屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第三部『二重の受難、二重の災厄』

三章-1

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 三章 《地獄の門》


   1

 交渉場所であるミケタマ川の川原に来たレティシアたちは、国境側を注視していた。


「……まだ、来てはおらんか」


「そのようですね。リリンには使い魔で、川の反対側を見晴らせています」


 セラの報告に頷くと、レティシアは馬首を巡らし、ハイム老王に近寄った。軍馬から降りたレティシアは、その場で片膝をついた。


「ハイム老王陛下。相手が来ましたらお呼び致します。馬車の中でお待ち下さい」


「いや……レティシア。ここに居させておくれ。老王として平然を装ってはおるが、キティラーシアのことが心配で堪らぬのだ」


「……わかりました。我々は周囲の警戒を続けます。せめて、日陰になるところでお待ち頂けませんか。御身が心配でなりませぬ」


 片膝をついたままで頭を下げるレティシアに、ハイム老王は頷いた。


「……わかった。相手が来たら、呼んでくれ」


「はっ――」


 レティシアが立ち上がったとき、セラの怒声が響き渡った。


「団長、西の森!!」


 レティシアが西を向くと、森の少し奥で、土煙が昇っていた。その直後に馬の嘶き、そして獣のような叫び声が、森の奥から聞こえ始めていた。


「総員、弓を構えつつ警戒せよ!」


 騎士団長の号令で、騎士たちが一斉に矢を番えた。
 レティシアは配下の者たちに、ただ待てと指示を出したのみだ。


「リリン、西の森はどうなっている?」


「少し待ってください――こちらへ向けて走る馬車が見えます。その後ろには――団長、魔物の群れがこちらに向かって来てます!」


「なんだと!? 馬車も魔物の物か」


 レティシアが剣を抜くと、リリンは頭を振った。


「違います! ああ――馬車の後ろに、ランドさんが!」


 リリンが歓喜の声を挙げた瞬間、森の中から馬車が飛び出してきた。

   *

 馬車が森から飛び出した直後、対岸に騎士団やレティシアたち《白翼騎士団》の馬車が並んでいるのが見えた。
 俺たちの馬車は森から飛び出したあと、川沿いを駆けた。
 それに僅かに遅れて、狼に跨がったオークたちがが森から飛び出した。日差しの眩しさにオークは怯んだようだが、黒狼は構わず突っ込んでくる。
 俺は魔術で再び先頭を走る四頭を、先ほどの魔術で吹っ飛ばした。


「ランド!!」


 騎馬に跨がったレティシアが、対岸を駆けながら、俺の名を叫んだ。


「なにをやっている! 人質は――」


「姫様とジョシアは、この中だ! それより、後ろから魔物の群れが来るぞ!」


「な――!?」


 レティシアが背後を振り向いたとき、森の中からオーガの群れと熊に似た魔物が出てきた。


レティシアは馬首を翻しながら、俺へと叫んだ。


「ここから先に進めば、街道に出る! 荒れ山で合流しよう!」


 レティシアは俺の返事を待たず、騎士団たちへと声を張り上げた。


「姫様がたは無事だ! 魔物を斃せ!」


 レティシアは叫びながら、《スキル》である〈火球〉をオーガに放った。
 オーガを貫く光状はセラの《スキル》だろう。それに遅れて、騎士たちが矢を放ち始めた。降り注ぐ矢を受けて怯むオーガだったが、致命傷を受けた一体以外は、俺たちの馬車を追い続けていた。
 しかし、熊に似た魔物は川へと入った。胴体の半分以上も水面下に沈みながら、熊の魔物は対岸へと向かった。


「ヤツを殺せ! 動きが鈍った、今が好機だ!!」


 騎士団長の号令で、騎士団からの矢が頭部や背中に深く突き刺さった。しかしそれでは致命傷にならないのか、熊の魔物は岸へ向かう速度を緩めなかった。


「え……え……えーいぃぃぃっ!!」


 恐怖で引きつったユーキの叫びとともに、熊の魔物の全身が突然、水面下に沈んだ。どうやら《スキル》で、川底に大穴を空けたらしい。
 熊の魔物が沈んだ場所から、赤黒い液体が流れ始めた。矢を受けた場所から流れたヤツの血だが、それもすぐに薄くなっていく。
 しばらくしても、熊の魔物が水面に姿を現すことはなかった。どうやら、川底に沈んだまま、絶命したようだ。
 レティシアたちが無事だったのはいいとして――問題は俺たちのほうだ。
 未だに三騎の黒狼とオーク、そしてオーガの群れが残っている。こいつらをなんとかしないと、レティシアたちと合流するどころじゃない。
 魔術や〈断裁の風〉で蹴散らしたかったが、〈幻影〉を使い続けた反動があるのか、あまり魔力が回復していない。オークたちを吹き飛ばした〈地面発破〉も、効果に比べて消費魔力が大きい。
 魔術や《スキル》の連発で、俺の体内に残っている魔力も残り少なくなっていた。


「ランド、どうした?」


 幌から顔をだした瑠胡に、俺は正直に答えた。


「魔力の残りが、あまり無くて。少し休めば回復すると思います」


「魔力を消費しすぎたか。妾も手を貸そう」


 瑠胡が荷台の縁から手を離した瞬間、馬車が大きく揺れた。
 瑠胡の身体が馬車から落ちそうになるのを、俺は長剣を持った右腕を横に広げ、ギリギリのところで受け止めた。
 少々乱暴になってしまったが、こればかりは仕方が無い。
 それは瑠胡もわかっているらしく、俺の前腕に手を添えながら、やや上目遣いの目を向けてきた。


「すまぬ」


「これくらい、いいですよ。それより、馬車が揺れると危ないので、中に入っていて下さい。魔力が回復するまで、搦め手で牽制はしておきますから」


「……わかった。気をつけよ。敵があれだけとは限らぬからの」


 瑠胡が荷台の中に戻って行くと、俺は距離を詰めてきた黒狼に、〈遠当て〉の一撃を食らわせた。
 しかし、魔力の回復を優先させたため、威力は大したことがない。けど、予想外の一撃を受け、先頭の黒狼の速度が落ちた。
 オーガの群れは、黒狼たちよりもかなり遅れている。これを繰り返せば、時間稼ぎくらいは出来そうだ。
 馬車はいつしか川原から抜け、街道の横を走っていた。このまま街道に乗って進めば、合流地点に行ける――って、レティシアは言っていた。
 それまでに、あのオーガの群れをなんとかしないとな。
 俺は〈遠当て〉での牽制を繰り返しながら、魔力の回復を待った。街道が坂道になり、山の斜面を進み始めたころ、ようやく魔力が回復してきた。


「グ――グルダルグ、グゥガグル、グル」


 俺は早速、竜語魔術を唱えた。
 頭上に現れた光球から、白く光る熱線が放たれた。一直線に魔物の群れを焼き尽くしたはずだが、見える範囲でオーガはまだ二〇体以上もいる。


「くそ……冗談じゃねぇな」


 再び、減った魔力を回復させていると、馬車は以前に〈マーガレット〉と対峙した、山間の細い山道に差し掛かった。
 進行方向の右側には切り立った山の斜面、左側はすぐに崖だ。
 真向かいの山は〈マーガレット〉に荒らされたあと、未だに倒木が散乱していた。道はこの先、大きく迂回しながら、今見えている反対側の山道へ続いているが――。
 俺はふと、〈マーガレット〉と戦ったときのことを思い出していた。この先は確か――。
 頭の中で作戦を練りながら長剣を鞘に収めた俺は、御者台へと声をかけた。


「アイン、ミィヤス! 俺が時間を稼ぐから、おまえたちは合流地点へ急げ!」


「わかったけどよ――どうする気だ!?」


「ちょっとした、考えがあるんだよ! 俺が飛び降りたあと、全速力で道を進め!」


「ランド――!」


 今の会話が聞こえてきたのか、瑠胡が幌から顔を出してきた。


「ランド、無茶をする気ではなかろうな?」


「ええっと、時間がないので色々と省略しますけど。別に、死ぬような危険を冒すつもりはありませんから。大丈夫ですよ」


「絶対に……戻ってくるのだな?」


 瑠胡は訴えるような目を俺に向けながら、手を伸ばしてきた。俺たちの様子に、キティラーシア姫が近寄ってくるのが見えた。
 視線を戻した俺は頷くと、服を掴みかけた瑠胡の手に、そっと触れた。


「絶対に、帰ってきますから。待ってて下さい」


「わかった。信じるぞ?」


 瑠胡は俺に問いかけながら、右手の小指を伸ばした。確か天竜族における誓いの所作……だったような。俺も小指を伸ばすと、瑠胡の小指と絡めた。


「約束します。ちゃんと帰ってきます」


 互いに小指を離すと、俺は馬車から飛び降りた。キティラーシア姫がなにかを言っていたけど、それはもう聞こえる距離じゃない。
 俺は場所を確かめながら、数マーロンほど馬車が走り去った方角へと移動した。
 振り返ると、黒狼とオークの騎兵が先行していた。オーガの群れとは一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)ほど離れている。
 俺は長剣を抜き払いざまに、〈遠当て〉で黒狼の左脚を狙った。バランスを崩した黒狼が地面に倒れると、騎乗していたオークは転げ落ち、そのまま崖の下へ落ちていった。
 黒狼も二度目の〈遠当て〉で、蹲ったまま動かなくなった。
 少し崖のほうを確認したが、目論み通り黒狼が良い案配に目印になっている。その下にあるのは、〈マーガレット〉が衝突した崖の窪みだ。
 俺はオーガの群れが黒狼に迫るのを待ちながら、頭の中で、数十本の線が黒狼の周辺に突き刺さるイメージを浮かべ続けていた。
 オーガの群れが黒狼を覆い隠した瞬間、俺は魔力の大半を〈断裁の風〉に注ぎ込んだ。
 不可視の力が風となり、オーガがいる地面を砕いていく。〈断裁の風〉が〈マーガレット〉が追突した窪みまで到達した瞬間、オーガたちは崩れ落ちた地面とともに崖の下へと転落していった。
 残った二体のオーガは、崩れた山道を越えることはできずに立ち往生していた。これで、少しは時間が稼げるだろう。
 荒い息を吐きながら馬車を追いかけようとしたとき、ビシッという音が響き渡った。

 ――え?

 崩れた地面から数マーロンは離れた俺の足元が、いきなり崩れ出した。
 すぐに〈筋力増強〉で跳ぼうにも、足元が踏ん張れない。俺は素早く周囲を見回しながら、〈計算能力〉との併用で、身体を支えられそうな場所を捜した。
 崩れた山道の縁で目が止まったが、指先がギリギリかかるかどうか、という距離だ。
 辺りに舞う砂埃に視界を包まれながら、俺は無我夢中で縁へと左手を伸ばした。突然、足元の感覚が無くなったのは、その直後だった。暗闇に落ちるような感覚が全身を包み込む中、俺の耳に声が聞こえてきた。


〝やはり、おまえさんだったか。手を貸してもらうぞ?〟


 その声は、幻聴だったのか――そう思った直後、俺の視界は闇の中に吸い込まれていった。
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