屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
93 / 276
第三部『二重の受難、二重の災厄』

四章-7

しおりを挟む

   7

 一人になった俺が止血をしていると、幾つもの足音が聞こえてきた。
 別行動をしていた盗賊か――と思って顔を上げれば、瑠胡が小走りに駆け寄ってくる姿が見えた。


「あれ――どうしてここに?」


「どうした――では、ありま……なかろう」


 瑠胡は俺の全身を見て、表情を曇らせた。座っている俺の横にしゃがみ込むと、返り血で汚れた頬に手を添えた。


「手が汚れますよ」


「構わぬ。そんなこと、気にしておらぬ……気にするわけがなかろう。こんなにボロボロになって……本当に、ランドは妾が一緒におらぬと、心配ばかりさせるのう」


 窘めるように言いながら、瑠胡はたおやかに微笑んだ。
 背後に何人かいるようだが、瑠胡が近すぎてよく見えない。その瑠胡が歯で唇を噛み切るのを見て、俺は慌てた。


「瑠胡、なにをやって――」


 俺の言葉は、最後まで言うことが出来なかった。
 なぜなら、瑠胡がいきなり唇を重ねてきたので。
 突然のことに目を白黒とさせていると、瑠胡が唇を離した。すでに出血の止まった唇に目を奪われた俺に、瑠胡は僅かに苦笑した。


「ゆっくり、急がずに飲み込むのだぞ?」


「えっと……これも、おまじない、ですか?」


「おまじない……ああ、あれは嘘でな。妾の《魔力の才》は、〈血の快癒〉。だが、人には効果が強すぎるのでな。毎日、ごく少量の血を御主に与え、慣れさせておった」


「それって……あの、挨拶?」


「左様。おかげで、副作用も最低限で御主の傷を癒やせる。人族では、この世界で御主だけ……御主だけの力ぞ」


 瑠胡はどこか嬉しそうに、両手を俺の頬に添えた。


「少しは痛みが収まったかのう?」


「え? ああ、はい……」


 瑠胡の言うとおり腕や足の傷から、痛みが消えていた。
 俺が立ち上がると、瑠胡の後ろにセラとリリンの姿があった。リリンは普段通りに無表情だが、セラは渋面になっていた。


「瑠胡姫様……我々の面前でありますので、そのような行為は控えるべきだと思いますが」


「ふむ……それは、すまなかった。以後、気をつけるとしよう」


 瑠胡はセラに応じてから、俺の右手を握った。
 手を握り返すと、瑠胡は俺の顔を見上げて微笑んできた。


「二人とも……なんでここ……って、ああ」


 リリンとセラの後ろに、サリタンの門が開いていた。二人はサリタンの門を通って、ここまで来たようだ。


「我に感謝せえよ?」


 サリタンの言葉は、とりあえず無視をすることにした。
 二人の顔を順に見回した俺は、リリンが少し不機嫌そうにしているのに気付いた。なにかあったのかと思った俺は、小さく肩を竦めた。


「リリン、どうした?」


「いえ。折角、使い魔を召喚したのに。こんなに簡単に、ランドさんのところまで来られて……少し複雑な気持ちです」


 これは……なんだか申し訳ない気がする。
 セラや瑠胡と協力して、俺は気を失った盗賊たちを門の向こう側に運んだ。あとは、騎士団がなんとかしてくれるだろう。
 門を通り抜けた先では、騎士団の馬車とアインたちの馬車が並んで停まっていた。怪我をしたらしいブービィが、クロースの手当を受けている。
 キティラーシア姫は、再会の喜びを露わにしたハイム老王と談笑している。アインとミィヤスは、なんとなく居心地悪そうに馬車の側に座っていた。
 俺が左右を見回していると、まだドレスを着たままのジョシアが駆け寄ってきた。


「お兄ちゃんっ!!」


 最初は歓喜に顔を綻ばせていたが、傷跡や返り血まみれの俺を見て顔を引きつらせた。


「おに――怪我は? 動いて大丈夫なの?」


「ああ……怪我は大したことねぇよ。もう痛みは治まってるしな」


「そう……良かった」


 安堵したジョシアは、セラやリリンを気にしながら、俺と瑠胡を順に見回した。


「瑠胡姫様? おめでとうございます――なんですか?」


「ふむ。祝いの言葉は、有り難く受け取っておこう」


 二人の会話に、俺は気恥ずかしくなった。二人は俺の知らないところで、そんな会話をしていたのか。
 妹に瑠胡との仲を知られて、なんだか胸の奥がむず痒い。
 とりあえず二人から離れようかと考え始めたとき、ジョシアが表情を改めた。


「それより、アインさんたちがちょっと拙いことになっていて。王都の騎士団から、誘拐犯じゃないかって、疑われちゃってるの」


 キティラーシア姫とジョシアを誘拐したとき、アインたち三兄弟は顔を隠していたはずだ。しかし、アインの体格は記憶に残りやすい。
 痛手を被っただけに騎士団の連中は、アインに対する疑念を抱いているのだろう。
 ブービィの治療が終わるのを待っていたのか、騎士団長が三兄弟の元へと近寄って行った。


「貴様たちには、キティラーシア姫様誘拐の嫌疑がかけられておる。大人しく罪を白状すれば、拷問は免除してやろう。だが、姫君を誘拐した罪は重い。白状さえすれば、せめて苦しまぬよう、この場で断罪してやろう」


 そう語る騎士団長の目に、残忍な光が浮かんだ。
 恐らく――こっぴどくやられた仕返しを企んでいるのだろう。騎士の中には、すでに剣の柄を掴んでいる者もいる。
 三兄弟のほうへと目を向ければ、三人ともある種の覚悟を決めた顔つきになっていた。
 そんなアインたちに、俺は小さく舌打ちをした。共に過ごしてきて、ある程度の親近感が沸いていたこともあるが、三人が死罪になるのを黙認するつもりはない。
 三兄弟と騎士団長のあいだに割って入ろうと一歩を踏み出したが、そんな俺をジョシアの手が止めた。


「お兄ちゃん、待って」


「なんで止めるんだよ。このままじゃ――」


「いいから」


 俺がジョシアを睨みかけたとき、アインが口を開いた。その手は二人の弟たちを庇うように、大きく広げられていた。


「俺はどうなっていい。こんなことを考え――」


「お待ちなさい」


 キティラーシア姫が、騎士団長の前に立ちはだかるように、三兄弟との間に入っていった。


「この者たちはランド様たちと協力し、誘拐犯である《地獄の門》という盗賊団から、わたくしを救い出してくれた者たちです。手荒な真似は王家の誇りにかけて、許すわけにはまいりません」


「なん――御言葉ですが、キティラーシア姫様。この大男の体格は姫様誘拐の折に。我ら騎士団に襲いかかった者に酷似しております。姫様を欺いておる可能性もございますので、尋問だけは行うべきかと」


 そんな騎士団長の進言に対し、キティラーシア姫はいつになく厳しい顔をした。


「あら。騎士団長ともあろう者が、王家の姫の言葉を疑うと――そう捉えてよろしいのかしら? 少数で襲いかかってきた盗賊団に為す術もなく、わたくしを誘拐された。その恨みを、恩義ある者たちで晴らそうとするなど。王家に仕える騎士としての誇りは、おまえにはないのでしょうね」


「いえ……決してそのようなことは。も、申し訳ありませんでした。キティラーシア姫様に従います。そして、そちらにいる恩人がたに、心からの謝罪をいたしましょう」


「それでよいのです。それと――おまえの言った盗賊が、まだ潜んでいる可能性もあります。警戒を怠らぬよう、部下に伝えておきなさい。この勇敢な者たちへ渡す、わたくしを助けたことへの褒美も忘れぬように」


「――畏まりました」


 先ほどの威勢もどこへやら。騎士団長は身を竦ませるように畏まりながら、三兄弟から離れていった。
 騎士団長が居なくなってから、俺たちはアインやキティラーシア姫たちの元へと集まった。


「良かったんですか、あんな嘘をついて」


「ええ。それに、まったくの嘘では御座いませんもの」


 ブービィに答えたキティラーシア姫は、にっこりと微笑んだ。


「褒美はどうしましょうね。金貨で六百枚もあればいいかしら?」


「あーと、だ。《地獄の門》が壊滅したなら、借金を返す必要はないんで……その、もう金は必要ないんですがね」


 少し困ったような顔で、アインが言った。まあ、その通りではあるんだけど。頭の隅に引っかかっていることを思い出しながら、俺は三兄弟へと告げた。


「少しでも貰っておけば? 魔物に襲撃されて、おまえらの家はボロボロだろうしさ」


「うわ……その可能性もあるんだ……。馬車を盗んだこともあるし、村を頼る訳にもいかないしな……どうしよう」


「なら、やはり報酬は受け取って下さいな。あと、済むところは……あ、メイオール村とかどうでしょう? ランド様もおりますし、誰も知らない場所に移住するよりは良いと思うのですけれど」


 落ち込むミィヤスの言葉を受けて、キティラーシア姫はポンと手を打った。
 アイン三兄弟は、それぞれに顔を見合わせていたが、やがてぎこちなく頷いた。それを満足げに見つめてから、キティラーシア姫は改めて俺たちを見回した。


「今回は、変な横やりが入って中断してしまいましたけれど。今度は皆様と力を合わせて、成功させたいですわね」


「……なにをですか?」


 首を傾げるジョシアに、キティラーシア姫はおっとりと微笑んだ。


「もちろん、わたくしの誘拐ですわ。次こそは領地込みで身代金をせしめましょうね、皆様」


 この意見を聞いた全員――もちろん、キティラーシア姫当人は除く――が、一様に同じ表情となった。
 つまり、だ。
 キティラーシア姫から誘拐ごっこの誘いがあったら、全力で断ろう――という意志で、満ちあふれた表情である。
 きっと皆の心がここまで一つになることなど、そうそうないだろう。
 妙なことに目覚めなければいいけど。
 俺たちの心配を余所に、キティラーシア姫はおっとりとした微笑みを湛えていた。

---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

色々とあって、ちょっと出遅れました。

大岡裁きの判官贔屓――の詰め合わせっぽい回となりました。
次回はエピローグとなります。引き続き、どうかお付き合い下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...