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第三部『二重の受難、二重の災厄』
四章-4
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瑠胡は俺のすぐ側に舞い降りると、小さく竜語魔術を唱えながら白い指先を魔物の群れに向けた。
その直後に地面が爆発し、寸前に飛び退いた黒い犬を除いて、近くにいたオーガの群れすべてを倒れさせた。オーガの群れのすべてと言ったのは、アインがオーガを斃していたからだ。
「ランド、サリタンが奴らの居所を突き止めた。あとは妾に任せよ」
「わかりました。無理しないで下さいよ」
俺は、瑠胡を戦わせることを心配していた。
ドラゴンであり、竜語魔術のほとんどを覚え直した瑠胡が、下手な騎士より強いことは重々承知している。
だけど、やはり惚れた女性が魔物と戦うとなれば、不安で仕方がない。
そんな俺の心配を余所に、瑠胡は自信ありげな笑みを浮かべた。
「案ずるな。昨晩、ランドの胸で眠り、接吻も七、八回はしたからのう。気力も気合いも十二分に備わっておる」
「ちょ――ちょ、瑠胡……」
瑠胡の発言で、アインと沙羅さん、それにレティシアやセラからの、冷たい視線が突き刺さる。
そんな状況の中、俺は焦りながら訂正を入れた。
「いや、単に木の根っこに座った俺の上で、寝てただけですよね!? 着物が汚さないためって理由で。それにキスをしたのも二回だけ……でしたよね?」
「ほお……やはり、気付いておらなんだか。ランドは獣や不審者の気配を察するのは得意だが、気を許した者は無警戒のようだのう。御主が寝てから、妾が何度も接吻をしたというのに」
少し頬を染めながら昨晩のことを語る瑠胡に、俺はただ、口をパクパクとさせることしかできなかった。
数秒して少しだけど精神的に持ち直した俺は、震える声で瑠胡に言った。
「なにをしてるんですか……」
「よいではないか。お互いに、ようやく想いを遂げることができたのだからのう。これくらいは、許しておくれ」
「いや、まあ……そうなんでしょうけど」
俺が力なく答えたあと、沙羅さんの声があたりに響いた。
〝瑠胡姫様! のんびりとしてる場合ではございませんよぉ!!〟
振り返ればドラゴンの姿の沙羅さんが、黒い犬から吐かれた炎息を身体で防いでいた。
瑠胡は表情を正すと、俺の胸板に手を添えた。
「すまぬな、沙羅。ではランド――御主は盗賊団を」
「はい」
瑠胡に頷いた直後、俺たちの背後でサリタンの門が開いた。
門から上半身だけを出したサリタンが、俺を手招きした。
「ランド、早くしろ」
「ああ――それでは瑠胡、行ってきます。気をつけて下さい」
「御主もな。無事に妾のもとへ帰って来るのだぞ?」
一度だけ視線を交錯させてから俺は踵を返し、サリタンの門を潜った。
一晩を過ごした森の中へと俺が移動した直後、サリタンの門が閉じた。
「ランド、急ぐぞ。あの魔物の数――もう暴走が始まっておるかもしれん」
「……わかってる。急いでくれ」
俺は体力を少しでも回復させようと、深呼吸を繰り返した。
サリタンは手の平を身体の前にかざしながら、俺を振り返った。
「少し遠いからな。少し待ってくれ」
俺は頷いたが、実のところはかなり焦っていた。こうしているあいだにも、瑠胡たちは魔物たちの襲撃に抵抗しているんだ。
手を無意識に弄んでいた俺の前で、うっすらと門の外観が見え始めていた。
*
瑠胡はヘルハウンドに対し、〈氷結球〉の魔術を放った。
白光りする球体がヘルハウンドを包むように、忽然と現れた。
〝ガッ――!!〟
身体全体を急激な冷気に襲われ、ヘルハウンドが苦悶の声をあげた。
四肢や胴体に白い霜が纏わり付き、口から吐き出された息が、鼻や口の周囲で瞬時に凍り付いた。
「沙羅、やれ」
〝はい、瑠胡姫様〟
瑠胡の命に応じた沙羅が、全身を凍結させたヘルハウンドに尻尾の一撃を見舞う。
どこか生物というより、氷を砕いたような音を立てながら、ヘルハウンドは絶命した。あとに続いていたオーガやオークは、ヘルハウンドが動かなくなったことで、初めて瑠胡たちへの警戒を強めたようだ。
侵攻する速度が、あからさまに遅くなった。
そこへ、瑠胡は無慈悲に〈爆炎〉を撃ち込んだ。
「これで、少々時間は稼げるであろう。少しでも身体を休めておけ」
「あ……ああ。しかし、ランドの野郎……俺と一戦交えたときは、手加減してたのか」
「御主に殺気がなかったのだろう。ランドは、殺気のない相手には本気を出せぬようだしのう」
「くそ……なんか釈然としねぇ」
渋面になったアインから瑠胡が離れたとき、左方向にある森の中で草の鳴る音がした。
皆が一斉に振り返ると、キャットが出てきた。服に血の染みがあるキャットは、力なく周囲を見回して、騎馬に跨がったレティシアで目を止めた。
「団長……」
「キャット――大丈夫か!? 怪我は――」
「大丈夫です。これは……敵の返り血ですから」
「そうか……」
幾分、ホッとした顔をしたレティシアは、魔物の群れを気にしながら、キャットに馬を寄せた。
「キャットは後方へ退いてくれ。ここは、我々で防ぐ」
「団長……わたしは、盗賊の真似事以外、役に立ちませんか? 奴らから弓矢を手に入れましたし、援護くらいは――」
「なにを言ってる、キャット。騎士になったのだろう。もっと背筋を伸ばせ!」
レティシアの大声で、キャットは伏せ目がちだった顔をハッと上げた。
馬上から微笑みかけながら、レティシアはキャットの頭に手を添えた。
「一晩森の中で潜んで、弓兵を斃してくれたんだろう? おまえは命令通り仕事を熟した。あとは後方の部隊と合流してくれ。無理して前線で戦わせて、おまえを失うのは、わたしにとっても大きな痛手だ」
「わたしを失うのが、痛手……ですか」
そこで目に精気の戻ったキャットは、レティシアに敬礼を送った。
「わかりました。後方から、団長の援護をします」
「頼む。こちらは瑠胡姫と共同戦線を張り、魔物を食い止める。体力を回復後、ユーキを前線に、リリンを中間地点へと移動させてくれ。遠方からの魔術では、限度がある」
「はい。わかりました。伝えます」
キャットが後方へと駆け出すと、レティシアは再び侵攻を始めた魔物へと目を向けた。
そんな中、セラの表情が曇っていることに気付き、慌てて馬を駆け寄らせた。
「どうした、セラ。怪我でもしたか?」
「いえ――怪我や疲れではありません。申し訳ありません、レティシア。戦いに集中致します――奴らが来ます」
セラは覇気の無い返答をしてから、切っ先からの光線を撃ち始めた。
そんなセラの様子を怪訝に思いながら、レティシアも火球を放ち始めた。しかし二人の《スキル》よりも、瑠胡の竜語魔術のほうが効果が高い。
二人は遠距離の攻撃を中断し、近距離に迫ってきているオークと黒狼へと目的を変えた。
「瑠胡姫様は、オーガや大物を頼みます。小物は我々で対処したほうが、効率が良いでしょう」
「任せる。妾も小物を相手にする余裕がなくなりそう故にな」
瑠胡の視線の先――魔物の群れの後方に、青緑っぽい鱗に包まれたリザードがいた。その数、三体。
ドラゴンの姿だったとはいえ、首筋に噛みつかれたことを思い出し、瑠胡は雪辱戦よろしく戦う気力に全身をみなぎらせた。
「沙羅、あのリザードどもは容赦するな」
〝畏まりました。存分に我が炎を浴びせてやりましょう〟
「うむ。リリン――御主は魔術でオーガを中心に斃せ。ユーキとやらは、近づく魔物を大穴に落とせ」
馬車よりも後方に控えていたリリンとユーキに瑠胡は指示を出した。
しかしリリンはともかく、ユーキはレティシアやセラ以外からの命令に、戸惑うばかりだ。
レティシアは苦笑を我慢しながら、ユーキに頷いた。
リリンはすでに、オーガに対して魔力の矢を放ち始めていた。
(リリン、判断が速いよぅ……)
ユーキは視線を戦場に戻すと、一番近い黒狼とオークの群れの行く先に大穴を空けた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
魔物――モンスターのオンパレードですが、一部にはオリジナルがいたりします。
四本腕の熊とか。黒狼とオークの組み合わせとか。オークは魔物とするには、ちょっと微妙な部分もありますが……。
エルフの亜種としているゲームや世界観もありますし。
オリジナルの魔物に対しては、どうか広い心での御対応をお願い致します。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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