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第三部『二重の受難、二重の災厄』
四章-1
しおりを挟む四章 魔力光
1
俺と瑠胡が再会した場所から、少し森の中に入ったところで、俺たちは身体を休めていた。
太陽の高さから察するに、今の時刻は昼を少し過ぎたあたりだ。風向きが良いのか、そんなに離れていない倒木までは、魔物の血臭は漂って来なかった。
腰掛けるには丁度良い大きさの倒木は、どうやら幹が腐って倒れたらしい。まだ根っこと木の皮だけで繋がっている木の幹は、腕が入る程度の空洞になっていた。
木の皮の表面を長剣で削ってから、俺は木の幹に腰掛けていた。
こうしないと、木の皮の中に入った虫に噛まれることもあるからだ。それが毒虫だった場合、かなり面倒になるから……念には念を入れた、というわけだ。
盗賊団《地獄の門》との戦いを控えた今、臀部の痛みに三日も悶絶できない――というわけだ。
これは、経験則からくる教訓だ。
とまあ、それはそれとして。
俺は色々な理由により顔を赤くしながら、瑠胡に訊いた。
「あの……ですね、瑠胡。今、こうする必要があります?」
「そのまま座ったら、妾の着物が汚れてしまうであろう?」
俺の膝の上に腰を落ち着けている瑠胡は、そう答えてから、僅かに不安げな目を向けてきた。
「それとも、妾が膝に座るのは嫌なのか?」
「あ、いやその……嫌とか、そういうことではないんですが。人目もありますし」
「気にするな。彼奴は人ではないからの」
瑠胡は、しれっと答えたけど……そういう問題じゃない。
向かいの地面に座るサリタンの目が非常に気になるし、なにより《地獄の門》との戦いへの緊張感が……その、持続できそうにない。
膝や、俺の胴体に預けられた身体の重み、着物を通して伝わる柔らかさと体温――この状況で、冷静さを保つのは、俺には困難過ぎた。
顔を赤くしたまま、俺は少しだけ視線を逸らした。
「なんか……その。こういったやり取りとか、慣れてないもので」
「ほお? しかし、先ほどは妾と接吻したであろうに」
「あれはですね……その、なんか場の流れというか」
あの告白劇は、自分でも信じられない行為だった――んだよな。今思い返すと、頭を抱えてのたうち回りたい衝動に駆られてしまう。
そんな俺の様子に、瑠胡は小さく微笑んだ。
「まあよい。少しずつ慣れよ……いや、慣れていけば良いぞ?」
「えっと……努力します」
なんかもう……心臓が保たない。
このままだと、休憩どころか心臓の鼓動だけで体力が摩滅していくのではないか――と、そんな惚気た心配をしていたとき、頭上から飛来した一羽の鷹が、俺たちの前に舞い降りた。
〝ランドさん、瑠胡姫――様? あの……今の状況は一体?〟
「その声は、リリンか? 妾たちは戦いを疲れを癒やしておるところだ」
瑠胡の返答を聞いて、使い魔である鷹は数度ほど瞬いた。
リリンの気持ちは、ちょっとわかる。今の状況は第三者から見れば、単にイチャイチャしているようにしか見えないと思う。
若干の気まずさを覚えながら、俺は小さく咳払いをした。
「それで……リリン、なにかあったのか?」
〝あ――え、ええ。そうです。キティラーシア姫様たちが、盗賊団に囚われました〟
「は――なんで、そんな状況になってんだ? レティシアたちは、なにをやってるんだよ!」
ギリギリのところで怒鳴るのを堪えた俺に、瑠胡はそっと胸元に手を添えた。
「落ち着け、ランド。それで……リリンや。詳しい状況を話しておくれ」
〝はい――キティラーシア姫様たちが乗った馬車は、盗賊団の《スキル》と思われる土壁に囚われています。ただ、盗賊団の本隊は、まだ到着していません。大きな男の人が言うには、明日になれば魔物の群れが襲ってくると〟
「ということは、ジョシアたちは全員無事なんだな?」
「おそらく……全員を見たわけではありませんが。少なくともキティラーシア姫様と、ジョシア……さんは、無事でした」
「そっか――」
ジョシアが無事であることに、俺は安堵していた。例え、俺への評価が辛辣でも、たった一人の兄妹だ。無事でいてくれたのは、素直に嬉しかった。
瑠胡は俺の右手に手を添えつつ、微笑んでいた。
「よかったのう、ランド」
「そうですね。でも、それで安心していられる状況でもありませんし。気は引き締めておかないと」
「そうよのう。残念ではあるが、もう動かねばならぬな」
そう言って、瑠胡が俺から降りた。
俺も立ち上がると、サリタンへと向き直った。
「今から、ジョシアたちのいる馬車へ行きたい。例の目的地へと繋がる門で、移動できないかな?」
「門は使えるが……そのためには正確な位置を知っていなくてはならん。今日はもう、探知する力は使えぬのでな。正確な移動は無理だ」
「ならば、妾が運んでいこう。そのほうが早い」
「天竜の姫様、待たれよ」
瑠胡が首元からドラゴンの翼を出したとき、サリタンが口を挟んできた。
俺たちが振り返ると、サリタンは両手を腰の後ろに回しながら、近寄って来た。
「今の話からすると、《地獄の門》が来るのは明日のようだ。逆にいえば、それまでは安全ということ」
「おい……なにが言いたいんだ?」
碌でもないことを言う気がして、俺は牽制も含めて軽く睨んだ。
しかし、サリタンも鬼神であるためか、そんな俺の表情など歯牙にもかけない様子で、淡々と喋り続けた。
「要するに、騎士団と盗賊どもが争っているあいだなら、杖の奪還も容易いだろう。それまで待ったほうが懸命だと思うてな」
「冗談じゃない! 騎士団たちでは、あの魔物の群れに抵抗できねぇからな。犠牲が大きすぎる」
「んん……この国の騎士団は、そんなに弱いのかね?」
「弱くはないと思うが……今は、怪我人が多いだろうからな」
俺たちの馬車がミケタマ川へ飛び出したとき、騎士団は即座に魔物の群れへと矢を放っていた。
これは予め、誘拐犯に対して矢を射る前提だったからだ。これはキティラーシア姫の予想通りだが、俺は直接に剣で突撃しなかった理由は、怪我人が多かったからだと踏んでいた。
でなければ、剣技に関する《スキル》を使える騎士団長が、弓矢という選択肢を使うとは思えなかったからだ。
「だから、魔物を呼ばれる前に、《地獄の門》を叩くのが理想なんだけどな」
「しかし、奴らの位置がわからん。轍のあとを追うにしても、どこまで認識できるやら」
「であれば、馬車の近くまで移動するのが最良手ではないか? そこで待っておれば、盗賊どもから勝手に来てくれるのだろう?」
瑠胡の発言に、サリタンは首を振った。
「姫様は盗賊どもを甘く見ておられる。奴らは音を立てず、姿を隠しながら矢を放ち、首を掻き斬ってくる。不用意に土壁へ近寄れば、不意打ちを食らってしまいますぞ」
〝確かに、姿の見えない盗賊はいるようです。土壁を造った盗賊は近くにいるようですが、姿は見えませんでした〟
サリタンの言葉を補足するように、リリンが告げた。
土壁破壊しようと近寄れば、不意撃ち――か。迂闊に近寄れば、サリタンの言うとおり奇襲を受ける羽目になる。
「くそ……手詰まりか」
「妾は、そうは思わぬ。考えよ、ランド……妾とランドなら、なにか打開策はあるはず」
「瑠胡……」
瑠胡からの信頼を感じて、俺は挫けそうになっていた心に活を入れた。
記憶を弄り、今ある戦力を洗い出す途中で、俺はハッと顔をあげた。
〝リリン、沙羅さんはどこに?〟
〝今は、土壁に誰も近寄らせないよう、見張りをして貰っています。ドラゴンの姿をしていますから、騎士団の方々も近寄れないと思います。わたしとしては、合流して頂いたほうが、キティラーシア姫様を助けられる公算が高くなるので、助かるのですが……〟
「そうなんだろうけど……」
俺はしばらく考えながら、頭を悩ませた。
盗賊団の首魁――俺がヤツなら、どう動くか。それを考慮してから、俺はリリンに告げた。
「悪い。合流はしない。俺がヤツなら、土壁の近くまでは移動しない。安全なところで魔物を召喚して、あとはそれに任せるだろうさ。だから、俺たちは攻め込まれてから動く。相手に、俺や瑠胡がいないと思わせたほうが、好都合だからな。サリタン、杖の居所を探知できるのは、いつぐらいになりそうだ?」
「早くて、明日の朝だな。それまでは、無理だ。それは、向こうも似たようなものだろう。今日の召喚した数を見るに、杖が使えるのは明日の朝だ」
「ギリギリだな……なら、魔物の群れが来たら、俺と瑠胡で騎士団を援護。魔物の群れと盗賊たちを討伐し終えたら、そのまま杖の奪取――っていうのはどうだ?」
俺の案に、サリタンは露骨に不満げな顔をした。
「手間なことを考えるものよ。我としては、杖を優先して欲しいところだが」
「こっちは妹とか知り合いとか、そっちの命も大事なんだよ。沙羅さんがいるなら、こっちも有利に戦えるだろうし。懸念材料は……潜んでいる盗賊たちか。弓の奇襲は、なんとかしたいけどな……」
〝それなら、お任せ下さい。《白翼騎士団》で、対処しますから〟
リリンの返答を聞いて、俺は迷いを捨てた。
ここまで自信満々に言ってくるということは、なにか考えがあるんだろう。俺は瑠胡と頷き合うと、サリタンを連れて移動を始めた。
……ただし。
瑠胡がサリタンを抱えるのを拒んだので、徒歩で向かうこととなった。
「ランド以外の異性を抱えるつもりはない」
というのが理由らしいけど……なんか嬉しいやら、恥ずかしいやら。戦いの前だというのに、そんな気分になってしまった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
惚気から始まった今回ですが、個人的には文字数が三千台に戻ってることが大きいです。
次回も四千未満ですし、この調子で文字数の安定化を図りたいものです。
さて本文中、自分が相手だったら――という部分ですが、地味に〈計算能力〉を使ってます。こういった思考は、相手の行動パターンを知らないと、なかなか当てるのが難しいですね。
ランドは、あの逃げっぷりと杖の力に通っていたボグリスの行動から、戦い方の推測をしています。
シミュレーションゲームでも空母や輸送機、ものによっては戦闘母艦などを最前線に配備しないのと同じ理屈です。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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