40 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
一章-5
しおりを挟む5
河原まで戻った俺たちは、日が暮れるまで休憩を取ることにした。
岩や馬車に積んであったテーブルや椅子を並べて、お茶を飲んだりしているわけなんだが……こんな、調度類なんか持参するために、馬車が必要だったのか。
無駄な荷物とは思うけど、レティシアなりに瑠胡のことを気にかけたのかも知れない――と、好意的に思うことにしよう。
陶器のティーカップに満たされたお茶を一口飲んでから、瑠胡は俺たちの疑問に答え始めた。
「神域と聖域の違いは、さほどあるわけではない。強いて挙げれば、神気などにより浄化された場所が聖域、神の魂がおわす場所が神域、ということかのぅ」
「神の魂……それって、神が鎮座してるってこと?」
目を丸くするキャットに、瑠胡は静かに首を振った。
「そうではない。神の魂というのは、妾たちの解釈でな。お主らの言葉への言い換えが難しい。そうよのう……神が意識を伸ばしておる場所。神に直接、語りかけられる場所と言えば理解できるか?」
瑠胡の説明を訊いても、キャットの顔から不理解の色は拭えなかった。
しかし、しばらく視線を彷徨わせたあと、諦めたように肩を竦めた。
「言葉としての違いはわかったわ。意味はあんまりですけど」
「まあ、それも仕方あるまい。言葉が正確に理解できねば、本来の意味は伝わらぬ」
そう言われてしまうと、話は終わってしまうわけだが。俺は少し考えてから、自分なりに意味を噛み砕いてみた。
「要するに、神様がより近い場所ってことですか?」
「ほお……そのような認識でも構わぬ。それも、なんだったか……〈計算能力〉によるものか?」
「そうかも知れませんね。なんとなく、そう思ったので」
俺が肩を竦めると、瑠胡はなにが楽しいのか、柔和な笑みを見せた。俺はそう返すのが正しいのかわからなかったけど、とりあえず微笑み返すことにした。
瑠胡は扇子で口元を隠してから、神域についての説明を再開した。
「あの図だけでは、本来の意味は掴みきれぬが。夜を示す月と男を示す図が刻まれておった。あれは、神の魂と交信するのに、最適な条件を記しておるのかもしれぬ。あれ以外に、文字なども刻まれておったのかもしれぬが、あの様子では土砂に埋まってしもうたのだろう」
「なるほど。それで、夜まで待つんですね」
お茶を啜っていたユーキが、おっとりと言葉を継いだ。
女従者もお茶を飲んでいるけど、普通では、ありえない光景――のはずだ。レティシアはある程度、彼女たちを自由にさせているようだ。
そういう雰囲気だから、フレッドが割を食っているのか……なるほど。
神域――洞穴の中のことを反芻していた俺は、頭の中に一つの可能性が浮かんできた。
「姫様。その神様が、ジョンさんを連れ去ったんじゃないですか? 伝承なんかでは、そういう話もありますし」
「可能性がないとは言えぬが。ただ、あの場所に残っていた気配は、悪いものではない。悪戯に人間を攫ったりはせぬと思うが……」
瑠胡は形の良い顎に手を添えて、なにかを思い出しているような顔をした。
そんな瑠胡の様子に、キャットは腕を組んだ。
「神域とか言ってますけど。あの場所では、どんな神様を奉っているんです?」
「すまぬが、妾にもそこまでわからぬ。だが、先ほど悪いものではないと言ったが、神にも気まぐれなものがおってな。気に入ったものを連れ去って、愛玩する場合もある」
「愛玩って……ジョンって、そんなに良い男なわけ?」
「頭が薄くなり始めてる、小太りのおっさんだけど……良い男かどうかは趣味次第じゃないか?」
俺がジョンさんについて教えると、キャットは露骨に顔を顰めた。
「愛玩は……ないんじゃない?」
「いや、色々な趣味の人がいるからな。神だって、ジョンさんみたいな人が好みの可能性はあるだろ」
とはいえ。俺だって愛玩のために連れ去られた可能性は、低いって思ってる。
「まあ、そこらへんは夜になってからでいいだろ? 神域で神様と接触できないと、わからないんだしさ」
俺がキャットの追求を窘めると、それで神域についての話題は終わった。
洞穴の粘液とか、心配事は尽きないけど……とりあえず、夜までが暇だ。どうやって時間を潰そうかと、欠伸を噛み殺しながら考え始めていた。
そのとき、ユーキがやけに感心した声で瑠胡に話しかけた。
「お姫様は、神様にも詳しいんですか?」
「……そうでもなかろう。この程度のことなど、妾たちにとっては自慢にもならぬ」
瑠胡はそう言うけど、少なくとも王都では一般に知られていない知識だ。
天竜族――だっけ。彼らの持つ知識に、俺は感服していた。
「いやでも、凄い知識だと思いますよ。姫様は博識なんですね」
俺の言葉に、ピクッと少し目を見開いた瑠胡は、扇子で口元を隠した。
「ふふん。そうであろう。我らが天竜――族は、この手の知識も多く伝わっておるしの」
「そうなんですか? 俺も色々な本は読みますけど、神域なんて初めて聞きましたよ。ほかにも、そういった場所とかあるんですか?」
「そうかそうか。興味があるなら今度、魔術と一緒にその辺りも教えてやってもよいぞ」
「本当ですか? あ、ちょっと気になりますね、それ。是非、お願いします」
「ふふん。そうかそうか」
どこか声の弾んだ瑠胡は、しばらく目を細めていた。
けど、俺が頭の中で神域についての考察をしていると、瑠胡は少しだけ上目遣いになった。
「ランド」
「なんです、姫様?」
「……もっと、褒めても良いのだぞ?」
予想外の言葉に、俺は苦笑してしまった。
瑠胡は以外と、褒められ慣れていないのかもしれない。まあ、なんだ。瑠胡からの要望とあらば、俺もやぶさかではない。
ユーキや女従者が声援を送ってくる中、俺は瑠胡の持っている知識について褒め千切った。
ただキャットだけは、「やってらんない」と言わんばかりに、馬車の荷台に入ってしまった。
35
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる