68 / 276
第三部『二重の受難、二重の災厄』
一章-3
しおりを挟む3
昼が近いこともあって、頭上からの日差しが容赦なく降り注いでいた。
背中の籠に入れたトウモロコシが二〇を超えてくると、籠の背負い紐が肩に食い込んでくる。
ジョンさんの家族と、この一角の収穫を終えたら昼休みのはずだ。
空腹はもちろんだけど、そろそろ肩の痛みが耐え難くなってきた。〈筋肉増強〉を使ってもいいが、これも鍛錬のうち――と、思うことにしている。
まあ〈筋力増強〉にしたって、元々の身体能力が強ければ、それだけ《スキル》の力も増すわけだし。
いつもなら、ジョンさん一家に昼飯を御馳走になるところだけど……今日は瑠胡も作業風景を見に来てるし、ジョシアもいる。
一度、家に戻って昼飯を作るか……どこかに食べにいく――あ、駄目だ。手間だけど、作るしかないか。
……財政的に、三人で食べに行くのは無理って理由だけど。
食材はともかく、料理はジョシアにも手伝わせればいい。
疲れで集中力が落ちているからか、俺は作業をしながら、そんなことを考えていた。
「ランドくーん!」
クロースの声が聞こえてきたのは、トウモロコシを籠の九分目まで収穫したころだ。
作業の手を止めかけたけど……俺はすぐに再開した。今日の予定は一日、ジョンさんの畑で収穫作業だ。
レティシアの《白翼騎士団》とは、三回ほど依頼を受けている。そんな関係だから団員の半数以上とは、そこそこに良い関係を築けていると思う。
だけど、それはそれだ。
俺にとっては当然、受けた仕事が最優先である。そう思って仕事を再開した矢先、珍しく血相を変えたジョンさんが、小走りに俺の元へとやってきた。
「ランド……あの、騎士団の娘さんが、えっと、呼んでるんだが……」
「それなら聞こえてましたよ。でも、とりあえず仕事優先なので」
「あ、いや……こっちはいいから、騎士様のほうへ行ってやってくれ……ないか?」
どことなく、ジョンさんは表情だけでなく、言動までもがぎこちない。
――こりゃ、なにかあったな。
頭の片隅にイヤな予感を貼り付かせた俺は、諦めの心境とともに、背中の籠とナイフをジョンさんに渡した。
ジョンさんに騎士団のいる場所を教えて貰った俺は、トウモロコシ畑から、少しだけ街道のほうへと歩き出した。
目印の木の下――丁度、木陰になるあたりに、二人の騎士団員と白いシャプロンを被った老人らしき姿が見えてきた。
一人はローブを着ているから、きっとリリンだ。もう一人は、体型的にはクロースっぽい。
俺が近寄ると、鎧を着ていた女騎士が面頬を上げ、顔を露出させた。
「ランド君、ごめん――あ、いや、ご苦労である」
慌てて言い直したクロースに、俺は吹き出しそうになった。だけど、クロースとリリンの表情は普段とは異なり、かなり緊張の色が濃い。
俺は表情を改めると、老人のほうへと視線を向けた。
白いシャプロンに紺色の衣服。背筋を正して厳めしい表情をしているが、その顔には見覚えがあった。
この老人とは、娯楽を司る鬼神であるアクラアイルの神域で、会ったことがある。そして巨大ワーム〈マーガレット〉の事件が終わったあと、メイオール村で鬼神たちと飲み会を開いていた老人の一人でもある。
俺は一気に緊張が解けて、お気楽に片手を挙げた。
「あ、こんちはです」
「ランド君、駄目――いや、そのような巫山戯た態度は……ふ、不敬であるぞ!」
言い慣れていないためか、舌を噛むような辿辿しさで、クロースは俺に警告を発した。
「この御方は、ハイム・ハイント老王陛下であらせられる。不敬罪として処罰されたくなければ……えっと、今すぐ膝を折るのだ」
「いや、クロース。その人は――」
俺が神域のことを話そうとしたとき、クロースやリリンの背後で、おっさんが口元で手の平を交差させた。
これは『それ以上、喋るな』という所作だ。
どことなく納得はいかなかったが、俺はクロースに従って片膝を地に付けた。おっさん――もとい、ハイム老王は咳払いをすると、鷹揚に片手を挙げた。
「ランドとやら。そう畏まらずともよい。立って楽にするがよい」
「……御言葉に甘えさせて頂きます。老王陛下」
悲しいことに貴族や王族への礼儀作法は、訓練兵時代に仕込まれてしまっている。忘れているつもりだったけど……くそ。身体は覚えていやがるな。
俺が立ち上がったとき、ハイム老王の目が僅かに逸れた。
その視線の先を一瞥すると、すぐそこまで来ている瑠胡の姿が見えた。
ハイム老王はクロースとリリンに悟られぬよう、瑠胡に目礼をしてから、高らかに語り出した。
「ランドとやら。実はな。我が孫娘が、そなたの作る料理に興味を持ったようでな。一度食してみたいと切望しておる。仕事を中断することになるが、是非に孫娘の頼みを叶えて欲しいのだ。すまぬが、協力をして欲しい」
なるほど。なぜ老王の孫娘が俺や料理のことを知ったのか……そのあたりの説明はなかったものの、大体の事情は理解した。理解はしたが、少々問題がある。
俺は畏まった表情で、許しを請うように腰を僅かに折った。
「わたくしめの料理などに興味を持って戴いたこと、感謝の極みに存じます。ただ、二つばかり問題が御座います。申し出がましいとは理解しておりますが、お話してもよろしいでしょうか?」
老王が鷹揚に頷くのを見てから、俺は腰を戻した。
「一つ目は、わたくしが料理をする場所に御座います。よく仕事を頼まれる旅籠屋や酒場が候補にはなるのですが、その店の主人の許可が必要になります。もう一つは、材料の仕入れです。ご要望の料理をするにしても、その店に材料がなければ、お作りすることもできません」
「なるほど……そなたの言うことには一理ある。よろしい。店への通達は、レティシアたちにやらせよう。材料については、我が騎士団から希望の調理を報せに行かせる。材料費も渡しておくとして……二時間もあれば、料理にとりかかえるかな?」
「そこまでして戴けるのであれば、わたくしから述べることは御座いません。謹んで御依頼をお受け致します」
俺がイヤイヤながらも慇懃に頭を下げると、老王はクロースとリリンにそれぞれ伝言を依頼した。
「我はここで、ランドと待っておる。伝言が済み次第、戻って参れ」
クロースとリリンは、ハイム老王を残して騎士団の元へ戻るのを躊躇っていた。やがて命令には逆らえないと、俺にハイム老王の警護を頼むような目配せ残して、二人は去って行った。
あとには俺と、ようやく俺の隣までやってきた瑠胡が、ハイム老王とともに木陰の下に残っていた。
ハイム老王は左右を見回すと、大きく息を吐いた。
「いやあ、ランドに兄ちゃんに瑠胡の姫様、面倒に巻き込んじまって、すまないねぇ」
いきなり砕けた言葉遣いになったハイム老王に、俺は一瞬だが唖然としてしまった。
ハイム老王は両手の拳を小刻みに擦りながら、片目を瞑っている。この所作は、主に王都などの都心部で、お願いをするときの所作なんだけど……その意味合いは、表情や仕草で少しだけど変わっていく。
例えば、真剣な顔で頭を小さく下げるのは、重要な願い。ハイム老王がしているような所作は、主に富裕層の女子たちのあいだで、
「お願いね、テヘ☆」
という意味で使われることが多い。
俺は頭を抱えたい衝動を抑えながら、ハイム老王に訊ねた。
「今回の件は、如何様な事情があったのでしょうか?」
「おいおい、止めてくれよ。ランドの兄ちゃん。アクラハイルの旦那のところで、御一緒した仲じゃねぇか。こちとら、政からは引退してるんだしよ。もっと肩の力を抜いてさ。普段通り喋っておくれよ」
……それができたら、苦労はしねぇんだけどな。
俺は溜息を吐きながら、大袈裟に頷いてみせた。
「それじゃ、遠慮無く。なんで、孫娘が俺のことを知ってるんです?」
「それがなぁ。つい茶飲み話で、神域で食べたジャガイモと牛酪を使った料理のことを言っちゃったんだよ。そうしたら、孫娘が興味を持っちゃってさ。俺の知らないうちに、旅の計画や護衛の騎士団の手配、費用の捻出までやっててな。気付いたときには、『さあ、お爺様。メイオール村まで行きましょう』と来たもんだ。ちょっとばかり、孫の行動力を甘く見てたわ」
「……なるほど。事情はすべて理解しました」
俺がうんざりとした顔で応じると、ハイム老王は安堵したような笑みを浮かべた。
「まあ、一日二日ばかり好き勝手にさせていれば、満足すると思うからさ。よろしく頼むよ。瑠胡の姫様も、よければ喋り相手になってやっておくれよ」
「それは構わぬが、人間の王族なのだろう? 妾では、先ほどクロースが言っておった、不敬罪とやらにならぬのか?」
「そこは――俺が上手くやっておくから。心配しないでおくれよ」
これでなんとかなりそうと、「ああ、よかったよかった」などとお気楽に笑うハイム老王。
そんな老王を前に、俺と瑠胡は「面倒臭さそう」という気持ちが表情に浮かんでいた。なんとなく顔を見合わせた俺たちは、ほぼ同時に溜息を吐いたのだった。
16
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。
鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~
真心糸
ファンタジー
【あらすじ】
ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。
キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。
しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。
つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。
お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。
この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。
これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる