屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

三章-2

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   2

 神殿にある女神像の目が光り始めたのは、瑠胡が吼えてから数分後のことだ。
 赤黒い光が俺と瑠胡の前で拡散しながら交差すると、どこか女性っぽい虚像を描き始めた。それから数秒かけて長い髪に、身体に巻き付けたような衣服が、はっきりと見えてきた。
 赤黒い光が消えたとき、銀髪の美女が地面に座り込んでいた。
 白い衣服は身体に布を巻き付けたようなもので、足はサンダルだ。美女は辺りを見回すと、まだドラゴンの姿でいる瑠胡を見て、目を丸くした。


「え? ええ? ドラゴンがあたしを呼ぶなんて。というか、なんでドラゴンがあんなことを――なに? なんの状況なの?」


〝鬼神が、狼狽えるな。此度は、御主に聞きたいことが――〟


「ああ! その声は瑠胡姫様!? なんで? なんで竜じ――」


〝作用。妾は天竜族というドラゴンの姫、瑠胡である〟


 女性の言葉を遮るように、瑠胡は名乗った。
 しかし、鬼神らしい女性は首を傾げてから、表情を強ばらせた。


「え? ドラゴンって――え? だって、天竜族は――」


〝余計なことは、口にするでない。よいな?〟


「え……え……?」


〝よいな?〟


 どこか威圧感のある瑠胡の声に、鬼神はオドオドと視線を彷徨わせながら、ぎこちなく頷いた。


「ええっと……あたし……わたくしは、鬼神ダグリヌス。混乱を司る鬼神……あら? 鬼神で良かったかしら……良かったはずだけど……ああ、だんだんと自分の名前も自信がなくなってきちゃった。なんかもう、どうしましょう?」


 ……いや、知らんけど。

 どうやら、この女性がさっき俺が叩き割った看板を書いた張本人っぽいんだけど。
 混乱を司るみたいだが、当の鬼神が混乱しているようにしか見えない。なんか、鬼神ってこんなんばっかりか?
 俺が呆れていると、人の姿に変わった瑠胡が、巨大ワームのことをダグリヌスに問いかけてた。
 それから、約三〇分。


「そのワームってマーガレットのことかしら。マーガレットのことよね? 瑠胡姫様の話が本当であれば、その大きさのものを神域へ連れて行くのは、さすがに無理です。小さくしないと……その手段が、神域にある――あれ? あったかしら?」


 オロオロと頭を抱えるダグリヌスを前に、瑠胡は珍しく疲れた顔をしていた。
 会話がすぐに明後日どころか、時の彼方へとずれていくような会話を、三〇分以上もしていたわけだし、その辛労は凄まじいに違いない。
 俺は瑠胡の側に寄ると、できるだけ優しく声をかけた。


「姫様……お疲れ様です。なんか役に立てなくて、すいません」


「いや……構わぬ。しかし、ここまで手こずるとは、思わなんだな」


 そう言って瑠胡は、思考が四方八方へと拡散しているような発言を繰り返すダグリヌスへと近寄った。


「慌てるな。思い出せぬなら、妾も知恵を貸してもよいぞ」


 瑠胡が声をかけると、ダグリヌスは半泣きの顔で振り返った。


「本当ですかぁ!? それなら、一緒に来て下さいぃぃっ!!」


 ダグリヌスが瑠胡の手を取った直後、女神像から赤黒い光があふれ始めた。
 俺は直感的に駆け出すと、瑠胡の腕を掴んだ。俺と瑠胡は鬼神と諸共に光に包まれ、視界が赤黒く染まった。

   *

 視界が戻ったとき、俺は――いや、俺たちは草原に立っている塔の前にいた。
 塔は灰色の石造りで、高さはおよそ一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)。数段しかない階段の先にある出入り口には扉がなく、中の螺旋階段が見えていた。
 瑠胡は手を掴んでいるダグリヌスから手を引き抜くと、瑠胡は溜息を吐いた。


「ここが、御主の神域か?」


「はい! あたしの塔です。この中で、マーガレットちゃんと暮らしてました! えーと、えーと、小さくするの、この中にもあった気がします! もう、わかんなくなっちゃてるので、中へどうぞ!」


 ダグリヌスは、半ば投げやり的に俺と瑠胡を塔へと誘った。
 塔の内部は、壁に飾られた円筒状の発光体で、そこそこ明るくなっている。二階に上がった俺が見たのは、粘液の痕らしい、光沢のある膜状のもので覆われた空間だった。
 草や木の皮の破片が散乱した部屋の隅には、黄色い粒が見えた。


「ここは、なんです?」


「マーガレットちゃんのお部屋」


「ほお……ここで手掛かりを探せということか?」


 瑠胡の問いかけに、ダグリヌスはきょとん、としてから、また慌てたように辺りへと、忙しく首を動かし始めた。


「へ? 手掛かり? あ、ええっと――」


「ああ、御主は考えなくとも良い」


 瑠胡がダグリヌスを制したとき、階上から小さな影が降りてきた。
 茶色い体毛を持つウサギが、小さく跳ねるような動きで俺たちへと近づいて来た。


「御主人! お客様をお連れなら、前もって教えて戴かないと、困ります!」


「ひあっ!? ご、ごめんなさいぃぃ」


 ダグリヌスに喰ってかかったウサギ――なのか?――は、俺たちへと向き直ると、恭しく頭を下げた。


「お客人方には、申し遅れました。わたくし、鬼神ダグリヌス様に仕える唯一の四天王、エスカルゴと申します」


 エスカルゴと名乗ったウサギの自己紹介を聞いて、お互いに微妙な表情になっていた俺と瑠胡は、無言で顔を見合わせた。

 ……まあ、色々と突っ込みどころはあるけれど。

 この神域で色々と気にするのは、やめたほうがいい気がする。精神的衛生上とか、そういうことじゃなく……単に、疲れるからだ。
 俺は可能な限りの愛想笑いを浮かべると、差し出された右の前足と握手した。


「えっと……よろしく」


「こちらこそ、お客人。今日はなんの御用で、この神域にいらしたのでしょうか?」


 このやりとりに、瑠胡は入って来ようとしなかった。
 俺の耳に口を近づけると、「ランドや……御主、以外と順応性があるのう」と囁いてきた。
 俺は肩を竦めて応じると、瑠胡はウサギのエスカルゴに、これまでの経緯を話した。


「なるほど。御主人の愛玩ワームが逃げてから、そんなことになっているんですね。マーガレットを小さくするには、黄色いキノコを食べさせて下さい。そうですね……部屋の隅に、食べ残しが転がっていますから、見てみて下さい」


 俺はエスカルゴに従って、部屋の隅にある黄色い粒に近寄った。
 流石に腐敗しかかっているのか、くすんだ黄色をしたそれは、親指の先ほどの大きさだった。円形をしているけど、縁が木皿のような形状になっている。
 俺はキノコを一つだけ手に取ると、瑠胡やエスカルゴのところへ持って行った。


「こいつでいいのか?」


「そうです! それを……そうですね、両手に一杯になるくらい食べさせれば、マーガレットは元の……強いて挙げれば大根くらいの大きさになると思います」


「ふむ……このキノコには、生物を小さくする効果があると?」


 瑠胡の疑問に、エスカルゴは首を振った。


「いいえ。知る限りマーガレット以外の生物で、小さくなったものは見ておりません」


「へえ……なにか、相性みたいなものが関係してるのか。それで、このキノコはどこに生えているんだ?」


「この先の森ですが……」


 俺の問いにエスカルゴが答えかけたとき、さっきまでブツブツと混乱していたダグリヌスが、こちらへと向き直った。


「森? あの清々しい森ね。エスカルゴ、見せてあげて」


 エスカルゴが対応をしてくれている間に、少しは冷静になったらしい。ダグリヌスの指示に恭しく頭を下げてから、エスカルゴは俺たちを上り階段へと促した。
 ダグリヌスが居住しているらしい――そこそこ可愛い内装だ――三階を抜けると、そのまま屋上へと出た。空はどこか霞っぽく、日光も朧気だ。
 塔の縁に跳ねていったエスカルゴは、彼方に見える青黒い森へと前足を向けた。


「あの森に、キノコの群生してる場所があります。倒木などで見かけますから、探してみてください」


「助かる。しかし、エスカルゴとやら。御主はダグリヌスとは違い、しっかりとした物の言い方をしておるな」


 どこか感心したような瑠胡に、エスカルゴは小さく頭を上下させた。


「ありがとうございます。なにせ、御主人が御主人ですから。こちらがしっかりしないと、色々と大変で……」


 今にも溜息をつきそうなエスカルゴの返答に、瑠胡はその両の前足を軽く握った。


「色々と大変だろうが、挫けずにやっておくれ」


 ダグリヌスと喋っていたのが、よほど堪えていたらしい。瑠胡はエスカルゴに強い同情の念を抱いたみたいだ。
 それはともかく、やることは決まった。俺はどうみても禍々しさしかない森を見て、静かに息を吐いた。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

エスカルゴですが、最初の名前は〝象亀〟でした。本文を書いている最中に、ウサギと亀ってワンパターン過ぎるか――と思いましたので、エスカルゴにしました。
余談ですが、移動速度なら亀より遅いです。

あと、黄色いキノコにも元ネタがあります。
色は異なりますが、ヒイロチャワンダケ。
ネット情報だけですので正確性には欠けますが、O型キラーというべき性質があるみたいです。
このキノコのエキスには、O型の血液型を溶解させたり、凝固させたりするようですね。

……推理物の殺人事件なんかに使われそうな性質ですね。中の人はやりませんが。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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