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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
三章-3
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砂埃を上げながら、ドラゴンとなった瑠胡が森の縁に着地した。
ダグリヌスの塔から、俺は再び瑠胡の背に乗っての移動となった。アクラハイルの神域とは違って時間的余裕はあるにせよ、なるべく急いで目的のキノコを見つけたかった。
時間の余裕がある――というのは、少し語弊があるかもしれない。エスカルゴから聞いた話では、ダグリヌスの神域での五日が、元の世界の一日に相当するらしい。
ここで丸一日過ごしても、元の世界では四時間程度しか経過してない……らしい。ただ、俺と瑠胡の共通認識として、この神域に長居したくなかった。
「姫様、ありがとうございます」
〝気にするでない。少しでも早く終わらせたいしの〟
鷹揚に応じてから、瑠胡は人の姿へとなった。
鬱蒼と茂る森には、瘴気としか思えない気配が漂っていて、かなり薄気味が悪い。この森の中に入るのは、かなり危険という予感がしている。
「なんでしたら、姫様はここで待っていて下さい。俺が独りで探してきます」
「落ち着け。ランドだけで行くのも危険であろう? 妾も共に行く。二人であれば、多少の困難は克服できよう」
瑠胡は俺の背に手を回すと、服を掴んできた。
なにがなんでも、俺と森の中へ入るつもりらしい。正直に言って俺の中では、頼もしさと不安とが複雑に絡み合っていた。
瑠胡の使える魔術は毎晩の座学と実習で、数種類だけど攻撃用を使えるまでになっていた。それ以外にも防御魔術や神糸の着物、それにドラゴンの前足など、戦う力は《スキル》を除けば、俺よりも上だろう。
俺は溜息を押し殺しながら、瑠胡に頷いた。
「では、行こうか」
俺を促しながら、瑠胡は歩き出した。
しばらくのあいだ、二人で森の中を歩いていると切り株を見つけた。俺は瑠胡に立ち止まるよう手で制すると、辺りを見回した。
そんな俺に、瑠胡は怪訝そうに見上げてきた。
「……どうした?」
「いえ。切り株があるってことは、木を切り倒すヤツがいるってことなんですよ。元の世界ならともかく、神域ですから……」
「なるほど。ダグリヌスの神域であるからのう。用心をするべき……ということか」
「そういうわけです。周囲への用心を忘れずに進みましょう」
そう言うが早いか、周囲で草の鳴る音がし始めた。
俺が剣の柄に手を伸ばしながら、俺は視線を巡らした。木や雑草の影の向こうに、人影っぽいのが幾つも見えていた。
「トウ、アジャクト、ドーラング、ジョウグ、ジョウグ」
「ジョウグ、ジョウグ」
腰に毛皮を巻き、つま先に草を編んだと思しき履き物をした六人の男たちが現れた。髪は伸ばし放題で、目もほとんど隠れている。
石斧や石を削った穂先の付いた槍を手にして、俺たちを取り囲んでいた。
「この神域で生まれた者たちかのう」
「そうでしょうけど……どう見ても有効的じゃなさそうですよ」
「……確かにな。だが、鬼神の神域では、無闇な殺生はできぬぞ? なにが、お気に入りか解らぬしな」
「面倒ですが……やるしかないですね」
俺が長剣の柄に手を伸ばした直後、男たちが一斉に躍りかかってきた。
俺は接近される前に、〈遠当て〉で二人の男を吹っ飛ばした。瑠胡に向かって行った三人のうち、二人は虎ドラゴンの前足で薙ぎ払われ、残る一人も神糸の着物の袖で少し離れた木の幹まで吹っ飛ばされている。
俺が最後の一人の持つ槍の柄を切断し、〈筋力増強〉をした蹴りを食らわせたのは、その直後だ。
地面に横たわって伸びている六人を見回していると、瑠胡が俺のすぐ横まで移動してきた。
「妾の知らぬ言葉――この神域で独自進化をした種かもしれぬな」
「それじゃあ、話を聞くのは無理そうですね……」
となれば、さっさと場所を移動したほうがいい。俺が瑠胡に先に行くことを告げようとしたとき、森の奥から雄叫びが聞こえてきた。
