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第三部『二重の受難、二重の災厄』
二章-7
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交渉場所近くの森の中に、少しだけ開けた場所がある。
目的地に到着した俺たちは、俺の〈幻影〉で姿を隠しつつ、王都直属の騎士団、もしくはレティシアたちを持つことにした。
大きな岩の幻影を維持するため、俺は馬車の近くから動けない。今はブービィが交渉場所の様子を見に行っている。
この〈幻影〉というのは少し便利なところがあって、幻影の内部から外が見えるようになる。
外の様子が見えるというのは、潜伏している身としてはとても有用だ。
到着してからしばらくして、太陽も日の出のときよりも僅かに高くなって来たころ、瑠胡が俺に近寄って来た。
「疲れてはおらぬか?」
「まだなんとか……体力や魔力とか、そっちは平気なんですけど。集中力の維持が大変で……ほかごとを考えられないのが、辛いです……ね」
喋りながら、俺は〈幻影〉の力を維持することに必死だった。まだ油断すると、虚像が乱れてしまう。そうなれば、一般人ならともかく、リリンやキャットあたりには怪しまれてしまうだろう。
ブービィから川原の様子を聞いてきたミィヤスが、幻影の中に入ってきた。
「まだ、身代金を持って来た使者は来てないみたい。ただ、鎧を着た人影を見たって」
「そうですか。やはり、交渉の前に兵を配置しましたか。瑠胡姫様の情報通り、ですわね」
馬車で移動中、瑠胡は沙羅さんからの情報を得ていた。騎士団は身代金の引き渡し場所に、弓を持った騎士を潜ませる、と。キティラーシア姫の予想が当たったわけだが、配置された位置まで伝えてくれたのは、かなり有り難い。
馬車の幌から顔を出したキティラーシア姫は、少し考えると指先を空中でくるりと回した。
「ブービィさんには、交渉役が出てきたら後退するように言ってあります。あとは、予定通りにいきましょう」
「は、はい」
ミィヤスが頷いたとき、どこかから草や枝葉が鳴る音が、幾重にも重なって聞こえてきた。少しすると、枝葉の音に混じって獣の足音が、息づかいまで聞こえてきた。
「なにか来るな――」
アインが音のする方角に立ちながら、両手斧を構えた。
俺も立ち上がって、長剣を抜いた。なにが迫って来ているかはわからないが、最悪は〈幻影〉を解いても、迎え撃つ必要がある。
「ジョシアと姫様たちは馬車へ。ミィヤスは御者台に。いつでも出られるようにしておけ」
俺の指示で、ミィヤスは御者台へ。表に出ていた瑠胡は、ジョシアの手を借りて馬車に乗り込んだ。
「お兄ちゃん……気をつけてね」
ジョシアに肩を上下させて応じると、俺はアインの左横に並んだ。
木々の隙間にある雑草が揺れた――そう思った直後、二体の黒狼が飛び出してきた。かなり大型の狼で、大人ですら背に乗れそうなくらいだ。
そして黒狼の背には、豚のような顔を持つ魔物――オークが跨がっていた。
オークに操られた黒狼は、幻影の岩の前で脚を止めた。地面に鼻頭を寄せながら、臭いを嗅いでいた黒狼が、一斉に俺たちの方角を向いた。
警戒を露わに、黒狼たちはゆっくりとした歩みで、俺たちのほうへ近づいて来た。
「限界みてぇだな」
アインが追撃の構えを取った。
俺はそれを横目に、左手で三本の指を出した。
「三、二、一でいくぞ。三、二、一」
黒狼が岩の幻影に近づいた瞬間を狙って、俺は〈幻影〉を打ち消した。それと同時に、俺とアインは一斉に黒狼に斬りかかった。
俺たちは〈筋力増強〉で威力を増した一撃を、黒狼の頭部へと叩き付けた。
悲鳴のような鳴き声をあげ、二体の黒狼は絶命した。黒狼が倒れると、投げ出されたオークたちは、地面を転がった。
俺は〈遠当て〉で、すぐに追撃を行った。頭部に直撃した衝撃波で、オークは即座に昏倒した。
しかし、〈筋力増強〉を使っているとはいえ、重量のある両手斧では、オークに斬りかかるのに二秒ほどの差が生まれた。
オークは腰の短剣を抜くよりも先に、首から下げていた呼び子を吹いた。
森の中をピィーという甲高い音が、木霊した。アインの両手斧がオークの胴体を袈裟斬りに両断したのは、その直後だった。
昏倒したオークにトドメを刺した俺は、オークの身につけていた革鎧には赤い染料で、蛇の絡みついた杖が描かれていた。
その模様を見たアインの表情が、僅かに青ざめていた。
「まさか……これは」
「どうしたんだ? この図式の模様に、見覚えがあるのか?」
「あ、ああ……親父が借金した盗賊団、《地獄の門》の旗印だ」
「じ……《地獄の門》?」
アインが言った盗賊団の名前に、俺は少し呆れてしまった。
その名に聞き覚えがないため、盗賊団の情報が乏しいのもあるけどさ……なんというか、名前の趣味が悪いという印象が最初に来てしまった。
