屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

二章-2

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   2

 俺と瑠胡を含めた《白翼騎士団》は、早朝に出発した。日が昇ったばかりの薄暗い街道は、ひんやりとした空気に包まれていた。
 薄暗い森の中では、街道とはいえ狼などの野獣への警戒が必要な筈だが、クロースが言うには付近一帯、獣の姿は皆無だという。
 なにかに怯えて息を顰めているか、逃げ出したかのどちらからしいけど……レティシアたちが見た魔物は、それほどまでに恐ろしい相手なんだろうか? 
 リリンやクロースによると、常軌を逸した姿の魔物みたいだけど……。
 これ、リリンたちじゃなければ、「そんな馬鹿な」と一笑に付していたと思う。
 トルムイ山に到着したのは、午後を少し廻ったころだ。
 昼食を食べ終え、再び移動したあと、俺は見覚えのない禿げ山に眉を顰めていた。
 この辺りに来るのは久しぶり――前に、仕事で一、二回ほど立ち寄っただけ――だが、緑豊かな場所だった気がする。
 気になるのは、山ばかりだけじゃない。周囲の森も倒木や、根っこから木が引き抜かれているような痕が目立っていた。
 馬車の横を歩いていた俺は、少し前を騎馬で進んでいたレティシアの横まで、小走りに移動した。


「レティシア、昨日もこんな感じだったのか? 記憶だと、もっと木が茂ってた気がするんだけどな」


「昨日は、ここまで酷くはなかった。きっと、あの魔物の仕業だろう。トルムイ山には、まだ半分以上も木が残っていたし、森はほぼ無傷だったからな」


「魔物が――って、一日でここまで?」


「そういうことだ。気を引き締めろ。クロース! なにか聞こえるか!?」


 クロースの《スキル》は〈動物共感〉だ。周囲の動物たちの声を聞くことができるから、こうした魔物の捜索には向いているのかもしれない。
 馬車を振り返ったレティシアに、御者台にいたクロースは首を横に振った。


「まだ、なにも感じません!」


「……そうか。引き続き警戒を頼む」


 軽くウェーブのかかった栗色の髪を揺らしながら頷くクロースだったが、そばかすのある顔には不安と恐怖の色が浮かんでいた。
 それから二時間をかけてトルムイ山を登ったが、魔物の姿は見つけられなかった。その代わり、周囲一面に粘液のようなものが残っていた。
 この粘液は……なんか見覚えがあるような。
 トルムイ山の上から周囲を見渡すと、森の反対側はまだ木がほとんど残っていた。ただ、蛇行しながら南の方角へ、木々が薙ぎ倒された痕がある。
 南……メイオール村のある方角だ。


「レティシア、どうする?」


「ヤツのあとを追うしかあるまい」


「まあ……そうなるよな」


 あの蛇行のあとを見る限り、幅だけで一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)を越えている。そんな巨大な魔物が王国内に存在するなんて、聞いたことねーぞ。
 俺たちが魔物を追い始めてから数時間が経った。黄昏時に到着した沼地で、魔物の痕跡は途絶えてしまった。
 ここは多分、ジョンさんが行方不明になった河原から、北に一時間ほどの距離だ。
 俺の記憶では、こんな場所に沼地はない。
 長剣の柄に手を添えた俺は、セラと話をしているレティシアに近寄った。


「レティシア! この沼は変だ。すぐに離れたほうがいい」


「なにが、変なんだ?」


「こんな沼地、俺は知らない。なにかイヤな予感もするし、長く留まるのはヤバイ気がする」


「気がするって……おまえが直感を当てにするなど、珍しくないか?」


「そうでもないけどな。日も暮れかけているし、早く離れよう」


 俺が急かすと、レティシアは困惑した顔でセラの反応を待った。
 その時間すらも惜しいと感じていた俺は、少し苛立ち始めていた。そこへ、馬車から顔を覗かせた瑠胡が、俺たちを手招きした。


「姫様、どうかしましたか?」


「ランド。この辺りには、奇妙な気配が漂っておる。なにかおるのか?」


「いえ。見たこともない沼地だけで――」


 言葉の途中で突然、俺たちは激しい振動に襲われた。
 地震かと思ったが、振動はかなり不規則だ。この振動が俺には、巨大なものが障害物にぶつかりながら、這いずっているように思えた。


「なにか――帰りたいって言ってる?」


 なにかの声を感知したクロースが、顔を上げた。
 次の瞬間、沼地が盛り上がった。泥の混じった水しぶきをあげながら出てきたのは、半透明の表皮を持つ、見るからに不気味な姿をした魔物だった。
 ワームという、巨大なミミズを思わせる巨躯だが、内蔵や脳がうっすらと見え隠れしている姿には、嫌悪感しか抱けない。
 頭部らしい先端部で、無秩序に漂っていた三つの目が、俺たちを見た。


「ヤバイ、逃げろ!!」


「急げ、退くぞ!」


 俺に少し遅れて、セラのかけ声が辺りに響いた。
 セラ、レティシアの順に先頭を走る騎馬に続いて、馬車が続いた。俺は咄嗟に乗り込んだ馬車の後部から、巨大なワームを見ていた。
 長さは確認できないが、高さと幅は一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)より、一回り以上は太い。
 木々を押し倒しながら、口から伸ばしている触手が木々を体内に取り込んでいた。
 ヤツの進む速度は、さして速くない。精々、全力で逃げる騎馬や馬車の半分くらいだろう。しかし、徐々に引き離されていくにも関わらず、巨大ワームは諦める素振りを見せない。


「くそ、追いかけて来てるな。なんなんだ、あいつは」


「あれは……異界の生物。この世界には存在せぬものの筈だが……なぜ、ここにおる」


「そうなんですか? 弱点とか、わかりますか?」


 俺の問いに、瑠胡は小さく頭を振った。


「残念ながら、そこまではわからぬ。だが、迂闊に斃してはならんものかもしれぬ。神や魔王の眷属である可能性もある。奴らの逆鱗に触れれば、我らもタダでは済まぬ」


 瑠胡の忠告に、俺は息を呑んだ。そこまでの魔物が相手では、牽制するのに魔術を使うわけにはいかない。
 俺は揺れに耐えながら、御者台へ首を向けた。


「クロース、ヤツの声は聞こえるか?」


「た、多分……さっきのがそうなんだけど、ちょっと内容が変わってて。なんか、その……僕のドラゴンのお嫁さんって。なんか、一目惚れっぽいんだけど……」


「ドラゴンの、お嫁さん?」


 俺は呟きながら、瑠胡を見た。幌の中にいたリリンやユーキ、女従者にフレッドも瑠胡を見ていた。
 ただ一人――瑠胡だけが、青い顔をしていた。
 瑠胡は表情の失せた顔を向けてくると、俺に言った。


「ランド……あれを斃しておくれ」


「あの、迂闊に斃せないとか言ってませんでしたっけ?」


「妾が許す。頼むから、あれを斃しておくれ」


 二度目の懇願――そう、これは懇願そのものだった――のときの瑠胡は、ちょっと半泣きっぽい顔だった。
 俺は荷台の後部へ移動したとき、リリンが「団長に洞穴へ行くように進言しておきます」と、御者台へと昇った。
 今の俺が使える最大の攻撃魔術は、瑠胡を倒したときに使った、あの光を放つやつだ。
 俺が呪文を唱えると、幌の上に光球から熱線が放たれた。真っ直ぐに突き進む熱線は、巨大ワームに命中したかに見えたが、なにか虹色の膜によって八方へと散らされてしまった。


「やはり、結界の類いで護られておるか」


 憎々しげな瑠胡の呟きが聞こえたとき、馬車は地面が緩やかな下り坂に差し掛かった。
 馬車の速度は若干増したが、それ以上に巨大ワームが加速していた。どうやら身体の重さが、下りでは有利に働いたらしい。
 一〇〇マーロン以上も引き離していたのが、下り坂になって徐々に距離を詰め始めていた。


「もうすぐ、洞穴です。到着したら、すぐに中へ逃げ込みましょう」


 リリンの指示に、俺たちは従うよりなかった。
 夜の帳が降りた洞穴に到着すると、俺たちは素早く荷台から降りた。騎馬のまま洞穴に入ったレティシアとセラのあと、俺たちも続いた。
 ただ、クロースだけは馬車から降りなかった。馬車を操って、少しでも村から遠ざかる方向へと逃げるみたいだ。
 リリンが点けた松明を頼りに、洞穴の奥へと向かっていると、激しい振動に二回ほど襲われた。
 それっきり振動が止むと、俺たちは溜まっていた息を吐くように、力が抜けていった。


「まったく、なんだよ……あれは」


 俺は身体の疲れから、最深部にあたる壁に凭れかかった。
 その途端、俺の視界は虹色をした闇に包まれた。

   *

「ランド?」


 異変に気付いたのは、瑠胡が一番早かった。リリンが持つ松明の灯りを頼りに周囲を見回すが、ランドの姿だけが見当たらない。
 遅れてランドの不在に気付いたレティシアたちが周囲を見回す中、瑠胡は最深部の壁に刻まれた模様に目を向けていた。
 微かな光の残滓が、目の前で消えていく様子に、瑠胡は苦々しい顔をした。


「……迂闊であった。神域に取り込まれたか」


 瑠胡は壁の模様に触れていた手を、固く握り締めた。
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