少し離れた場所から、草葉を鳴らす音が聞こえてきた。感じからして、二組。
やがて木々のあいだから、先ほどの男たちより一回り以上も大きな――少なく見積もって二マーロン(約二メートル五〇センチ)以上だ――男が飛び出してきた。衣服は先ほどの男たちと同じだが、無手だ。髪は赤毛で、後ろは腰まで伸びている。
その背後にいるのは、薄い茶色の髪の女だ。肩から太股までを獣の毛皮で覆い、草を編んだ履き物。
手には、弓を手にしていた。
「ギワン、ドーラング、ジョウグ。ギワン、ダス、ザグラオ」
相変わらず、男が喋る言葉は理解出来ない。だが男が地面から生み出した、砂の剣を手にするのを見れば、なにを言いたいのかは、なんとなく理解できた。
詳細はわからないが、俺と戦うつもりらしい。
俺が長剣を構えると、男はニイッと口元に笑みを浮かべた。
「ダス!」
男は手にした砂の剣で、斬りかかってきた。俺は長剣で一撃を受け流し、男の右側面へと移動した。
砂の剣を叩き落とそうと、俺は〈筋力増強〉をした剣の一撃を叩き込んだ。
男の手から、砂の剣が離れた。地面に落ちる寸前に、剣はタダの砂と成り果てたが――男は左手で、新たな砂の剣を掴んでいた。
左腕一本で下から斬りかかってくる砂の剣を、俺は後ろに跳んで躱した。
光の剣と同じく何度も作り直せるのなら、武器を叩き落とす手段は使えない。俺はそう考えると、長剣を構えた。
「行くぜ、大男」
砂の剣を振りかぶる大男へ、俺は〈筋力増強〉と〈遠当て〉の合わせ技を放った。砂の剣が届かない間合いからの一撃に、男は膝から崩れた。
しかし、まだ気絶はしていない。俺は男の右腕に〈遠当て〉を放ってから、左手からトゲを出した。
俺が接近すると、男はまた左手で砂の剣を生み出し、突いてきた。それを長剣で弾きながら、俺は男の右肩にトゲを突き刺した。
その途端、俺の頭の中に男の持つ《スキル》、〈砂の武器化〉や、そのほかの技能が一覧となって流れ込んで来た。
俺はその中から、言語・ダム語を少しだけ吸い取った。
これが、俺の《スキル》――〈スキルドレイン〉の力だ。相手の《スキル》だけでなく、普通の技術や技能までも奪うことができる。
今回は、この男たちの喋っている言語を、俺のものとしたわけだ。
『やめろ。おまえの負け』
ただ、ほんの少し奪っただけなので、多少片言なのは仕方が無い。
『おまえは、誰だ。なにが、目的だ。答えろ』
『貴様……俺たちの言葉を喋れたのか』
『質問、しているの、こっち。答えろ』
俺が答えを促すと、男は唸るようにしながら口を開いた。
『俺はトーウの一族で最強の戦士、ロウ。あのドラゴンの女を奪うのが目的だ』
『なぜ、奪う?』
『強い女に、強い子どもを生ませる。そうすれば、トロウトの一族に勝てるようになる。我が一族が栄えるため、トロウトの一族は滅ぼさねばならん』
……こいつら。そんなことのために、瑠胡を奪うつもりだったのか。
森まで飛んで来たところを、こいつらの仲間に見られてたのはともかく、それに気がつかなかったのは俺の失態かもしれない。
俺は長剣の切っ先をロウに向けると、怒りを抑えながら告げた。
『彼女、おまえたちに、渡さない』
『なぜだ?』
『俺の、大事な、女性。世界で……一番』
瑠胡がダム語を知らなくて、本当に良かったと――我に返って冷静さを取り戻した俺は、心からそう思った。
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ロウの仲間のことを、失念していた。
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『負けたから、仲間の攻撃、俺を射たのか。最強と言うおまえ、卑怯だな』
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『やめろ、ミナ!』
ロウの声にミナと呼ばれた女が矢を下げたとき、駆け寄ってきていた瑠胡が俺の左腕に手を添えてきた。
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