屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第三部『二重の受難、二重の災厄』

一章-1

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 一章 押し寄せてきた厄介ごと


   1

 巨大ワーム〈マーガレット〉の一件から、十日ほどが経っていた。
 あれから、朝の鍛錬に鬼神から譲り受けた《スキル》の訓練も追加している。アクラハイルの〈幻影〉はともかく、ダグリヌスの〈断裁の風〉は威力の調整がなかなか難しい。
 まだ気を抜くと全力になってしまうから、村に近い場所では訓練できないのが難点だ。
 とまあ、それはともかく。
 季節は、すっかり夏だ。雨期も終わっているから、日中はカラッとした暑さに覆われ、ジッとしているだけで汗ばむ陽気だ。
 ただし、そうなると厄介な虫も増えてくる。虫除けのために、出入り口や窓の近くにヨモギの葉を燻しているから、家の中も少し煙臭い。
 今日の仕事は、朝からジョンさんのところの野良仕事だ。少し早めに起きたから、のんびりと朝飯を調理中だ。
 野菜多めのシチューだけど、牛や山羊の乳は使ってない。村にある旅籠屋や酒場で出しているシチューより、安上がりだ。
 味付けは香草と、分けてもらった鳥肉とその脂身だけ。岩塩も貴重だし、家計に優しい料理となっている。
 俺がシチューや生地から焼いたパンを並べていると、瑠胡が二階から降りてきた。
 今までは着物という、前合わせの衣服を重ね着していたが、夏の暑さは堪えるのか、今は襦袢という白い衣服と赤色の着物だけだ。


「ランド……もう朝餉の時間かえ?」


「まだ少し早いですけどね。俺は朝一から仕事ですし、もう食べちゃうつもりですけど」


 俺は答えながら、二人分の蒸留水を注いだ木製のジョッキを運んでいた。
 瑠胡は近づいて来ると、自分の分のジョッキに両手を伸ばしてきた。


「それなら、妾も同席しよう」


 ジョッキを両手で包んだ瑠胡の指先が、取っ手を持つ俺の指に触れた。
 その途端、頬を染めた瑠胡は勢いよく手を引っ込めた。そして手をモジモジとさせながら、少し潤んだ目を俺から逸らしてしまった。


「その……すまぬ」


 〈マーガレット〉の一件を解決した直後くらいから、瑠胡はこんな調子だ。俺のことを過剰に意識しているのか、ことある事に照れてしまうようになった。
 そんな瑠胡の表情とかを見て、(想い人がいるのにいいのかな)とか思いつつ、俺も照れてしまうわけなんだけど。


「いやあの、手に触れたことくらい……別に、なんでもないんで」


「そ、そうか?」


 二人して照れ合っていると、ノックもなしに勢いよく家のドアが開かれた。


「こんにちは! お兄ちゃ――ああっ!」


 入ってくるなり素っ頓狂な声をあげたのは、ヘーゼルブラウンの髪を結い上げた、勝ち気な顔の少女だ。一般的な町人が着るチェニックは腰の辺りで、飾り玉のある腰紐で留められている。
 顔なじみというには余りにも近い少女が、俺ではなく瑠胡へと指先を向けた。


「お兄ちゃん、離れてっ! そいつ詐欺師よっ!!」


 ……。
 …………。
 ………………へ?

 俺は少女――妹であるジョシアの言ったことが、即座に理解できなかった。それは瑠胡も同じだったようで、彼女にしては珍しく目を点にさせていた。
 一方のジョシアはずかずかと家の中に入ってくると、俺の腕を引っ張って、瑠胡から遠ざけようとしてきた。


「ちょ……ジョシア落ち着けって! っていうか、なんで、おまえが、ここに、いるんだよ!?」


「そんなの決まってるでしょ! お兄ちゃんを詐欺師から護るためよっ!!」


「詐欺師って……いや、姫様はそんなじゃねーから!」


「先ず、姫様を自称するところから怪しんでよ!」


 俺の声に負けじと、ジョシアは盛大に怒鳴り返してきた。
 ジョッキの蒸留水をなるべく零さないよう気をつけながら、俺は引っ張ってくるジョシアの手に抵抗した。


「本気で落ちつけって。少なくとも、詐欺師じゃないから」


「それじゃあ変な性癖を持ってるか、実は男とかよ! どっちにしても碌なことにならないから、近づいちゃ駄目っ!!」


「おま――いくらなんでも、初対面の相手に失礼にも程があるだろっ!!」


 いきなり押しかけてきて、なんてことを言ってくれるんだ。
 俺は興奮気味なジョシアを宥めることに、かなりの精神と時間を費やすことになったのである。
 そして十数分後。


「知らなかったこととはいえ、失礼致しました」


 テーブルの真反対にいる瑠胡に、ジョシアはしおらしく頭を下げた。
 まだ状況を掴み切れていないのか、瑠胡はどことなく呆然とした表情のまま、右手を小さく挙げた。


「そう畏まらなくともよい。さほど気にはしておらぬ故にな。しかし、御主がランドの妹か。話には聞いておったが、十日もかけて尋ねてくるとは、兄思いなことよのう」


「本当に申し訳ありませんでした。兄が……その、女性と一緒に暮らして、最近は良い感じになっていると聞きまして。そんなことが、あるはずがないと思った次第で……」


「あるはずがない……ということもなかろう」


 瑠胡は少し照れて、そして俺の様子を窺いながらジョシアに応じていた。
 動揺から回復しきっていないジョシアは、そんな瑠胡の様子に気付かない様子で、首を大きく振った。


「いいえ。兄を好きになる女性なんて、この世に存在しないって思ってますから。だって女心は理解できないし。一つに夢中になると、ほかごとに気が回らなくなるし、なにより目つきが悪すぎ――」


 ジョシアはふと俺を見て、目を丸くした。


「あれ、前より目つきが悪くない。お兄ちゃん……熱でもあるの?」


 我が妹ながら……俺への評価が辛辣すぎる。
 がっくりと肩を落としながらも、俺は奇跡的に平常心を保てていた。


「おまえなぁ……頼むから、もう少し優しくしてくれよ」


「え? してるじゃん。わざわざ休みを取って、隊商を乗り継いでまでして、ここまで来たんだもん」


 感謝してよね――と言ってきたが、俺が言いたいのはそういうことじゃない。
 俺が溜息を吐いていると、瑠胡が小さく微笑んだ。 


「兄妹で仲の良いことよ」


「そんなことないですよぉ。これくらい普通です。ね、お兄ちゃん」


「仲が良いっていうのかな、これ。大体、手紙の返事だってなかったろ」


 この村に追放されてから、俺は実家に何通か手紙を出している。しかし、返事は一通も返っては来なかった。
 ジョシアは最初こそ怪訝な顔をしていたが、やがて「ああ……」と、合点のいった顔をした。


「手紙はきっと、お母さんが捨てちゃってたと思うんだよね。だから、あたしはお兄ちゃんの手紙のこと、今まで知らなかったし」


「マジか……そこまでするか、普通。ジョシアの容赦の無さは、母譲りなわけだ」


 俺のぼやきに、ジョシアは膨れっ面になった。
 追撃となる言葉を吐かなかったのは、瑠胡がいるからだろう。天竜族というドラゴンということは伏せ、異国の姫として紹介しているから、それなりに気を使っているようだ。
 俺は椅子の代わりの木箱をテーブルに運びながら、ジョシアに訊いた。


「朝飯は?」


「あ、もう食べたよ。隊商って朝が早いから。さっき、この村に着いたばかりなの」


「そっか。なら悪いけどさ、俺は飯を食ったら仕事に出るから。片付けをしながら姫様と留守番を頼んでいいか?」


「うん、いいよ」


 ジョシアが頷くのを見ながら、俺は木箱に座った。


「ちなみに、一つだけ確認したいんだけど。姫様のことは、誰から聞いた?」


「え? レティシアさんだけど」


 ……そっか。あいつ、余計なことを言いやがって。

 今度会ったら文句を言ってやる――俺はそう決めると、時間が経って冷えかけている昼飯を食べ始めた。

   *

 ランドが仕事に出たあと、食器の片付けを終えたジョシアは、テーブルに残っている瑠胡に近づいた。


「あの……瑠胡姫様に、お聞きしたいことがあります」


「ほお? 申してみよ」


「はい。兄のことでございます。その、このようなことを申してよいのか、わかりませんが……兄のこと、好き……ですか?」


 ジョシアの問いに、瑠胡は息を呑んだ。
 どうしてわかったのか――と言う言葉が、最初に頭に浮かんだ。しかしすぐに、態度から察することができるかと、自分の恋慕をジョシアに見抜かれた原因を理解した。
 瑠胡は返答の代わりに、ジョシアに告げた。


「ランド――御主の兄には、言わないでおくれ。察してはおるかもしれぬが、妾はランドから言われたい」


「……嘘」


 ジョシアはきょとん、とした表情になったが、すぐに我に返ったように大きく頷いた。


「かしこまりました、瑠胡姫様。意外と思いましたが、そういうことなら喜んで、ご協力致します! この機会を逃したら兄は一生、独り者かもしれませんし。心理的に弱いところを突いて、兄をたらし込みましょう!!」


「あ、いや……そこまではしてもらわんでもよいのだが……」


 拳を高く突き上げるジョシアの返答を聞きながら、瑠胡は気づかれぬよう、静かに溜息を吐いた。
 黙秘しなかったのは早計だったかやもしれん――と、瑠胡はほんのちょっぴり、己の判断を後悔した。
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