屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
45 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

二章-3

しおりを挟む
   3

 俺が気がついたとき、背中に柔らかい草の感触がした。
 周囲は薄ぼんやりと明るく、指先には岩や粘液ではなく、木の根に触れている感触がある。視界がはっきりとしてくると、寝転がった姿勢でいる俺の真上には、煌めく星空が広がっていた。
 夜空に浮かんでいる三つの満月が辺りを照らし、ともすれば夜のメイオール村よりも周囲は明るくなっていた。


「姫様、大丈夫ですか?」


 上半身を起こして周囲を見回すが、瑠胡だけでなく《白翼騎士団》の面々の姿もなかった。どうやら、ここにいるのは俺だけらしい。
 どこなんだ、ここは。
 周囲は雑草に覆われ、夜だというのに月明かりでそこそこに明るい。大体、一つしかなかった月が、三つも浮かんでいるなんて!
 もう、わけがわからない。
 俺が周囲を見回していると、どこかから笑い声が聞こえてきた。声のする方角には、灯りらしいものが見えていた。
 どうやら、誰かいるみたいだ。
 俺は雑草を掻き分けながら、灯りのある場所へと急いだ。
 声がはっきりと聞こえるまで近づくと、そこは洞窟になっていた。洞窟があるのは山ではなく、高さが三マーロン(約三メートル七五センチ)ほどの段差になった高台だ。
 俺が近寄ると、そこには三人の男たちが円形のテーブルに座って、酒を飲んでいるようだった。
 シャプロンという大きく膨らんだ白い帽子を被った、初老の男が俺に気付いた。
 毛皮のような上着に、質の良い青い絹の服を着ていることから、どこかの貴族かもしれない。


「旦那、新しい客が来ましたよ」


「ああん……?」


 酔っ払った仕草で俺を振り向いた男――いや、その顔を見るに、そいつは人間ですらなかった。
 青い肌で頭髪はなく、瞳は血のように赤かった。頭部には牛のような角を持ち、口からは鋭い牙が覗いていた。着ている黒に近い紺色のローブの袖から出ている青い手には、鋭利が爪が伸びていた。
 俺は咄嗟に長剣を抜こうとしたが、鞘からピクリとも動かなかった。


「無駄……だ、青年。俺の神域では、どんな武器も使えねぇ」


「……誰だ、あんた」


 誰何する俺に、異形の男はジョッキを置いて、両手の親指を自身に向けた。


「俺様は、アクラハイル。娯楽を司る、鬼神が一柱だ」


「……娯楽?」


 巫山戯てるのか――という俺の表情に気付いたのか、アクラハイルは二本指を左右に振った。


「疑り深いやつだ。だがな……俺様の神域に来たからには、儀式をして貰う。これに例外はない」


 アクラハイルが手を振ると、どこからともなく、テーブルの上に新たなジョッキが現れた。その奇跡の如き光景に目を丸くしていると、アクラハイルは、ほかの二人へと手を振った。


「それでは――はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」


 ほかの二人もアクラハイルに習って、音頭を取り始めた。
 妙な盛り上がりが最高潮に達したとき、アクラハイルが両手の人差し指を俺に向けた。


「はいはいっ! ランド・コールの!」


「ちょっと、いいところを見てみたい!」


 ――駆けつけ三杯! 駆けつけ三杯!


 手拍子をしながら、アクラハイルは俺にジョッキを差し出してきた。
 いやあの……突っ込みどころが多すぎて、色々と追いついていなかった。鬼神だとか神域だとか……なんか仰々しいことを言われたけど。

 目の前にいるの、ただの酔っ払いじゃないのか……?

 そんな感じに俺が呆れていると、アクラハイルは目を歯を剥くような顔で詰め寄って来た。


「おめー、俺様が注いだ酒が飲めねぇってか? ああん?」


「ああん!?」


 他の二人も鬼神と調子を合わせてきた。
 なんかその……いるわ、メイオール村の《月麦の穂亭》に、こんな客。例えば、デモス村長とか。
 俺は努めて平常を装いながら、極めて平坦な声で鬼神たちに言った。


「俺は下戸で、酒が飲めないんで。痛がることを無理矢理やらせて、自分たちだけが楽しむってのが、そっちの娯楽ってことでいいのか?」


 アクラハイルは一瞬、呆気にとられた顔をした。
 ほかの二人が少し緊張した面持ちで見守る中、いきなり破顔したと思ったら、自分のおでこをペチンッと叩いた。


「いやあ、ちょっと酔いすぎだな。確かに、嫌がる相手に無理強いをするなんざ、俺の流儀じゃねぇや。ただ、それだと儀式がな……よし、わかった。おい、なにか芸をしろ!」


「……は?」


「……は? じゃねぇだろ。おまえにだって、誰かを喜ばせるような芸の一つや千個は持ってるだろ。それを、俺たちに見せろ」


「いや、そんなこと言われても……」


 誰かを喜ばせるって、言ったって……悩む俺の脳裏に、ふと瑠胡の顔が浮かんだ。
 いや、まったく……なんでこんなときにとは、自分でも思う。ここまでになるってくると、かなりの重傷かもしれない。
 俺は小さく溜息をつくと、アクラハイルに尋ねた。


「ここ、厨房はないのか?」


「厨房……それなら、奥に行って右手だ。好きなモノを使っていいぞ」


 それは、有り難い。
 言われたとおりの場所へ行くと、様々な食べものが吊され、または置かれた厨房があった。食材はどれも新鮮で、今採れた――または肉なども解体して、切り分けたばかりといったものばかりだ。
 俺は二、三〇分ほどかけて、一品作ってみせた。茹でたジャガイモに牛酪(バター)をかけて焼いた、酒のつまみだけど。
 皿に載せたジャガイモの牛酪焼きをテーブルに置くと、鬼神と二人の男たちは、指で摘まんで口に運んだ。


「ほお……なかなかいける」


「ほむ……旨い」


 アクラハイルたちは微笑みながら、牛酪焼きを食べていく。
 酒を飲みながら、すべてを平らげたあと、アクラハイルは俺に片眉を上げてきた。


「一つ訊きたい。どうして、料理をしようと思った?」


「いや、大した理由は……ないけどさ。まあ、なんだ。俺の作ってる飯を、喜んでくれる 女性ひとがいるんで。さっき芸をしろって言われたときに、その女性の顔が思い浮かんだから……」


「ほお、おまえの女か?」


 こんな質問、普段なら答えない。だけど、アクラハイルの目を見て、声を聞いているうちに、自然と返答が口を出ていた。


「いや、そういうわけじゃ……ただ、俺にとっては、一番大事な女性かもしれないけど」


「ほほぉ。なるほどねぇ」


 アクラハイルは男たちと、見るからにスケベったらしい目を向けてきていた。しかし、すぐに真顔になると、俺の両肩を掴んできた。


「おまえ、素質があるな。俺の神官にならんか?」


「……は? いや、一介の村人に、なにをやらせようっていうんだよ。それより、ここから帰りたいんだけど、どうやって帰ればいいのか、教えてくれないか?」


「なんだ? おまえ、どうやってここに来たんだ?」


 アクラハイルに問われて、俺はここに来るまでの経緯を話し始めた。
 行方不明になったジョンさんのこと、巨大なワームみたいな化け物に追われたこと――それらを話すと、シャプロンを被った男が、唸りながら鬼神に問いかけた。


「メイオール村のジョンって、あのジョンですかね?」


「そうだろうな、ハイン父ちゃん」


「おいおい、その呼び名は勘弁しておくれよ」


 お気楽に、あっはっは――と笑うアクラハイルと男たちに、俺は顔色を変えていた。
 それはそうだろう。行方が追えなくなっていたジョンさんの手掛かりを、鬼神たちが知ってるかもしれないんだ。
 鬼神と男たちを見回しながら、俺は大きく息を吐いた。


「ジョンさんを知ってるのか?」


「恐らくな。あと、その巨大ワームっていうのも、知ってるかもしれねえ」


「本当か? 教えてくれ――あ、いや、教えてくれると助かります」


 慌てて言い直した俺に、アクラハイルは不遜な表情で、手の中にカードを出現させた。


「俺は娯楽の鬼神だ。頼み事をするなら、俺とカードで勝ってからだな。札抜きでどうだ?」


「……わかった」


 俺が頷くと、アクラハイルはにやっと笑った。


「それでは、おまえが勝ったら、俺は情報を渡す。俺様が勝ったら、これだ」


 アクラハイルは俺の右腕を突いてから、指を一本立てた。
 これは……腕か、指を寄越せってことか? 鬼神との取り引きとなれば、リスクも覚悟しなければならない、ということか。
 しかし、これでジョンさんや巨大ワームの情報が手には入るとなれば、断る手はないだろう。
 俺が頷くと、アクラハイルはカードを配り始めた。
 勝負は――俺の負けだった。


「それじゃあ、約束だ。おい、目隠しをしてやれ」


「はいよ」


 黒いターバンを巻いた男が、黒い布で俺の目を塞いだ。もう一人が、俺の右手を掴んできた。これはもしかしたら……腕か。
 命じゃないだけマシ、と考えるべき……なんだろうか。
 緊張から呼吸が速くなる。そのときを待つ――その時間が、永遠のように感じられた。


「……いくぞ」


 アクラハイルの声に、俺の心臓が跳ね上がった。
 その直後、打擲の音が響き渡った。


「いってぇっ!!」


 目と腕が解放されると同時に、俺は自分の右腕を見た――まだ、無事だった。
 俺が上げると、アクラハイルは二本の指を振って見せた。


「そんなに怯えるなって。ただの、しっぺだ」


「……は? なんだ、そりゃ」


「あのなあ……こっちはただの情報を話すだけだぜ? それも、教えたところで、なんの損もないネタだ。それに対して腕や指とか、リスクがでかすぎだろ。いいか、よく聞け。娯楽っていうのは、次がなきゃいけねぇのよ。同じ面子で、まだ遊んでこそ、娯楽の楽しさがあるんだ。
 命や財産、身体の一部もそうだが、そんなの賭けるなんざ、俺は娯楽とは認めねぇ。それはただの自分勝手か、どこか狂ったヤツだ」


 まだすべての現状を理解できていない俺に、アクラハイルはもう一度カードを見せてきた。


「というわけだ。まだ勝負はするかい?」


 にやっと笑う鬼神に、俺は無言で頷いた。
 こうなったら、徹底的にやってやろーじゃないか。テーブルに座り直すと、俺は配られるカードに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...