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第三部『二重の受難、二重の災厄』
三章-6
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王都直属の騎士団とともに、レティシアら《白翼騎士団》はキティラーシア姫との合流地点へと移動していた。
リリンは《白翼騎士団》の馬車のベンチで、隣に座っていたクロースへと告げた。
「ランドさんと瑠胡姫様は無事です。お二人は……《地獄の門》という盗賊団を追っています」
「盗賊団?」
「はい。その盗賊団は、キティラーシア姫様の乗る馬車を追っていた、魔物を操っているようです。ただ、事情があって奇襲は明日になるみたいですが」
「なるほど。直接本陣を叩こうってことね。りょーかい。あ、でもキティラーシア姫様たちの護りはどうする気なんだろうね?」
首を傾げるクロースに、リリンは指を空に向けた。
「今、わたしが使い魔で馬車を探しています。進行方向は決まってますから、そんなに時間はかからないかと。馬車を発見次第、沙羅殿が護りに」
「サラ――ああ、沙羅殿ね。それなら……安心、かなぁ?」
沙羅は瑠胡に使える、天竜族の戦士である。《白翼騎士団》の面々は沙羅もドラゴンであることを教えられてはいないが、そのことを全員が理解していた。
クロースは揺れる馬車の中で立ち上がると、リリンの肩を軽く叩いた。
「あたし、さっきの話を団長に伝えてくる。リリンは使い魔のほうに集中して」
「――はい」
リリンが目を閉じるのを見届けてから、クロースは御者台側へと顔を出した。
いきなりのことに御者台にいるユーキが「ひっ!?」と驚いたが、クロースはそれに構わず、用件を伝えた。
「団長はどこ!?」
「え? ええええっと……右前です!」
ユーキが指先を向けた方角に、騎馬に跨がったレティシアがいた。馬車の車輪がガタガタと音を立てているから、自然と大声で喋っていた分、レティシアにも聞こえていたようだ。
クロースが顔を向けたときには、騎馬の速度を緩めて、馬車に並びかけていた。
「どうした?」
「リリンからの報告です! ランド君と瑠胡姫様は合流、魔物を操っている盗賊団を追撃するようです。ただ、盗賊団への襲撃は早くて明日になる――みたいです!」
「そうか。あの二人は無事か!」
レティシアが安堵した声を出すと、前を進んでいたセラが振り返った。なにかを言いかけたものの、すぐに前へと向き直った。
その肩が微かに上下するのを見てから、クロースは報告の続きを言い始めた。
「あと、リリンは使い魔でキティラーシア姫の乗る馬車を探しています。それで……沙羅殿を案内して護衛をしてもらうと!」
「ほお……そうか。一刻も早く合流するよう、リリンに伝言を頼む! 沙羅殿が護衛についてくれるなら、一安心だ」
「はい!」
クロースが荷台に引っ込むと、騎士団長が馬首を巡らし、レティシアに近づいた。
「おい。今の話……どういうことだ。ランドと、あの妙ちくりんな女が、キティラーシア姫君の守護から離れただと?」
「はい。先ほど姫君を襲った魔物を操る、盗賊団の討伐に向かったようです」
「馬鹿な! 優先すべきは姫様の警護であろう! それを盗賊の討伐など――所詮、訓練校を……いや、王都を追放された、ならず者か。姫君を救出したら、処罰してやらねばな」
嘲るような騎士団長の暴言に、レティシアだけでなく、ユーキや前を進むセラまでもが表情を険しくした。
そんな周囲からの視線を浴びて、騎士団長は少々狼狽えた。
レティシアたちを見回し、どことなく居心地悪そうな表情になった騎士団長は、咳払いをしてから手綱を操り、騎馬の速度をあげた。
騎士団長が去って行くのを無言で見送ったレティシアは、重い溜息を吐いた。
「まったく……言うことだけは立派な御仁だ。ユーキ、あまり気にするな」
「……はい」
不機嫌そうに頷くユーキの態度に苦笑したレティシアは、騎馬を前に進めた。
「セラも気にするな。ああいう御方だ」
「……はい。我々はランドに貸しを、瑠胡姫様には恩義がありますからね。ああいうことを言えば、怒りを買うでしょうに」
「そうだな。例外はキャットくらいだ。セラも――」
言いかけて、レティシアは言葉を閉ざした。そんな様子に怪訝な顔をしたセラが「なにか?」と問う。
「……いや、なんでもない。気にするな」
小さく片手を挙げたレティシアは、セラから離れた。
セラも変わったな――先ほど言いかけた言葉を、レティシアは頭の中で反芻した。
出会った当初はランドに対して素っ気なかったセラが、今では彼に対する態度も柔らかくなっていた。その切っ掛けこそはわかっていないが、二人の友人として、好ましい変化だと思っていた。
「さて」
レティシアは僅かに騎馬の速度を緩めると、改めて馬車の横に並んだ。
「ユーキ、リリンに伝えてくれ。思うように動け――とな」
「わかりました」
ユーキが幌の中にいるクロースに声をかけると、レティシアは再びセラと馬首を並べた。
*
リリンの使い魔である鷹が僅かに速度を落とし、後ろを飛んでいたレッドドラゴン――沙羅に並んだ。
〝沙羅殿――沙羅殿?〟
呼びかけても返事をしない沙羅は、どこか意気消沈しているようだった。
二度目の呼びかけで、沙羅はようやく視線を使い魔に向けた。
〝なん――でしょう?〟
〝あの――どうかなされましたか?〟
使い魔を経由したリリンの問いに、沙羅は返事の代わりに唸るような溜息を吐いた。
リリンの持つ《スキル》、〈計算能力〉を使うまでもない。沙羅が気落ちしている原因を理解したリリンは、真っ向からの質問を投げた。
〝あの――そんなに、ランドさんと瑠胡姫様が想いを伝え合ったことが、気に入らないんですか?〟
このリリンの問いに、沙羅はドラゴンの姿のまま、その目に涙を浮かべた。
〝それは、当然でしょう? お供しますと申し出ても、『ランドがおるから、来なくても構わぬ』とか言われてしまったんですよ? しかも瑠胡姫様は、ランドなんかの腕に手を添えられているし……し、しかも……せ、せせせせせせ、接吻までしたなんて……こんなに悲しいのは数千年生きてきて、初めてのことです〟
沙羅は僅かに頭上を見上げつつ〝わたくしの姫様が……〟などと呟いていたりする。
リリンはそんな様子を見ながら、悟られないよう使い魔との繋がりを弱めた。繋がりを弱めすぎると、せっかく召喚した使い魔が支配を解かれてしまう。
だから独り言を言うためには、ギリギリのところで精神を繋げておく必要がある。
とにかく。そんな状態になってから、リリンは溜息を吐いた。
(拗れすぎてる……)
礼儀正しく、呆れ混じりの意見を胸の奥に押し遣ってから、リリンは再び使い魔と意識を繋げた。
〝こんなことを言うと、激怒されるかもしれませんが。わたしは――ランドさんと瑠胡姫様を応援したいです。瑠胡姫様もずっと、ランドさんに好意を抱いておられました。その念願が叶ったわけですから……〟
〝ええ、それは重々承知しています! 瑠胡姫様が、お幸せそうで、なによりなんですよ! でも、それとこれとは話が別なんです! 今まで、わたくしにしか見せなかった表情、可愛らしさ――それらが、ランドなんて人間に向けられるだなんて!!〟
沙羅の心の叫びを聞いたリリンは、再び使い魔との繋がりを弱めた。
(やはり、拗れている――)
リリンは隣にいるクロースにも悟られないよう、お行儀良く溜息を吐いた。
ランドと瑠胡のことがショック過ぎて、沙羅の気持ちは直滑降で地に落ちている。それを少しでも上向きにしよう――と試みるのを諦めたリリンは、馬車を探すことに専念することにした。
〝わたしは馬車を探します。見つけたら知らせますので、警護をお願い致します〟
〝わかってます……瑠胡姫様の御指示でもありますし〟
〝……お願いします〟
最低限の応対だけをして、リリンは下方にある山道からの街道へと集中した。
そのすぐ後ろを飛んでいた沙羅は、その街道の脇にある森の中に、二頭の馬が走っていることに気付いた。
一頭に二人ずつ乗っていためか、速度はあまり速くない。
しかし馬車を警護するという指示が頭にあったため、沙羅はあまり深く考えることなく、心の中でランドへの愚痴を述べ続けることに意識が向いてしまった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
沙羅の拗れ回でございます。あとは《白翼騎士団》側。
ちょっと《白翼騎士団》を自由な気質に書いてますので、対比される王都の騎士団がイヤなヤツ感がありますが……きっと、本体はこんな感じなのが普通だと思います。
じゃなきゃ、十字軍遠征で略奪とかしないでしょうし。
あと、ちょっと書きましたが。
この世界の使い魔は、召喚方式です。毎回、召喚するタイプ。
魔剣士と~の方でも少し書きましたが。術者と使い魔が常に精神をリンクさせていると、食事や排泄時の感触とか、伝わってくるんじゃ――って思ってしまうんです。
猫とか、Gを食べたりしますからね。そんな感触、伝わって欲しくないなーと、心から思います。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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