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第三部『二重の受難、二重の災厄』
一章-2
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「ランド――あれ」
トウモロコシの収穫をしている最中で、ジョンさんの呼ぶ声が聞こえた。
ジョンさんが指先を向ける方角へと目を向けると、トウモロコシ畑のすぐ外に、桃色の三角形が見えた。
傘という、木の骨組みと紙とで作られた雨具――というものらしい。こういう変わったものを持っているのは、メイオール村では瑠胡以外にはいない。
その傘を日除けにして、瑠胡が俺の様子を窺っているようだった。なにが楽しいのか、最近の瑠胡は俺が働いている姿を見物に来ることが多い。
別に見られて困るものではないけど……なんだろう。なんでかちょっと、小っ恥ずかしい気がする。
傘の下には、ジョシアの姿もある。まったく……留守番をしてろって言ったのに。なんで瑠胡と一緒に出てきてるんだ、あいつは。
俺が呆れていると突然、村の南東側から、高らかなラッパの音が響いてきた。
「……なんだろうな。ランド、なにか聞いてるかい?」
言外に『レティシアたちから』という言葉を含んだジョンさんの問いに、俺はただ首を横に振るしか無かった。
トウモロコシ畑から顔を出して音のする方角を見ると、街道にレティシアたち《白翼騎士団》の面々が整列しているのが見えた。
しかも昼前とはいえ、夏の暑い時期に鎧まで着込んでいる。その下の汗の量を考えると、ご苦労なことだと思ってしまうが……そこまで畏まるってことは、出迎える相手はかなり上位の騎士か貴族ってところかもしれない。
それでもまあ、俺には関係のない話だ。
あとはレティシアたちに任せて、こっちは日常を続けるとしよう。
「騎士団にお客みたいですよ。どちらにせよ、こっちには関係ないと思います」
俺はジョンさんに手を振りながら、収穫作業を再開することにした。
*
レティシアたち《白翼騎士団》の元に先触れの騎馬が到着したのは、朝の鐘が鳴り響いている最中のことだった。
貴族や軍の来訪を報せる先触れなら、前日までには来るのが一般的だ。それは補給の為の品々や、駐屯のための準備を村にさせるためである。
「まったく……糞暑いのに、バタバタしたくないんだけど」
小声で愚痴を呟くキャットに、レティシアは一瞥することで窘めたが――正直な気持ちは彼女と同じだった。
兜をしているため、キャットの赤茶けた髪をショートヘアやレティシアの艶やかで豊かな金髪は、まったく見えない。
それはユーキやクロースたちも同じだが、魔術師であるリリンだけは、鍔の広い帽子から、赤いリボンで一本に纏めた銀髪と金属フレームの眼鏡が露出している。
レティシアたちが街道の脇に二列で並んでから十数分後、街道を走る騎馬の列と、彼らに護られるように、中央を走る馬車列がはっきりと見えてきた。
それから、さらに一〇分ほど経った。
騎馬に護られた四台の中で、一番豪奢な造りの馬車が、レティシアらの前で停まった。
漆黒に金地の模様が施された客車の前へと、品の良い衣服で身を包んだ御者が降り立った。そして流れるような所作でドアを開けると、中央に緑色の生地が露出した、真紅のドレスの裾が露わになった。
シヨンに纏めた金髪には、銀のティアラ。首や耳は豪奢な装飾で飾られ、優美と形容される顔は穏やかに微笑んでいた。
レティシアは馬車から降りた年若い貴婦人に、最敬礼をした。
「キティラーシア姫。遠路はるばる足を運んで下さり、ご苦労様で御座いました」
「ありがとう、レティシア。でも、わたくしたちは従姉同士なのですから、もっと楽にしていいのよ?」
おっとりとしたキティラーシアに、レティシアは頭を上げないままで応じた。
「いえ。今のわたくしは地方領主に仕える騎士でござます。国王の御息女であらせられるキティラーシア姫に対し、礼節を損じるわけには参りません」
「もう……相変わらず、生真面目なんですから。でもレティシア? 久しぶりに会うのに、顔を見せてくれないの?」
小首を傾げるキティラーシアに心の中で苦笑しながら、レティシアは生真面目な顔を上げた。レティシアの顔を見て、キティラーシアが微笑んだ直後、周囲の騎士たちが一斉に直立不動の姿勢になった。
客車から、シャプロンという白く大きな帽子を被った老人が出てきた。青を基調とした品の良いダルマティカに半円状のパルダメントゥムという、マントのようなものを羽織っている。
レティシアも姿勢を正し、団員たちに号令をかけた。
「ハイム老王閣下に、敬礼!」
《白翼騎士団》が兜の面頬を上げるのを見回し、ハイム老王は鷹揚に頷いた。
「ご苦労……諸君」
ハイム老王が孫娘の横に並ぶと、王宮の作法に倣い、レティシアは片膝を付いた。
「ハイム老王陛下までお出ましとは思いませんでした。挨拶が遅れました非礼、どうかお許し下さい」
「いや。前触れもなく訪問したのは、こちらだ。おまえたちに非は無い」
「有り難き御言葉に御座います。して――此度の訪問は、如何様な御用件でありましょうか?」
「ふむ……さほど大した用件ではないのだが……」
どこか言いにくそうに言葉を濁すハイム老王の横で、キティラーシアがポンッと手を打った。
「実はね、レティシア。このメイオール村に、ジャガイモと牛酪を使った料理があると聞きましたの。それを食べてみたくて」
レティシアは寸前のところで、「……は?」という言葉を呑み込んだ。
ぽかんと開けていた口を閉じ、頭の中でもう一度、主君の姫君が述べた言葉を反芻した。
(ジャガイモと牛酪の料理――)
確かに、牛酪を料理に使うのは、農村以外ではほとんど見られない。その一番の理由は保存が利かないためで、周辺の国々では食用よりも薬や化粧品、ランプの油に用いられることのほうが多い。
だから牛酪を使った料理というのは、貴族でも珍しい。
メイオール村でそんな料理を作り始めた人物に、レティシアは心当たりがあった。
訓練兵として剣士の訓練に精を出しながら、無理矢理に時間を作っては、読書に勤しんでいた友人。異国の文化にも興味を持っていたから、きっと出所は彼だ。
(ランド――か。しかし、なぜ従姉妹殿――いや、キティラーシア姫が知っている?)
疑問は尽きないが、レティシアはそれを表情に出さずに、姫と老王を村へと促した。
「どうぞこちらへ。知っている限りでは御座いますが、御希望の食事ができる旅籠屋へ御案内致しましょう」
「ええ。よろしくお願い致します。ああ、そうだ。とても強いと評判の剣士さんが、その料理を作って下さるのかしら?」
「剣士が料理――キティラーシア姫、それはどのような意味なのでしょう?」
「あら? お爺様から伺ったお話では、とても強い剣士様が料理をして下さると。わたくし、その御方の作った料理が食べてみたいですわ」
おっとりとした姫の希望に添う人物について、残念ながらレティシアには心当たりがあった。『躊躇』という言葉を三十回は書けるほどの沈黙のあと、諦めたように、ぎこちなく頷いた。
「畏まりました。その者は今――他の仕事をしているかもしれません。配下の者に探させましょう」
「レティシア、わたしも行こう。他の仕事をしているとなれば、その手を止めてしまうのだろう。孫娘の願いのためとはいえ、迷惑をかけるのだ。直接、謝罪の言葉を伝えたい」
ハイム老王からの急な申し出に、レティシアは狼狽えかけた。しかし、すぐに最敬礼の姿勢をとって、動揺を誤魔化した。
「いえ、ハイム老王陛下。その者は……ただの村人で、陛下自ら出向くほどの者では御座いません。ここは、我が配下にお任せ下さい」
「いや……レティシアよ。そなたがどう言おうと、最低限の礼は尽くしたい。老いぼれの世迷い言と思うかもしれぬが、どうか手を貸しておくれ」
身体の前で両手の拳を小刻みに擦り合わせるのは、主に王都で使われる、頼み事をする際の所作だ。
ハイム老王にそこまでされては、レティシアも反論などできない。
「そこまでおっしゃるのであれば、我らはただ従うのみ。クロースにリリン、老王陛下をお連れして、ランドのところへ行け」
指示に従ってクロースとリリンが隊列から離れると、正騎士たちも動き出す。だが、老王は彼らを手で制した。
「小さな村だ。《白翼騎士団》の者だけで事足りる。おまえたちは姫の護衛についておれ」
老王に制され、騎士団は一様に戸惑いながらも、その指示に従った。
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