屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
48 / 275
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

二章-6

しおりを挟む

   6

 リリンが洞穴に入ったのは、ランドが行方不明になってから三日目の昼過ぎだった。
 松明を持つフレッドを先頭に、包みを片手に抱えたリリンは、杖をつきながら暗い洞穴を進んでいた。
 洞穴を覆っていた粘液は、そのほとんどが蒸発しており、滑ることなく歩くことができた。
 やがて洞穴の最深部が近づいて来たころ、騎士団が貸し出した椅子に腰掛けた瑠胡の姿が、リリンの目にぼんやりと見え始めた。
 リリンは一礼をしてから、瑠胡に声をかけた。


「瑠胡姫様、御食事をお持ちしました」


「……すまぬな」


 地面に点けないよう、長い袖を膝の上に乗せている瑠胡は、三日前と比べて表情が暗かった。
 できることは、もうやり尽くした――そんな顔だ。
 受け取った包みを開けようともしない瑠胡に、リリンは壁を一瞥してから目線を合わせた。


「ランドさん……早く戻ってくるといいですね」


「すぐには、戻って来られぬかもしれぬな。今回のこと……神域の子細を説明せなんだ、妾の責任であろう」


「そんなこと……」


 ありません――と、リリンが言う前に、松明を持ったフレッドが瑠胡の前に跪いた。


「姫様、そんな暗い顔をしないで下さい。ランドさんがいなくなった隙間を埋める役目は、このフレッドにお任せ下さ――」


 すべての言葉を言い終える前に、リリンは杖の先端でフレッドの後頭部を殴打した。


「そういう余計な言動は慎めと、レティシア団長に言われていますよね」


「そ……そうです、が」


 後頭部を両手で押さえながら、フレッドは涙ながらに応えた。
 瑠胡は二人のやり取りから目を逸らして、最深部にある壁へと目を向けた。壁にある男を表す印から、青白い光が溢れだしたのは、そんなときだ。
 瑠胡が腰を僅かに浮かした直後、光が洞穴内を包み込んだ。

   *

 娯楽を司る鬼神、アクラハイルの作りだした光球に飛び込んだ途端、俺は目眩に襲われた。頭の芯が痺れるように思考が混濁し、軽い吐き気がこみ上げてくる。
 光の中から視界が一気に暗くなり、視界に映るのは微かな光点だけだ。


「ここ……どこだ?」


 俺が暗闇に慣れない目を凝らしていると、衣擦れの音が近づいて来た。


「ランド、御主……無事であったか」


「ランド……誰?」


 まだ頭の芯が鈍くて、告げられた名前のことや声の主のことが、わからなかった。
 視界が暗闇に慣れてきた――と思った直後に俺は、なにか軽いもので頭を叩かれた。


「しっかりとせよ。ランド、向こうでなにを見た。なにがあった?」


「えっと……あ、姫様……ここは?」


「件の洞穴だ。鬼神の神域に囚われよって……もう三日も経ってしまったぞ」


「ああ、そうか。俺は、アクラハイルという鬼神のところに行ってて」


 瑠胡の言葉で、俺は記憶を蘇らせた。
 小さな手が俺の右袖を掴むのが解って、俺はまた叩かれるのではないかと身構えたけど……想像していた一撃は来なかった。
 その代わり、瑠胡が僅かに身体を寄せてきて、俺の右腕に頭を当てた。


「あまり、心配させるでない。戻って来ぬのではと思うたぞ」


「すいません。ちょっと色々とありまして。でも、情報も手に入りましたよ」


 瑠胡と話をしていると、松明の灯りが近づいて来た。
 視線を向けると、松明の横にいたリリンが泣き笑いのような顔で会釈をしてきた。そして、松明が勢いよく近づいて来た。


「ランドさぁぁぁん!」


 フレッドがかなり大袈裟な身振りで、俺に近づいて来た。


「みんなが冷たいんです! ランドさん、みんなに僕を優しくするよう、言って――」


 リリンが無言で、俺に駆け寄っていたフレッドの後頭部を杖で殴りつけた。
 フレッドが後頭部を手で押さえながら蹲ると、リリンが「邪魔をしてはダメです」と、いつになく辛辣に言い放った。


「えっと、さすがにやりすぎなんじゃ」


「いや。この者に対しては、これで丁度いいようだぞ?」


「はい。姫様の言うとおりです。隙あらば、女の子たちを口説くんですから。さっきも瑠胡姫様に――」


「あ、リリンさん……それ以上は勘弁して下さい」


 フレッドが慌ててリリンに頭を下げたが……こいつ、そんなことをしてやがったか。
 俺はとりあえずフレッドのことを無視して、アクラハイルから聞いたことを瑠胡とリリンに話した。


「ふむ……ジョンとやらの行方と、あの巨大ワームとが繋がっておったとはな」


「俺が見せられた過去の……なんて言えばいいんでしょうね。幻影みたいなやつが、事実なら、ですけど」


「アクラハイルは普段は戯れている発言が多いが、欺くようなことはせぬ――と、聞いておる。その過去視は、事実であろうな」


「わたしはレティシア団長に、このことを伝えてきます。対策や方針も変わるでしょうし、ジョンさんが囚われている場所も確認しなければ」


「ああ……頼むよ」


 俺が頷くと、リリンは頷き返してきた。
 ジョンさんの――安否も含めた確認は、リリンたちに任せて大丈夫だろう。そうなると、問題はもう一つのほうだ。


「あとは、タグリヌスって鬼神ですね。アレレカン湖の畔って……ここからじゃ、かなりの距離があるか」


「そうですね。騎士団の馬車ですと、急いでも丸一日はかかるかと」


「だよな。往復で二日……時間はかかるが、行くしかねぇわけだ。そのあいだ、悪いけどレティシアたちには、時間を稼いで貰わないと」


 俺の溜息に、リリンは困ったように少しだけ首を下に傾けた。
 あの巨大ワームを村から遠ざけるために、騎士団がかなりの苦労をしていると言っていたからなぁ。
 あれと毎日、追いかけっこをしているということらしい。それを思うと、クロースたちへの同情を禁じ得ない。
 ちょい苦手だけど、巻き込まれて囮役になっている沙羅にも、ほんのちょっぴりは同情をしている。
 そんなとき、フレッドが申し訳なさそうな声を出した。


「外に待たせてある馬車は、食料などの補給物資が乗っているので、お貸しすることはできません。荷下ろしをしたら、すぐに戻って来ますが……早くても明朝の出発になるでしょう」


「……それなら、一緒に騎士団のところまで行ったほうがいい。それなら、今晩にでも出発できる」


 リリンも同じ考えだったらしく、俺に同調するように頷いた。
 それなら急いで馬車に戻ろうとリリンが促したとき、瑠胡が俺の袖を引っ張った。


「待て、ランド。馬車などより、早く湖へ行く手段があるぞ?」


「え? 本当ですか、姫様」


 目を丸くする俺に、朧気な松明の光に照らされた瑠胡は笑みを浮かべた。


「無論だとも。まったく……肝心なことを忘れておるな? 御主のために、妾が一肌脱いでやるとしよう。ではランド、行くぞ?」


 得意げな雰囲気を醸し出しながら、瑠胡は手を差し出してきた。
 その意図を察した俺は、瑠胡の手をとってから、出口へと歩き始めた。普段は俺の手に触れているだけなのに、今は少し強めに掴んできていた。
 俺は胸の奥と顔が熱くなるのを感じながら、回りに気取られないように深呼吸を繰り返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

処理中です...