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第三部『二重の受難、二重の災厄』
二章-5
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アインは身代金の受け取り場所に指定した場所に来ると、森の中から周囲を見回した。
まだ、騎士たちの斥候は来ていない。そう認識してから、もうしばらくだけ様子を見て、安全であることを確かめた。
数分して、アインはロープを手に森から出た。
ロープを伸ばしながら川縁まで来ると、ロープの端に結んだ木の皮で編んだ小さな篭に小石を入れ、川の反対側へと投げた。
反対側の川縁に篭が、ドスッという音をして落ちた。篭は白く塗られており、川原に落ちると、白い石に混じって判別しにくくなる。
「これで良いって……言ってたけど。本当にいいのか?」
重しを兼ねて、ロープを川に落ちている石で隠したアインは、頭を掻きながら森の中へと戻って行った。
*
アインが帰ってくると、馬車で作業をしていたミィヤスが大きく手を振った。
「兄さん、お帰りなさい。どうだった?」
「どうって……あれでいいのか、よくわからん」
答えながら肩を竦めるアインに、俺は小振りのトンカチを渡した。
「使うかどうかわからん仕掛けだし、いいんじゃないか? それより、こっちを頼む」
「いいけどよ。おまえは、なにをやるんだ?」
アインに問われたが……こいつ、俺のことをなんだと思ってるんだ?
呆れ顔で誘拐犯のアジト――家のことだ――へと向き直ると、俺は腕を組んでからアインたちを振り返った。
「俺は姫様たちの護衛兼、人質のおまけなんで。少し姫様たちの様子を見てくる。計画の内容とか、俺も聞いておきたいからな」
皮肉の混じった俺の言葉で、アインは色々と思い出したらしい。小さな「ああ……そっか」という呟きが、俺の耳に届いてきた。
アインたち三兄弟は、基本的に善人なんだよな……これで悪人なら、問答無用でぶちのめすんだけど。話をしていると、なんか……その、調子が狂ってしまう。
俺が家に入ると、ジョシアが夕飯を作っている最中だった。限られた食材を使った料理というのは、一般家庭ならどこでもやっていることだ。
ジョシアもなにかをしていたほうが、気が紛れるだろうし。一応、「毒草だけは入れるなよ」と忠告をしたのだが、返事の代わりに拳が返ってきた。
シチューとパンという夕飯は、ここに来てから連続だ。しかし、瑠胡もそうだがキティラーシア姫も、そんなメニューに文句一つ言わない。
昨日の夜、話をする話題としてこのことを質問したところ、
「人質の立場であることは、心得ておりますの」
という、有り難い言葉が返ってきた。
王族や貴族、騎士が人質になった場合、客人に近い扱いをされるという話を聞くが、こんな清貧な生活に、よく耐えてくれていると思う。
そういう意味では、瑠胡もそうなんだよな……俺の家での生活に、文句の一つも出ないのは何故なんだろう?
その姫様たちは、ミケタマ川の地図を戦術地図代わりに、木の枝を物差しにして、作戦を練り続けていた。
「キティラーシア姫、今日辺りに手紙がメイオール村に届くと思います。身代金の引き渡し場所に行かなくていいんですか?」
「それなら、早くても明日ですわね。木箱で持参した資金は、金貨で二千は用意しましたし、メイオール村に来るまでに三割ほどしか使っていませんでしたから、身代金の準備はすぐにできると思います。今日はそのほかに、ミケタマ川の周辺を調べて、弓や騎士の潜伏場所の選定を行うはずです。
ですから、身代金の引き渡しに来るのは、早くて明日。今日は、ゆっくりと準備や作戦を練りましょう」
「……わかりました」
キティラーシア姫の返答を聞きながら、俺は素直に舌を巻いていた。
身に宿した《スキル》のお陰かもしれないが、ここまで騎士陣営の動きを予測できるとは思ってなかった。
リリンの〈計算能力〉にも劣らない、知力に関しては最高級の《スキル》だと思う。
地図の左側にはアインたちが操る馬車を現す、黒い石が置いてある。右側には白く大きな石と小さな石が七個ほど、森を記した場所に置かれていた。
「作戦のほうは、どのような案配ですか?」
「芳しくありませんわね。森から出た途端に、弓で串刺し――の可能性が高いですわ。矢から身を護る術を、考える必要がありますわ」
黒い馬車と東側の森との距離は、五、六〇マーロン(約六二~七五メートル)ほど。長弓なら、充分に射程距離だ。
全員で前に出たら、キティラーシア姫以外は矢の的になるかもしれない。
「やはり交渉役が一人で行って、人質はあとから解放するほかないな。交渉役が戻らねば、人質の命はない――と言えば良かろう?」
「それは……身代金引き渡しの慣習から外れておりますわ。やはり、その場で引き渡しをしなければ。ランド様はどう思われます?」
ここで俺に質問を振るのは、止めて欲しかったなぁ……。
板挟み感が半端ないので、答えにくい。だけど、どちらかと言われれば、それはもう決まっている。
「全員が生き残る可能性があるのは、問題点はありますが姫様……ええっと、瑠胡姫様のほうです。ただ、騎士団側に人質が無事であること、ちゃんと引き渡すことを信じさせないといけませんが」
「そうですわね。それ故の慣習なのですから」
「ただ、人質を連れて行くのも危険なんです。弓で射られることもそうですが……人質を奪取される可能性もありますから」
俺の意見に、キティラーシア姫はすぐに納得した顔をした。しかし瑠胡は、釈然としない顔をしていた。
「そこは、理解できぬな。ランド、説明は可能かえ?」
「できますよ。レティシアの騎士団には、キャットが居ますからね。あの、姿や気配を消すことのできる《スキル》は、看破するのが至難です。姿を消したキャットが馬車に近寄って、ミィヤスやブービィを暗殺、人質を連れて騎士団へ連れて行く……という作戦くらいは考えていそうですね」
瑠胡はこの返答で、ある程度は理解したようだ。
しかし今度は、先ほどは納得した顔をしたキティラーシア姫が、怪訝な顔をした。
「ランド様。その作戦ですと、予め西の森に入っていなくてはなりませんわ。かなり離れた場所で川を渡ってから、森に入るという手もありますけれど、時間を考えれば実用的ではありませんわね」
「レティシアのところには、リリンがいますから。彼女は〈計算能力〉の《スキル》の持ち主です。アインたちが西側に陣取ることも、予測しているかもしれません。それに、魔術師ですからね。使い魔で上空から監視も可能でしょう」
「あら。レティシアたちの騎士団に、そんな《スキル》を持っている魔術師さんがいるんですのね。それですと……やはり人質が連れて行くと、誘拐犯さんたちの身が危ういかしら」
「一つの手法ではあるが」
瑠胡は馬車を現す黒い石を取り除き、代わりに小石を三つ置いた。
「アインとブービィ、それにジョシアだけを川原に連れて行く。馬車は後方に待機し、ランドの〈幻影〉で周囲から見えぬよう、馬車を囲う。それで、弓兵と隠密、上空からの監視はなんとかなろう」
「そうなると、あとは人質の安否をどう立証させるか……か」
腕を組んで考えたけれど、いい手は浮かばない。俺の〈計算能力〉は、リリンの一部分でしかないからな……こういうときに、明確な差が出てしまう。
「いっそ、そちらは考えぬのも手かもしれぬ。ジョシアに、人質が生きていることを告げさせればよい。それから交渉役を退かせ、人質を馬車から降ろして川原へと出る。これで良いのではないか?」
「それならいっそ、わたくしが首に手を添えながら出ましょうか? 交渉役さんを殺せば、わたくしを殺す――と宣言すれば良いですわ。誘拐時に使った手法ですが、それだけに騎士団も手を出しにくいと思いますもの」
「いや……キャットの接近を防げねば、最初の話に戻ってしまうぞ?」
結局、ジョシアに人質が無事だと証言させ、人質が乗っている馬車は後方で待機ということになった。
全員を無事に生還させること。
これを優先した作戦だけに、すべてが終わったあと、アインたちとは顔を見せないまま別れることになる。
少し寂しい気がする――と思うのは、甘ったれた感傷だろうか。
何度も置き直された石をテーブルの上から取り除くと、俺は二人の姫君へとジョッキで水を運んだ。
話し合いが長時間になって喉が渇いていたのか、瑠胡とキティラーシア姫は水をゴクゴクと飲み干してしまった。
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