89 / 276
第三部『二重の受難、二重の災厄』
四章-2
しおりを挟む2
土壁へと移動していたレティシアたち《白翼騎士団》と王都の騎士団は、リリンからもたらされた情報に、予定の変更を余儀なくされていた。
リリンから聞いた話を報告してきたクロースに、レティシアは難しい顔をした。
「姿を隠した弓兵は厄介だな」
「はい。ランドさんたちは、敵に存在を知られぬよう、合流は控えるそうです」
「そうか。それだけは朗報と言えるな。キャット――頼みがある」
騎馬に跨がったキャットが、肩を竦めた。
「ああ、言いたいことはわかりました。近くまで行ったら、仕事をしてきます」
「すまないが、頼む」
キャットに微笑んでから、レティシアは騎馬の速度を上げた。
前を進む騎士団長には、弓兵のことは話してある。そのため、急いでキティラーシア姫との合流を諦め、今はだく足で進んでいる。
レティシアは騎士団長に軽く会釈をすると、ハイム老王のいる馬車に近づいた。
「ハイム老王閣下――少々よろしいでしょうか?」
「ああ、レティシアか。どうした?」
「はい。部下からの報告ですが、キティラーシア姫様はご無事のようです。ただ、盗賊の《スキル》で造られた土壁に囚われ、脱出が出来ないようです。土壁が解除されるのは、明日の朝だと推測されます。魔物の群れが襲ってくるでしょうが、ランドと瑠胡姫も援護に駆けつけてくれるようす」
「そうか……しかし我々の騎士団は、負傷が癒えておるまい。戦いは不利ではないか?」
「強力な味方がおりますので、そこまで一方的に押されることはないでしょう。ただ――少々問題が」
「問題とは?」
ハイム老王に問われ、レティシアの表情に迷いが浮かんだ。
しかし意を決したように、老王へ耳打ちをした。
「魔物には、魔物に近い者を――その協力者は、今は土壁で馬車を護ってくれております」
「そうか。孫娘を護ってくれるのであれば、とやかく言うつもりはない。喜んで、手を借りることにしよう。騎士団長には、わたしから話をしておこう」
「ご配慮、痛み入ります。それでは、わたくしは部下の指揮に戻ります」
「わかった。頼んだぞ」
ハイム老王に敬礼を送ってから、レティシアは《白翼騎士団》へと戻って行った。
騎士団が土壁の見える位置で立ち止まったのは、それから二時間後のことだった。高さは五マーロン(約六メートル二五センチ)ほどもあり、先のすぼまった円錐状だ。
ただし、頭頂部は約二マーロン(約二メートル五〇センチ)の開口部となっていた。
騎士団が立ち止まったのには、もう一つの理由があった。先行していた騎士たちも、ここから先へは行けないとばかりに、立ち止まっていたからだ。
「騎士団長……あれは」
「う……む」
騎士団の面々が視線を向ける先には、土壁の上に鎮座している赤い鱗のドラゴンがいた。
周囲を威嚇するように首を動かすドラゴンに、騎士たちは立ち止まらざるを得なかったのだ。
「あれは、沙羅殿……ですかね」
「だろうな。お陰で、こちらも被害なしで済んだ」
セラに応じながら、レティシアは前方の森へと視線を向けた。
あの中に盗賊が潜んでいるなら、不用意に土壁に近づいた騎士たちは奇襲に遭っていたはずだ。
沙羅があそこに残ってくれたことに感謝しながら、レティシアは馬車から顔を出しているハイム老王へと近づいた。
レティシアの接近に気付いたハイム老王が、やや表情を引きつらせながら振り返った。
「レティシア……あれが?」
「はい。心強い協力者でございます」
レティシアが答えると、ハイム老王は力が抜けたように息を吐いた。
魔物に近い者が協力者と伝えられていたが、まさかドラゴンとは思っていなかったという顔だ。
ハイム老王は軽く頭を振ってから、改めてレティシアを見た。
「あのドラゴンが……レティシア、なにを知っている?」
「色々と――ですが、それをお話するのは、すべてが終わったあとに致しましょう。今は、これからの行動を決めなければなりません」
「……そうだな。まずは、ここで布陣をするべきだろう。馬車を円形に配置し、矢に備えよ」
レティシアは敬礼を送った。
「はっ。騎士団長にも伝えます。それと、わたくしの部下の先行をお許し下さい」
「先行……なにをするつもりだ?」
怪訝な顔をするハイム老王に、レティシアは淡々と告げた。
「潜伏した盗賊どもを探します。できれば――制圧もしたいところです。」
「そんなことが、可能なのか?」
「わたくしの部下であれば、可能だと信じております。すでに……単独で森の中に入っているはず」
レティシアは一礼をしてから、左右に広がる森へと視線を移した。
*
鬱蒼と茂る森の中、キャットは森の中を進んでいた。
音の出る鎧は脱ぎ、身体の線が出るような衣服に身を包んでいた。濃い茶色の衣服に、短剣を二本だけ下げていた。
屈むような姿勢のキャットは、木の幹や雑草に紛れるように、ゆっくりと歩を進めた。足元と前方、左右を見つつ、耳は周囲の物音を聞き逃さない。
静かに息を吐きながら、キャットは足音を立てぬような足取りで、森の中を進んだ。
『いいか、慌てるなよ。急げば草を鳴らす。石が転がり、罠に引っかかる。それらすべてが、相手への警鐘となる。動く前に、一呼吸だ。忘れるな――』
不意に蘇った男の声に、キャットは小さく舌打ちをした。
思い出したくもない声。幼かった自分を鍛え、共に過ごし、そして――裏切った男。自分が助かるためでもなく、単に小銭のためにキャットを売った、せこい男だ。
(なんだって、こんなときに――)
小狡そうな顔を頭から振り払うために、キャットは動きを止めた。
(あたしはもう、盗賊じゃない)
潜伏先の情報を売られて衛兵に捕まり、牢屋に入れられたキャットを救ったのは、レティシアだった。その恩義は感じているし、盗賊時代とは違って仕事をしたあと、捕まる恐怖も感じなくて済む。
あの頃に戻りたいと、思ったことは一度もない。
目を閉じて呼吸を繰り返したキャットは、移動を再開した。木の幹や枝葉に紛れて、土壁を見ることはできない。頭の中で移動距離を測りながら、慎重に歩を進めていく。
(あたしが弓を使うなら――この場所なら、きっとあのあたり)
キャットの《スキル》である〈隠行〉は、姿を隠すだけでなく、足音や呼吸する気配すら、他者に悟られ難くする。
それだけに姿を消す者の考えることは、容易に想像がついた。
もうすぐで土壁の真横に出る――というところで、キャットは〈隠行〉によって自分の姿を消した。
土壁から一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)ほどのところで、男たちの喋るこえが聞こえてきた。
耳を澄まして進行方向を探ったキャットは、足元に注意を払いながら先に進んだ。
(おっと)
地面スレスレのところで、黒く塗られた糸がピンと張られていた。それに気付いたキャットは、先の様子を慎重に見回してから少し迂回した。
糸の先に、もう一本の糸が張られていたり、地面に隠された罠が施されているというのは、常套手段だ。
現に糸の先にある地面は、掘り返したあとが残っていた。
少し迂回して、地面に人の手が入った形跡がない場所を探してから、キャットは糸を通り越した。
無意識に呼吸を抑えながら進んでいくと、薪がはぜる音が聞こえてきた。
「くそ――まだ痛てぇ。あの野郎……」
「まだ言ってるのか? いい加減、落ち着けよ」
「これが、落ちついていられるか!」
「馬鹿――声が大きい」
野太い声に窘められ、ややくぐもった声は盛大に溜息を吐いた。
キャットは脚を止めると、声の聞こえる方角へと目をやった。目の前にあるのは、なんの変哲も無い、木々や草花が生い茂っている光景だ。
しかし揺らめく光と影だけが、土壁と反対側に漏れていた。
眉を顰めながら、キャットは僅かに顔を動かした。
(あら、まあ)
喩えるなら冬場に異国で造られるという、かまくらに近い形状の〈隠行〉だった。
土壁の方角や真横からは森の中しか見えないが、背後からは焚き火を取り囲む三人の男たちの姿があった。
焚き火の煙は〈隠行〉の力場によって、煙と判別できないまでに散っていた。
二人の盗賊に混じって、布を顔に巻いた男が憤っていた。
「くそ……あの野郎、次に会ったら絶対に殺してやる」
「合流が遅れた理由は聞いたが……でもよぉ。信じられねぇよな。いきなり窓みたいなものが開いて、男が出てくるとか」
仲間に揶揄され、布を巻かれた男は歯を剥いた。
「嘘じゃねえ! 今すぐにでも、探しに行きたいくらいだ」
「やめろよ。おまえがいなくなったら、土壁が維持できなくなるだろ?」
「チッ――わかってるよ」
憮然とした顔で応じると、布を巻かれた男は水袋の中の液体――恐らくは酒だ――を飲み干した。
キャットは短剣を抜いて、盗賊たちを奇襲しようとした。しかし、身体の前で構えた短剣の切っ先が、見えない力に弾かれた。
(え――?)
キャットが後ろに退くと同時に、盗賊の一人が振り返った。
「誰だっ!!」
盗賊の誰何に、キャットは雑草に紛れるように姿勢を低くした。
そのまま息を顰めてジッとしていると、さきほどの盗賊に仲間が声をかけた。
「誰もいないように見えるがな。枝か虫でも引っかかったんじゃねぇか?」
「だと良いんだが……俺の〈隠れ家〉は、侵入者を弾くからな。さっきのは、金属っぽかった気がするんだが」
「だが、誰もいないぜ。まあ、明日の朝になれば、俺たちは弓で奇襲する役目だ。そのときには〈隠れ家〉も解除するんだろ? 今は《スキル》の維持だけを考えろよ」
二人の盗賊が〈隠れ家〉に引っ込むと、キャットはホッと息を吐いた。
(明日まで……か。長い夜になりそうね)
待つことには、慣れていた。キャットは少し離れた木へ移動すると、器用に一番太い枝まで昇り、腰掛けた。
-------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
祝日の仕事が予想よりも早く終わったため、アップすることができました。
っていうか、今日は祝日だったのか……と、仕事が終わってから気がついた中の人です。
次章のプロットは、現状では大まかな流れを書き出したのみ。これから、流れの部分を見ながらゲストキャラの名前と設定を考えて、全体の流れとキャラ設定のノートを見ながら、章分けに入ります。
プロットにノート三冊って、やはり不効率なんでしょうか(汗
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
18
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

農民の少年は混沌竜と契約しました
アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた
少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された
これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる