屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第三部『二重の受難、二重の災厄』

四章-2

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   2

 土壁へと移動していたレティシアたち《白翼騎士団》と王都の騎士団は、リリンからもたらされた情報に、予定の変更を余儀なくされていた。
 リリンから聞いた話を報告してきたクロースに、レティシアは難しい顔をした。


「姿を隠した弓兵は厄介だな」


「はい。ランドさんたちは、敵に存在を知られぬよう、合流は控えるそうです」


「そうか。それだけは朗報と言えるな。キャット――頼みがある」


 騎馬に跨がったキャットが、肩を竦めた。


「ああ、言いたいことはわかりました。近くまで行ったら、仕事をしてきます」


「すまないが、頼む」


 キャットに微笑んでから、レティシアは騎馬の速度を上げた。
 前を進む騎士団長には、弓兵のことは話してある。そのため、急いでキティラーシア姫との合流を諦め、今はだく足で進んでいる。
 レティシアは騎士団長に軽く会釈をすると、ハイム老王のいる馬車に近づいた。


「ハイム老王閣下――少々よろしいでしょうか?」


「ああ、レティシアか。どうした?」


「はい。部下からの報告ですが、キティラーシア姫様はご無事のようです。ただ、盗賊の《スキル》で造られた土壁に囚われ、脱出が出来ないようです。土壁が解除されるのは、明日の朝だと推測されます。魔物の群れが襲ってくるでしょうが、ランドと瑠胡姫も援護に駆けつけてくれるようす」


「そうか……しかし我々の騎士団は、負傷が癒えておるまい。戦いは不利ではないか?」


「強力な味方がおりますので、そこまで一方的に押されることはないでしょう。ただ――少々問題が」


「問題とは?」


 ハイム老王に問われ、レティシアの表情に迷いが浮かんだ。
 しかし意を決したように、老王へ耳打ちをした。


「魔物には、魔物に近い者を――その協力者は、今は土壁で馬車を護ってくれております」


「そうか。孫娘を護ってくれるのであれば、とやかく言うつもりはない。喜んで、手を借りることにしよう。騎士団長には、わたしから話をしておこう」


「ご配慮、痛み入ります。それでは、わたくしは部下の指揮に戻ります」


「わかった。頼んだぞ」


 ハイム老王に敬礼を送ってから、レティシアは《白翼騎士団》へと戻って行った。
 騎士団が土壁の見える位置で立ち止まったのは、それから二時間後のことだった。高さは五マーロン(約六メートル二五センチ)ほどもあり、先のすぼまった円錐状だ。
 ただし、頭頂部は約二マーロン(約二メートル五〇センチ)の開口部となっていた。
 騎士団が立ち止まったのには、もう一つの理由があった。先行していた騎士たちも、ここから先へは行けないとばかりに、立ち止まっていたからだ。


「騎士団長……あれは」


「う……む」


 騎士団の面々が視線を向ける先には、土壁の上に鎮座している赤い鱗のドラゴンがいた。
 周囲を威嚇するように首を動かすドラゴンに、騎士たちは立ち止まらざるを得なかったのだ。


「あれは、沙羅殿……ですかね」


「だろうな。お陰で、こちらも被害なしで済んだ」


 セラに応じながら、レティシアは前方の森へと視線を向けた。
 あの中に盗賊が潜んでいるなら、不用意に土壁に近づいた騎士たちは奇襲に遭っていたはずだ。
 沙羅があそこに残ってくれたことに感謝しながら、レティシアは馬車から顔を出しているハイム老王へと近づいた。
 レティシアの接近に気付いたハイム老王が、やや表情を引きつらせながら振り返った。


「レティシア……あれが?」


「はい。心強い協力者でございます」


 レティシアが答えると、ハイム老王は力が抜けたように息を吐いた。
 魔物に近い者が協力者と伝えられていたが、まさかドラゴンとは思っていなかったという顔だ。
 ハイム老王は軽く頭を振ってから、改めてレティシアを見た。


「あのドラゴンが……レティシア、なにを知っている?」


「色々と――ですが、それをお話するのは、すべてが終わったあとに致しましょう。今は、これからの行動を決めなければなりません」


「……そうだな。まずは、ここで布陣をするべきだろう。馬車を円形に配置し、矢に備えよ」


 レティシアは敬礼を送った。


「はっ。騎士団長にも伝えます。それと、わたくしの部下の先行をお許し下さい」


「先行……なにをするつもりだ?」


 怪訝な顔をするハイム老王に、レティシアは淡々と告げた。


「潜伏した盗賊どもを探します。できれば――制圧もしたいところです。」


「そんなことが、可能なのか?」


「わたくしの部下であれば、可能だと信じております。すでに……単独で森の中に入っているはず」


 レティシアは一礼をしてから、左右に広がる森へと視線を移した。

   *

 鬱蒼と茂る森の中、キャットは森の中を進んでいた。
 音の出る鎧は脱ぎ、身体の線が出るような衣服に身を包んでいた。濃い茶色の衣服に、短剣を二本だけ下げていた。
 屈むような姿勢のキャットは、木の幹や雑草に紛れるように、ゆっくりと歩を進めた。足元と前方、左右を見つつ、耳は周囲の物音を聞き逃さない。
 静かに息を吐きながら、キャットは足音を立てぬような足取りで、森の中を進んだ。


『いいか、慌てるなよ。急げば草を鳴らす。石が転がり、罠に引っかかる。それらすべてが、相手への警鐘となる。動く前に、一呼吸だ。忘れるな――』


 不意に蘇った男の声に、キャットは小さく舌打ちをした。
 思い出したくもない声。幼かった自分を鍛え、共に過ごし、そして――裏切った男。自分が助かるためでもなく、単に小銭のためにキャットを売った、せこい男だ。


(なんだって、こんなときに――)


 小狡そうな顔を頭から振り払うために、キャットは動きを止めた。


(あたしはもう、盗賊じゃない)


 潜伏先の情報を売られて衛兵に捕まり、牢屋に入れられたキャットを救ったのは、レティシアだった。その恩義は感じているし、盗賊時代とは違って仕事をしたあと、捕まる恐怖も感じなくて済む。
 あの頃に戻りたいと、思ったことは一度もない。
 目を閉じて呼吸を繰り返したキャットは、移動を再開した。木の幹や枝葉に紛れて、土壁を見ることはできない。頭の中で移動距離を測りながら、慎重に歩を進めていく。


(あたしが弓を使うなら――この場所なら、きっとあのあたり)


 キャットの《スキル》である〈隠行〉は、姿を隠すだけでなく、足音や呼吸する気配すら、他者に悟られ難くする。
 それだけに姿を消す者の考えることは、容易に想像がついた。
 もうすぐで土壁の真横に出る――というところで、キャットは〈隠行〉によって自分の姿を消した。
 土壁から一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)ほどのところで、男たちの喋るこえが聞こえてきた。
 耳を澄まして進行方向を探ったキャットは、足元に注意を払いながら先に進んだ。


(おっと)


 地面スレスレのところで、黒く塗られた糸がピンと張られていた。それに気付いたキャットは、先の様子を慎重に見回してから少し迂回した。
 糸の先に、もう一本の糸が張られていたり、地面に隠された罠が施されているというのは、常套手段だ。
 現に糸の先にある地面は、掘り返したあとが残っていた。
 少し迂回して、地面に人の手が入った形跡がない場所を探してから、キャットは糸を通り越した。
 無意識に呼吸を抑えながら進んでいくと、薪がはぜる音が聞こえてきた。


「くそ――まだ痛てぇ。あの野郎……」


「まだ言ってるのか? いい加減、落ち着けよ」


「これが、落ちついていられるか!」


「馬鹿――声が大きい」


 野太い声に窘められ、ややくぐもった声は盛大に溜息を吐いた。
 キャットは脚を止めると、声の聞こえる方角へと目をやった。目の前にあるのは、なんの変哲も無い、木々や草花が生い茂っている光景だ。
 しかし揺らめく光と影だけが、土壁と反対側に漏れていた。
 眉を顰めながら、キャットは僅かに顔を動かした。


(あら、まあ)


 喩えるなら冬場に異国で造られるという、かまくらに近い形状の〈隠行〉だった。
 土壁の方角や真横からは森の中しか見えないが、背後からは焚き火を取り囲む三人の男たちの姿があった。
 焚き火の煙は〈隠行〉の力場によって、煙と判別できないまでに散っていた。
 二人の盗賊に混じって、布を顔に巻いた男が憤っていた。


「くそ……あの野郎、次に会ったら絶対に殺してやる」


「合流が遅れた理由は聞いたが……でもよぉ。信じられねぇよな。いきなり窓みたいなものが開いて、男が出てくるとか」


 仲間に揶揄され、布を巻かれた男は歯を剥いた。


「嘘じゃねえ! 今すぐにでも、探しに行きたいくらいだ」


「やめろよ。おまえがいなくなったら、土壁が維持できなくなるだろ?」


「チッ――わかってるよ」


 憮然とした顔で応じると、布を巻かれた男は水袋の中の液体――恐らくは酒だ――を飲み干した。
 キャットは短剣を抜いて、盗賊たちを奇襲しようとした。しかし、身体の前で構えた短剣の切っ先が、見えない力に弾かれた。


(え――?)


 キャットが後ろに退くと同時に、盗賊の一人が振り返った。


「誰だっ!!」


 盗賊の誰何に、キャットは雑草に紛れるように姿勢を低くした。
 そのまま息を顰めてジッとしていると、さきほどの盗賊に仲間が声をかけた。


「誰もいないように見えるがな。枝か虫でも引っかかったんじゃねぇか?」


「だと良いんだが……俺の〈隠れ家〉は、侵入者を弾くからな。さっきのは、金属っぽかった気がするんだが」


「だが、誰もいないぜ。まあ、明日の朝になれば、俺たちは弓で奇襲する役目だ。そのときには〈隠れ家〉も解除するんだろ? 今は《スキル》の維持だけを考えろよ」


 二人の盗賊が〈隠れ家〉に引っ込むと、キャットはホッと息を吐いた。


(明日まで……か。長い夜になりそうね)


 待つことには、慣れていた。キャットは少し離れた木へ移動すると、器用に一番太い枝まで昇り、腰掛けた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

祝日の仕事が予想よりも早く終わったため、アップすることができました。

っていうか、今日は祝日だったのか……と、仕事が終わってから気がついた中の人です。

次章のプロットは、現状では大まかな流れを書き出したのみ。これから、流れの部分を見ながらゲストキャラの名前と設定を考えて、全体の流れとキャラ設定のノートを見ながら、章分けに入ります。
プロットにノート三冊って、やはり不効率なんでしょうか(汗

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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