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第三部『二重の受難、二重の災厄』

幕間

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 幕間 ~ ボグリスの持つ力


 トランの町まで一日あまりの距離にある森の中を、四台の馬車が並んで進んでいた。
 馬車の周囲では、警護兵のように人相の悪い男たちが随伴していた。馬車はすべて四頭立てで、幌のある荷台や客車はどれも大型のものばかりだ。
 前から三台目の馬車の客車には、赤い染料で蛇が絡みついた杖の紋章が描かれていた。
 その客車の中には筋骨逞しい大男が、三人掛けの椅子を占領していた。
 焦げ茶色の口髭に覆われた口元には、肉汁がこびり付いている。目は濃いブルーで頭髪を剃り上げた頭部には、蛇の入れ墨を入れている。
 盗賊団、《地獄の門》の頭領である、ボグリスだ。
 汚れてはいるが、質の良い服に身を包み、左手には動物の骨を削って造られたと思しき、白い杖を握っていた。
 杖の上部は大きく口を広げた、角を生やした異形の頭部が掘られている。その口の中には、扉のような意匠が施されていた。
 真正面に座る部下の報告を聞いたボグリスは、食べかけのリンゴを床に放り投げた。


「なんだって?」


「逃げ出したヌールの息子たちですが、どうやらインムナーマ王国の姫を誘拐したそうです。どうやら、身代金で借金を返すようです」


「ほお……借金はいくらにしたんだっけ?」


 ボグリスに問われ、部下は持っていた羊皮紙の束を忙しく捲った。


「ええっと……元は銅貨で七〇枚。返済額は、お頭の指示通り金貨で三〇〇」


「ふん――そんなもんか。まあ、あんな糞爺、奴隷で売っても銀貨数枚か? 息子たちを入れたところで、金貨で十枚いくかいかないか……か」


 ボグリスは少し考えると、口元をにやけさせた。
 杖の飾りを指先で撫でながら、部下に食べ物の汁で汚れた手を振った。


「おい。ヌールの息子たちが、どこにいるかは把握してるな?」


「はい。部下には見晴らせておりますが……誘拐した姫以外にも、一組の男女が滞在しているようです」


「男と女……奴らの協力者か?」


「さあ……そこまでは」


 部下は問いに答えられず、首を捻った。
 ボグリスは口元をにやけさせたまま、杖の先端を部下に向けた。


「おい、奴らを見張っている者と協力し、奴らの家を襲撃しろ」


「へ――襲撃ですか? このまま奴らが巧くやれば、借金は返ってきますぜ?」


 目を瞬かせた部下の膝を蹴ってから、ボグリスは鼻を鳴らした。


「ばぁか。奴らの借金より、俺らが直接、身代金をせしめたほうが儲かるだろうが。息子たちは殺していいぞ。姫と女たちは、無傷で捕まえろ」


「へ、へえ。わかりやした。ただ、息子の一人は元傭兵です。我々で襲うにしても、被害がどれだけ出るか……」


「馬鹿が。なんのために、この杖があると思ってるんだ?。おい、馬車を停めろ!」


 ボグリスが御者台のほうへ向けて怒鳴ると、馬車が停まった。
 部下が慌てて、客車のドアを開けた。長い間歩いていないのか、ボグリスは蹌踉けながら馬車を降りた。
 馬車が停まったのは、まだ森の中だ。街道から離れた場所を進んでいるのは、トランを襲撃する予定だったからだ。
 なにごとかと部下たちが見守る中、ボグリスは僅かに掲げていた杖を、勢いよく地面に打ち付けた。
 その途端、杖に施されていた扉の意匠から、赤黒い光が溢れた。
 赤黒い光が空中に大きな円形となると、そこから幾つもの影が溢れだしてきた。影は次第に、黒狼に跨がったオークから始まり、オーガの群れ、そして熊に似た魔物へと形を整えていった。
 魔物の群れを出したボグリスは、肩を揺らした。


「とりあえずは、こんなもんだろ。おい、こいつらを引き連れて、姫と女たちを攫ってこい。」


「へ、へい……」


「それでは、頼んだぞ。ふわぁ……一日に一回の力なんか使ったから、腹が減ったし眠たくなるし。疲れた疲れた」


 馬を宛がった部下が魔物を連れて出発するのも見届けず、ボグリスは三回目の昼飯を作るよう命じてから、また馬車に乗り込んだ。
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