屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

四章-3

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   3

 リリンは使い魔の鷹に意識を乗せて、巨大ワーム〈マーガレット〉の進路を監視していた。〈マーガレット〉の速度は増しており、少しずつではあるが、馬車に迫りつつあった。
 その距離は、まだ二〇マーロン(約二五メートル)以上は離れているが、〈マーガレット〉が巨大であるため、馬車にいるランドたちは、実際よりも迫って来ている感覚のはずだ。
 最初に爆発があって以来、馬車からの攻撃はない。
 予定外の自体に、リリンは少し焦り始めていた。
 周囲には、朽ちかけた倒木が広がっている。前に〈マーガレット〉が荒らした森のようだ。その中を馬車は、予定の進路を外れて崖のある方角へと向かっていた。
 このままでは、待ち伏せている《白翼騎士団》と合流できない。
 リリンは鷹を降下させると、馬車の幌へと鷹を入り込ませた。

   *

 馬車に入って来た鷹を見て、一番最初に驚いたのは、ダグリヌスだった。


「ぶべらおっ!? なんで鳥? 鳥というか……なんて鳥? 鶏?」


〝鷹です。ランドさん、二人ほど増えていますが……これは救助をなされたとか?〟


「残念だけど、そうじゃない。ちょっと、ややこしいことが色々とあったんだよ」


 リリンが入って来るまで、俺はアクラハイルとダグリヌスから、譲渡された《スキル》の説明を受けていた。
 二つとも使いどころさえ間違えなければ、かなり有効的な手段と成り得る代物だ。


「攻撃は再開するから、あまり心配しないでくれ」


〝攻撃の心配はしていませんが、進路がずれています。このままでは、合流するのが困難です〟


「そう言えば、アクラハイルがフレッドになにか言ってたな」


 俺が振り向くと、アクラハイルはニヤリとした笑みを浮かべた。


「俺はただ、独り言を呟いただけだぜ? それを御者台にいるヤツが聞いて、判断をしたまでだ」


「時間が無いから、細かいことはいいか。とにかく、そういうことみたいだ。リリンはレティシアたちに連絡をしてくれ。ある程度のダメージを与えるために、ちょっと遠回りをするってさ」


〝わかりました。ご武運を〟


 リリンの意識が憑依した鷹が飛び立ってから、俺は荷馬車の後部から右手を突き出した。


「さて……ここからが本番だ」


 俺は頭の中で、放物線状に広がった糸を、一本により合わせる光景を思い浮かべた。これが〈断裁の風〉の効果範囲を決める、唯一の手段らしい。
 そのより合わせた糸の先端を、頭の中で〈マーガレット〉の触手へと向けた俺は、力を解放した。
 不可視の、しかし強すぎる力が後方の土砂を舞い上がらせた。身体からごっそりと体力が削られたと同時に、長い距離を走ったあとのような、軽い快楽が身体の芯を熱くしていた。
 俺が放った〈断裁の風〉は、まっすぐに〈マーガレット〉へと向かい、触手の群れの中央にあった七、八本を粉砕した。


〝ぐちょぼきゃちょびょびちゃ!! びたぐきょちょぐちゃごちゃ――っ!!〟


 虫唾の走るような咆吼をあげながら、〈マーガレット〉は身を仰け反らした。
 進みを止めた、今が最高の機会だ。


「フレッドっ!!」


 俺のかけ声で、馬車の速度が上がった。
 〈マーガレット〉との距離を広げる馬車から、今度は瑠胡の魔術が放たれた。三度、連続した〈爆炎〉によって、〈マーガレット〉の表皮がかなり抉れた。


「あああああ、あの、あまり酷いことはしないであげて? あの可愛らしい〈マーガレット〉ちゃんの姿が……」


 半泣きのダグリヌスに曖昧に頷いたとき、〈マーガレット〉が再び馬車へと向かって来た。先ほどよりも進みが遅い――と思ったのもつかの間、〈マーガレット〉の速度が上がった。


「莫迦な……手傷を負ってなお、速度が上がるなど」


「いや、姫様……どうやらここは、下り坂みたいです」


 体感としてはわかりにくいが、どうやら下り坂に差し掛かったようだ。馬車の速度も上がったが、自重を重し代わりに、ソリのように荒れ地と化した森を滑り降りてくる〈マーガレット〉のほうが、若干だが速い。


「くそ――〈断裁の風〉をもう一発……やってみるか」


 まだ魔力が回復しきってないが、そうも言ってられない。どうやら、竜語魔術にある、あの光の熱線より消費魔力が大きいらしい。
 荒い息を整えながら、俺は馬車の後部の縁に出た。突き出した右手を〈マーガレット〉に向けたとき、白く細い指が俺の腕を僅かに下げた。


「ランド、無理をするでない。魔力が足りぬまま、あの力を振るってはならぬ。気を失うだけならよいが最悪、命を失うこともあろう」


「でもほかに、どうすればいいんです」


「ふむ。ここは、妾に任せておけ」


 そう言うなり、瑠胡は黄色いキノコを収めた革袋を手に、馬車から飛び降りた。


「ちょ――」


 なにをするつもりかわからないが、〈マーガレット〉の前に身を晒すなんて、無謀にも程がある。
 瑠胡のあとを追って、俺もすぐに馬車から飛び降りた。
 瑠胡は神糸の左袖を広げながら、革袋から出したキノコを右手に持って掲げた。


「御主の好物が、ここにあるぞっ!!」


 そう叫ぶ瑠胡に向けて、〈マーガレット〉は突進していく。その目がキノコではなく、瑠胡にしか注がれていないことが、〈計算能力〉が導き出していた。


「くそっ!!」


 俺は〈筋力増強〉で全身の力を増し、一息に瑠胡の真横へと出て身体を捻ると、そのまま瑠胡を抱きかかえるように、全力で右方向へと跳んだ。
 ギリギリのところで〈マーガレット〉の突進を躱した――と思ったが、俺のつま先が胴体を掠めたらしい。
 右の足首に激痛が走り、身体が空中で回転を始めた。


「くそ――」


 瑠胡の下敷きになるように身体の向きを変えた直後、背中に脆い木の感覚がした。
 前に〈マーガレット〉に荒らされた木の幹のようだ。バキバキという音を立てて、散乱している木の幹のあいだへと落ちていった。


「痛――っ」


 足首と背中の激痛を堪えながら、俺は〈幻影〉で自分たちを岩の虚像で囲んだ。これで誤魔化せるといいんだが――と不安に思っていると、〈マーガレット〉は左右を見回してから、再び馬車が走り去った方角へと進み始めた。
 急いで合流したいが身体の痛みで、すぐに動けそうにない。俺が荒い息を吐いていると、瑠胡が俺の顔を覗き込んできた。


「ランド、なぜ無茶なことを――」


「それは、こっちの台詞です。なんで、あんな無茶したんです!」


「それは……その、妾が鬼神などより役に立たぬなどと、思われたくないから……」


「誰が……そんなことを望んでるって言いましたか」


「言われてはおらぬ……しかし御主は妾のことを、共にいても利がないと思っておるのではないか? それ故……妾がなにを言っても、なにをしても興味を抱かぬ。違うか?」


「な――」


 瑠胡の発言に、俺は絶句した。
 瑠胡に興味がないとか、どうしてそうなるんだ。こっちは毎日、瑠胡の一挙一動に、それこそ一喜一憂しているというのに。
 人の気持ちなど考えてない、身勝手な言動にしか聞こえなかった。


「誰が、誰への興味がないって言うんですか。俺は姫様が側にいてくれるだけで、ずっと満足していたのに!」


「側にいるだけなど――妾は置物ではない」


「そんなことを言ってるわけじゃないんです!」


 すでに俺の頭の中は身分の違いとか、瑠胡に想い人がいるとか――そんなことは忘却の彼方だった。ただ、胸の中のモヤモヤと我慢していたことを、吐き出したい衝動が止まらなくなっていた。


「側にいて欲しいっていうのが、置物のわけがないでしょう!? 自分でも意外なくらい、姫様がす――」


〝ゲチャグチャログチョグチョゲロォチャロ……〟


 勢いのまま瑠胡に「好きなんだから」と言いかけたとき、〈マーガレット〉の鳴き声が近づいて来た。どうやら、馬車に瑠胡がいないことが知られてしまったようだ。
 この鳴き声で我に返った俺たちは、互いに身体を離した。


「ふむ。あれをなんとかせんと、話もままならぬか。ランドや、身体は無事かえ?」


「背中と足首が痛みますけど……」


「ふむ。なれば、妾が御主を運ぼう。ランド――頼りにしておるからな」


 首の裏から翼を生やした瑠胡に、俺は無言で頷いた。
 これからは、たった二人での行動になる。作戦には沿うつもりだが、状況次第では、このまま事態を収めることになるだろう。
 瑠胡からの信頼が、伝わってくる。そして自分でも意外なくらい、俺も瑠胡を信頼していた。
 二人なら、どんなことも乗り越えられる――そんな気持ちが、俺たちのあいだを行き来していた。
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