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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
四章-4
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4
巨大ワーム〈マーガレット〉の上空にいたリリンの使い魔が、大きく旋回をしていた。
〈マーガレット〉が森林を蹂躙した跡地には、倒木や折れた枝葉が散乱していた。見る限り、少し大きめの岩がある近くで、〈マーガレット〉はウロウロと彷徨っていた。
ランドたちが乗っていた馬車は、もうかなり離れていた。
リリンはジョンの安否を探ろうと、意識を乗せていた使い魔である鷹を降下させた。
(――見つけた)
ジョンは前と同じく、〈マーガレット〉の後尾近くに貼り付いていた。激しい動きによる振動で、ジョンの顔は青ざめていた。
かなりの吐き気もあるのか、胸元が白っぽいなにかで汚れている。
(生きているから、それで良し)
リリンは慎重にジョンの胸元を見ないように注意しながら、使い魔を上昇させた。
そこで意識の一部を切り離して、リリンは馬車の中にいたユーキに状況を告げた。
「ジョンさんは無事です。嘔吐した形跡があるため、体調の悪化が懸念されますが。巨大ワームは、馬車を追わずにウロウロと彷徨っています」
「どういうことなの?」
「わかりません。クロースさんなら、なにか解るかもしれません」
ユーキは少し考えてから、大きく頷いた。
「わかった。とにかく、団長に伝えるね」
馬車から降りたユーキは、すぐ後ろで待機していたレティシアへと駆け寄った。
リリンから伝えられた内容を伝えられたレティシアは、少し考えると馬車の前にいたセラを呼び寄せた。
「団長……なにか?」
「ジョンは生きているが、嘔吐で体力が落ちている。空腹もあるから、長期戦は拙いだろう。ランドとドラゴンの姫君は、どうなっている」
「……わかりません。リリンを介しての伝言で、作戦の変更を伝えてきた以降は、動きは掴めません。ただ、あれから爆発音とかは聞こえてきませんから、攻撃はしていないと思われます」
「……そうだろうな。まったく、なにを考えているのやら。待っているだけでは、埒が開かんな」
レティシアは手綱を操って軍馬を馬車の前に進めると、御者台にいたクロースの横で停めた。
「クロース、わたしと来てくれ。あの化け物の声を聞けるのは、おまえだけだ。ヤツの行動を探って、わたしに教えてくれ」
「は、はいっ! わかりました」
「頼む。キャット、クロースと代わってくれ」
クロースは御者台から飛び降りると、そのままキャットが降りた騎馬へと飛び乗った。
「セラ、リリンに使い魔で指示を伝達するよう伝えろ」
レティシアはセラに告げてから、〈マーガレット〉のいる方角へ、ゆっくりと馬首を向けた。そしてクロースが鞍を並べるのを待って、騎馬を走らせた。
*
首筋から翼を生やした瑠胡に運ばれながら、俺たちは崖のある方角へと向かっていた。
緩やかに湾曲した山道が、数十マーロンほどの距離で、ほぼ平行に通っている場所がある。山道と山道のあいだは、そこそこに深い崖になっている。
崖の底は荒れ果てた岩場になっていて、旅人が通るような道ではない。つまり、手に入れた《スキル》で罠を張るなら、絶好の場所だ。
俺と瑠胡は〈マーガレット〉の上空を通り過ぎ、すっかり禿げてしまった山に差し掛かったところで、瑠胡が速度を落とした。
「リリンの使い魔がおるの。ちと伝言を頼んでおくか?」
「ああ……こちらの作戦を伝えるのは、悪くないと思います」
俺の返答を聞いてから、瑠胡は進路を変えた。
リリンの使い魔というと、あの鷹だとは思うが……生憎、今の俺は進行方向に対して後ろ向き――瑠胡に抱きついている格好だからだ――であるため、その姿を見ることはできないんだけど。
「リリン、リリンや――御主に頼みたいことがある」
瑠胡が何度か声をかけると、横で翼を羽ばたかせる音が聞こえてきた。
〝瑠胡姫様っ!? あの、お一人ですか?〟
「ランドも一緒におる。それより、御主に伝言を頼みたい」
〝はい――ですが、こちらもその、作戦を変更してまして。レティシア団長がクロースさんを連れて、あの巨大ワームへと向かっています。声を聞いて、どう動くかを決めるつもりのようです〟
「なるほどのう……そちらは、任せよう。妾らは、この先で罠を張る」
〝罠――ですか?〟
「左様。ランドを降ろしたら、妾だけで戻って〈マーガレット〉を誘導する。あやつは臭いより、視覚を頼りに得物を追うのだとわかってきたのでの。それを利用させて貰う。よいか、罠を張る場所は――」
瑠胡の説明に、リリンはただひと言〝わかりました〟と返しただけだ。
俺は使い魔の姿を見ないまま、
「俺のところへ来るときは、山道から外れるな! それを確実に伝えてくれ」
瑠胡の説明では足りない部分を補足した。
それからしばらく、リリンはなにも喋って来なかった。もう飛び去っていったのかと思っていたら、先ほどよりも若干低くなったリリンの声が聞こえてきた。
〝ランドさん……なんか昨晩から、その格好ばかりしていませんか?〟
その格好。
それって……瑠胡に抱きついて、そして抱きしめられている格好のことだろうか。これについては、瑠胡がドラゴンになるのを拒むので、急いで移動する場合は仕方ないだけで、俺個人的には他意は無い。
「いや、これは……移動のためのものってだけだから」
「ふむ。妾としては少し気に入っておるから、なんの不都合もないぞ?」
俺と瑠胡の返答が、重なった。
リリンはまたしばらく無言だったが、ボソリと呟くように言ってきた。
「ランドさん……瑠胡姫様みたいに、嬉しいなら嬉しいって言ったほうが、いいと思います。そう言う態度は、善くありませんよ?」
「や、ちょ、違うって。これ結構、恥ずかしいんだってば!」
〝嬉し恥ずかしな状態ということで、認識しました〟
「なるほどのう。ランドは、そう思っておったか」
リリンと瑠胡――二人に、意気地のなさを追求されているような気分だ。俺は必死に誤魔化しながら、自分の心境の変化に気付き始めていた。
いずれ目的を達した瑠胡は、前に言った『想い人』のところに戻っていく。それならそれまでのあいだ、こうした楽しげな思い出を、一つでも多く作りたい。
失恋なんだろうけど、だからといって瑠胡を嫌いにはなれないんだし。
俺は二人に言い訳をしながら、決戦前だというのに、どこか和んだ気分に浸っていた。
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〈マーガレット〉が森林を蹂躙した跡地には、倒木や折れた枝葉が散乱していた。見る限り、少し大きめの岩がある近くで、〈マーガレット〉はウロウロと彷徨っていた。
ランドたちが乗っていた馬車は、もうかなり離れていた。
リリンはジョンの安否を探ろうと、意識を乗せていた使い魔である鷹を降下させた。
(――見つけた)
ジョンは前と同じく、〈マーガレット〉の後尾近くに貼り付いていた。激しい動きによる振動で、ジョンの顔は青ざめていた。
かなりの吐き気もあるのか、胸元が白っぽいなにかで汚れている。
(生きているから、それで良し)
リリンは慎重にジョンの胸元を見ないように注意しながら、使い魔を上昇させた。
そこで意識の一部を切り離して、リリンは馬車の中にいたユーキに状況を告げた。
「ジョンさんは無事です。嘔吐した形跡があるため、体調の悪化が懸念されますが。巨大ワームは、馬車を追わずにウロウロと彷徨っています」
「どういうことなの?」
「わかりません。クロースさんなら、なにか解るかもしれません」
ユーキは少し考えてから、大きく頷いた。
「わかった。とにかく、団長に伝えるね」
馬車から降りたユーキは、すぐ後ろで待機していたレティシアへと駆け寄った。
リリンから伝えられた内容を伝えられたレティシアは、少し考えると馬車の前にいたセラを呼び寄せた。
「団長……なにか?」
「ジョンは生きているが、嘔吐で体力が落ちている。空腹もあるから、長期戦は拙いだろう。ランドとドラゴンの姫君は、どうなっている」
「……わかりません。リリンを介しての伝言で、作戦の変更を伝えてきた以降は、動きは掴めません。ただ、あれから爆発音とかは聞こえてきませんから、攻撃はしていないと思われます」
「……そうだろうな。まったく、なにを考えているのやら。待っているだけでは、埒が開かんな」
レティシアは手綱を操って軍馬を馬車の前に進めると、御者台にいたクロースの横で停めた。
「クロース、わたしと来てくれ。あの化け物の声を聞けるのは、おまえだけだ。ヤツの行動を探って、わたしに教えてくれ」
「は、はいっ! わかりました」
「頼む。キャット、クロースと代わってくれ」
クロースは御者台から飛び降りると、そのままキャットが降りた騎馬へと飛び乗った。
「セラ、リリンに使い魔で指示を伝達するよう伝えろ」
レティシアはセラに告げてから、〈マーガレット〉のいる方角へ、ゆっくりと馬首を向けた。そしてクロースが鞍を並べるのを待って、騎馬を走らせた。
*
首筋から翼を生やした瑠胡に運ばれながら、俺たちは崖のある方角へと向かっていた。
緩やかに湾曲した山道が、数十マーロンほどの距離で、ほぼ平行に通っている場所がある。山道と山道のあいだは、そこそこに深い崖になっている。
崖の底は荒れ果てた岩場になっていて、旅人が通るような道ではない。つまり、手に入れた《スキル》で罠を張るなら、絶好の場所だ。
俺と瑠胡は〈マーガレット〉の上空を通り過ぎ、すっかり禿げてしまった山に差し掛かったところで、瑠胡が速度を落とした。
「リリンの使い魔がおるの。ちと伝言を頼んでおくか?」
「ああ……こちらの作戦を伝えるのは、悪くないと思います」
俺の返答を聞いてから、瑠胡は進路を変えた。
リリンの使い魔というと、あの鷹だとは思うが……生憎、今の俺は進行方向に対して後ろ向き――瑠胡に抱きついている格好だからだ――であるため、その姿を見ることはできないんだけど。
「リリン、リリンや――御主に頼みたいことがある」
瑠胡が何度か声をかけると、横で翼を羽ばたかせる音が聞こえてきた。
〝瑠胡姫様っ!? あの、お一人ですか?〟
「ランドも一緒におる。それより、御主に伝言を頼みたい」
〝はい――ですが、こちらもその、作戦を変更してまして。レティシア団長がクロースさんを連れて、あの巨大ワームへと向かっています。声を聞いて、どう動くかを決めるつもりのようです〟
「なるほどのう……そちらは、任せよう。妾らは、この先で罠を張る」
〝罠――ですか?〟
「左様。ランドを降ろしたら、妾だけで戻って〈マーガレット〉を誘導する。あやつは臭いより、視覚を頼りに得物を追うのだとわかってきたのでの。それを利用させて貰う。よいか、罠を張る場所は――」
瑠胡の説明に、リリンはただひと言〝わかりました〟と返しただけだ。
俺は使い魔の姿を見ないまま、
「俺のところへ来るときは、山道から外れるな! それを確実に伝えてくれ」
瑠胡の説明では足りない部分を補足した。
それからしばらく、リリンはなにも喋って来なかった。もう飛び去っていったのかと思っていたら、先ほどよりも若干低くなったリリンの声が聞こえてきた。
〝ランドさん……なんか昨晩から、その格好ばかりしていませんか?〟
その格好。
それって……瑠胡に抱きついて、そして抱きしめられている格好のことだろうか。これについては、瑠胡がドラゴンになるのを拒むので、急いで移動する場合は仕方ないだけで、俺個人的には他意は無い。
「いや、これは……移動のためのものってだけだから」
「ふむ。妾としては少し気に入っておるから、なんの不都合もないぞ?」
俺と瑠胡の返答が、重なった。
リリンはまたしばらく無言だったが、ボソリと呟くように言ってきた。
「ランドさん……瑠胡姫様みたいに、嬉しいなら嬉しいって言ったほうが、いいと思います。そう言う態度は、善くありませんよ?」
「や、ちょ、違うって。これ結構、恥ずかしいんだってば!」
〝嬉し恥ずかしな状態ということで、認識しました〟
「なるほどのう。ランドは、そう思っておったか」
リリンと瑠胡――二人に、意気地のなさを追求されているような気分だ。俺は必死に誤魔化しながら、自分の心境の変化に気付き始めていた。
いずれ目的を達した瑠胡は、前に言った『想い人』のところに戻っていく。それならそれまでのあいだ、こうした楽しげな思い出を、一つでも多く作りたい。
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