屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第三部『二重の受難、二重の災厄』

一章-3

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   3

 昼が近いこともあって、頭上からの日差しが容赦なく降り注いでいた。
 背中の籠に入れたトウモロコシが二〇を超えてくると、籠の背負い紐が肩に食い込んでくる。
 ジョンさんの家族と、この一角の収穫を終えたら昼休みのはずだ。
 空腹はもちろんだけど、そろそろ肩の痛みが耐え難くなってきた。〈筋肉増強〉を使ってもいいが、これも鍛錬のうち――と、思うことにしている。
 まあ〈筋力増強〉にしたって、元々の身体能力が強ければ、それだけ《スキル》の力も増すわけだし。
 いつもなら、ジョンさん一家に昼飯を御馳走になるところだけど……今日は瑠胡も作業風景を見に来てるし、ジョシアもいる。
 一度、家に戻って昼飯を作るか……どこかに食べにいく――あ、駄目だ。手間だけど、作るしかないか。

 ……財政的に、三人で食べに行くのは無理って理由だけど。

 食材はともかく、料理はジョシアにも手伝わせればいい。
 疲れで集中力が落ちているからか、俺は作業をしながら、そんなことを考えていた。


「ランドくーん!」


 クロースの声が聞こえてきたのは、トウモロコシを籠の九分目まで収穫したころだ。
 作業の手を止めかけたけど……俺はすぐに再開した。今日の予定は一日、ジョンさんの畑で収穫作業だ。
 レティシアの《白翼騎士団》とは、三回ほど依頼を受けている。そんな関係だから団員の半数以上とは、そこそこに良い関係を築けていると思う。
 だけど、それはそれだ。
 俺にとっては当然、受けた仕事が最優先である。そう思って仕事を再開した矢先、珍しく血相を変えたジョンさんが、小走りに俺の元へとやってきた。


「ランド……あの、騎士団の娘さんが、えっと、呼んでるんだが……」


「それなら聞こえてましたよ。でも、とりあえず仕事優先なので」


「あ、いや……こっちはいいから、騎士様のほうへ行ってやってくれ……ないか?」


 どことなく、ジョンさんは表情だけでなく、言動までもがぎこちない。

 ――こりゃ、なにかあったな。

 頭の片隅にイヤな予感を貼り付かせた俺は、諦めの心境とともに、背中の籠とナイフをジョンさんに渡した。
 ジョンさんに騎士団のいる場所を教えて貰った俺は、トウモロコシ畑から、少しだけ街道のほうへと歩き出した。
 目印の木の下――丁度、木陰になるあたりに、二人の騎士団員と白いシャプロンを被った老人らしき姿が見えてきた。
 一人はローブを着ているから、きっとリリンだ。もう一人は、体型的にはクロースっぽい。
 俺が近寄ると、鎧を着ていた女騎士が面頬を上げ、顔を露出させた。


「ランド君、ごめん――あ、いや、ご苦労である」


 慌てて言い直したクロースに、俺は吹き出しそうになった。だけど、クロースとリリンの表情は普段とは異なり、かなり緊張の色が濃い。
 俺は表情を改めると、老人のほうへと視線を向けた。
 白いシャプロンに紺色の衣服。背筋を正して厳めしい表情をしているが、その顔には見覚えがあった。
 この老人とは、娯楽を司る鬼神であるアクラアイルの神域で、会ったことがある。そして巨大ワーム〈マーガレット〉の事件が終わったあと、メイオール村で鬼神たちと飲み会を開いていた老人の一人でもある。
 俺は一気に緊張が解けて、お気楽に片手を挙げた。


「あ、こんちはです」


「ランド君、駄目――いや、そのような巫山戯た態度は……ふ、不敬であるぞ!」


 言い慣れていないためか、舌を噛むような辿辿しさで、クロースは俺に警告を発した。


「この御方は、ハイム・ハイント老王陛下であらせられる。不敬罪として処罰されたくなければ……えっと、今すぐ膝を折るのだ」


「いや、クロース。その人は――」


 俺が神域のことを話そうとしたとき、クロースやリリンの背後で、おっさんが口元で手の平を交差させた。
 これは『それ以上、喋るな』という所作だ。
 どことなく納得はいかなかったが、俺はクロースに従って片膝を地に付けた。おっさん――もとい、ハイム老王は咳払いをすると、鷹揚に片手を挙げた。


「ランドとやら。そう畏まらずともよい。立って楽にするがよい」


「……御言葉に甘えさせて頂きます。老王陛下」


 悲しいことに貴族や王族への礼儀作法は、訓練兵時代に仕込まれてしまっている。忘れているつもりだったけど……くそ。身体は覚えていやがるな。
 俺が立ち上がったとき、ハイム老王の目が僅かに逸れた。
 その視線の先を一瞥すると、すぐそこまで来ている瑠胡の姿が見えた。
 ハイム老王はクロースとリリンに悟られぬよう、瑠胡に目礼をしてから、高らかに語り出した。


「ランドとやら。実はな。我が孫娘が、そなたの作る料理に興味を持ったようでな。一度食してみたいと切望しておる。仕事を中断することになるが、是非に孫娘の頼みを叶えて欲しいのだ。すまぬが、協力をして欲しい」


 なるほど。なぜ老王の孫娘が俺や料理のことを知ったのか……そのあたりの説明はなかったものの、大体の事情は理解した。理解はしたが、少々問題がある。
 俺は畏まった表情で、許しを請うように腰を僅かに折った。


「わたくしめの料理などに興味を持って戴いたこと、感謝の極みに存じます。ただ、二つばかり問題が御座います。申し出がましいとは理解しておりますが、お話してもよろしいでしょうか?」


 老王が鷹揚に頷くのを見てから、俺は腰を戻した。


「一つ目は、わたくしが料理をする場所に御座います。よく仕事を頼まれる旅籠屋や酒場が候補にはなるのですが、その店の主人の許可が必要になります。もう一つは、材料の仕入れです。ご要望の料理をするにしても、その店に材料がなければ、お作りすることもできません」


「なるほど……そなたの言うことには一理ある。よろしい。店への通達は、レティシアたちにやらせよう。材料については、我が騎士団から希望の調理を報せに行かせる。材料費も渡しておくとして……二時間もあれば、料理にとりかかえるかな?」


「そこまでして戴けるのであれば、わたくしから述べることは御座いません。謹んで御依頼をお受け致します」


 俺がイヤイヤながらも慇懃に頭を下げると、老王はクロースとリリンにそれぞれ伝言を依頼した。


「我はここで、ランドと待っておる。伝言が済み次第、戻って参れ」


 クロースとリリンは、ハイム老王を残して騎士団の元へ戻るのを躊躇っていた。やがて命令には逆らえないと、俺にハイム老王の警護を頼むような目配せ残して、二人は去って行った。
 あとには俺と、ようやく俺の隣までやってきた瑠胡が、ハイム老王とともに木陰の下に残っていた。
 ハイム老王は左右を見回すと、大きく息を吐いた。


「いやあ、ランドに兄ちゃんに瑠胡の姫様、面倒に巻き込んじまって、すまないねぇ」


 いきなり砕けた言葉遣いになったハイム老王に、俺は一瞬だが唖然としてしまった。
 ハイム老王は両手の拳を小刻みに擦りながら、片目を瞑っている。この所作は、主に王都などの都心部で、お願いをするときの所作なんだけど……その意味合いは、表情や仕草で少しだけど変わっていく。
 例えば、真剣な顔で頭を小さく下げるのは、重要な願い。ハイム老王がしているような所作は、主に富裕層の女子たちのあいだで、


「お願いね、テヘ☆」


 という意味で使われることが多い。
 俺は頭を抱えたい衝動を抑えながら、ハイム老王に訊ねた。


「今回の件は、如何様な事情があったのでしょうか?」


「おいおい、止めてくれよ。ランドの兄ちゃん。アクラハイルの旦那のところで、御一緒した仲じゃねぇか。こちとら、政からは引退してるんだしよ。もっと肩の力を抜いてさ。普段通り喋っておくれよ」


 ……それができたら、苦労はしねぇんだけどな。

 俺は溜息を吐きながら、大袈裟に頷いてみせた。


「それじゃ、遠慮無く。なんで、孫娘が俺のことを知ってるんです?」


「それがなぁ。つい茶飲み話で、神域で食べたジャガイモと牛酪を使った料理のことを言っちゃったんだよ。そうしたら、孫娘が興味を持っちゃってさ。俺の知らないうちに、旅の計画や護衛の騎士団の手配、費用の捻出までやっててな。気付いたときには、『さあ、お爺様。メイオール村まで行きましょう』と来たもんだ。ちょっとばかり、孫の行動力を甘く見てたわ」


「……なるほど。事情はすべて理解しました」


 俺がうんざりとした顔で応じると、ハイム老王は安堵したような笑みを浮かべた。


「まあ、一日二日ばかり好き勝手にさせていれば、満足すると思うからさ。よろしく頼むよ。瑠胡の姫様も、よければ喋り相手になってやっておくれよ」


「それは構わぬが、人間の王族なのだろう? 妾では、先ほどクロースが言っておった、不敬罪とやらにならぬのか?」


「そこは――俺が上手くやっておくから。心配しないでおくれよ」


 これでなんとかなりそうと、「ああ、よかったよかった」などとお気楽に笑うハイム老王。
 そんな老王を前に、俺と瑠胡は「面倒臭さそう」という気持ちが表情に浮かんでいた。なんとなく顔を見合わせた俺たちは、ほぼ同時に溜息を吐いたのだった。
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