屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

四章-5

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   5

 俺と瑠胡は、崖を通り過ぎてから山道へと降り立った。
 たった今、通り過ぎた崖の向こう側ある山道は、そのまま緩やかな弧を描きながら南西と北東の方角へと伸びている。
 反対側にある斜面は一度〈マーガレット〉が通ったのか、倒木や樹木の残骸が山の斜面を埋め尽くしていた。
 俺がいる山道側の山は、まだ樹木が残っている。いい加減、これ以上の森林の破壊を食い止めなければ、雨期の土砂災害が増加するのは目に見えている。


「この辺りで良いか?」


 俺は瑠胡に頷くと、アクラハイルから貰った《スキル》である〈幻影〉を使うために、頭の中に風景を描き始めた。
 これは《スキル》を使った者が望む場所に、頭の中で想像した物を映し出す。つまり、頭の中により鮮明な像を思い描く必要があるってわけだ。
 俺は集中して頭の中に、山道と山道のあいだに雑草などが生い茂る原っぱがある光景を思い浮かべた。とはいえ、それほど広い範囲に幻影を造り出すのは、やはり難しい。
 俺は目の前から左右に数十マーロンほどの幻影を造り出すと、その縁を崖の幻影で誤魔化すと、それを維持することに全神経を集中させた。
 正直、こんな《スキル》を自由自在に操ったアクラハイルに、俺は感服しきっていた。 岩程度なら楽なんだけど、風で揺らめく雑草とか、想像を維持するだけでも難しい。


「見た目はどうですか?」


「ふむ……近づかねば悪くはない。あの〈マーガレット〉なら、誤魔化せるであろう」


 ということは細部はかなり、いい加減な幻影になっているってことか。それでも、今の俺ではこれ以上は無理だ。
 そんな会話を瑠胡としたのは、もう三〇分以上も前になる。瑠胡は今、〈マーガレット〉をここに誘き寄せるため、囮として動いているはずだ。
 今の俺がするべきことは、この幻影を維持すること。あとは周囲に任せるしかない。焦れる気持ちを抑えながら、俺は目の前の〈幻影〉に集中した。

   *

 瑠胡が元の場所へと戻ったとき、〈マーガレット〉は瑠胡とランドが最後にいた場所をウロウロとしていた。
 遠目で見る限り、〈マーガレット〉の全長は数百マーロンほどもある。その巨体が、なにかを探すようにウネウネと蠢いていた。
 街道の直上に差し掛かったとき、リリンの使い魔である鷹が瑠胡に近寄った。


〝瑠胡姫様、ランドさんはどうしたんですか?〟


「ランドは、罠を張って待ち構えておる。あれはかなり消耗するようでな、〈マーガレット〉を急いで誘導せねばならん」


〝……細かい部分はわかりませんが、事情は把握しました。下で団長とクロースさんが、あの化け物の声を聞こうと接近中です。なんとか連携を致しましょう〟


「承知した。仲介は任せてもよいな?」


〝はい〟


 リリンの鷹は瑠胡から離れると、街道を走る二騎の騎馬へと降下していった。
 先頭を奔るレティシアの騎馬の横を滑空しながら、リリンは瑠胡から聞いた状況を伝えた。


「了解だ。我々は予定通り、化け物の声を聞く。リリンはそれをドラゴンの姫君と団員たちに伝えてくれ」


〝了解しました。沙羅さんには先に、瑠胡姫様が戻られたことを伝えておきます〟


 あとは沙羅自身が行動を判断するはず――と、リリンは付け加えた。
 リリンの使い魔が上昇すると、レティシアはクロースを振り返った。


「クロース、やつの声は聞こえるか!?」


「まだ……微かに聞こえる程度です」


 馬車などで集中すれば《スキル》の範囲を広げられるが、騎馬を操りながらでは、それも難しい。
 二騎は〈マーガレット〉から数百マーロンほど離れた高台で、騎馬を停めた。
 クロースは意識を広げて、〈動物感応〉の効果範囲を最大限に広げた。


「空腹……餌場、お嫁さんを捕まえる……捕まえたお嫁さんと、ここで住む……」


「なるほど。あの化け物は、まだドラゴンの姫様のことを諦めていないのだな」


「多分……あの倒木だらけの土地は、巣なんですね」


 クロースが状況を説明すると、レティシアは上空に向けて指笛を吹いた。
 リリンの使い魔が近寄ってくると、レティシアはクロースの言葉をそのまま伝えた。


「あの姫様が囮役をしてくれるなら、上手くランドのところまで誘導できそうだ。となると、我々も動いた方がいい。団員たちに、こちらへ移動するよう指示を」


〝わかりました〟


 リリンの使い魔は、すぐさま〈マーガレット〉に向かう瑠胡へと向かった。
 瑠胡はリリンから〈マーガレット〉の目的を伝えられ、やや表情を引きつらせつつも、気丈なまでに平静を装っていた。


「承知した。妾がまだ囮になれるのであれば、予定通りに勧められよう」


〝瑠胡姫様、ご武運をお祈りしております〟


「そちらもな」


 リリンの使い魔と別れた瑠胡は、一枚の鱗を放ると、己が存在を誇示するように〈マーガレット〉の眼前へと出た。欲する相手に気付いた〈マーガレット〉の目が、瑠胡を追うように動き始めた。


「ほれ、ついて参れ」


 ランドのいる山道へと進路をとった瑠胡を、〈マーガレット〉は追い始めた。
 巨体ゆえか、〈マーガレット〉の速度は瑠胡の飛行速度に比べると、かなり遅い。瑠胡は速度を調節しながら、ランドへの進路を維持し続ける。
 そんな瑠胡の目に、二つの土煙が見え始めた。
 一つは、レティシアとクロースの騎馬だ。そしてもう一つは、《白翼騎士団》の馬車である。
 街道を走る二つの土煙は、山道へとまっすぐに向かっていた。
 瑠胡は僅かに速度をあげて倒木ばかりの山を越えると、一息に崖を越えて、ランドの元へと降り立った。
 かなり遅れて山を越えた〈マーガレット〉の目が、ランドに寄り添う瑠胡を認めた。


〝ゲグチョグゥチャギャグチャ――ッ!!〟


 咆吼とも思えるほどの声をあげた〈マーガレット〉が、二人の元に突進を始めた。
 丁度、山道へと差し掛かったクロースは、そんな〈マーガレット〉の叫び声を聞いて、表情を青くした。


「ランド君、逃げて! 化け物がランド君を恋敵と思って、怒ってる!」


 クロースの叫びを聞いて、レティシアはリリンの使い魔を探したが、瑠胡と接触したばかりで、まだ戻ってきていなかった。
 怒りの咆吼をあげながら突進した〈マーガレット〉の身体が、山道を越えて原っぱへと差し掛かった。
 身体が浮いたままの〈マーガレット〉は、真っ直ぐにランドへと向かっていた。全長が百マーロン以上もあるだけに、ここの崖程度ならば身体を地面に這わせなくとも前に進むことができる。
 クロースが悲鳴をあげたそのとき、ランドの右手が真っ直ぐに突き出された。
 ランドから放たれたらしい不可視の力が、〈マーガレット〉の右側頭部を削った。続けて、巨体の直上で瑠胡の〈爆炎〉が炸裂した。
 衝撃で身体が揺らいだ〈マーガレット〉の頭部が、原っぱの中へと吸い込まれた。そのまま滑り落ちるように、身体の三分の一が原っぱへと吸い込まれた直後、ランドたちがいた山道が激しく揺れた。
 今ので衝撃で、ランドの集中力が途切れたらしい。原っぱの幻影は忽然と姿を消すと、そのあとには崖に頭部から突っ込んだ、〈マーガレット〉の巨体が露わになった。
 ランドとともに震動を耐えた瑠胡は、再び飛び上がった。
 崖にぶつかった衝撃で失神したらしい〈マーガレット〉に近寄ると、黄色いキノコの入った革袋を触手の中に放り込んだ。
 条件反射的なのか、触手が革袋を口の中へと送り込む。それから数分後、〈マーガレット〉の身体から透明な粘液が流れ出し始めた。
 徐々に小さくなっていく〈マーガレット〉を眺めていたクロースが、ホッと胸を撫で下ろしたとき、上空にいたリリンの使い魔が、ジョンの状態に気付いて警告を発した。


〝ジョンさんが、崖の下へ行きそうです!〟


 徐々に縮んでいく〈マーガレット〉に取り込まれたままのジョンが、崖へと落ち始めていた。
 《白翼騎士団》の馬車が山道に入ったが、ジョンの居る場所までは間に合いそうにない。
 ジョンの身体が崖の下に飲まれる寸前、赤い影が飛来した。赤い鱗を持つドラゴン――沙羅が、縮んでいく〈マーガレット〉の身体を足の爪で掴み、ゆっくりと降下していく。
 遅れて来た馬車からユーキたちが降りてくると、ロープを垂らしてジョンの救助に向かい始めていた。

   *

 俺は瑠胡に運ばれて、かなり縮んでいる〈マーガレット〉の近くに降り立った。
 近くでは騎士団の面々に救助されたジョンさんが、嬉し泣きをしながら地面にへたり込んでいた。


「ランド! 君らのお陰だよ、ありがとぉぉぉっ!!」


 そう駆け寄ってくるジョンさんの服は、嘔吐した液体でかなり汚れていた。
 ジョンさんが助かったことは喜ばしい――が、それとこれとは別問題。俺は顔を引きつらせながら、ジョンさんに『待った』をかけた。


「ちょ――ジョンさん、停まって! 抱きつこうとしないで下さい!」


「なんでだよぉぉ! 一緒に喜んでくれよぉぉっ!!」


 なおも迫るジョンさんに、背後からキャットたちが器用に縄をかけた。
 どうやら嘔吐で汚れた服については、彼女たちも難儀していたらしい。


「落ちついて、無駄な体力を使うんじゃないわよ」


 キャットらに窘められたジョンさんは、どこか納得しきれていない顔で、地面に座り込んでいた。
 〈マーガレット〉は、もう大型犬くらいには縮んでいた。ただ、想定よりも大きくなりすぎていたためか、それ以上は縮む気配はない。
 意識が戻ったのか、瑠胡に近寄りながら触手をワキワキとさせる〈マーガレット〉に対し、俺は左手から赤いトゲを出した。


「ちゃんと言葉でわからせねぇと、諦めねえのか」


 俺は〈マーガレット〉にトゲを刺した。
 こいつには〈巨大化〉の《スキル》以外には、技能と呼ばれるものはほとんどない。しかし、俺が望んでいた〈言語・ワーム〉は、存在してくれた。


「あーっと……」


 俺は〈マーガレット〉に話しかけようとしたが――すぐに口を閉ざす羽目になった。


「……どうした、ランドや?」


「いえ……こいつの言語、人間じゃ発音するの無理みたいで」


 俺の説明に、瑠胡は少し呆れ気味に嘆息した。


「まったく。無駄なものを吸い取りおって」


「いやまあ……こいつに、姫様は諦めろって説得したかったんですよ」


 俺は苦笑しながら、瑠胡に肩を竦めた。
 〈マーガレット〉は俺を威嚇するように触手を動かしていたが、今の大きさではあまり脅威にならない。
 あとはダグリヌスにこいつを返すだけ――と思っていたら、ツツーっとユーキが近寄って来た。


「ランドさん! そこはちゃんと、『瑠胡姫様は、俺のものだ。貴様には渡さない』くらいは言わなきゃ駄目ですよ。ねえ、姫様もそう思いますよね?」


「ふむ……悪くないのぅ」


 てっきり俺みたいに呆れていると思っていたのに……瑠胡は予想外に乗り気だ。
 そんな二人から期待の目を向けられているけど、それは俺にとって、傷口を鍬で掘り返すような行為に等しい。


「それは、ほら。俺の役目じゃないでしょ……」


 そう答えるのが精一杯だった。


「騎士と姫様みたいな、熱烈な告白劇が見られると思ったのにぃ」


 露骨に残念そうな顔をするユーキの横で、瑠胡は言葉の意味が理解出来ないという顔をしていた。

 いやまあ、その……そういう言葉は、想い人に言ってもらって下さいよ。

 俺はその言葉を呑み込みながら、騎士団の連中と〈マーガレット〉を飼い主に返す段取りをし始めた。
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