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第三部『二重の受難、二重の災厄』
二章-3
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二騎の騎馬を先頭に、《白翼騎士団》の馬車が森の中を進んでいた。
街道からは僅かに逸れ、南西の方角へと真っ直ぐに進んでいた一行は、そこで停止せざる得ない状況となった。
「団長。もうすぐで、国境に差し掛かりますよ。騎士団として、これ以上の追跡は無理ですね」
騎馬に跨がったキャットが指で示す方向には、赤く塗られた木の幹があった。赤く塗られた木は、ほぼ一定の間隔を空けて点在している。
これが、ゼイフラム国との国境の印だ。
レティシアは苦々しげに国境の印を睨むと、馬首を巡らして馬車の背後へと廻った。
「リリン、ランドたちは見つかったか?」
精神を集中していたらしいリリンは、首を小さく横に振った。
「上空には、お二人の姿が見えません。森の中にも視線を向けていましたが……国境を越えた早い段階で、森の中に入ったのだと思います」
「そうか……我々も、ここから先は入れない。少し方針を練る必要があるからな。今のうちに、少し休んでおけ。ハイム老王陛下。少しよろしいでしょうか?」
「……わかった」
ひとまずはハイム老王と二人で、話し合いをするつもりらしい。レティシアとハイム老王が馬車から離れると、セラはリリンを手招きした。
「……ランドと、なにかあったか?」
「いえ……別に、なにもありません」
視線を逸らしたリリンに、セラは隣に座るよう促した。
リリンが僅かに隙間を空けて腰を降ろすと、セラはリリンの肩に手を添えた。
「昨日、ランドが心配してたぞ? 様子が変だと。先ほどの襲撃の際、おまえにしては動きが遅れた気がしたしな。ああ――責めているわけでない。あの中で、冷静に動けたのは少数だ。我々も、かなり出遅れてしまったことだしな」
「副団長……」
「我々に言えないことなら、言わなくてもいいが……教えてくれると助かる。今回のことではなく、今後のためにもな」
マジマジとセラを見つめていたリリンは、しばらくは黙っていた。
やがて、僅かに俯いたリリンは躊躇うように喋り始めた。
「わたしは……妹でいたかったんです。ランドさんと、瑠胡姫様の。でも、ランドさんに実の妹がいることを知って、わたしは……本当の妹になれないんだって、わかってしまって……。
襲撃のとき、馬車がジョシアさんのほうへ向かうことは、すぐにわかりました。でも……ジョシアさんがいなくなったら――という考えが、ふと頭を過ぎってしまったんです。キティラーシア姫様もいたのに……わたしは、魔術を使うのを、ほんの僅かですが躊躇ってしまったんです。こんなわたしは……騎士団には相応しくないのかもしれません」
罪の告白をリリンに、セラは一度は目を見広げたものの、すぐに穏やかな表情に戻った。
「言ったはずだ、別に責めるつもりはない。それに団長はともかく、真の意味で騎士団に相応しい者が、ここにいると思うか? あまり気に病むな」
「副団長は、相応しいのではないですか?」
「そこは……自分でもよくわからなくなった」
セラが苦笑しながら前髪を掻き上げるのを、リリンは目を丸くして見つめていた。
リリンは騎士団に入団して以来、こんな表情をするセラを見たことがなかった。瞬きをしながら、ふうっと息を吐いた。
「キティラーシア姫たちが攫われたあと、副団長はランドさんの件で、王家の騎士団長にくってかかってましたね。それが、関係ありますか?」
「さあな……そう言われても……よくはわからん」
「ランドさんのこと、好き……ですか?」
「はぁ!? いや――大体、ランドには……瑠胡姫様がいるだろう」
そこで表情を曇らせたセラは、リリンから目を逸らした。
だが、ジッと返答を待っているリリンの圧に、結局は根負けしてしまった。チラチラと視線を彷徨わせながら、僅かに頬を染めた。
「異性の好みとしては……対象外のはず、なんだがな。ゴガルンの部下から助けられて以来、気にならない……といえば嘘になる。だがな、別に言い寄るつもりなどないぞ。あれと瑠胡姫様との仲を邪魔する気など、毛頭無い」
リリンが「そうですね」と言おうと口を開きかけたとき、馬車後部の幌を開けて、キャットが顔を覗かせた。
「副団長にリリン? 仕事をしないで恋愛話をしてる場合じゃないでしょ。二人を団長が呼んでるので、早く行って下さい」
必要なことだけを告げると、キャットはさっさと顔を引っ込めてしまった。
「ま――待て、キャット。別に恋愛話をしてたわけでは……ないぞ?」
最後のほうで自信がなくなってきたのか、セラの声は尻すぼみになっていた。
そんなセラを見て小さく微笑んでいたリリンは、表情を戻してから馬車を出た。
*
服を三兄弟の母親のものに着替えたジョシアと俺は、二人して食器を洗っていた。
なんか、変なことになったな……と思いながら皿を洗っていると、ジョシアが重苦しい溜息を吐いた。
「ああ……あたし、どうなっちゃうんだろう?」
「どうしたんだ?」
「どうしたって……お兄ちゃんって、そんなに呑気だったっけ? あたしたち、誘拐の片棒を担ぐことになるんだよ? 捕まったら……監獄行きだよ。折角、図書館で働かせて貰えるようになったのに」
憂鬱そうなぼやきが聞こえたのか、キティラーシア姫が近寄って来た。
「ジョシアさん? なにを今から気弱なことを。わたくし、やるからには誰も犠牲になどさせません。全員無事に逃げおおせた上で、身代金を手に入れてみせますわ」
おっとりとした口調、そして柔和な笑みで、キティラーシア姫は完全犯罪を宣言した。
しかしそれで、ジョシアの心配が消え去ったわけではない。俺は気になっていたことを、一つ質問してみることにした。
「あの、キティラーシア姫様。質問をしてもよろしいですか? なぜ、誘拐に手を貸すような真似をしているのでしょう? 姫様からしたら、失敗して愉快犯が捕まったほうが、都合がいいのではないですか?」
「ランド様……他国とはいえ、民が困っているのです。それに救いの手を差し伸べるのは、高貴な者の努めですわ」
「でもそれなら、身代金などではなく、単にお金を渡せばよいと思うのですが……」
そんな俺の問いに、キティラーシア姫は首を左右に振った。
「民全体への支援ならともかく、個々へ無償の救済をしては、それを悪用する者が現れます。彼らの場合、わたくしを誘拐して身代金を手に入れる――そういった危険を省みず、そして自ら苦労を厭わないという意志を感じられましたので、わたくしは手を貸しても良いと判断したのです」
「ええっと……あまりよく分かりませんでしたが、キティラーシア姫様の意志が固いことは理解しました」
「ええ。それだけでも御理解頂ければ、構いませんわ。高貴なる者の価値観、この機会にご覧下さいませ」
キティラーシア姫がにっこり微笑むと、近くで皿を片付けていたミィヤスが怪訝そうに訊いてきた。
「あの……すいません。ランドさんとジョシアさん、貴族ではないんですか?」
「いいや? 俺はメイオール村で手伝い屋をしてる、ただの村人だ。ジョシアは王都に住んではいるけど、司書だしな。ドレスも借り物だし、貴族とかではないぜ?」
「……え? そうなんですか!? ドレスを着ていたので、てっきりお姫様は二人なんだって思ったのに……」
「おおう、なんということだ。我々は無関係な女性を攫ってしまったのか」
「本当かよ……こりゃあ、しまったな」
ブービィとアインがやってくると、ミィヤスも含めた三人で、ジョシアに謝罪した。
「いやまあ……もう今更なんで……」
ジョシアは困ったように、三人に手を振った。許すような言葉を口にしないのは、被害者としては当然の心理だ。
俺はアインら三人に、肩を竦めて見せた。
「それで? 誘拐計画の作成状況はどうなんだ?」
「ああ……姫様たちのお陰で、かなり形になった。すまないが、あんたたちにも働いてもらうことになりそうだ」
「そこはまあ……予想はついてた」
俺が力なく答えると、アインは気さくそうな顔で肩をバシバシと叩いてきた。励ますつもりなのか、なんなのか……意図がすごく読みにくい。
俺とジョシアが溜息を吐きながら肩を竦め合っていると、瑠胡が手招きをしているのが見えた。
なにか用事か――と、俺は瑠胡の座るテーブルに駆け寄った。
「姫様、どうしたんです?」
「ランド……ここに来てから、妾に構う時間が減っておらぬか?」
「いやまあ……状況が状況ですからね。やることとか、考えることとか多くて……」
「……そうではない」
瑠胡は少しむくれたような顔をしていたが、俺に向けてきた瞳には、どこか寂しさが滲み出ていた。
「妾より……むこうの姫ばかりかまけておらぬか?」
「あ、いえ……そこは平等にやってるつもりですけど」
俺の返答に、瑠胡は上目遣いに睨めてきた。
「平等では……困る。妾を多めに構うようにせよ」
まさか……嫉妬? いや、そんな馬鹿なとは思うけど瑠胡の表情からは、それ以外は考えられなかった。
俺は頬が熱くなるのを感じながら、「……努力します」と答えるだけで精一杯だった。
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