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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
二章-1
しおりを挟む二章 鬼神狂宴
1
俺と瑠胡はキャットや沙羅と別れて、レティシアたち《白翼騎士団》とトルムイ山へ向かうこととなった。
合流が夕方だったこともあり、トルムイ山に到着しないまま日が暮れた。俺たちは二台ある馬車を壁代わりに、街道の脇での野営をすることになった。
瑠胡がメイオール村に来たときに野宿をしたのだが、そのときと同様、瑠胡はレティシアと食事をすると思っていた。
今回もレティシアから食事の同席を勧められた瑠胡は、俺たちの予想に反し、その申し出をやんわりと断った。
レティシア以外は、丸めた寝袋や毛布を椅子代わりにして食事を摂っている。俺の横に座った瑠胡は、木皿を膝の上に載せながら、行儀良く細かく千切ったパンを口に運んでいた。
俺はスープで頬張ったパンを飲み下してから、瑠胡の横顔を見つめた。
「こっちで良かったんですか?」
「構わぬ。妾だけ特別扱いというのは、ちと肩が凝るのでな」
パンに干し肉、シチューという質素な食事だが、瑠胡は文句を言わずに食べている。俺がフォークの先に刺した干し肉を焚き火で炙っていると、瑠胡は興味ありげに覗きこんできた。
「なにをしておる?」
「ああ、干し肉を炙ってるんですよ。ちょっと、温かいものを食べたいので」
少し炙った干し肉に、俺は齧り付いた。表面がパリパリになった干し肉を飲み込むと、温かい熱が胃の中に落ちていく感じがした。
俺が干し肉を食べるのを眺めていた瑠胡が、興味のありそうな顔で俺に干し肉を差し出してきた。
「妾のも頼んでよいか?」
「え? ああ、いいですよ」
俺は瑠胡が差し出した木皿にある干し肉をフォークで刺して、焚き火で炙った。
炙ったあとで木皿に戻すと、瑠胡は湯気の立つ干し肉を口に運んだ。ゆっくりと咀嚼してから、瑠胡は俺に向き直った。
「よい食感だのう」
「気に入って貰えたなら、なによりですよ」
俺が肩を竦めると、瑠胡はもう一つの干し肉を差し出してきた。
ここでも瑠胡のお世話なわけだが……まあ、悪い気分じゃない。
「イッチャイチャだあ……」
「えへへへ……」
俺たちを見て、クロースとユーキはそれぞれに異なる反応を見せた。
つーか、イチャイチャって言われるほどのこと……してるのかなぁ、これ。
とまあ、そんな雰囲気の食事を終えると、あとは就寝だ。
レティシアとリリン、それに瑠胡を除いた四人で、俺たちは見張りの順番を決めた。交代で寝るわけだが――俺はど真ん中の三番目になってしまった。
この順番は、意外と重要だ。四人での交代の場合、睡眠の質と時間を考えるなら、一番手と最後。二番目は夜更かし程度の辛さ。
一番辛いのは、三番手である。
中途半端に起こされて、夜明け前に寝直すことになる。翌朝の辛さは、かなりのものだ。
多数決で決まった以上、文句は言えないわけだが……フレッドが苦労する理由が、ほんのちょっとだけ、わかった気がする。
「ランド」
セラの声で、俺は眠りから覚醒した。
眠気はかなり残ってはいるが、慣れてないわけじゃない。こうした気配で即座に覚醒できなきゃ、一人で山ごもりなんか無理だし。
「……もう時間か」
「ああ。砂時計は、焚き火の前に置いてある」
「……わかった」
俺は身体を包んでいた毛布から身体を出すと、長剣を腰に下げた。
焚き火の前には、椅子代わりの毛布が置いてある。俺が焚き火の前へと歩き出すと、セラが横に並んできた。
「寝ないのか?」
「いや、寝るには寝るが……その」
少し俯きながら、セラは空気が喉に詰まったように言葉を途切れさせた。大きく息を吸ってから、やや上目遣いに俺を見上げてきた。
「この前の礼を……言いたくてな」
「礼?」
「監査役の視察のときだ。空気の攻撃から、わたしを助けてくれただろう」
「ああ、あれか」
ちょっと前のことだ。
レティシアたちの《白翼騎士団》の駐屯地に、監査役が視察に来たことがあった。
その監査役は俺と因縁のある、ゴガルンというヤツだった。ゴガルンは《白翼騎士団》を潰すために、大暴れをしたのだが――そのときセラは、ゴガルンの手下から圧縮空気による攻撃を受けていた。
俺はその手下を〈遠当て〉で気絶させている。セラが言っているのは、そのときのことだろう。
「礼なら、あの三人娘に言ってくれ。俺は、雇われただけだから」
「それもそうなんだが……それでも、礼を言っておきたかった。遅くなってしまったが……ありがとう、ランド」
「どうも。でもまあ、あまり気にしないでくれ。こっちは依頼料に長剣の修理代まで貰ったんだ。貸し借りはなし、だ」
「……そうか」
セラは微苦笑をしてから、俺に小さく手を振った。
「それでは、わたしは休むとしよう。おやすみ」
「はいはい。おやすみ」
セラと別れた俺は、丸められた毛布に座った。
周囲を警戒して耳を澄ませているが、クロースから聞いた話のとおり、虫の鳴き声すら聞こえてこなかった。
まるで虫や動物、鳥たちが消えてしまったかのようだ。現に、焚き火に羽虫すら近寄って来ない。
「まあ、快適でいいけど」
見上げれば、満天の星空が広がっていた。月は細い三日月になっているからか、星のきらめきが普段より眩しく見えた。
これは、一人で見るのは勿体ないな。
そんな考えとともに、脳裏に瑠胡の顔が浮かんだ。
背後で足音がしたのは丁度、そんなときだ。
固い木靴のような音は、もう耳に馴染んでしまった。俺がゆっくりと振り返ると、緑の着物を羽織った瑠胡が、近寄って来るところだった。
「姫様、どうしたんです?」
「いや……お主が見張りの当番かと思うてな。妾がいては、邪魔かえ?」
「そんなことないですよ。丁度、星空を姫様と見たいなって思ってたところです」
「え――?」
俺の言葉を聞いて、瑠胡の目が見開いた。
そのまま立ち竦んだかのように動かなくなった瑠胡に、俺は何度か目を瞬かせた。
「どうしたんですか?」
「……ランド。今、なにを申した?」
「なにをって……邪魔かって言われたので、そんなことないですって言いましたけど」
「そのほかには?」
「そのほか?」
俺は記憶を遡ったけど、思い出せなかった。
いや、確かになにか言った気はするんだけど、無意識過ぎて、頭の奥から出てこなかった。
しきりに首を捻る俺に、瑠胡は困ったような、それでいて少し寂しげな顔をした。
「まさか、無意識か。困ったものよのぅ……」
瑠胡は少し微笑むと、俺の隣に座ってきた。それも、肩が触れ合うギリギリの距離で。
俺が心臓をドギマギとさせていると、瑠胡は夜空を見上げた。
「見事な星々よの」
「……ええ。綺麗ですよね」
俺と瑠胡はしばらくのあいだ、星々の話に花を咲かせた。
寝返りでもしたのか、セラの寝ているところで毛布と地面が擦れる音がしたが、俺はあまり気にならなかった。
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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
土曜からのバタバタに先だって、大急ぎで打ち込んだりしてました。
ただ、アップが夜遅くなってしまい(といっても10時くらいですが)まして、久しぶりにタイマー機能を使いました。
ほんとに、バタバタするのは苦手です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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