47 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
二章-5
しおりを挟む5
トルムイ山の東側で、巨大ワームが蠢いていた。
曇天の下、元々は青々とした森が四割ほどまで減っている中、騎馬が走るよりも遅い速度で、巨大ワームは北西方向へと向かっていた。
その前方には、《白翼騎士団》の二騎が駆けていた。
一騎はクロース、そしてもう一騎、一回りほど体躯の大きな騎馬には、キャットと沙羅が騎乗していた。
手綱はキャットが握り、後ろには瑠胡の赤い着物を羽織った沙羅だ。
巨大ワームに喰われたらしい、木々の破片の中を突き進んでいた二騎が、待機していたユーキと騎馬に跨がったセラの横を通り過ぎた。
「ユーキ、お願い!」
「は――ひゃいっ!」
ユーキが怯えながらも両手を地面につけた。
彼女の《スキル》である、〈地盤沈下〉の力が、前方に広がった。その直後、半径数十マーロン(一マーロンは、約一メートル二五センチ)ほどが、十数マーロンの深さに陥没した。
そこへ、巨大ワームが突っ込んできた。途中で地面がないことに気付いたらしいが、自重を支えきれず、頭から窪地へと滑り落ちていった。
窪地の底に頭から突っ込んだ巨大ワームは、辺りを揺るがす地響きをたてながら、そのまま動かなくなった。
セラは巨大ワームが動かなくなったのを見て、ユーキに手を差し伸べた。
「よし、これで時間が稼げたな。沙羅殿たちを休ませつつ、我らは撤収をする」
「は、はい」
差し出された手を掴んだユーキは、素早くセラの後ろに跨がった。
振動のあと、セラとユーキの騎馬が馬首を翻して駆け出すのを見て、クロースとキャットは騎馬を止めた。
「どうやら、上手くいったみたいね。クロース、少し移動してから、休みましょう」
「は、はい。馬たちも疲れていますし。あまり無理をさせると、足を折ったりしますから……」
クロースが馬を北西へと歩かせると、少し遅れてキャットが続いた。
キャットが横に並ぶと、クロースが口を開いた。
「ランド君……大丈夫なんでしょうか? お姫様が言ってましたけど、神域って時間の流れが遅いかもしれないって話なんですよね」
ランドが洞穴の奥で消えてから、すでに三日が経っていた。
洞穴内の捜索は無駄であることから、レティシアは巨大ワーム対策に注力することを決めたのだ。キャットも呼び戻され、ジョンの捜索を一時中断をして、巨大ワームへの囮を任されていた。
ランドのことは瑠胡に任せていたが、クロースは心配が表情に出ていた。顔は曇らせていたクロースに、沙羅は肩を竦めた。
「それならば、問題はない。時間の流れが違うとはいえ、現地に居る者からすれば、相手のほうが時間の流れが早い、もしくは遅いと見えているだけだ」
沙羅の返答にクロースもそうだが、キャットもよく分かっていない顔をした。
「でも、時間の流れが遅いところから、時の流れが早いところに行ったら、一気に老けたりしないのかしら?」
「その問題もない。肉体が、急激に時間の影響を受けることはないからだ」
沙羅の答えを聞きながら、クロースとキャットは今にも首を傾げそうな顔をしていた。
沙羅は人間との知識の差に溜息を吐きながら、瑠胡から託されている赤い着物を羽織り直した。
「とにかく、ランドのことは瑠胡姫様に、お任せしておけばよい。それより、ジョンという者を探さなくてよいのか?」
「探したいところだけどね。あの化け物は放っておくと、メイオール村の方角へ行っちゃうから、そうも言ってられないのよ」
キャットが肩を竦めると、沙羅は眉を寄せた。
そのとき、「……ォォィ……てくれぇぇ」という擦れた男の声が、どこからともなく聞こえてきた。
クロースが怯えたように、辺りを見回した。
「な、なんです、この声……」
「さあね。もしかしたら、あの化け物の鳴き声とかかしら? 少し急ぎましょ。沙羅さんは、瑠胡姫の囮役をお願いしますね」
「心得たが……」
沙羅は怪訝な様子で辺りを見回すが、巨大ワームの影以外に、生物らしい影は見当たらなかった。見えるのは僅かに残った木々と、木々の残骸だけである。
巨大ワームを振り返ったが、まだ動く気配がなかった。
とにかく、馬が休める沢へ急ぐことにしたクロースとキャットは、騎馬を小走りに進ませた。
*
セラとユーキからの報告を受けたレティシアは、安堵の溜息を吐いた。
「そうか……これで数時間は稼げるか」
トルムイ山の南西側にキャンプを設営して二日。なんとか巨大ワームをメイオール村から遠ざけられているが、状況はそこで停滞していた。
あの巨大ワームは恐らく、瑠胡を狙っている――クロース曰く、確定らしいが――らしい。今は瑠胡の着物を羽織った沙羅が、キャットやクロースとともに囮となって、巨大ワームを引きつけている。
夜になれば、巨大ワームは周囲を沼地化させて、身体のほとんどを沈めてしまう。どうやら、それが睡眠の状態のようだが、一部は沼の上に出ていることが、リリンの使い魔によって目撃されていた。
ただ、遠方からの視認であるため、細部までは確認できていない。
「とにかく、夜まで頑張って貰おう。瑠胡姫が戻って、ドラゴンの姿で戦ってくれたら早いのだろうがな」
「……瑠胡姫様が、あの化け物と添い遂げてくれたら、それで終わる気もしますが」
珍しくセラが冗談交じり――だと、レティシアは感じながら首を振った。
「それは、沙羅殿も言っていたが……選ぶ権利はある、ということを言い返していたな。それに、今はランド以外は考えられんそうだ」
「べた惚れ……ですね」
「そうだな。端から聞いている分には、ただの惚気だ」
呆れ半分に口を歪めたレティシアは、セラに休憩を取るように指示を出した。
セラは一礼をして馬車へ戻ろうとしたが、周囲を見回してから、再びレティシアに向き直った。
「そういえば、リリンや従者たちが居りませんが」
「ああ。従者はメイオール村に買い出しだ。リリンは従者に同行させたついでに、瑠胡姫に食料を運ばせている」
「ああ、そうでしたか。あれから、変化はありましたか?」
「……いいや。瑠胡姫も色々と試してはいるらしい。だが、時間の流れが違うとなれば、戻って来るまでに、あと数日……いや、もしかしたら数年かかるかもしれん。そこまでは、我々とて面倒はできぬ」
「……そうですか」
そこで会話が途切れると、セラは残されている馬車へと歩き出した。
レティシアは空を見上げると、寂しげな溜息を吐いた。
---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
時間の流れが違うことについての沙羅の説明ですが……元ネタは「双子のパラドックス」です。
つまり、中の人の趣味ってことですね。実際は光の速度の宇宙船と地球での時間の流れの違いを説明したものですが……。
アニメだと昔のヤツですが、「トップを狙え」でやってました。
ただし。地球から、時間の流れが遅い船にテレポートした場合ですが。
高速で動く乗り物に、速度0の状態で乗り込むと、乗り物が動いている速度で後ろの壁に激突すると思うのですが……。
電車の急ブレーキで前の方向へ、つんのめるヤツ――の、もっと凄い版。
あれです。世界から世界の移動ですので、奇蹟か魔法的な理由で、おっけーということで。
高速で動いているわけでもないですし。
以上、趣味の時間でございました。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
24
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる