屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第三部『二重の受難、二重の災厄』

二章-4

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   4

 メイオール村に戻った《白翼騎士団》の元に一通の手紙が届いたのは、キティラーシア姫誘拐から三日後のことだった。
 刻印の無い封蝋の施された羊皮紙を届けにきたのは、村を訪れた商人だった。昼過ぎに来た隊商の商人は、隣国のゼイフラム国から来たという。
 チェニックを着た、やや痩せ気味の商人へ、レティシアは静かに問いかけた。


「これを渡してきた相手は、どんな男だった?」


「いえ……女でしたよ? ハレードって町で預かったんですが、ただの村の娘っ子って感じでした」


「女……か」


「ほかに仲間……が、いるとか?」


 セラの問いを手で制すと、レティシアは商人に銀貨を一枚手渡した。
 商人が帰ったあと、レティシアは改めて、セラと羊皮紙の内容を確認した。

『インムナーマ王国の王家に告ぐ。
 姫は我らが手中にある。姫を誘拐してから六日後までに、身代金としてインムナーマ国の金貨で六〇〇枚を用意しろ。姫との交換場所は、国境沿いにあるミケタマ川だ。川の東側の河川敷で待て。
 期日までに持って来ない場合、姫の身柄は保証しない。
 汝らに、姫の身を案じる心があることを祈る』

 脅迫状の文面を見ていたセラは、怪訝な顔をした。


「王家の人間を誘拐したわりには、身代金の額はささやかですね」


「問題はそこではないが……この筆跡はなにか……古くささを感じるな。大昔の書物を見ている気分だ」


 レティシアの意見を聞いて、セラは曖昧に頷いた。


「言われてみれば、そうですね。しかし気になるのは、ランドと瑠胡姫です。二人は一体、ななにをしているのでしょう?」


「……わからん。あの二人が、そう易々とやられたりはせんだろうが――な。人質を盾にされた可能性もあるが、それでもなんとかしそうだ――ん? どうした。そんなに不安がってどうする」


「あ、いえ……その。皆、無事だといいのですが」


 場を取り繕うようなセラの態度に、レティシアは訝しむような目をした。しかし姫を誘拐された失態の件もあるし、緊張もあるのだろう――と、そう考えた。


「そうだな。無事であることを祈ろう」


 レティシアは羊皮紙を持って、ハイム老王が滞在する部屋へと向かった。廊下を進んでいると、窓の外に赤い鎧を着た女戦士がいることに気付いた。


「あの者は……」


 見覚えのある姿に、レティシアは思わず脚を止めた。
 彼女のほうへと行きたい衝動はあったが、今はハイム老王の元へ急ぐほうが優先だ。セラは先ほどまでいた応接室に戻ると、セラに対応を任せた。



 セラが女戦士――沙羅を出迎えると、彼女はどこか憂鬱そうな顔をしていた。


「沙羅殿、我々になにか御用でしょうか?」


「あ――その、一つ良いだろうか」


 沙羅は軽く首を振ると、真面目な顔でセラに訊ねた。


「先ほど村で、瑠胡姫が行方不明と聞いた。それは真実だろうか?」


「……行方不明かは、我々でもわかりません。ただ、ランドとともに、村に戻っていないのは確かです。我々も、こちらの事情ではありますが、彼らの行方を捜しております」


 セラの返答に、沙羅は吐息のような息を吐いた。
 そして辺りを見回してから、どこか申し訳なさそうな表情をした。


「そちらも忙しそうなのは、わかっているが……瑠胡姫様を捜すのに情報が欲しい。しばらく、御一緒させてはくれないだろうか?」


「いえ。あなたからそう言って頂けて、わたくしも心強いです。客室はまだ一部屋空いておりますので、そちらをお使い下さい」


 セラに先導され、沙羅は居留地の中に入った。その顔は、どこか罪悪感で一杯だったが、それに気付く者は誰もいなかった。

   *

「懐に目と耳を仕込んだ――ですか?」


 レティシア宛てに脅迫状を送った二日後の朝、アインたちの家の一室で、瑠胡は俺にそう告げた。
 その発言の意味が掴みきれず、鸚鵡返しに聞き直した俺に、瑠胡は鷹揚に頷いた。


「左様。妾たちの言葉で、『竜の身中に虫』というのだが……レティシアたちの元へ、妾の目と耳を送り込んだ。手紙は今日辺り届くのだろう? だから、今日から潜入させる。これで、相手の動きが掴みやすくなるであろう」


 身中の虫って……密偵のことか?
 でも瑠胡にそんなことをする配下がいたとは知らな……いや、一人だけいるか。赤い鎧に身を包んだ、そしてなぜか俺に敵意を向けることのある、瑠胡に従う女戦士が。
 沙羅さん……苦労してんなぁ。


「良いんですか? 沙羅さんに密偵みたいなことをさせて」


「ふむ……本意ではないが、やるなら徹底的にやったほうがよいかと思うてのう」


 扇子で口元を隠しながら小さく笑う瑠胡に、俺は曖昧に微笑むしかできなかった。
 キティラーシア姫しかり、ここにいる姫様たちは、この誘拐劇を楽しんでいるようにも見えてしまう。
 いや実際、キティラーシア姫は遠乗りのときよりも楽しんでいる気がする。
 反対に、落ち込んでいるのはジョシアだ。
 昨日まで俺と一緒に、ここから一日のところにあるハレードという小さな町に行っていたばかりだ。
 そこへの道中から――いや、正確にはその前から、ジョシアは不安に押しつぶされそうになっていた。
 なにせ碌に文字の書けない三兄弟に代わって、脅迫状を書き上げたのだ。それに加えてハレードまで行って、隊商にレティシア宛ての手紙を預けるという、立派な誘拐幇助行為をやりきったからなぁ。
 いくらキティラーシア姫からの依頼とはいえ、最悪の事態を考えれば、不安がるのも仕方が無い。
 俺は塞ぎ込んでいる妹から視線を外すと、テーブル上にある地図に目をやった。
 羊皮紙にはブービィが書いたものではあるが、ミケタマ川周辺の地図が描かれていた。キティラーシア姫は、地図にある国境の線を指でなぞった。


「交渉時、インムナーマ王国には入らないほうがよろしいですわ。恐らく……周囲の木々や岩とかの影に、兵士が隠れている可能性がありますもの」


「でも、距離を取れば捕まりませんよね?」


 不安そうなミィヤスに、俺は〈幻影〉で地図上に森や岩場を描き出した。
 地図上で、国境は川を半分に区切っている。森は川の東西にあり、岩の配置は適当だ。
 驚きや興味――そんな視線が地図に注がれる中、俺は河川敷の外にある森と仮で置いた岩を指で示した。


「ただの兵士なら良いんだけどな。弓を持った騎士が潜むなら、森の中だな。岩場には、魔術師。隠密の得意な騎士が森の中から迫ってくる可能性がある。距離を取るなら、馬車は森の中だな。だが交渉に立つヤツは、国境のギリギリまでは出る必要がある」


「なるほど……交渉人さんの安全の確保も考えませんと。あとは、背後に廻られない手段……ですか」


 俺はキティラーシア姫に頷きながら、川の西側に指先を向けた。


「西側の森の中に陣取れば、かなり有利かもしれませんけどね。ただ、身代金の受け取り方法も考えないといけませんし。まあ、川を上手く使いたいところです」


「ふむ。となると、相手の布陣がわかれば手も打ちやすかろう。沙羅に調べさせるとしよう」


 瑠胡の提案に、俺は苦笑いで応じた。沙羅さん……きっと胃を痛くするだろうな、こんな依頼。


 こうした作戦会議になると、三兄弟はぽかん、と眺めているだけである。経緯を知らない人が見たら、俺や姫様たちが主犯と思われかねない光景だ。
 喉が渇いた俺は、家の外にある井戸へと向かった。
 お茶なんかないので、そのまま飲むか、火を通して湯にするかの二択しかない。面倒なので水のまま飲もうか――と考えていると、井戸のほうからか細い呻き声が聞こえてきた。
 なにかいる――そう思って、腰の長剣の柄に手をかけた俺は、痩せこけた老人が倒れているのを見つけた。
 ボサボサの白髪に、白い髭は首の下まで伸びている。白いローブのような衣服は少し汚れているが、ほつれた箇所は見えなかった。
 俺は老人に近寄ると、立ったまま声をかけた。


「おい、爺さん。大丈夫か?」


 俺に目だけを向けた老人は震える声で、こう言ってきた。


「腹が……減った……何か食わせて」

   *

「いやあ、ごちそうさん」


 取りあえず、朝食の残りである芋と玉葱のスープ、それに干し芋を井戸のところまで持ていき、老人に手渡した。
 震える手で食事を受け取った老人は、それこそ、「あ」と言っているあいだに、ペロリと平らげた。
 行き倒れかと思ったけど爺さん、めっちゃ元気。


「いいけどさ。爺さんは、こんなところでなにをしてるんだ?」


「ああ……ちょいと捜し物をな。眠っているあいだに、大事な杖を盗まれてしもうてな。それを探し廻っておるんだが……腹が減ってしまって。ここに知り合いがおると思って来たんだが、どうやら勘違いだったようだ」


「知り合いって……ここに住んでたのか?」


「いや? そんな気がしただけ」


 もしかして、この爺さん……呆けてるんじゃなかろうか。
 俺が呆れていると、見物しに来たアインやブービィ、ミィヤスが、地べたに座っている爺さんに話しかけた。


「爺さん、大丈夫か?」


「ふぅん……なにもないが、ここで休んでいくと良い」


「あの……水を飲みますか?」


 こいつら……作戦会議で自分たちのできることがないから、こっちの見物に来たな。
 三兄弟に声をかけられた爺さんは、微笑みながら手を左右に振った。


「いやいや、もう行くさな。いかにゃならん」


 食器を俺に返した爺さんは、「よっこらしょ」と立ち上がると、スチャっと俺に手を上げた。


「それじゃ若いの。ごちそうさん」


 そう言って、爺さんはしっかりした足取りで去って行った。
 行き倒れだと思ったけど、本当に腹が減っていただけなんか、あの爺さん。ホッとしたような、なんか騙されたような……そんな気分。
 俺は爺さんが見えなくなると、ようやく当初の目的だった、井戸の水を飲むことができた。
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