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第三部『二重の受難、二重の災厄』
四章-7
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一人になった俺が止血をしていると、幾つもの足音が聞こえてきた。
別行動をしていた盗賊か――と思って顔を上げれば、瑠胡が小走りに駆け寄ってくる姿が見えた。
「あれ――どうしてここに?」
「どうした――では、ありま……なかろう」
瑠胡は俺の全身を見て、表情を曇らせた。座っている俺の横にしゃがみ込むと、返り血で汚れた頬に手を添えた。
「手が汚れますよ」
「構わぬ。そんなこと、気にしておらぬ……気にするわけがなかろう。こんなにボロボロになって……本当に、ランドは妾が一緒におらぬと、心配ばかりさせるのう」
窘めるように言いながら、瑠胡はたおやかに微笑んだ。
背後に何人かいるようだが、瑠胡が近すぎてよく見えない。その瑠胡が歯で唇を噛み切るのを見て、俺は慌てた。
「瑠胡、なにをやって――」
俺の言葉は、最後まで言うことが出来なかった。
なぜなら、瑠胡がいきなり唇を重ねてきたので。
突然のことに目を白黒とさせていると、瑠胡が唇を離した。すでに出血の止まった唇に目を奪われた俺に、瑠胡は僅かに苦笑した。
「ゆっくり、急がずに飲み込むのだぞ?」
「えっと……これも、おまじない、ですか?」
「おまじない……ああ、あれは嘘でな。妾の《魔力の才》は、〈血の快癒〉。だが、人には効果が強すぎるのでな。毎日、ごく少量の血を御主に与え、慣れさせておった」
「それって……あの、挨拶?」
「左様。おかげで、副作用も最低限で御主の傷を癒やせる。人族では、この世界で御主だけ……御主だけの力ぞ」
瑠胡はどこか嬉しそうに、両手を俺の頬に添えた。
「少しは痛みが収まったかのう?」
「え? ああ、はい……」
瑠胡の言うとおり腕や足の傷から、痛みが消えていた。
俺が立ち上がると、瑠胡の後ろにセラとリリンの姿があった。リリンは普段通りに無表情だが、セラは渋面になっていた。
「瑠胡姫様……我々の面前でありますので、そのような行為は控えるべきだと思いますが」
「ふむ……それは、すまなかった。以後、気をつけるとしよう」
瑠胡はセラに応じてから、俺の右手を握った。
手を握り返すと、瑠胡は俺の顔を見上げて微笑んできた。
「二人とも……なんでここ……って、ああ」
リリンとセラの後ろに、サリタンの門が開いていた。二人はサリタンの門を通って、ここまで来たようだ。
「我に感謝せえよ?」
サリタンの言葉は、とりあえず無視をすることにした。
二人の顔を順に見回した俺は、リリンが少し不機嫌そうにしているのに気付いた。なにかあったのかと思った俺は、小さく肩を竦めた。
「リリン、どうした?」
「いえ。折角、使い魔を召喚したのに。こんなに簡単に、ランドさんのところまで来られて……少し複雑な気持ちです」
これは……なんだか申し訳ない気がする。
セラや瑠胡と協力して、俺は気を失った盗賊たちを門の向こう側に運んだ。あとは、騎士団がなんとかしてくれるだろう。
門を通り抜けた先では、騎士団の馬車とアインたちの馬車が並んで停まっていた。怪我をしたらしいブービィが、クロースの手当を受けている。
キティラーシア姫は、再会の喜びを露わにしたハイム老王と談笑している。アインとミィヤスは、なんとなく居心地悪そうに馬車の側に座っていた。
俺が左右を見回していると、まだドレスを着たままのジョシアが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんっ!!」
最初は歓喜に顔を綻ばせていたが、傷跡や返り血まみれの俺を見て顔を引きつらせた。
「おに――怪我は? 動いて大丈夫なの?」
「ああ……怪我は大したことねぇよ。もう痛みは治まってるしな」
「そう……良かった」
安堵したジョシアは、セラやリリンを気にしながら、俺と瑠胡を順に見回した。
「瑠胡姫様? おめでとうございます――なんですか?」
「ふむ。祝いの言葉は、有り難く受け取っておこう」
二人の会話に、俺は気恥ずかしくなった。二人は俺の知らないところで、そんな会話をしていたのか。
妹に瑠胡との仲を知られて、なんだか胸の奥がむず痒い。
とりあえず二人から離れようかと考え始めたとき、ジョシアが表情を改めた。
「それより、アインさんたちがちょっと拙いことになっていて。王都の騎士団から、誘拐犯じゃないかって、疑われちゃってるの」
キティラーシア姫とジョシアを誘拐したとき、アインたち三兄弟は顔を隠していたはずだ。しかし、アインの体格は記憶に残りやすい。
痛手を被っただけに騎士団の連中は、アインに対する疑念を抱いているのだろう。
ブービィの治療が終わるのを待っていたのか、騎士団長が三兄弟の元へと近寄って行った。
「貴様たちには、キティラーシア姫様誘拐の嫌疑がかけられておる。大人しく罪を白状すれば、拷問は免除してやろう。だが、姫君を誘拐した罪は重い。白状さえすれば、せめて苦しまぬよう、この場で断罪してやろう」
そう語る騎士団長の目に、残忍な光が浮かんだ。
恐らく――こっぴどくやられた仕返しを企んでいるのだろう。騎士の中には、すでに剣の柄を掴んでいる者もいる。
三兄弟のほうへと目を向ければ、三人ともある種の覚悟を決めた顔つきになっていた。
そんなアインたちに、俺は小さく舌打ちをした。共に過ごしてきて、ある程度の親近感が沸いていたこともあるが、三人が死罪になるのを黙認するつもりはない。
三兄弟と騎士団長のあいだに割って入ろうと一歩を踏み出したが、そんな俺をジョシアの手が止めた。
「お兄ちゃん、待って」
「なんで止めるんだよ。このままじゃ――」
「いいから」
俺がジョシアを睨みかけたとき、アインが口を開いた。その手は二人の弟たちを庇うように、大きく広げられていた。
「俺はどうなっていい。こんなことを考え――」
「お待ちなさい」
キティラーシア姫が、騎士団長の前に立ちはだかるように、三兄弟との間に入っていった。
「この者たちはランド様たちと協力し、誘拐犯である《地獄の門》という盗賊団から、わたくしを救い出してくれた者たちです。手荒な真似は王家の誇りにかけて、許すわけにはまいりません」
「なん――御言葉ですが、キティラーシア姫様。この大男の体格は姫様誘拐の折に。我ら騎士団に襲いかかった者に酷似しております。姫様を欺いておる可能性もございますので、尋問だけは行うべきかと」
そんな騎士団長の進言に対し、キティラーシア姫はいつになく厳しい顔をした。
「あら。騎士団長ともあろう者が、王家の姫の言葉を疑うと――そう捉えてよろしいのかしら? 少数で襲いかかってきた盗賊団に為す術もなく、わたくしを誘拐された。その恨みを、恩義ある者たちで晴らそうとするなど。王家に仕える騎士としての誇りは、おまえにはないのでしょうね」
「いえ……決してそのようなことは。も、申し訳ありませんでした。キティラーシア姫様に従います。そして、そちらにいる恩人がたに、心からの謝罪をいたしましょう」
「それでよいのです。それと――おまえの言った盗賊が、まだ潜んでいる可能性もあります。警戒を怠らぬよう、部下に伝えておきなさい。この勇敢な者たちへ渡す、わたくしを助けたことへの褒美も忘れぬように」
「――畏まりました」
先ほどの威勢もどこへやら。騎士団長は身を竦ませるように畏まりながら、三兄弟から離れていった。
騎士団長が居なくなってから、俺たちはアインやキティラーシア姫たちの元へと集まった。
「良かったんですか、あんな嘘をついて」
「ええ。それに、まったくの嘘では御座いませんもの」
ブービィに答えたキティラーシア姫は、にっこりと微笑んだ。
「褒美はどうしましょうね。金貨で六百枚もあればいいかしら?」
「あーと、だ。《地獄の門》が壊滅したなら、借金を返す必要はないんで……その、もう金は必要ないんですがね」
少し困ったような顔で、アインが言った。まあ、その通りではあるんだけど。頭の隅に引っかかっていることを思い出しながら、俺は三兄弟へと告げた。
「少しでも貰っておけば? 魔物に襲撃されて、おまえらの家はボロボロだろうしさ」
「うわ……その可能性もあるんだ……。馬車を盗んだこともあるし、村を頼る訳にもいかないしな……どうしよう」
「なら、やはり報酬は受け取って下さいな。あと、済むところは……あ、メイオール村とかどうでしょう? ランド様もおりますし、誰も知らない場所に移住するよりは良いと思うのですけれど」
落ち込むミィヤスの言葉を受けて、キティラーシア姫はポンと手を打った。
アイン三兄弟は、それぞれに顔を見合わせていたが、やがてぎこちなく頷いた。それを満足げに見つめてから、キティラーシア姫は改めて俺たちを見回した。
「今回は、変な横やりが入って中断してしまいましたけれど。今度は皆様と力を合わせて、成功させたいですわね」
「……なにをですか?」
首を傾げるジョシアに、キティラーシア姫はおっとりと微笑んだ。
「もちろん、わたくしの誘拐ですわ。次こそは領地込みで身代金をせしめましょうね、皆様」
この意見を聞いた全員――もちろん、キティラーシア姫当人は除く――が、一様に同じ表情となった。
つまり、だ。
キティラーシア姫から誘拐ごっこの誘いがあったら、全力で断ろう――という意志で、満ちあふれた表情である。
きっと皆の心がここまで一つになることなど、そうそうないだろう。
妙なことに目覚めなければいいけど。
俺たちの心配を余所に、キティラーシア姫はおっとりとした微笑みを湛えていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
色々とあって、ちょっと出遅れました。
大岡裁きの判官贔屓――の詰め合わせっぽい回となりました。
次回はエピローグとなります。引き続き、どうかお付き合い下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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