43 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
二章-1
しおりを挟む二章 鬼神狂宴
1
俺と瑠胡はキャットや沙羅と別れて、レティシアたち《白翼騎士団》とトルムイ山へ向かうこととなった。
合流が夕方だったこともあり、トルムイ山に到着しないまま日が暮れた。俺たちは二台ある馬車を壁代わりに、街道の脇での野営をすることになった。
瑠胡がメイオール村に来たときに野宿をしたのだが、そのときと同様、瑠胡はレティシアと食事をすると思っていた。
今回もレティシアから食事の同席を勧められた瑠胡は、俺たちの予想に反し、その申し出をやんわりと断った。
レティシア以外は、丸めた寝袋や毛布を椅子代わりにして食事を摂っている。俺の横に座った瑠胡は、木皿を膝の上に載せながら、行儀良く細かく千切ったパンを口に運んでいた。
俺はスープで頬張ったパンを飲み下してから、瑠胡の横顔を見つめた。
「こっちで良かったんですか?」
「構わぬ。妾だけ特別扱いというのは、ちと肩が凝るのでな」
パンに干し肉、シチューという質素な食事だが、瑠胡は文句を言わずに食べている。俺がフォークの先に刺した干し肉を焚き火で炙っていると、瑠胡は興味ありげに覗きこんできた。
「なにをしておる?」
「ああ、干し肉を炙ってるんですよ。ちょっと、温かいものを食べたいので」
少し炙った干し肉に、俺は齧り付いた。表面がパリパリになった干し肉を飲み込むと、温かい熱が胃の中に落ちていく感じがした。
俺が干し肉を食べるのを眺めていた瑠胡が、興味のありそうな顔で俺に干し肉を差し出してきた。
「妾のも頼んでよいか?」
「え? ああ、いいですよ」
俺は瑠胡が差し出した木皿にある干し肉をフォークで刺して、焚き火で炙った。
炙ったあとで木皿に戻すと、瑠胡は湯気の立つ干し肉を口に運んだ。ゆっくりと咀嚼してから、瑠胡は俺に向き直った。
「よい食感だのう」
「気に入って貰えたなら、なによりですよ」
俺が肩を竦めると、瑠胡はもう一つの干し肉を差し出してきた。
ここでも瑠胡のお世話なわけだが……まあ、悪い気分じゃない。
「イッチャイチャだあ……」
「えへへへ……」
俺たちを見て、クロースとユーキはそれぞれに異なる反応を見せた。
つーか、イチャイチャって言われるほどのこと……してるのかなぁ、これ。
とまあ、そんな雰囲気の食事を終えると、あとは就寝だ。
レティシアとリリン、それに瑠胡を除いた四人で、俺たちは見張りの順番を決めた。交代で寝るわけだが――俺はど真ん中の三番目になってしまった。
この順番は、意外と重要だ。四人での交代の場合、睡眠の質と時間を考えるなら、一番手と最後。二番目は夜更かし程度の辛さ。
一番辛いのは、三番手である。
中途半端に起こされて、夜明け前に寝直すことになる。翌朝の辛さは、かなりのものだ。
多数決で決まった以上、文句は言えないわけだが……フレッドが苦労する理由が、ほんのちょっとだけ、わかった気がする。
「ランド」
セラの声で、俺は眠りから覚醒した。
眠気はかなり残ってはいるが、慣れてないわけじゃない。こうした気配で即座に覚醒できなきゃ、一人で山ごもりなんか無理だし。
「……もう時間か」
「ああ。砂時計は、焚き火の前に置いてある」
「……わかった」
俺は身体を包んでいた毛布から身体を出すと、長剣を腰に下げた。
焚き火の前には、椅子代わりの毛布が置いてある。俺が焚き火の前へと歩き出すと、セラが横に並んできた。
「寝ないのか?」
「いや、寝るには寝るが……その」
少し俯きながら、セラは空気が喉に詰まったように言葉を途切れさせた。大きく息を吸ってから、やや上目遣いに俺を見上げてきた。
「この前の礼を……言いたくてな」
「礼?」
「監査役の視察のときだ。空気の攻撃から、わたしを助けてくれただろう」
「ああ、あれか」
ちょっと前のことだ。
レティシアたちの《白翼騎士団》の駐屯地に、監査役が視察に来たことがあった。
その監査役は俺と因縁のある、ゴガルンというヤツだった。ゴガルンは《白翼騎士団》を潰すために、大暴れをしたのだが――そのときセラは、ゴガルンの手下から圧縮空気による攻撃を受けていた。
俺はその手下を〈遠当て〉で気絶させている。セラが言っているのは、そのときのことだろう。
「礼なら、あの三人娘に言ってくれ。俺は、雇われただけだから」
「それもそうなんだが……それでも、礼を言っておきたかった。遅くなってしまったが……ありがとう、ランド」
「どうも。でもまあ、あまり気にしないでくれ。こっちは依頼料に長剣の修理代まで貰ったんだ。貸し借りはなし、だ」
「……そうか」
セラは微苦笑をしてから、俺に小さく手を振った。
「それでは、わたしは休むとしよう。おやすみ」
「はいはい。おやすみ」
セラと別れた俺は、丸められた毛布に座った。
周囲を警戒して耳を澄ませているが、クロースから聞いた話のとおり、虫の鳴き声すら聞こえてこなかった。
まるで虫や動物、鳥たちが消えてしまったかのようだ。現に、焚き火に羽虫すら近寄って来ない。
「まあ、快適でいいけど」
見上げれば、満天の星空が広がっていた。月は細い三日月になっているからか、星のきらめきが普段より眩しく見えた。
これは、一人で見るのは勿体ないな。
そんな考えとともに、脳裏に瑠胡の顔が浮かんだ。
背後で足音がしたのは丁度、そんなときだ。
固い木靴のような音は、もう耳に馴染んでしまった。俺がゆっくりと振り返ると、緑の着物を羽織った瑠胡が、近寄って来るところだった。
「姫様、どうしたんです?」
「いや……お主が見張りの当番かと思うてな。妾がいては、邪魔かえ?」
「そんなことないですよ。丁度、星空を姫様と見たいなって思ってたところです」
「え――?」
俺の言葉を聞いて、瑠胡の目が見開いた。
そのまま立ち竦んだかのように動かなくなった瑠胡に、俺は何度か目を瞬かせた。
「どうしたんですか?」
「……ランド。今、なにを申した?」
「なにをって……邪魔かって言われたので、そんなことないですって言いましたけど」
「そのほかには?」
「そのほか?」
俺は記憶を遡ったけど、思い出せなかった。
いや、確かになにか言った気はするんだけど、無意識過ぎて、頭の奥から出てこなかった。
しきりに首を捻る俺に、瑠胡は困ったような、それでいて少し寂しげな顔をした。
「まさか、無意識か。困ったものよのぅ……」
瑠胡は少し微笑むと、俺の隣に座ってきた。それも、肩が触れ合うギリギリの距離で。
俺が心臓をドギマギとさせていると、瑠胡は夜空を見上げた。
「見事な星々よの」
「……ええ。綺麗ですよね」
俺と瑠胡はしばらくのあいだ、星々の話に花を咲かせた。
寝返りでもしたのか、セラの寝ているところで毛布と地面が擦れる音がしたが、俺はあまり気にならなかった。
--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
土曜からのバタバタに先だって、大急ぎで打ち込んだりしてました。
ただ、アップが夜遅くなってしまい(といっても10時くらいですが)まして、久しぶりにタイマー機能を使いました。
ほんとに、バタバタするのは苦手です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
25
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる