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第三部『二重の受難、二重の災厄』
二章-6
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朝靄の中、レティシアたち《白翼騎士団》は王都直属の騎士団と共に、駐屯地の敷地内で整列していた。騎士団の馬車から出てきた従者が、手にしていた二つの小さな革袋をハイム老王へと手渡した。
ハイム老王は二つの革袋を掲げ、騎士たちに告げた。
「身代金は用意した。これより、囚われの身となったキティラーシアと、身代金の交換へと向かう。犯人の確保もせねばならぬが、もっとも重要なのは姫の命と身の安全である。隣国では悪名高い盗賊団も出没するというが、犯人が彼らであるという可能性も捨てきれぬ。よいな――姫の身が第一であることを、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「ハイム老王陛下のご指示は絶対である! 総員、心してかかれ!」
騎士全員が直立し、鎧の鳴る音が響き渡った。
それぞれに馬車や騎馬に騎乗する中、リリンは周囲を見回した。王都の騎士たちは長剣やメイスを下げているが、ほぼ全員が長弓を手にしていた。
襲撃のあった日、騎士の大半はあの大男の一撃を受け、負傷している。馬車に乗る騎士の中には、脚を引きずっている者もおり、弓を使うのは戦術的な要素だけでなく、接近戦に耐えうる騎士が少ないことも物語っていた。
リリンが馬車に乗ると、一緒に乗ったクロースが溜息を吐いた。
「ランド君とお姫様たち、無事かな?」
「……わかりません」
俯きながら答えるリリンに、クロースは再び溜息を吐いた。
「そっか……リリンにもわからないことがあるんだ」
「もちろんです。無事だと……二人とも無事で、姫様と妹さんを助けるために、孤立奮闘していると思いたいです。ですが、情報が少なすぎて、なにもわかりません」
ハレードという町まで使い魔を飛ばして周辺を捜したが、誘拐犯の馬車はおろか、ランドと瑠胡との合流も果たせなかった。
それ故に、リリンの〈計算能力〉もその力をすべて発揮することができないでいた。
推理という計算をするには、情報が不可欠だ。計算するための値がなければ、式が構築できない。
騎士団長はハレードの町の女について、
「女が一人では、さほど遠出はできまい。周辺の村や集落に潜んでいる可能性も考えよ」
と探索を続けるように言ってきたが、そもそも女の容姿すら知らないのに、どう捜せというのだろう?
レティシアは騎士団長の指示を無視して、捜索の中断をリリンに告げた。
「今は身代金と姫様たちとの交換を、無事に終わらせることだけ考えよう」
リリンもその意見には賛成だった。誘拐犯が我が身の安全を優先して、邪魔な人質を殺害する可能性もあるのだ。
ドレスを着た女性を二人も連れているより、本人たちだけのほうが、人々の生活には紛れやすい。そして一度でも行方を見失ってしまえば、リリンたちで誘拐犯を捜し当てるのは困難を極める。
「……すいません」
「え? あ――ぜんぜん、ぜんぜん! 謝ることないよ。こっちこそ、変なことを訊いてごめんね」
クロースは両手を小さく振りながら、曖昧な笑みを浮かべた。
そして馬車の中を見回して、小首を傾げた。
「そういえば、ほかのみんなは?」
「ユーキさんは、従者と御者台に。団長と副団長は騎馬で、沙羅さんは副団長の後ろに乗ってます。キャットさんは……」
答えかけて、リリンは目を瞬かせた。
「そういえば、キャットさんは何処へ行ったんでしょう?」
*
キャットは一人、王都直属の騎士団が出立の準備をしている中を、歩いていた。
騎士団長が配下である数人に、地図を見せながら、なにやら指示をしていた。キティラーシア姫奪還の作戦内容については、昨晩にレティシアを交えて行っていたはずだ。
今更、なにを指示することがあるのか――キャットは〈隠行〉を使いながら、騎士団長に近寄った。
「地図を覚えておけ。ミケタマ川が国境に交わるのは、ここだけだ。川の途中から隣国になるから、そこへは入れぬ。よって、印の場所に弓を持つ者を潜ませよ。人質と身代金の交換で、奴らが森から出てきたら、全員で矢を射る。キティラーシア姫様に当てぬよう、腕の立つもの以外は、馬車を狙え」
「ですが団長。もう一人、人質がいたはずです。その女性を危険に晒すことになりませぬか?」
「キティラーシア姫以外は、全員死んでも構わぬ。あの小娘など、貴族でもなんでもないのだ。姫様奪還のための尊い犠牲として、我々で亡骸を王都に連れ帰れば、それだけで名誉となろう」
(こいつ――)
騎士団長の発言に、キャットは怒りから腰の短剣を抜きかけた。
しかしギリギリのところで思いとどまると、地図を暗記しすることに努めた。そんなキャットが隣にいることすら気付かぬ騎士団長は、若干声を潜めた。
「このことは、《白翼騎士団》には伝えるな。言えば必ず、我らに逆らうだろう。それを懸念して、この作戦は昨晩の会議で議題にしなかったのだからな」
配下の騎士たちが敬礼すると、騎士団長は出立の準備を急かすため、二台連なった馬車へと歩いて行った。
キャットは足音を立てずにその場から離れると、《白翼騎士団》へと戻って行った。
すでに騎馬に跨がっていたレティシアに、先ほどの作戦のことを告げようとしたキャットだったが、寸前のところで思いとどまった。
もし作戦のことを告げれば、レティシアは烈火の如き勢いで、騎士団長に食ってかかるだろう。
レティシアもキティラーシア姫の従姉妹とはいえ、王都直属の騎士団に逆らえば、ただでは済まない。最悪、《白翼騎士団》の解散もありうる。
(それは困るのよね)
キャットはセラの後ろにいる沙羅へと、視線を移した。
ドラゴンである瑠胡に使える女戦士――きっと、彼女もドラゴンだろう、とキャットは予測していた。
以前にランドの家の前に降り立った、ドラゴンたちの一体が彼女だ――と。
そんな沙羅が、なぜ自分たちと行動を共にしているのか、キャットはずっと疑問に思っていた。
瑠胡が行方不明だから――というのが、沙羅がレティシアに告げた理由だ。しかし――キャットは直感的に、沙羅の言葉は嘘だと感じ取っていた。
(だとしたら、目的はなに?)
キャットの視線を受けて、沙羅は無表情を装いながらも僅かに視線を逸らした。
器用に片眉を上げてから、キャットはセラへと近寄った。
「副団長、少しよろしいですか? さっき、王都の騎士団で弓の配置の話が出ていたんですが。地図で説明しましょう」
キャットは、セラと沙羅が見えるように地図を広げると、記憶した場所を指で指し示した。
それからキャットは、セラに耳打ちするように――しかし、少し声は大きめに――告げた。
(あの騎士団長は、キティラーシア姫以外は殺しても構わないと思っています。犯人はいいとして、ランドの妹が危険ですね)
キャットからの報告を聞いて、セラは目を剥いた。
(おい。この話は、団長へするのが先だろう)
(団長に話をしたら、向こうの騎士団長に怒鳴り込みに行ってしまいますよ? それが大きな問題に発展したら、どうするんですか)
(まあ……確かにそうかもしれないが)
セラもレティシアの性格は、よく理解していた。
今から身代金を持って人質との交換に望むというのに、味方同士で口論をしている場合ではない。
最悪の結果というのも、セラには容易に想像ができた。
キャットは自分とセラへ交互に指を向けた。
(あたしと副団長で、上手く立ち回るしかないですね。リリンにも話をしておきます。クロースとユーキは顔に出やすいですから、まだ告げないほうがいいでしょう)
(……そうだな。わかった)
内緒話が終わったころになって、レティシアがセラとキャットの様子に気付いた。
「なにをこそこそとしている? 作戦前だ。配置に付け」
「……申し訳ありません、団長」
背筋を伸ばしたセラが答えると、キャットも馬車に戻って行った。
一度だけ後ろを振り返ったキャットは、沙羅がフッと鱗を飛ばしているのを見た。鱗が空へと舞い上がっているように見えたのは、果たして気のせいだろうか。
(まあ、どっちでもいいけど。上手くやってよ――お姫様たち)
キャットはフッと息を吐いて真顔になると、《白翼騎士団》の馬車に飛び乗った。
*
森の中というのは、朝が来るのも遅い。だけど朝靄のおかげで、もう日が昇ったことを窺い知ることはできる。
俺たちは馬車に必要なものを乗せてから、キティラーシア姫とジョシアを馬車に乗せた。
そのあとで、瑠胡、ブービィと乗り込む。ミィヤスは御者台だが、交渉場所が近くなれば、幌の中から手綱を操る算段だ。
馬車の幌は矢を防ぎやすいよう、隙間を空けて二重にしてある。護りとしては頼りないが、ないよりはマシだ。
アインはこの前の棍棒もどきのメイスではなく、愛用だという両手斧を手にしていた。
「こっちのほうが、矢から身を護りやすいからな」
俺とアインは徒歩だけど、ここから交渉場所まで、それほど距離はない。一時間も歩けば、指定の場所に辿り着けるはずだ。
ゆっくりと移動を開始したとき、どこか遠くから遠吠えのようなものが聞こえてきた。
「狼?」
「かもな。ここいらじゃ、しばらく出なかったが……やれやれ、まだ夜の戸締まりが大変だぜ」
アインの愚痴を聞きながら、俺は耳を澄ませた。
最初の一匹に呼応するように、遠吠えの数が増えていき、やがて唐突に止んだ。
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