俺は半ば呆れつつ、俺はオークの死骸をつま先で小突いた。その腰に、千切った袖のようなものがあり、俺は目を疑った。
これはアインたちの母親の形見だった、服の袖じゃないか? ジョシアが借りていたから、見覚えがある。
こいつで臭いを辿ってきたなら、目当てはアインたちか。服の一部を持っているということは、アインたちの家は、もう荒らされたあとか。
俺は焦る気持ちを抑えながら、アインに問いかけた。
「その《地獄の門》っていうのは、オークを使ってるのか?」
「オークだけじゃねぇ。俺も詳しくは知らないが、なんでも半年くらい前から、急激に勢力を伸ばした盗賊団らしい。なんでも、様々なモンスター……魔物を使役しているらしい。ゼイフラム国の村を襲ったりもしていて国内じゃ、かなり有名になっている」
「村を襲うって……マジかよ」
「ああ、かなり悪名は高いな。隊商ならともかく、インムナーマ王国の村に住んでいるなら、知らなくても仕方ねぇさ。しかし、なんでこんなところに、やつらのオークがいるんだ?」
溜息を吐きながら、アインは首を捻った。
アインが倒したオークに目をやった俺は、首に掛かった呼び子に気付いた。金属製の小さな笛を、このオークは絶命する直前に吹いていた。
その意味に気付いた俺は、傭兵をやっていたというアインの知識に頼ることにした。
「狼に跨がって、笛を吹いたよな……こいつら、斥候ってことはないか?」
「斥候ぉ? なんで……いや、確かに軍隊とかなら、その可能性もあるけどな。やつらは盗賊団だぜ。そんなことをする意味なんか――」
その言葉の途中で、カーンという金属音が聞こえてきた。遠方の地では、戦場で太鼓を鳴らすことがあるそうだが……俺には、断続的に聞こえてくる金属音が、その太鼓と同じ役目のような気がした。
それは――威嚇のため。相手の戦意を挫くために鳴らす音。
その音が、次第に大きくなってくることに気付いた俺は、アインと目配せをした。
「逃げるぞ」
「それがよさそうだな!」
アインはそういうなり、ミィヤスのいる御者台へと上がった。
長剣を収めた俺は少し遅れて、馬車の縁に脚をかけ、幌を掴んだ。
「いいぞ!」
「ああ。行けっ!!」
ミィヤスから奪うようして手綱を手にしたアインが、馬車を奔らせた。
馬車がギリギリ通る獣道を進み始めた直後、森の奥から黒狼に跨がったオークが飛び出してきた。その数、七騎。
そのオークの騎獣に遅れて、棍棒や骨を使った斧などを持った、牙や角を持つ身長三マーロン(約三メートル七五センチ)ほどの巨人――オーガの群れが続き、そのさらに後ろには、前足が四本もある熊に似た魔物の姿があった。
大きく左に曲がる獣道を進む途中で、御者台からこちらを追う魔物の群れを見たアインが、声を震わせた。
「おい……なんでこんなところに、あんな魔物の群れがいるんだよ!」
「さっきの盗賊団の魔物じゃねーのか!?」
俺の怒鳴り声に、アインは表情を強ばらせたまま答えた。
「かもしれねぇが、こんな馬車一台を狙う数じゃねぇだろ! なんであんな数で襲ってくるんだよ!!」
その意見はもっともだが、単なる略奪か否かすら不明な状況だ。
前者だと思いたいが、俺の中の〈計算能力〉と直感が、その考えを否定している。なにかの目的がなければ、あんな統率の取れた動きができるわけがない――と。
俺は幌を左手だけで掴むと、右手を魔物の群れに向けた。
使うのは《スキル》ではない。瑠胡から得た、天竜族の魔術だ。
森の中で、周囲に被害を――あまり与えない攻撃魔術は限られる。俺は少し悩んでから、〈地面発破〉を唱えた。
詠唱が終わった途端、俺が指先を向けた地面が、真上に土砂を巻き上げながら吹き飛んだ。オークと狼の五騎が、その特殊な爆発に巻き込まれ、宙に打ち上げられた。
しかし、数が多すぎる。俺は長剣を抜くと、爆発から逃れた二体のうち、左の一体に〈遠当て〉を放った。
騎獣である狼から転げ落ちたオークは、後ろを走っていたオーガに踏みつぶされ、そのあとの悲惨な姿は見えなくなった。
「ランド、妾も手伝おう」
「いえ、姫様は中に居て下さい。アイン、ブービィを拾って、そのまま川に出ろ!」
「お、おいっ!? 騎士が弓で狙ってるんだぞ!」
即座に指示を拒否してきたアインへ、俺は先に進むよう長剣を前方に振った。
「そうだ! 本職なんだ、利用させて貰おう」
「なるほどな!」
アインが答えながら、馬車の速度を増した。
しばらくの逃走劇のあと、ミケタマ川が望める森の中に潜んでいたブービィの姿が見えてきた。
馬車に気付いて驚いた顔をするブービィに、ミィヤスが手を伸ばした。
「乗って!」
ブービィは理由を訊かないまま、ミィヤスの手を掴むと、素早く馬車に飛び乗った。
この先は、すぐに川原だ。
この選択が正しいかどうか、考える暇すらない。俺たちは一縷の望みを抱きながら、森の中から飛び出した。
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