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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
幕間
しおりを挟む幕間 ~ あたしの可愛いマーガレット
あたしは、散歩が大好き。だって、なにも考えなくていいんだもん。
汚れのない白い服の裾を揺らしてる風が、とても気持ちいい。熾火のような頭の芯の熱が、冷めていく感じが、とても好き。
周囲に広がる草原の向こう側に、赤い溶岩が流れている山がある。その裾野にあるのは、どす黒い瘴気に包まれた、青黒い木々の葉が広がる大きな森。
こういうのをなんて言ったかしら。ええっと……清々しい? 違ったかもしれないけど、悩みたくないから、これでいいの。
ぼんやりと明るい空はまるで――まるで……まるで? まるでなに?
あたし、なにを考えようとしてたんだっけ? あれ?
熾火のような熱が、頭の中で大きくなっていく。なにを考えていたのか、思い出そうとしても、思考が大きな渦に飲み込まれ、定まらなくなっていっちゃう。
暴力的な衝動が沸き起こってくる、イヤな感じがしてきて、あたしは蹲った。こういうときは、こういうときは……どうするんだったかしら?
しばらくのあいだ、渦の中にいた頭の中で、どこか本能に近い部分が、あたし自身の思考を投げ出した。
「まあ、いいかぁ」
頭の中が真っ白になると、渦が止んでいった。
そんなことより、散歩。なにも考えなくていいから、あたしは散歩が大好き。ぼーっと歩いていたら、いつの間にか森の中に入っちゃった。
森の中は、少しひんやりとしていた。深呼吸して森の空気を吸うと、身体の中が涼しくなって、気分爽快。
漂う瘴気で体温がごっそり削られている――って気がするけど、そんなことはどうでもいいの。だって、考えると頭の中が無茶苦茶になっちゃうから。
森の中には、心地の良い――きっと、この表現で正しいと思うの――鳥の囀りや、動物たちの鳴き声が、幾つも重なって聞こえている。
えっと、これはカラスでしょ? ハゲタカに……猪に、狼さん。
ただ困るのは、狼の群れや熊さんがじゃれてくることよね。動物は嫌いじゃないけど、牙を剥き出しにして来られても……服が汚れちゃうから、うら若き乙女としては、少し困っちゃう。
服についた体毛は払えばいいけど……返り血はどうしようもないもの。
疲れちゃったから、真っ二つになった熊さんの上半身に、あたしは腰掛けた。近くには倒木があって、黄色い皿のようなキノコが群生してるのが見えた。
名前は、なんて言ったかな……あたしの神域だけど、一々全部を作ってないし。考えるのは嫌いだから、あやふやなままなのよね。
もう少し休んだら、帰ろうかしら。
着替えたいし、身体も洗いたいから。返り血って、気持ち悪いのよね。
頬についた血を指先で拭っていたら、倒木の近くから、なにかの音が聞こえてきたの。
〝グヌチャビギャグギチャチャグキャチャ――〟
……これは、なに? ナメクジとかカタツムリとか、ゴキブリとかを器に入れて、一心不乱にすり潰しているような――そんな音。
音のするほうを見ると、いつの間にか黄色いキノコの近くに、大きなミミズに似た、なにかが見えたの。
ゼリー状になっている半透明の表皮から、筋肉とか、内臓とか、脳みそがうっすらと見えて、三つある目は表皮の中を泳ぐように漂ってるの。
涎とも粘液ともとれる液体が滴る口からは、蛸や烏賊の足のような、触手が蠢いてた。
大きさは、大根……くらい?
そのミミズみたいなものは、倒木の上に這いずってくると、粘液のあとを残しながらキノコへと進み始めたの。
「え――なに、これ」
初めてみる生き物さんに、あたしは目を丸くした。
胃の奥から込み上げてくる、熱い液体のような感覚。顔から熱が引いていって、少し青くなっている気がしてた。
これは……この感情は……。
あたしは立ち上がると、その奇妙な生き物さんに、一歩だけ近づいた。
「まさか、これが可愛いって感情なのかしら」
まだ、胃の奥から喉の辺りまで熱いのが込み上げてきてたけど。
この生き物さんが可愛いと思うと、あの鳴き声も『ぷりちー』に聞こえてくるから不思議。
あたしがマジマジと見つめている前で、その生き物さんは触手を動かしながら、黄色いキノコを食べ始めた。
近くに飛び散っている肉片には見向きもしないから、きっと植物とかキノコが好きなのね。
キノコの群生を半分くらい食べたとき、生き物さんが少しずつ縮み始めたの。
「え? なんで? どうして?」
あたしは慌てて、生き物さんをキノコから引き離した。
「だめよ、これは食べちゃ」
〝グギチャグギチャグギチャグギチャグギチャ!〟
食事を邪魔されて、怒っているのかしら。あたしへ触手をワキワキとさせる生き物さんが、少しずつ重くなっていた。
あたしが手を離した直後、生き物さんはみるみる大きく膨らみ始めて、それこそ「あ」というまに、セコイヤの木を越える長さと大きさになっちゃった。
これは、この子の魔力の才ね。
こんなのは、考えなくてもすぐわかる。なんていったって、これでも鬼神なんですから。これくらいは、わかっちゃうんです。
でも、こんなに大きくなるまで怒っちゃうと……この子も困るわよね。
あたしは黄色いキノコの群生を木の幹ごと削り取ると、生き物さんの触手に近づけた。
「ごめんなさいね。食べて食べて」
一瞬、戸惑った様子だったけど、生き物さんはキノコを食べ始めた。
徐々に小さくなっていく生き物さんは、群生を食べ終えるころには元の大きさより、一回りほど小さくなっていた。
懐いたように触手を動かす生き物さんに、あたしは手を差し出した。
「ねえ、あなた。あたしのペットにならない? こんなに可愛いんですもの。あたしも楽しくなりそうだし」
あたしは話しかけてみたけど……生き物さんは興味なさそうに首を明後日に向けた。実は、あたしのこと気に入らないとか? キノコは食べてくれたのに? なんで、あれ?
頭の中が混沌としていく中、あたしにしては珍しく、一つの意志が強く残っていた。
――諦めたくない。
だって。きっと、こんな可愛い生き物は、この神域には二つといないと思うから。
あたしが身体の中心に力を込めると、鬼神たる力が周囲に吹き荒れた。倒れている狼さんたちの――バラバラになった――身体が、赤い花弁のように散っていく。
あたしはもう一度、生き物さんに話しかけた。
「ねえ。あたしのペットにならない?」
今度は差し出したあたしの手に、生き物さんが擦り寄ってきた。どこか……怯えているように見えるけど、きっと気のせいね。だって、こんなに一生懸命、全力で気持ちを伝えたんですもの。
生き物さんだって、あたしの気持ちをわかってくれたはず……よね? そうじゃないのかな……いえ、そうじゃない? あれ? ええっと――。
「あ、名前決めなきゃ」
ふと頭を過ぎった思考に、あたしは我に返った。
名前か……名前、名前。
名前? どうしよう。男の子みたいだから、強そうな名前がいいわよね。名前……名前って、どう決めるの?
再び頭の中に渦が巻き起こってきたとき、ふと木の根元に生えている小さな花が目に入ったの。
小さく可憐な、マーガレットの花が一輪。
「そうだ、あなたの名前は、マーガレットね」
考えると、頭の中がぐちゃぐちゃになるから、考えないのが正解。
そんなわけで――。
あたしは新しいペットとなったマーガレットちゃんを胸に抱きながら、神域の中心へと帰ることにしたの。
胃の奥から込み上げてくる熱が、あたしの未来を祝福しているように思えて――あたしは背筋から身震いした。
ああ――これからの生活が、とっても楽しみだわ。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
寝起きに、ちょこっと見てみたら、2000ポイント越えてる! と驚いた今朝の四時半過ぎ。
今見たら、2600ポイント超えていました。
目茶苦茶嬉しいです。ありがとうございます!
……一瞬、「今日ってエイプリルフールかなにかだっけ?」
と思ったのは、読んで頂いた方々には内緒でお願いします。
ひとしきり驚いてから、今回の本文を書き始めたんですが……この内容で大丈夫か、とても不安になりました(滝汗
お付き合い頂けたら嬉しいです。
初めましての方もお見えかと存じますので、ひと言だけ良いでしょうか……。
中の人、ヤバイ薬はやってません。
頭の中身がどうかは、もう諦めておりますので、そこはご想像にお任せ致します。
コメディ調で書いているときは、大体がこんなノリで御座います。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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