屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
71 / 276
第三部『二重の受難、二重の災厄』

一章-6

しおりを挟む
   6

 インムナーマ王国の隣国である、ゼイフラム国の宿場町に隊商が入ったのは、日が落ちた直後のことだった。
 メイオール村を出て、数時間。〈マーガレット〉が大暴れした地域ではなく、南西方向に向かった、国境に近い場所だ。林を抜けた先にある、トランという宿場町に到着した隊商では、一人の男が別れを告げていた。
 短く切り揃えた茶色の髪に、無精髭。中肉中背で四肢の弛んだ体付きは、戦いを生業にする人種ではない。


「そら、ミィヤス。おまえの取り分だ」


 隊商の長が革袋を差し出すと、朴訥な雰囲気を持つ青年、ミィヤスは両手で受け取った。
 革袋は半分ほどで垂れ下がってしまったが、それでもミィヤスが思っていたよりも硬貨の数は多い。
 中を検めると、銅貨ばかりだという予想に反し、数枚の銀貨が入っていた。

                                                                   
「今回は、よくやってくれたからな。少し、上乗せをしておいた」


「長、ありがとうございます!」


 隊商の面々と別れたミィヤスは、そのまま宿場町の旅籠屋へと入っていった。店主に話をして部屋の場所を訊くと、そのまま小走りに旅籠の通路を進んだ。
 ミィヤスが教えて貰った部屋のドアをノックすると、中から「誰だ?」と誰何する声がした。


「俺、俺、ミィヤスだよ」


「ああ……入れよ」


 部屋に入ると、二人の男が向かい合って床に座っていた。一人は厚手の服を着て、腕まくりをした、茶色い髪を短髪にした大男。もう一人は癖っ毛の茶色い髪を少し整え、赤と緑の少し派手な服装だ。
 脇に竪琴が置かれていることから、どうやら吟遊詩人らしい。


「アイン兄さんに、ブービィ兄さん。なにをやってるの?」


「辛い現実の確認だ」


 渋い顔で答えた大男――アインの溜息に合わせて、次男のブービィが肩を竦めた。


「この調子だと、借金を返すのに百年はかかりそうなんだ」


「うわぁ……」


 絶望的な表情をするミィヤスを手で招くと、アインは後ろに置いてあった荷物から、一枚の羊皮紙を取り出した。
 表面に赤い染料で蛇が絡みついた杖の描かれた羊皮紙は、彼らの父親が賭け事で作った、借金の督促状だ。
 借金の額は、ゼイフラム国の通貨で、三〇〇フロン――金貨で三〇〇枚。銀貨に換算して九千枚。銅貨であれば、四十五万枚となる。
 利子がついてこの金額ということだが、たった数ヶ月でこの金額はありえない。その賭場が、悪名の高い盗賊団が仕切っていたと知ったのは、督促状が届いてからだ。
 支払いが無ければ、一家を奴隷として売り払うことも書かれていた。
 父親は、この督促状が届いた日に夜逃げした。
 残された三兄弟は借金を返そうと、必死に稼ぐことにしたのだ。
 この一ヶ月で、三兄弟が稼いだ金額は、実に銀貨で七枚。これも食費などを切り詰めて、必死にかき集めた金額だ。
 ブービィは両手を挙げて、手をひらひらとさせた。


「返済期限まで、あと一ヶ月ないしねぇ。これは奴隷商行きかな?」


「冗談じゃねぇぞ。くそ……どこかに財宝の埋まった遺跡とかねぇのかよ」


 アインに問われたブービィは、小さく肩を竦めた。
 吟遊詩人だけあって、周辺の言い伝えや昔話は、普通の村人たちよりは詳しい。だからと言って、都合の良い遺跡の話など存在はしなかったが。


「どうしよう……こんな金額、返せっこないよ。ねえ、みんなで逃げよう。どこか、あいつらが来ないところまでさ」


「……逃げるって、どこへだよ。相手は、あの《地獄の門》だぜ? どこに逃げたって、すぐに見つかっちまうさ。そのあとの拷問を考えたら、逃げるって選択肢はねぇ」


 訴えをアインに拒否されたミィヤスは、ガックリと肩を落とした。


「はあ……王族の人はいいなぁ。あんな気楽に遊んで、美味しいものを食べて……」


「なんで、ここで王族とか出てくるんだよ」


 話の腰を折られたと思ったらしく、アインは不機嫌そうにミィヤスを睨んだ。
 長兄の怒りを察したミィヤスは、両手を振って悪気がなかったことを告げた。


「ごめん……兄さん。僕が行ってた隊商は今日、インムナーマ王国のメイオール村に立ち寄ったんだけど。そこに、王国のお姫様が遊びに来てたんだ。なんでも、牛酪の料理を食べるために来たんだって。明日は村の周辺で、物見遊山をするみたいだよ」


 僕も王族に産まれていたらな……と呟いたミィヤスは、目を丸くした二人の兄が自分を真っ直ぐに見ていることに気付いた。
 ブービィに至っては、ぽかんと口を広げてた。
 さすがに不安を覚えたミィヤスが、二人に問いかけた。


「あの……どうしたの?」


「ミィヤス、おまえ……お姫様を見たのか? いいなぁ」


「そーじゃねぇだろ!」


 心底羨ましそうなブービィを一喝すると、アインはミィヤスに詰め寄った。


「その情報ネタ、確かだろうな?」


「あ、うん。なんか、騎士と……なんとか屋の村人が決闘するって話もあったけど……勝負の前に隊商が村を出ちゃったから」


「いや、そういうお姫様がなにをしてたとか、どうでもいいんだよ。お姫様はメイオール村に、今日来たばかりか?」


「う、うん……そういう話だったよ?」


 話の展開をまったく読めていないミィヤスが、ぎこちなく頷いた。そんな弟を見て、アインは口元に笑みを浮かべながら、小さく拳をあげた。


「よし――上手くいけば、借金を返すことができるかもしれねぇ」


「え? いやでも……お姫様が、僕らなんかを雇わないと思うよ?」


 首を傾げるミィヤスに、ブービィは苦笑いを浮かべながら、竪琴を手に取った。指先で弦を軽く爪弾きながら、まるで歌うように弟へ告げた。


「つまりぃ、兄さんは誘拐しようって腹づもりなのさぁ」


「へ……? ええっ! ちょっとアインに――」


 言葉の途中で、ミィヤスはアインに口を押さえられた。
 もごもごと動かす口を必死で押さえるアインは、もう一方の手で自分の口に斜めにした左手を添えた。片手ではあるが、これでも『黙ってろ』として意味は通じる。
 アインはミィヤスに顔を寄せると、諭すように小声で言った。


「落ち着け。それと、もっと小さな声で喋れ。いいな?」


 ミィヤスが頷くと、アインは静かに手を離した。
 そして弟たちを見回すと、小さく顔を寄せるよう促した。


「いいか? 隣国のインムナーマ王国は、この周辺では有数の大国だ。そこのお姫様っていうんだから、金貨の三〇〇枚くらい安いもんなんだよ。騎士の身代金だって、金貨で数百枚以上なんだからよ」



「さすが、元傭兵だね。町の門番なんかやってるのが、勿体ないくらいだよ」


 茶化すように言うブービィをアインが軽く睨めていると、浮かない顔をしているミィヤスが重い溜息を吐いた。


「でも……犯罪なんだよね。そんなことをしたら僕ら、牢屋に入れられたり、拷問を受けたり、死刑になるんでしょ?」


「そりゃあ、捕まればな。捕まらなければいいんだよ」


 アインは安心させるようにニカッと笑うが、ミィヤスの顔は晴れなかった。それどころか、表情をさらに暗くさせただけだった。
 アインは乱暴に頭を掻くと、ミィヤスの肩に太い腕を廻した。


「いいか? これが俺たちに出来る、最後の大勝負だ。これが駄目なら、奴隷が死か――どちらかの道しかねぇんだよ」


 奴隷か死――その、あまりにも極端な選択肢を出されて、流石のミィヤスも覚悟が決まったらしい。表情を引き締めると、アインへと頷いた。


「よし、決まりだ。それじゃあ早速、家に戻って作戦を考えようぜ。馬車も準備したいしな。傭兵時代に敵国の騎士を攫った、俺の手並みを見せてやるぜ」


「でも、僕らは馬車なんて持ってないよね?」


 再び首を傾げるミィヤスに、アインはこれまた再びニカッと笑った。


「ばあか。盗めばいいんだよ。夜になった今なら、やりやすいしな。それから急いで家に戻って、縄とか準備をしなくちゃな」


 忙しくなるぜ――と意気込むアインの姿に、二人の弟はなんとなく、そしてちょっと不安げな顔を見合わせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...