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第三部『二重の受難、二重の災厄』
エピローグ
しおりを挟むエピローグ
俺たちがメイオール村に帰ってきたのは、《地獄の門》を壊滅させた翌日だった。
昨日はあれから、アインたちの家の家財を引き上げたり、無断で使用した――ということにしたようだ――馬車の弁償やらで、午後一杯使ってしまい、昨日のうちに帰って来られなかったからだ。
実に八――いや、約十日ぶりくらいか。久しぶりに帰ってきた我が家には、うっすらとした砂埃が目立つ。
まだ正午の鐘が鳴るまでには、二時間ほどある。
飯の準備とかする前に、掃除が必要だな――と肩を落としていると、瑠胡がしとやかに微笑んだ。
「ランド、お掃除を先にしますか? それなら、沙羅にも手伝わせますけれど」
「なんか申し訳ないので、大丈夫ですよ。取りあえず……床とテーブル、竃あたりを掃除して、ベッドや自室なんかは午後からにしましょうか――で、あの……瑠胡、一つだけ訊いてもいいですか? なんで二人っきりになると、口調が変わるんです?」
そんな俺の問いに、瑠胡は少し頬を赤くしながら、両手の指先を合わせた。
「だって、あなたしか居なければ、わたくしは天竜族の姫ではなく、ただの瑠胡でいられますもの。誇りや責務など必要としない、ただの瑠胡に」
そう言って嬉しそうに微笑む瑠胡に、俺は胸の奥が熱くなった。
姫という衣を脱ぎ、瑠胡は一人の少女として俺と向き合ってくれている。思わず抱きしめたい衝動に駆られたものの、この欲求に負けたら掃除ができなくなりそうで、寸前のところで欲求を抑え込むことができた。
それら諸々を誤魔化すため、俺はもう一つの質問をすることにした。
「でも、なんで俺に対して敬語なんですか? 別に、もっと気楽に話してもいいんじゃないですか?」
「あら。わたくしは人間の言い方をすれば、育ちは良いですから。これが、本来の喋り方なんです。それに、それを言うなら……ランドも敬語のままですよ?」
「なんていうか……俺の場合は、なんか癖っぽくなっちゃってですね」
「まあ」
クスクスと微笑む瑠胡が、俺に身体を寄せてきた。
「それでは、二人で喋り方を少しずつ改めていきましょう? 二人だけの時間も……沢山作って」
「沢山……か。作っていきたいですね、そんな時間」
「あら。これから、ずっと同じ刻を過ごすんですもの。不可能ではありません。あ……の、わたくしはもう、あなたを手放す気など、まったくありませんから」
目を細めて俺の顔を見上げる瑠胡に、俺は「俺も同じ気持ちです」――と、すぐに答えることができなかった。
将来的なことを考えると、仕事の量を増やさなきゃならないだろうし。生活とか、諸々のこともあるけど……その、なんだ。
教会で結婚の誓いをするための寄付金って、かなりの額が必要となるから。拠金が無い訳じゃないけど、かなり足りないから、その分は稼ぐしかないのである。
他にも考えるべきことは多いんだけど――身分の差とか――、今はなにも考えられなかった。
そして、瑠胡に返答できなかった理由がもう一つ。
家のドアに、かなり丁寧なノックをしてきた訪問者がいたのだ。
「今、開けます――」
俺がドアを開けると、そこにはキティラーシア姫と騎士団長がいた。
キティラーシア姫と、なにやら革袋を持った騎士団長を家の中に入れた俺は、埃を払ってから、瑠胡とキティラーシア姫を椅子に座らせた。
「それで、どのような御用件でしょうか?」
「もちろん、報奨をお渡しに参りました」
「これが、報奨金である。有り難く受け取るように」
騎士団長がテーブルの上に革袋を置いた。
正直、心が揺さぶられなかったといえば嘘になる。だけど、俺には俺の矜持がある。これをそのまま、受け取るわけにはいかない。
俺はキティラーシア姫と騎士団長を順に見てから、小さく首を振った。
「それでは、ここまでの日数から計算して……一日一二コパルですから、九日として一〇八コパル。割引して銀貨二枚を頂きます」
俺の返答に、キティラーシア姫はもちろん、騎士団長も目が点になった。
しかし、騎士団長はすぐに顔を真っ赤にさせながら、テーブルを強く叩いた。
「貴様! 王家を愚弄するか!?」
「いいえ? これは、手伝い屋としての正規の金額です。これ以上を受け取るわけには参りません」
俺が澄まし顔で答えると、瑠胡が横から口を挟んできた。
「ランドや。正規の金額とやらの、倍は貰っても良いのではないか? 此度の件、妾も仕事をしたのだからのう」
「でもそれじゃあ……瑠胡に仕事をさせたかったわけじゃないですし」
「なぜだ? 妾は、これから二人で寄り添っていくつもりでおるのだそ? なれば仕事とて、二人で協力するのは当然であろうに」
瑠胡の反論に俺は、ハッとした気づきと、胸の奥から込み上げる嬉しさで、二の句が継げなくなった。
