67 / 275
第三部『二重の受難、二重の災厄』
一章-2
しおりを挟む2
「ランド――あれ」
トウモロコシの収穫をしている最中で、ジョンさんの呼ぶ声が聞こえた。
ジョンさんが指先を向ける方角へと目を向けると、トウモロコシ畑のすぐ外に、桃色の三角形が見えた。
傘という、木の骨組みと紙とで作られた雨具――というものらしい。こういう変わったものを持っているのは、メイオール村では瑠胡以外にはいない。
その傘を日除けにして、瑠胡が俺の様子を窺っているようだった。なにが楽しいのか、最近の瑠胡は俺が働いている姿を見物に来ることが多い。
別に見られて困るものではないけど……なんだろう。なんでかちょっと、小っ恥ずかしい気がする。
傘の下には、ジョシアの姿もある。まったく……留守番をしてろって言ったのに。なんで瑠胡と一緒に出てきてるんだ、あいつは。
俺が呆れていると突然、村の南東側から、高らかなラッパの音が響いてきた。
「……なんだろうな。ランド、なにか聞いてるかい?」
言外に『レティシアたちから』という言葉を含んだジョンさんの問いに、俺はただ首を横に振るしか無かった。
トウモロコシ畑から顔を出して音のする方角を見ると、街道にレティシアたち《白翼騎士団》の面々が整列しているのが見えた。
しかも昼前とはいえ、夏の暑い時期に鎧まで着込んでいる。その下の汗の量を考えると、ご苦労なことだと思ってしまうが……そこまで畏まるってことは、出迎える相手はかなり上位の騎士か貴族ってところかもしれない。
それでもまあ、俺には関係のない話だ。
あとはレティシアたちに任せて、こっちは日常を続けるとしよう。
「騎士団にお客みたいですよ。どちらにせよ、こっちには関係ないと思います」
俺はジョンさんに手を振りながら、収穫作業を再開することにした。
*
レティシアたち《白翼騎士団》の元に先触れの騎馬が到着したのは、朝の鐘が鳴り響いている最中のことだった。
貴族や軍の来訪を報せる先触れなら、前日までには来るのが一般的だ。それは補給の為の品々や、駐屯のための準備を村にさせるためである。
「まったく……糞暑いのに、バタバタしたくないんだけど」
小声で愚痴を呟くキャットに、レティシアは一瞥することで窘めたが――正直な気持ちは彼女と同じだった。
兜をしているため、キャットの赤茶けた髪をショートヘアやレティシアの艶やかで豊かな金髪は、まったく見えない。
それはユーキやクロースたちも同じだが、魔術師であるリリンだけは、鍔の広い帽子から、赤いリボンで一本に纏めた銀髪と金属フレームの眼鏡が露出している。
レティシアたちが街道の脇に二列で並んでから十数分後、街道を走る騎馬の列と、彼らに護られるように、中央を走る馬車列がはっきりと見えてきた。
それから、さらに一〇分ほど経った。
騎馬に護られた四台の中で、一番豪奢な造りの馬車が、レティシアらの前で停まった。
漆黒に金地の模様が施された客車の前へと、品の良い衣服で身を包んだ御者が降り立った。そして流れるような所作でドアを開けると、中央に緑色の生地が露出した、真紅のドレスの裾が露わになった。
シヨンに纏めた金髪には、銀のティアラ。首や耳は豪奢な装飾で飾られ、優美と形容される顔は穏やかに微笑んでいた。
レティシアは馬車から降りた年若い貴婦人に、最敬礼をした。
「キティラーシア姫。遠路はるばる足を運んで下さり、ご苦労様で御座いました」
「ありがとう、レティシア。でも、わたくしたちは従姉同士なのですから、もっと楽にしていいのよ?」
おっとりとしたキティラーシアに、レティシアは頭を上げないままで応じた。
「いえ。今のわたくしは地方領主に仕える騎士でござます。国王の御息女であらせられるキティラーシア姫に対し、礼節を損じるわけには参りません」
「もう……相変わらず、生真面目なんですから。でもレティシア? 久しぶりに会うのに、顔を見せてくれないの?」
小首を傾げるキティラーシアに心の中で苦笑しながら、レティシアは生真面目な顔を上げた。レティシアの顔を見て、キティラーシアが微笑んだ直後、周囲の騎士たちが一斉に直立不動の姿勢になった。
客車から、シャプロンという白く大きな帽子を被った老人が出てきた。青を基調とした品の良いダルマティカに半円状のパルダメントゥムという、マントのようなものを羽織っている。
レティシアも姿勢を正し、団員たちに号令をかけた。
「ハイム老王閣下に、敬礼!」
《白翼騎士団》が兜の面頬を上げるのを見回し、ハイム老王は鷹揚に頷いた。
「ご苦労……諸君」
ハイム老王が孫娘の横に並ぶと、王宮の作法に倣い、レティシアは片膝を付いた。
「ハイム老王陛下までお出ましとは思いませんでした。挨拶が遅れました非礼、どうかお許し下さい」
「いや。前触れもなく訪問したのは、こちらだ。おまえたちに非は無い」
「有り難き御言葉に御座います。して――此度の訪問は、如何様な御用件でありましょうか?」
「ふむ……さほど大した用件ではないのだが……」
どこか言いにくそうに言葉を濁すハイム老王の横で、キティラーシアがポンッと手を打った。
「実はね、レティシア。このメイオール村に、ジャガイモと牛酪を使った料理があると聞きましたの。それを食べてみたくて」
レティシアは寸前のところで、「……は?」という言葉を呑み込んだ。
ぽかんと開けていた口を閉じ、頭の中でもう一度、主君の姫君が述べた言葉を反芻した。
(ジャガイモと牛酪の料理――)
確かに、牛酪を料理に使うのは、農村以外ではほとんど見られない。その一番の理由は保存が利かないためで、周辺の国々では食用よりも薬や化粧品、ランプの油に用いられることのほうが多い。
だから牛酪を使った料理というのは、貴族でも珍しい。
メイオール村でそんな料理を作り始めた人物に、レティシアは心当たりがあった。
訓練兵として剣士の訓練に精を出しながら、無理矢理に時間を作っては、読書に勤しんでいた友人。異国の文化にも興味を持っていたから、きっと出所は彼だ。
(ランド――か。しかし、なぜ従姉妹殿――いや、キティラーシア姫が知っている?)
疑問は尽きないが、レティシアはそれを表情に出さずに、姫と老王を村へと促した。
「どうぞこちらへ。知っている限りでは御座いますが、御希望の食事ができる旅籠屋へ御案内致しましょう」
「ええ。よろしくお願い致します。ああ、そうだ。とても強いと評判の剣士さんが、その料理を作って下さるのかしら?」
「剣士が料理――キティラーシア姫、それはどのような意味なのでしょう?」
「あら? お爺様から伺ったお話では、とても強い剣士様が料理をして下さると。わたくし、その御方の作った料理が食べてみたいですわ」
おっとりとした姫の希望に添う人物について、残念ながらレティシアには心当たりがあった。『躊躇』という言葉を三十回は書けるほどの沈黙のあと、諦めたように、ぎこちなく頷いた。
「畏まりました。その者は今――他の仕事をしているかもしれません。配下の者に探させましょう」
「レティシア、わたしも行こう。他の仕事をしているとなれば、その手を止めてしまうのだろう。孫娘の願いのためとはいえ、迷惑をかけるのだ。直接、謝罪の言葉を伝えたい」
ハイム老王からの急な申し出に、レティシアは狼狽えかけた。しかし、すぐに最敬礼の姿勢をとって、動揺を誤魔化した。
「いえ、ハイム老王陛下。その者は……ただの村人で、陛下自ら出向くほどの者では御座いません。ここは、我が配下にお任せ下さい」
「いや……レティシアよ。そなたがどう言おうと、最低限の礼は尽くしたい。老いぼれの世迷い言と思うかもしれぬが、どうか手を貸しておくれ」
身体の前で両手の拳を小刻みに擦り合わせるのは、主に王都で使われる、頼み事をする際の所作だ。
ハイム老王にそこまでされては、レティシアも反論などできない。
「そこまでおっしゃるのであれば、我らはただ従うのみ。クロースにリリン、老王陛下をお連れして、ランドのところへ行け」
指示に従ってクロースとリリンが隊列から離れると、正騎士たちも動き出す。だが、老王は彼らを手で制した。
「小さな村だ。《白翼騎士団》の者だけで事足りる。おまえたちは姫の護衛についておれ」
老王に制され、騎士団は一様に戸惑いながらも、その指示に従った。
15
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。

加護とスキルでチートな異世界生活
どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!?
目を覚ますと真っ白い世界にいた!
そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する!
そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる
初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです
ノベルバ様にも公開しております。
※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる