56 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
三章-6
しおりを挟む6
俺や瑠胡が見ている前で、ロウやミナ、それにガゴスたちがダグリヌスの前で跪いた。
『ダグリヌス――我らが創造主に拝謁でき――』
『歓喜の極みにございます』
互いに奪い合うように挨拶の口上を述べるロウとガゴスが、静かに睨み合う。
困惑の表情を浮かべたダグリヌスが救いを求める顔をすると、瑠胡が呆れと苛立ちが半々といった溜息をついた。
「こやつらの所為で、難渋しておる。二つの集落の諍いは、御主が収めよ」
「え? でも、こんなに仲が良さそうにしているのに……」
「御主の価値観なぞ、妾たちには関係がない。あやつらの諍いが収まらぬと、キノコの採取もままならぬ。なんとかせよ」
「そ、そんなの……ああ、どうすればいいんでしょう」
狼狽えながらダグリヌスは、ブツブツと独り言を呟き始めた。十数秒ほど待っていたが、ダグリヌスの様子は変わらない。
流石に焦れ始めていた俺は、仕方なく船を出すことにした。
「この場所を巡って争っているのなら、ここを共同の土地にすればいいんだ。信仰をするための場所ってだけなら、二つの部族で祈りを捧げたって、問題はないでしょ」
「そ、そうね。ええっと……この場所は、仲良く使って下さい」
ダグリヌスがロウやガゴスたちに語りかけたが……ある意味では神託に等しい言葉も、ロウやガゴスたちには伝わっていないようだ。
怪訝そうな顔を向ける四人を見て、ダグリヌスは半泣きで頭を抱え始めた。
「ああ、やっぱりダメなんだわ。エスカルゴがいないと、言葉も通じないなんて!」
鬼神として失格なんだ、生まれてきてすいません――などと喚くダグリヌスに代わり、片言ながら俺が先の言葉をロウたちに伝えた。
戸惑いながらもロウたちが納得をすると、ダグリヌスが俺の元に駆け寄ってきた。
「ありがとう! エスカルゴみたいに便利な人ね」
なんだろう、まったく褒められた気がしない。だからといって、ダグリヌスに文句を言う気もないけど。
ダグリヌスに曖昧に応じてから、俺はキノコを探し始めた。
黄色いキノコは、思いの外すぐに見つかった。なぜなら、火に炙られたキノコの香りが漂ってきていたので。
俺はロウから貰った革の袋でいっぱいになるまで、黄色いキノコを詰め込んだ。
革袋を腰に吊していると、瑠胡はダグリヌスに凜とした目を向けた。
「これで、ここでの用事は済んだ。妾たちを元の世界に戻すがよい」
「ええっと――元の場所……あの湖ですか?」
「左様だ。はようせよ」
ダグリヌスは瑠胡に頷くと、女神像へと手を挙げた。
女神像から溢れる赤黒い光が、俺と瑠胡、そして鬼神を包み込む。身体が浮き上がるのを感じたとき、眼下でロウとガゴスたちが言い争いを始めたのが見えた。
「なにやってんだ、あいつら。せっかく――」
「無駄だ、ランド。この神域では、すべてが混乱へと誘うようになっておるらしい。あやつらにとって、争っていることが普通なのだろう」
瑠胡の言葉を聞いている途中で、四人で取っ組み合いを始めていた。彼らの争いを止めようと大声を出そうとしたそのとき、視界が赤黒い光で覆われた。
次に視界が晴れたとき、俺と瑠胡はアララカン湖の畔に立っていた。
どこか無常さを感じていると、瑠胡が近寄って来た。
「それでは、レティシアらのところへ急ぐとしよう」
瑠胡は首筋からドラゴンの翼を広げると、俺を手招きした。
「このまま移動をしようと思う。ほれ、はよう妾に捕まるがよい」
捕まれと言うけど……人の姿である瑠胡に捕まるって、言い方を変えれば抱きつくに近いんじゃなかろうか。
俺が躊躇っていると、瑠胡は神糸の着物を操り、袖を俺の腰に廻してきた。そしてドラゴンの前足で俺の身体を包むようにしてから、もう一度、口を開いた。
「どうした? ドラゴンの姿で、二度も移動をしたであろうに。そのときは、平気でしがみついておっただろう。それともなにか? ランドは今の妾より、ドラゴンの姿のほうが良いと申すか?」
「いえ、その……どっちも姫様なので、どちらが良いとか悪いとかは、ないんですけど」
「ならば、良いであろう。ほれ、急がぬか」
瑠胡にせっつかされ、俺は渋々……というか、恥ずかしさを覚えながら腰に両手を廻した。首は翼や前足が出ているし、なにより細い首に体重をかけると、瑠胡が痛がるかもしれないと思ったからだ。
俺が腕を廻すと、瑠胡の両手が俺の首に廻された。身体が密着すると、衣服を通して瑠胡の体温が伝わって来た。
こういう、掘れた異性に抱きつく場面では、無邪気にはしゃげる者と、気恥ずかしさでいっぱいになる者と、二通りに分かれる気がする。
俺は間違いなく、後者だ。
しかも今は失恋の痛手もあって、惨めさも感じている。元から叶わぬ恋とは思っていたけど……心の傷は、そう簡単に癒えないのである。
こうなったら、早く出発して欲しいと思っていたが、一向に飛び立つ気配がなかった。
どうしたんだろうと視線を向けると、真っ赤になった瑠胡の耳が目に入った。
「姫様、どうかしたんですか?」
「大事……ない。しばし待っておくれ」
普段よりも呼吸が荒くなった瑠胡が、そう返事をしてから数十秒後。ようやく翼が羽ばたき始め、俺たちは空へと飛び上がった。
俺の身体は腕というより、瑠胡の袖とドラゴンの前足ががっしりと抱えてくれていた。
抱きつく必要があるのか――という疑問を乗せたまま、瑠胡はトルムイ山へと進路をとった。
---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
分割した残り半分でございます。
ここまで3000文字ちょいの予定だったんですけど。世の中って不思議ですね(すっとぼけ
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
16
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる