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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
二章-5
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トルムイ山の東側で、巨大ワームが蠢いていた。
曇天の下、元々は青々とした森が四割ほどまで減っている中、騎馬が走るよりも遅い速度で、巨大ワームは北西方向へと向かっていた。
その前方には、《白翼騎士団》の二騎が駆けていた。
一騎はクロース、そしてもう一騎、一回りほど体躯の大きな騎馬には、キャットと沙羅が騎乗していた。
手綱はキャットが握り、後ろには瑠胡の赤い着物を羽織った沙羅だ。
巨大ワームに喰われたらしい、木々の破片の中を突き進んでいた二騎が、待機していたユーキと騎馬に跨がったセラの横を通り過ぎた。
「ユーキ、お願い!」
「は――ひゃいっ!」
ユーキが怯えながらも両手を地面につけた。
彼女の《スキル》である、〈地盤沈下〉の力が、前方に広がった。その直後、半径数十マーロン(一マーロンは、約一メートル二五センチ)ほどが、十数マーロンの深さに陥没した。
そこへ、巨大ワームが突っ込んできた。途中で地面がないことに気付いたらしいが、自重を支えきれず、頭から窪地へと滑り落ちていった。
窪地の底に頭から突っ込んだ巨大ワームは、辺りを揺るがす地響きをたてながら、そのまま動かなくなった。
セラは巨大ワームが動かなくなったのを見て、ユーキに手を差し伸べた。
「よし、これで時間が稼げたな。沙羅殿たちを休ませつつ、我らは撤収をする」
「は、はい」
差し出された手を掴んだユーキは、素早くセラの後ろに跨がった。
振動のあと、セラとユーキの騎馬が馬首を翻して駆け出すのを見て、クロースとキャットは騎馬を止めた。
「どうやら、上手くいったみたいね。クロース、少し移動してから、休みましょう」
「は、はい。馬たちも疲れていますし。あまり無理をさせると、足を折ったりしますから……」
クロースが馬を北西へと歩かせると、少し遅れてキャットが続いた。
キャットが横に並ぶと、クロースが口を開いた。
「ランド君……大丈夫なんでしょうか? お姫様が言ってましたけど、神域って時間の流れが遅いかもしれないって話なんですよね」
ランドが洞穴の奥で消えてから、すでに三日が経っていた。
洞穴内の捜索は無駄であることから、レティシアは巨大ワーム対策に注力することを決めたのだ。キャットも呼び戻され、ジョンの捜索を一時中断をして、巨大ワームへの囮を任されていた。
ランドのことは瑠胡に任せていたが、クロースは心配が表情に出ていた。顔は曇らせていたクロースに、沙羅は肩を竦めた。
「それならば、問題はない。時間の流れが違うとはいえ、現地に居る者からすれば、相手のほうが時間の流れが早い、もしくは遅いと見えているだけだ」
沙羅の返答にクロースもそうだが、キャットもよく分かっていない顔をした。
「でも、時間の流れが遅いところから、時の流れが早いところに行ったら、一気に老けたりしないのかしら?」
「その問題もない。肉体が、急激に時間の影響を受けることはないからだ」
沙羅の答えを聞きながら、クロースとキャットは今にも首を傾げそうな顔をしていた。
沙羅は人間との知識の差に溜息を吐きながら、瑠胡から託されている赤い着物を羽織り直した。
「とにかく、ランドのことは瑠胡姫様に、お任せしておけばよい。それより、ジョンという者を探さなくてよいのか?」
「探したいところだけどね。あの化け物は放っておくと、メイオール村の方角へ行っちゃうから、そうも言ってられないのよ」
キャットが肩を竦めると、沙羅は眉を寄せた。
そのとき、「……ォォィ……てくれぇぇ」という擦れた男の声が、どこからともなく聞こえてきた。
クロースが怯えたように、辺りを見回した。
「な、なんです、この声……」
「さあね。もしかしたら、あの化け物の鳴き声とかかしら? 少し急ぎましょ。沙羅さんは、瑠胡姫の囮役をお願いしますね」
「心得たが……」
沙羅は怪訝な様子で辺りを見回すが、巨大ワームの影以外に、生物らしい影は見当たらなかった。見えるのは僅かに残った木々と、木々の残骸だけである。
巨大ワームを振り返ったが、まだ動く気配がなかった。
とにかく、馬が休める沢へ急ぐことにしたクロースとキャットは、騎馬を小走りに進ませた。
*
セラとユーキからの報告を受けたレティシアは、安堵の溜息を吐いた。
「そうか……これで数時間は稼げるか」
トルムイ山の南西側にキャンプを設営して二日。なんとか巨大ワームをメイオール村から遠ざけられているが、状況はそこで停滞していた。
あの巨大ワームは恐らく、瑠胡を狙っている――クロース曰く、確定らしいが――らしい。今は瑠胡の着物を羽織った沙羅が、キャットやクロースとともに囮となって、巨大ワームを引きつけている。
夜になれば、巨大ワームは周囲を沼地化させて、身体のほとんどを沈めてしまう。どうやら、それが睡眠の状態のようだが、一部は沼の上に出ていることが、リリンの使い魔によって目撃されていた。
ただ、遠方からの視認であるため、細部までは確認できていない。
「とにかく、夜まで頑張って貰おう。瑠胡姫が戻って、ドラゴンの姿で戦ってくれたら早いのだろうがな」
「……瑠胡姫様が、あの化け物と添い遂げてくれたら、それで終わる気もしますが」
珍しくセラが冗談交じり――だと、レティシアは感じながら首を振った。
「それは、沙羅殿も言っていたが……選ぶ権利はある、ということを言い返していたな。それに、今はランド以外は考えられんそうだ」
「べた惚れ……ですね」
「そうだな。端から聞いている分には、ただの惚気だ」
呆れ半分に口を歪めたレティシアは、セラに休憩を取るように指示を出した。
セラは一礼をして馬車へ戻ろうとしたが、周囲を見回してから、再びレティシアに向き直った。
「そういえば、リリンや従者たちが居りませんが」
「ああ。従者はメイオール村に買い出しだ。リリンは従者に同行させたついでに、瑠胡姫に食料を運ばせている」
「ああ、そうでしたか。あれから、変化はありましたか?」
「……いいや。瑠胡姫も色々と試してはいるらしい。だが、時間の流れが違うとなれば、戻って来るまでに、あと数日……いや、もしかしたら数年かかるかもしれん。そこまでは、我々とて面倒はできぬ」
「……そうですか」
そこで会話が途切れると、セラは残されている馬車へと歩き出した。
レティシアは空を見上げると、寂しげな溜息を吐いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
時間の流れが違うことについての沙羅の説明ですが……元ネタは「双子のパラドックス」です。
つまり、中の人の趣味ってことですね。実際は光の速度の宇宙船と地球での時間の流れの違いを説明したものですが……。
アニメだと昔のヤツですが、「トップを狙え」でやってました。
ただし。地球から、時間の流れが遅い船にテレポートした場合ですが。
高速で動く乗り物に、速度0の状態で乗り込むと、乗り物が動いている速度で後ろの壁に激突すると思うのですが……。
電車の急ブレーキで前の方向へ、つんのめるヤツ――の、もっと凄い版。
あれです。世界から世界の移動ですので、奇蹟か魔法的な理由で、おっけーということで。
高速で動いているわけでもないですし。
以上、趣味の時間でございました。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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