99 / 276
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
一章-3
しおりを挟む3
ランドがセラの説教を受けている頃、瑠胡は二階の自室から外を眺めていた。
天空から降り注ぐ夏の日差しは肌を焼くように熱いが、瑠胡の部屋はこの時間、日陰側になっていた。それに湿気がない気候のためか、窓を開けていると心地良い風が入ってくるから思いの外、過ごしやすかった。
村の方からは家畜の鳴き声や馬の嘶き、それに遊んでいる子どもたちの歓声が聞こえてくる。それにランドの家の裏にある家畜小屋からも、鶏の鳴き声がしていた。
のどかな光景に、瑠胡は目を細めながら微笑んだ。
風になびく髪を手で押さえていると、村の中にランドの姿を認めた。どこか疲れ果てた感のあるランドは、村の人と挨拶を交わしながら、村はずれにあるこの家に向かっていた。
予想よりも早くランドが帰ってくるようで、瑠胡は顔を綻ばせた。しかし――それも数秒のことで、視線の端に映った人影に、瑠胡は僅かに眉を寄せた。
騎士の鎧を身に纏ったレティシアが、ランドの家へと歩を進めていた。縛っていない長い金髪を風になびかせるままにし、ブルーアイの目が瑠胡へと注がれていた。
ランドは帰宅の途中で、村人との世間話で足を止めていた。この分では、レティシアのほうが十数分ほど早く着きそうだ。
その予想通り、窓の下で立ち止まったレティシアは、直立の姿勢で瑠胡を見上げた。
「瑠胡姫様、お休みのところ申し訳ございません。こちらに、我が部下であるセラがお邪魔していないでしょうか?」
「いや、おらぬぞ。それにセラなら、ランドに依頼をしておったからの。騎士団での任務をしておるのではないか?」
「ランドに……依頼?」
レティシアは怪訝な顔をしたが、すぐに表情を改めた。
「わかりました。それでは、ランドに訊いてみま――いえ、瑠胡姫様。ひとつだけ、お伺いしたいことがあります」
「なんだ? 申してみよ」
瑠胡が促すと、レティシアは周囲を見回しながら、僅かに手を広げた。
「ここでは……少し話しにくい内容なのですが。中でお話をしてもよろしいでしょうか」
「それは構わぬが……しかし、妾はここから動けぬのでな。鍵は開けてある故、妾の部屋まで来るが良い」
「ありがとうございます。それはでは、失礼致します」
一礼をしてから、レティシアは玄関のドアから家の中に入った。
ノックをしてから部屋に入ってきたレティシアに、瑠胡は腰掛けていたベッドの上で、姿勢を正した。
「して、妾になにを訊きたい?」
「はい。瑠胡姫様はランドと恋仲になられて、目的を果たされました。もう……この村に滞在する意味は低いのではありませんか? ランドを連れて、瑠胡姫様の生まれ故郷に帰る――と思っていたのです。ですが、あなたがたに、そのような動きが無い……なぜです?」
レティシアの問いに、瑠胡は苦笑した。扇子で口元を隠したあと、肩をゆっくりと上下させた。
「ふむ……どこから話せばよいかのう。理由は色々とあるが……まず妾は、すぐに帰る必要がない。それにランドは、この村で婚姻――結婚式というのか。それをするつもりでおるらしい。ならば、妾もそれを断る理由はない。ただ……それをするのに、ランドの年齢が上がるのを待たねばならぬのが、少々焦れったいが」
「年齢……ああ。確かに」
レティシアはランドの年齢を思い出し、瑠胡に頷いた。
まだ一七歳であるランドが婚姻――教会での結婚式を挙げるのは、かなり困難だ。それに必要な寄付金は、すぐに貯められる金額ではない。
そこまでを察したレティシアが顔を上げると、瑠胡は話を続けた。
「それに、帰郷をせぬわけではない。ランドが、妾の家族に挨拶をしたいと言うておるしな。そのときは、一時的に帰郷することになる」
「……そのまま、戻らないということは?」
「ふむ……恐らくは、大丈夫だろう。父上や母上に引き留められ、しばし滞在はするかもしれぬがな。遅かれ早かれ、妾は故郷を出ねばならぬ。ならば、この村に帰ってきたところで、なんの問題はない」
「故郷をお出になられる……どうしてです?」
怪訝な顔で問うレティシアに、瑠胡は真顔になった。
「妾には、兄がおる。父上の跡目は兄が継ぐことになるだろう。そうすれば、兄が天竜族の――人の言葉で分かり易く言えば、王になる。そうなると、妾は邪魔であろう? 父上の子が二人もおっては、混乱の元になる。
我らの習わし……風習……まあ、そのようなものでな。跡目を継がぬ子は、故郷を離れる決まりになっておる、ということだ」
瑠胡の説明を聞いたレティシアは、僅かに安堵の表情となった。そんな表情の変化に目を細めた瑠胡は、扇子を畳んでから、自らの手の平を打った。
パシッ! という音にレティシアがハッとした顔になると、静かに問いかけた。
「逆に、妾も御主に訊きたい。なぜ、そのような質問をして、なぜ帰ってくると聞いて安堵する? それほどまでに、ランドと離れたくないと――そう思っておるのか?」
