葉を切ってから、まずは溜息を吐いた。
「メイオール村で、色々と手助けをして貰ったからでしょう。ランドに対して、親しみや頼り甲斐のような感情を抱いている団員がいるのです」
「ほお……リリン以外にもか?」
「ええ。クロースはもちろん、ユーキや……最近では、セラも。まあ、セラの場合は瑠胡姫様への同情のほうが大きい様ですが。ランドがもっと積極的にならねば、瑠胡姫様が不憫でならん――と」
「ほお」
瑠胡はやや目を細めると、再び扇子で口元を隠した。そしてレティシアの表情を伺いながら、小さく息を吐いた。
「……つまり。ランドが居らねば、御主の騎士団は成り立たぬやもしれぬ――ということかえ?」
「お恥ずかしい話ながら。ほぼ、その通りです。一時のことだと思いたいですが……特に、リリンはお二人に懐いている様子。彼女のことを考えると、瑠胡姫様には少しでも長く、メイオール村に滞在して頂きたいと、そう願ってしまいます。帰郷の際、村への帰還を約束して頂けるのなら、護衛を付けても良いくらいです」
「なるほどのう……先々のことまでは確約出来ぬが、今日明日に出て行くことはない。それに、ちと返答待ちでのぅ。それまでは、妾も迂闊に動けぬ」
「返答……ランドから、ですか?」
「いいや? 妾の母上の返答を待っておる――ん?」
日陰だった部屋の床に、キラキラとした光りが差し込んできた。瑠胡が振り返ると、窓の外に半透明な褐色の鱗が浮かんでいた。
*
俺が家の近くまで来たとき、瑠胡の部屋のすぐ外で、何かが光ったのを見た。
なにごとかと、俺は急いで家に入ると、瑠胡の部屋がある二階へと駆け上がった。ノックもそこそこに、瑠胡のドアを開ける。
「瑠胡、大丈夫――あれ?」
俺が瑠胡の部屋に入ると、振り返ったレティシアと目が合った。
「なんでここにいるんだ?」
そんなレティシアへの問いは、瑠胡の持つ褐色の鱗から聞こえた声で、すべてかき消されてしまった。
その柔らかな女性の声は、懐かしさを滲ませた口調で瑠胡の名を告げた。
〝瑠胡――お久しぶりね。あなたの想い人が、わたくしたちに挨拶をしたいと希望していること、大変喜ばしく思います。お父上には、わたくしから話をしておきました。了承は頂いておりますので、安心して帰っていらっしゃい。ただし――お相手の方には、すべてを伝え、納得をした上で、連れてくるように。それだけは、約束をして下さい。
貴女の帰りを、心から待っております〟
この声は、きっと瑠胡の母親か祖母のものだろう。俺が挨拶をしたいと言ったことで、瑠胡は家族へ確認の連絡をしたみたいだ。
しかし……『すべてを伝え、納得した上で』とは一体、どういうことだろう?
瑠胡はレティシアを一瞥してから、俺にピンクゴールドの瞳を向けてきた。
「ランド……聞いた通りでの。少々……話がある」
瑠胡が言葉を言い終えるより前に、レティシアは足早に部屋を出て行った。彼女なりに状況を察してくれたようだ。
二人っきりになると、瑠胡は俺に色々な話をしてくれた。
自分が天竜族の姫であること――すなわち、その親は天竜族の王であること。ただ、跡目を継ぐのは兄がいるので、自分たちはその心配をする必要がないこと。そして、瑠胡の兄が跡目を継げば、瑠胡は故郷を離れなければならないこと――。
「父様や母様に請われたら……しばらくは、わたくしの故郷に滞在することになるでしょう。そうなれば、メイオール村に戻って来るのが遅くなりますから」
「ああ……なるほど。そうなると、村とかには事情の説明とかしておかないと」
「ええ。それに、ランドの御家族にも……その、天竜族と人間の感覚は、少々異なりますから。しばらくと言っても数ヶ月、下手をすれば、数年以上は滞在するかもしれませんから」
「……そんなに?」
そうなると、さすがに両親はともかく、ジョシアくらいには会いに行くべきか。セラにも、ジョシアくらいには挨拶しておけと言われたし。
とりあえずは、村、そして王都にいるジョシアの順番か。
頭の中で予定を組み立てながら、俺は瑠胡と王都へ行く段取りについて話を始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
ギリギリ……四千文字以下をキープです。いや、油断しました……会話だけだし、三千五百以下でしょと思っていたら、瑠胡とレティシアの会話だけで二千文字オーバー。
四千文字超えると思いました……。
というわけで、三千文字台で書いていこうという予定は、まだ続行中です。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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