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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
プロローグ
しおりを挟む第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
プロローグ
インムナーマ王国の姫であるキティラーシア姫の誘拐事件が終わり、メイオール村へと帰ってきた翌日の早朝、自室のベッドで熟睡していた俺は、近くの気配に目を覚ました。
訓練兵時代に野宿を繰り返した経験が、俺の身体には染みついている。他者の気配で目を覚ましたときは、自分でも驚くほど意識の覚醒が早い。
目を開けた俺が最初に見たのは、すぐ近くにあった瑠胡の顔だ。多分だけど、二人の顔のあいだは、拳一つ分もないだろう。
――いや、これ、めっちゃ近い。いくらなんでも近すぎる。
俺が大声を挙げて驚かなかったのは、吸い込んだ息が喉で詰まって、声が出なかっただけだ。
室内は雨戸から差し込む朝日によって、ぼんやりと照らされていた。
そんな薄暗い中でも白い肌をした瑠胡の顔が、俺の目には鮮明に映し出されていた。大きめの瞳に漆黒の髪。
今は穏やかな微笑みを湛えているその表情は、宗教画などで見る女神のように澄み切っていた。
ただ一点、後頭部にある寝癖を除いては。
俺は静かに深呼吸をしてから、瑠胡に訊ねた。
「えっと……瑠胡? なにをしてるんです、こんなところで」
「あなたの目顔を見に来てしまいました。少し早めに目を覚ましてしまいまして、せっかくですから……と、思って」
「なるほど……って、別に俺の寝顔なんか見ても、面白くないでしょうに」
「そんなことありませんよ?」
瑠胡が少し顔を離すと、襦袢という白い衣の上に、赤い着物を羽織った姿が露わになった。帯とかはしていないから、ほぼ寝起きのままで、俺の部屋に来たのか。
視線を戻すと、瑠胡は少しはにかむような表情で、話を続けた。
「あなたが、こんなにも無防備に眠っている姿を見られて、とっても嬉しいんです」
「あ……そうですか」
照れながら上半身を起こした俺は、ふと思いついたことを訊いてみた。
「ところで、一つ質問をしてもいいですか? 俺って鍵を閉め忘れてましたか?」
「いいえ? お部屋の鍵は魔術で開けました」
しれっと答える瑠胡に、俺は目が点になりかけた。
聞きようによっては、かなり凄いことを聞いてしまった気がするんだが……これ。
「あの、竜語魔術って解錠――鍵を開ける魔術があるんですか?」
「あら。ありませんよ、そんなの。わたくしが使ったのは、氷結の魔術です。少し応用的な使い方をしてしまいましたが」
「氷結……?」
「ええ。鍵穴に氷結の魔術を放って、氷の膨張で鍵の仕掛けを動かしました」
確かに俺の部屋の鍵なんて、構造は単純な物らしいから。そういう手段でも開くのかもしれないけど。
つまるところ、瑠胡は俺の部屋を自由に行き来できるってことらしい。
「なんか、よく分かりませんけど、わかりました。それより、そこまで急いで来なくたって……頭の後ろに寝癖、残ってますよ」
「え? ええっ!?」
驚いた顔をした瑠胡は、両手で後頭部に触れた。
すこし湾曲している髪に触れた瑠胡は、あわあわと両手を彷徨わせながら、真っ赤になかった顔を俺に向けた。
「こ、これは違うんです。確かに少しばかり急ぎましたけど、櫛も通したり、最低限の身だしなみはしていて……ですね」
瑠胡は言い訳を捲し立てるが、その慌てっぷりは見ていてとても可愛らしいものだった。
その言い訳の途中で、瑠胡は顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。俺は苦笑しながらベッドから起き上がると、瑠胡の髪をそっと撫でた。
「二階で、髪を梳きましょうか? 後ろだと見えづらいでしょうし」
「……お願い、できますか?」
俺が頷くと、僅かに視線を向けていた瑠胡の顔に、ホッとした表情が浮かんだ。
しかし、それも二、三秒のことで、すぐに不安そうな顔に戻ってしまった。その表情のまま、瑠胡は俺に身体を寄せた。
「それで、その……昨晩した約束は……してくださいませんの? はやり、お嫌でしたでしょうか?」
晩飯を終えたあと、瑠胡の願いもあって、俺たちは一つの約束を交わしていた。躱していたんだけど……心の隅っこで冗談の一種かも、という懸念はあったりする。
「いや、イヤってことはないんですけど! あれ、本気かな……とか、少し思ってて」
「もちろん……わたくしは本気ですよ?」
「そ、そうですか……それじゃあ」
俺は頬が赤くなるのを感じながら、瑠胡の身体を抱き寄せた。
「瑠胡……好きです」
囁くように告げてから、俺は瑠胡と唇を重ねた。
ゆっくりと身体を離すと、熱くなった頬を感じながら、俺は瑠胡から僅かに視線を上方向に向けた。
「なんか、恥ずかしいですね、これ」
「まあ。こういうことにも慣れて下さい。ランド」
「それはまあ、頑張りますけど……」
俺は視線を戻すと、瑠胡の肩を抱いた。
「こういうことしなくても、俺は瑠胡と、ずっと一緒に居たいって思ってますよ。それだけは、信じて下さい」
「はい。本当に、その言葉を嘘にしないで下さい。なにがあっても、わたくしを……どうか嫌いにならないで」
「瑠胡?」
俺が顔を覗き込むと、瑠胡は顔を伏せてしまった。
しかしすぐに顔を上げると、俺に微笑んできた。
「さあ、ランド。わたくしの髪を梳いて下さいまし」
「え? ああ、そうですね。それじゃあ、二階に行きましょうか」
手を取って歩き出した俺は、瑠胡が不安げに顔を曇らせていたことに、まったく気付けなかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
第四部のスタートと相成りました。
このモチベ-ションは、読んで頂いている皆様で出来ております。ありがとうございます!
さて、本文中の最後の方にあったイチャイチャ描写ですが。
あれを実際にやっていた夫婦が、昔の知り合いに居りまして。毎朝、あれをやっていたわけです。
奥様からの申し出だったようですが……。
中の人のまわりでは、あれを『洗脳』と呼んでいました。怖いですね。
今後の予定ですが、近々現場が変わりますので、かなりアップのペースが少なくなると思います。
多分ですが、土日に1アップロード、平日に1アップロードになると思います。
平日に二回アップできたら、「ああ、仕事が楽だったんだね」と思って下さい。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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