言われなくても、気付くべきことだったんだよな、これ。
俺は瑠胡を見つめながら、小さく頷いた。
「瑠胡……なんか嬉しさで、なにも言い返せないです」
「そうであろう? というわけで、キティラーシア姫。依頼料として、銀貨二枚を所望いたす」
キティラーシア姫は、俺たちを順に見回しながら、「ほう……」と息を吐いた。
「なんだか、ご馳走様、という気分ですわね。わかりました。それでは二シパルをお支払い致します。団長、お願いします」
騎士団長は躊躇いながら、革袋から銀貨二枚を取り出すと、テーブルに置いた。
銀貨を俺が受け取ると、キティラーシア姫はポンと手を打った。
「さて――これで、わたくしも見事に失恋したわけですし。今日はこれで失礼致しますわ」
「――へ?」
つい素になって呟いてしまったが……俺だけでなく、騎士団長も驚愕の表情を浮かべていた。瑠胡は僅かに目を細めただけだが――そんな俺たちの視線を受けて、キティラーシア姫はにっこりと微笑んだ。
「心配なさらないで下さいまし。お二人の仲を引き裂こうとか、略奪愛をしようとか、そんな野暮なことは致しませんわ。ただ……ランド様と再会した暁には、是非に二人っきりで、お話したいですわ」
キティラーシア姫は、穏やかに微笑んでいるだけだ。
だけど……このときばかりは、その笑顔がドラゴンよりも恐ろしく見えた。
*
レティシアの《白翼騎士団》の駐屯地で、ジョシアはようやく、普段着に着替えることができた。
レティシアやセラへの御礼の挨拶などを終え、メイオール村の宿に向かおうと駐屯地から出ようとしたジョシアは、辺りを見回した。
「えっと……あ、いた」
駐屯地の隅っこで佇んでいるリリンを見つけたジョシアは、パタパタと駆け寄った。
「リリン――さん?」
どう見ても年下なので敬称を迷ったジョシアだったが、結局はリリンを目上として扱うことにした。
無表情にジョシアを見上げるリリンは、嫌悪感こそ露わにしていないが、あまり関わって欲しくないという雰囲気を醸し出していた。
ジョシアはリリンの態度に気付かないフリをして、話を続けた。
「あのね……お兄ちゃんのこと、お願いできませんか?」
「――え?」
初めてリリンの驚く顔を見たジョシアは、ある種の手応えを感じていた。
ジョシアは笑みを浮かべると、指を一本立てた。
「ほら、お兄ちゃんって……どこか馬鹿じゃない? だから、瑠胡姫様に失礼なことをして、愛想を尽かされないように助けてあげて欲しいの」
「……」
リリンの顔が険しくなったのを見て、ジョシアは少し焦った。
(あれ?)
なにか失敗したかな――と不安になっていると、リリンは不機嫌そうな声を発した。
「なぜ、わたしに?」
「だって……リリンさん、お兄ちゃんのこと気にかけてくれているでしょ? だから、一番の適任――っていうと失礼か。ええっと……お兄ちゃんのために動いてくれそうな人なんです」
最後は、力説と言わんばかりの口調になっていた。
そんなジョシアを見つめながら、リリンは口元を微かに綻ばせた。
「当然です。わたし以上に、ランドさんと瑠胡姫様を気にかけている人は、きっといませんから」
リリンの返答に、ジョシアは満面の笑みで応じた。
リリンの表情も和らぎ、ジョシアに微笑んでいた。二人の少女たちが、ほぼ同時に握手を交わした。
「よろしくね、リリンさん」
固く結ばれた手が、大きく上下に揺れた。
ジョシアにとっては友情を深める印。そしてリリンにとっては、ジョシアからランドのことを頼まれたという証だ。
リリンはジョシアを真っ直ぐに見ながら、力強く答えた。
「もちろんです」
――完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
次回ですが、プロットの章分けは、ほぼ出来ています。見直しとかもしたいですし、最短で木曜日かな……と思ってます。
あ、サブタイトル決めてない……ことに今気付きました。
でも予定はきっと、変わりませんです。
今回の鬼神さんも、恒例のヌクテメロンから。元々の名はサリルスといいます。
扉を開け放つ鬼神――ですね。
名前を変えたのは、サリタンのほうが、ちょっと可愛い感じになるかな……と。
まあ、爺なので、可愛いも糞もありませんが。
ちなみにボツネタで、自分の力を使って夜の営みを覗き見するのが趣味――という設定も作ったんですが……出す余裕はなかったです。はい。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
追伸
次のおまけは、ぶっちゃけ見なくても大丈夫なヤツです。
思いついたので書いてみただけですし……。内容も、ないy――いえ、なんでもないです。
それではまた次回に。
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