「いえ、その――疑わしい態度を取ってしまい、申し訳ありません。ランドは確かに、わたくしの友です。ですが、恋慕などは抱いておりません。わたくしが安堵した理由は……その、部下たちにあるのです」
レティシアはいったん言葉を切ってから、まずは溜息を吐いた。
「メイオール村で、色々と手助けをして貰ったからでしょう。ランドに対して、親しみや頼り甲斐のような感情を抱いている団員がいるのです」
「ほお……リリン以外にもか?」
「ええ。クロースはもちろん、ユーキや……最近では、セラも。まあ、セラの場合は瑠胡姫様への同情のほうが大きい様ですが。ランドがもっと積極的にならねば、瑠胡姫様が不憫でならん――と」
「ほお」
瑠胡はやや目を細めると、再び扇子で口元を隠した。そしてレティシアの表情を伺いながら、小さく息を吐いた。
「……つまり。ランドが居らねば、御主の騎士団は成り立たぬやもしれぬ――ということかえ?」
「お恥ずかしい話ながら。ほぼ、その通りです。一時のことだと思いたいですが……特に、リリンはお二人に懐いている様子。彼女のことを考えると、瑠胡姫様には少しでも長く、メイオール村に滞在して頂きたいと、そう願ってしまいます。帰郷の際、村への帰還を約束して頂けるのなら、護衛を付けても良いくらいです」
「なるほどのう……先々のことまでは確約出来ぬが、今日明日に出て行くことはない。それに、ちと返答待ちでのぅ。それまでは、妾も迂闊に動けぬ」
「返答……ランドから、ですか?」
「いいや? 妾の母上の返答を待っておる――ん?」
日陰だった部屋の床に、キラキラとした光りが差し込んできた。瑠胡が振り返ると、窓の外に半透明な褐色の鱗が浮かんでいた。
*
俺が家の近くまで来たとき、瑠胡の部屋のすぐ外で、何かが光ったのを見た。
なにごとかと、俺は急いで家に入ると、瑠胡の部屋がある二階へと駆け上がった。ノックもそこそこに、瑠胡のドアを開ける。
「瑠胡、大丈夫――あれ?」
俺が瑠胡の部屋に入ると、振り返ったレティシアと目が合った。
「なんでここにいるんだ?」
そんなレティシアへの問いは、瑠胡の持つ褐色の鱗から聞こえた声で、すべてかき消されてしまった。
その柔らかな女性の声は、懐かしさを滲ませた口調で瑠胡の名を告げた。
〝瑠胡――お久しぶりね。あなたの想い人が、わたくしたちに挨拶をしたいと希望していること、大変喜ばしく思います。お父上には、わたくしから話をしておきました。了承は頂いておりますので、安心して帰っていらっしゃい。ただし――お相手の方には、すべてを伝え、納得をした上で、連れてくるように。それだけは、約束をして下さい。
貴女の帰りを、心から待っております〟
この声は、きっと瑠胡の母親か祖母のものだろう。俺が挨拶をしたいと言ったことで、瑠胡は家族へ確認の連絡をしたみたいだ。
しかし……『すべてを伝え、納得した上で』とは一体、どういうことだろう?
瑠胡はレティシアを一瞥してから、俺にピンクゴールドの瞳を向けてきた。
「ランド……聞いた通りでの。少々……話がある」
瑠胡が言葉を言い終えるより前に、レティシアは足早に部屋を出て行った。彼女なりに状況を察してくれたようだ。
二人っきりになると、瑠胡は俺に色々な話をしてくれた。
自分が天竜族の姫であること――すなわち、その親は天竜族の王であること。ただ、跡目を継ぐのは兄がいるので、自分たちはその心配をする必要がないこと。そして、瑠胡の兄が跡目を継げば、瑠胡は故郷を離れなければならないこと――。
「父様や母様に請われたら……しばらくは、わたくしの故郷に滞在することになるでしょう。そうなれば、メイオール村に戻って来るのが遅くなりますから」
「ああ……なるほど。そうなると、村とかには事情の説明とかしておかないと」
「ええ。それに、ランドの御家族にも……その、天竜族と人間の感覚は、少々異なりますから。しばらくと言っても数ヶ月、下手をすれば、数年以上は滞在するかもしれませんから」
「……そんなに?」
そうなると、さすがに両親はともかく、ジョシアくらいには会いに行くべきか。セラにも、ジョシアくらいには挨拶しておけと言われたし。
とりあえずは、村、そして王都にいるジョシアの順番か。
頭の中で予定を組み立てながら、俺は瑠胡と王都へ行く段取りについて話を始めた。
------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
ギリギリ……四千文字以下をキープです。いや、油断しました……会話だけだし、三千五百以下でしょと思っていたら、瑠胡とレティシアの会話だけで二千文字オーバー。
四千文字超えると思いました……。
というわけで、三千文字台で書いていこうという予定は、まだ続行中です。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる