59 / 275
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
四章-1
しおりを挟む四章 重なる気持ち、後悔の念
1
俺と瑠胡が《白翼騎士団》と合流した翌早朝。
リリンの使い魔が、沼地の底へ沈んだ巨大ワーム〈マーガレット〉への偵察へと向かった。〈マーガレット〉が活動を再開するのは、もっと日が昇ってからだという。
ジョンさんが無事ということは、作戦会議のときに聞いている。使い魔で様子を見に行ったらしいリリンの解釈としては、
「呼吸のための鼻孔付近に囚われたのが幸いでした」
ということらしい。
正直に言って、あの巨体相手に、どこまで通用するか――という不安は残ってるが、作戦は練り終えた。あとは、死力を尽くすのみ。
予定よりも早めに起きた俺は、日課である素振りを繰り返していた。俺の長剣なんか〈マーガレット〉には通用しないのは、わかってる。だけど素振りをすることで、俺自身の意識を切り替えることができる。
ただの村人から、少なくとも訓練生として。村で生活しているときには忘れかけている、飢えに似た闘争心が蘇る。
「その顔、昔を思い出すわね」
いつから見ていたのか、レティシアが声をかけてきた。俺が素振りを止めて振り返ると、水袋を投げて寄越してきた。その顔には訓練生時代を思い出させるような。穏やかな笑みを浮かべていた。
水袋を左手で受け取りながら、溜め込んでいた息を吐いた。
「……なんの用だよ」
「部下たちの前では、あまり言えないことを言いに――ね」
レティシアは腕を組むと、その顔から笑みを消した。
「おまえに一番辛い役目を押しつけてしまって、すまない。作戦会議のときは……おまえしか出来ぬなどと鼓舞するようなことを言ったが……無茶はするなよ。王都にいる、おまえの妹も心配していたからな。おまえが死んだと伝えたら、卒倒しかねん」
「……なんだよ。ジョシアに会ってたのか」
ジョシアは、俺と二つ年下の妹だ。今年から図書館の司書への就任が決まっているはずだ。俺とは違って、順風満帆な暮らしをしている。
ちょっと前まで実家に手紙を送っていたけど……返事は一通も返ってきていない。ジョシアからの便りもないから、てっきり見限られていたと思ってたけど……今の話から察するに、そこまで絶望的な状況ではなさそうだ。
半目で軽く睨む俺に、レティシアは忍び笑いを漏らした。
「これでも騎士団長だからな。平時でも暇ではない。二月に一度は王都に行かねばならんからな」
やや自嘲気味な顔をしたレティシアは、小さく手を挙げると踵を返した。
「用件は以上だ。リリンの報告次第で、出発する。それまでに朝食を済ませておけ」
「……わかったよ」
レティシアが自分のテントに戻るのを見送った俺は、背後にいた、もう一つの気配へと意識を向けた。そこには木の陰になるように、瑠胡が佇んでいた。
頭を掻きながら振り向くと、瑠胡は俺へと近寄って来た。
「……すまぬな。盗み聞きするつもりなどはなかった」
「別に、聞かれて困る話なんかしてませんよ」
長剣を鞘に収めた俺に、瑠胡は僅かに視線を彷徨わせていたが、やがて、ふっと口元を綻ばせた。
「……妹がおったのだな」
「ええ、そうですけど……妹のことって、話をしたことありませんでしたっけ?」
「そうかもしれぬな。改めて考えると、御主は家族のことを語ってくれぬのぅ」
「いや、でも……あまり、面白い話はないですからね。興味ないかと思って」
「そんなことはないぞ? 時々でよいので、話をしてくれると嬉しい」
そう言って微笑む瑠胡に、俺は拒絶的なことを言いかけた。でも昨日、セラと話をしたことを思い出して、俺は溜息とともに言葉を呑み込んだ。
一呼吸分だけ遅れて、俺は必死で言葉を探した。
「まあ、それは構いませんけど……あの、本当に面白くはないですよ」
そんな俺の返答に、瑠胡は目を細めた。その表情は、期待に胸を膨らませているかのようだ。
「ふむ、楽しみにしておるでの。そのために、時間を作っても良いくらいよのぅ」
「いや姫様。成し遂げる目的ってやつを、優先しなくていいんですか? 俺の昔話のために、時間を取ることないですよ」
特に他意はない、なにげないは発言のつもりだったが……なぜか、瑠胡の顔から笑みが消えた。そして上目遣いに俺を睨めるような仕草をすると、プイッと背を背けてしまった。
「やれやれ……この調子では、妾が目的を果たすのは、いつになるやら……」
「あれ、なにか成果っぽいことがあったんですか?」
そういうのはまったく、気がつかなかったけど。
とにかく、俺は瑠胡の機嫌を損ねてしまったらしい。
俺の問いに答えないまま歩き出す瑠胡へ、俺は慌てて駆け寄った。なにが機嫌を害したのか問いかけたんだけど、瑠胡は拗ねたように答えない。
しばらくして、俺たちの声に気付いたらしいユーキやクロースたちが、こっちの様子を見に来てしまった。
たまたま通りかかったキャットの「朝からイチャイチャするとか……緊張感のない」という一声に、俺は顔を真っ赤にさせて固まった。
なんか……朝飯を食べる精神的余裕もない。瑠胡の態度や周囲の視線に、困惑と羞恥でいっぱいになったとき、リリンが駆け寄ってきた。
「みなさん、あの化け物が動き出しました」
「総員、集合! 出発するぞ!」
レディシアの号令に、周囲にいた騎士団の面々は一斉に動き出した。
俺と瑠胡も号令のあった瞬間に、顔を見合わせていた。俺はいつものように瑠胡の手を取りながら、馬車へと向かった。
馬車に荷台に近づいたとき、幌の中から物音がした。
「ランドさん、遅いですよぉ」
……ユーキか?
ユーキは別行動のはずだったんじゃ――と思って幌の中を見れば、そこには従者のフレッドがいた。
俺が目を丸くしていると、フレッドは笑顔で手を差し伸べてきた。
「驚きました?」
「そういえば、おまえの《スキル》は〈声真似〉だっけか」
「ええ。実際に真似るためには、少し練習も要りますけど」
フレッドの補助で荷台に上がりながら、俺は「へぇ」と短く応じた。それから荷台の外に手を差し伸べた俺は、瑠胡を荷台に引き上げた。
幌の中には、左右に低いベンチが増設されていた。
左側のベンチに腰を降ろすと、御者台に向かうフレッドの背に声をかけた。
「フレッドが御者なのか?」
「……ホントはイヤなんですよ。人手不足だから、仕方なく」
肩を竦めるフレッドが手綱を握ると、瑠胡が俺の横に腰を落ち着けた。
俺が驚いた顔を向けると、瑠胡は「良いであろう?」と澄まし顔で言ってきた。なんかもう、神域での言葉と瑠胡の態度が相反していて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
俺は溜息を吐きながら、小さく頷いた。
15
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。

加護とスキルでチートな異世界生活
どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!?
目を覚ますと真っ白い世界にいた!
そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する!
そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる
初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです
ノベルバ様にも公開しております。
※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる