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第三部『二重の受難、二重の災厄』
三章-4
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瑠胡が四台が縦走している馬車列に辿り着いたのは、男に案内されてから一時間余り経った頃だった。
ゼイフラム国の国境に近い、森の切れ目だ。この辺りは〈マーガレット〉の被害もなく、元の自然を残していた。
馬車はすべて四頭立ての作りだが、先頭だけは二頭で馬車を引いていた。
馬車列は瑠胡を案内してきた男に気付いたのか、後ろの馬車に手を振りつつ、順番に停まり始めた。
先頭の馬車にある御者台から男が飛び降りると、瑠胡を案内してきた男に近寄った。
「どうした、その女は――」
「実はな――」
瑠胡に聞こえないよう、小声で耳打ちをする男に、仲間は小さく頷いた。
「ちょっと待ってろ。お頭に伝えてくるからよ」
男の仲間が三台目の馬車へと駆けていくのを目で追った瑠胡は、その幌に描かれた模様を見て、表情を険しくした。
馬車の中で瑠胡は、ランドとアインがしていた会話を聞いていた。盗賊団の旗印――それが馬車に描かれた模様だと、瑠胡はすぐに察しが付いた。
懐から摘まみ上げた鱗に、フッと息をかけて飛ばした瑠胡は、リリンの使い魔である鷹が、後方の馬車の近くに降り立つのを見た。
(さすがに素早いのう)
リリンの行動に感心していた瑠胡は、三台目の馬車から太った男が出てくるのを見た。
焦げ茶色の口髭には汁が乾いた跡があり、頭髪を剃り上げた頭部には蛇の入れ墨を入れていた。青い目は淀んでいたが、瑠胡を見るや好色に目を輝かせた。
愛想笑いのつもりだろうが、「へっへっへ」と、だらしない声を漏らす男――ボグリスに、瑠胡は柳眉を寄せた。
(なるほど……油断はできぬ相手というわけか)
瑠胡が警戒心を露わに目を細めると、ボグリスは先ず一礼をした。
「お初に、会うことになる。お――我はボグリスと言い……この一団を束ねる長だ」
「妾は瑠胡。崖から落ちた男を捜しておる。妾を案内した男が、知っていると言ってたのでな。もし、そちらで介抱などをしておるなら、合わせて貰いたい」
「いや、それが……その……」
ボグリスは視線を彷徨わせながら、周囲に集まりつつ部下たちを見回した。
「おい、あの男はどうなってるんだっけ?」
「ええっと……傷か酷すぎて、動けないんじゃ……なあ?」
答えた部下は、周囲の者たちに同意を求めた。そして曖昧だが、頷く仲間たち。
そんな光景を眺めていた瑠胡は、小さく鼻を鳴らした。
「それでも構わぬ。妾なら、彼奴の治療ができる。身動きできぬのであれば、すまぬが、ここまで運んでくれぬか?」
尊大な物言いを崩さぬ瑠胡に、流石の盗賊たちも困惑の色を隠せなくなっていた。
このとき瑠胡は、盗賊団に対して交渉ではなく、時間稼ぎへと切り替えていた。盗賊団が欲している返答ではなく、あくまでも自分の要望を貫き通す。
話が拗れて相手が本性をさらけ出すなら、それも良し。交渉が長引くのなら、それも良し――と、瑠胡は考えていた。
そんな瑠胡に対し、ボグリスは白い杖を持ったまま、両手を広げた。
「では、準備を致しましょう。それまで、馬車で待っていて下さい」
「そのような気遣いは無用に願おう。妾は、崖から落ちた男の確認がとれれば、それでよい。妾はここで待つ故、その男を連れて参れ」
馬車へ行くのを瑠胡に断られ、ボグリスの眉がピクリと動いた。
唸るような声をあげたボグリスは、瑠胡を睨みかけたところで、我に返った。深呼吸をしてから、改めて瑠胡に微笑みかけた。
「いやいや。気遣いなどではありません。ここまで出すために時間が……」
「かかってもよいぞ? 妾は待つことには慣れておる」
言葉をすべて言い終える前に瑠胡に遮られ、ボグリスの顔が歪んだ。
そこへ、リリンの使い魔が瑠胡の元へ降りてきた。瑠胡が身体の前に出した左腕に留まった。
〝瑠胡姫様、馬車にランドさんはいませんでした〟
「怪我人はおったか?」
〝いません〟
「そうか――」
瑠胡は喋る鷹の存在に驚くボグリスに背を向けると、僅かに振り返った。
「目当ての男が居らぬのなら、貴様ら盗賊風情に用はない。その顔を、二度と妾の前に見せるでないぞ」
「待て! 俺たちが、てめぇを逃がすとでも思ったのか?」
瑠胡を取り囲むように、盗賊たちが一斉に動いた。剣や短刀を抜く盗賊たちを見回した瑠胡は、ボグリスを睨んだ。
「無駄なことは止めよ。このまま引き下がれば、騙したことは忘れてやろう。妾はお主ら程度の相手をするほど、暇ではない。それに、貴様ら風情が妾と対面し、言葉を交わしたことで誉れぞ。それに満足し、すべてを諦めて立ち去るがよい」
瑠胡の尊大な物言いが、ボグリスたちにとっては挑発に等しかったようだ。
盗賊たちから立ちのぼる殺気の渦を敏感に感じ取り、瑠胡は立ち止まると苛立たしげに振り返った。
「穏便に済ませてやろうという妾の慈悲を無下にするとは、愚かな奴らよ」
「巫山戯るなよ! 女一人で、俺たちに敵うわけねぇだろうがっ!!」
唾を飛ばしながら怒鳴るボグリスは、緩やかに湾曲した蛮刀を抜くと、左手に持ち直した杖を瑠胡がいるほうへと突き出した。
「やれっ!」
ボグリスの号令で十一人もの盗賊たちが、瑠胡へと躍りかかった。
女一人と嘗めているのか、《スキル》を使っている者はいない。
「笑止」
呟きながら、瑠胡は首筋から一対のドラゴンの前足を出した。
不意を突かれて右側で二人、左では三人の盗賊たちが、薙ぎ払われた前足の一撃を受けて、数マーロンほど吹っ飛ばされた。
瑠胡から出たドラゴンの前足に驚きながらも、背後に廻った盗賊の一人が瑠胡を羽交い締めにしようとした。
しかし、突如として首筋から現れたドラゴンの尻尾が、盗賊の横腹を強く打ち付けた。
最初の攻防を終えたあと、瑠胡はまだ残っている盗賊たち、そしてボグリスらを睨めつけた。
「妾が手加減をしているあいだに、退いたほうが懸命ぞ」
「ふ――巫山戯るなよ! そっちこそ、俺様が手加減をしているあいだに、捕まらなかったことを後悔させてやる!!」
ボグリスが気合いを入れると、周囲の地面から砂塵が巻き上がった。砂煙で視界を防ぐ《スキル》、〈砂煙隠れ〉である。
砂煙の向こう側から、自慢げなボグリスの声が響き渡った。
「どうだ! これで、どこから俺たちが襲ってくるか、わからねぇだろ!」
「……阿呆が」
瑠胡は呟くと、首筋から生やしたドラゴンの翼を羽ばたかせた。
巻き起こる旋風によって、砂煙は撒き散らされ、数秒とたたずに視界が戻った。これには、ボグリスも声を失った。
そのあいだにも、瑠胡はドラゴンの前足で、近づいて来ていた二人の盗賊を横殴りにしていた。
次々に数を減らしていく部下の姿に、ボグリスは白い杖を掲げた。
「くそ……俺の真の力を見せてやる!」
キティラーシア姫のいる馬車を襲った魔物の群れは、昨日の昼間に召喚したものだ。
一日一回の召喚は、まだ残っていた。
ボグリスが白い杖を地面に打ち付けると、赤黒い円が空中に描かれた。その光から、魔物の群れが現れた。
オーガの群れに、オーク、それに獅子と黒山羊、大蛇の三つの頭部を持つ、数体のキマイラ。それらの魔物を召喚しながら、ボグリスは高笑いをした。
「はーっはっはっは!! どうだ、俺様の力は!」
「阿呆らしい。その杖、どこで手に入れたのかは知らぬ。しかし、人には過分な力を使えば、己が身を滅ぼすだけぞ」
瑠胡は無表情に言い返すと、即座に竜語魔術の呪文を唱え始めた。
頭上に忽然と浮かび上がった光球から、白光輝く光線が放たれた。魔物の群れの中央にいたオーガたちが、その一撃で消し炭となった。
二発、三発と放つが、散り散りに駆けだした魔物たちは、一発で数体しか斃せない。〈爆炎〉を使えば一網打尽にできたのだが、それでは周囲へ被害が出てしまう。
前回、ダグリヌスの神域でランドに呆れられたことで、瑠胡の行動に変化が生まれていた。
魔物の大半を斃したものの、白い杖が発生させている赤黒い円からは魔物の群れが現れ続けていた。
オーガの群れはもちろん、鎖の付いた鉄球を持つホブゴブリンの群れに、大蛇に脚を生やしたような、巨大なリザードまで召喚されていた。
「なんだ! こんなに出せるのかよ!」
歓喜に大笑いをするボグリスの目が、赤黒く光り始めた。
魔術で斃そうとした瑠胡だったが、魔力の消耗に気付いて顔を顰めた。
「この――しつこいっ!!」
憤怒の表情で全身に魔力を巡らせた瑠胡の身体を、光が覆い尽くした。
やがて、深緑の鱗に覆われたドラゴンへと変貌した瑠胡は、怒声を発した。
〝貴様ら――妾を怒らせたこと、後悔させてやるぞっ!!〟
ドラゴンとなった瑠胡の口から、紅蓮の炎が吐き出された。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
大賞が終わったので、こちらで後書きっぽいのを復活です。
大賞も投票して下さった方々、ありがとうございました! 励みになりましたです。
ドラゴンで戦う瑠胡は、久しぶりですね。魔物の群れに、どこまで戦えるかは――次回までお待ち下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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