39 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
一章-4
しおりを挟む4
瑠胡の意見を元に、俺たちはジョンさんたちが訪れたらしい洞穴の前に来ていた。
洞穴は、焚き火の痕があった河原から、一時間ほどの距離だ。山の麓にあるんだけど、この山の名前は……なんだっけな。
洞穴の高さは、三マーロン(約三メートル七五センチ)ほど。幅は二マーロン(約二メートル五〇センチ)くらいだ。
上辺はどこか真っ直ぐに見えるけど……もしかしたら、気のせいかもしれない。
出入り口には雑草が生い茂っているから、動物やゴブリンなどの巣になっていることもなさそうだ。
それらを思わせる足跡もない――と言っても、騎士団もここに来ているようだから、そこまで念入りに調べる必要はないだろう。
これは騎士団の面々を見下しているわけではなく、ここを調査をした彼女たちを信じている、ということだ。
こういう調査は、ここにいるキャットが得意だろうし。
洞穴の前では、女従者が松明を灯して、ユーキとキャットに手渡していた。
「それじゃあ、入りましょうか」
そういうキャットとは正反対に、ユーキは最後尾で震えていた。
先頭をキャット、次は俺、それから瑠胡。最後はユーキにしたけど……ずっと怯えてるし。
「ユーキ、なんなら変わるけど?」
「だ、大丈夫です……やっぱり怖いですけど……」
「最後尾は、ユーキに任せていいわよ。それより、早く入りましょ」
後続の俺たちを急かすように、キャットは洞穴の中に入って行った。
俺は長剣の柄に手を添えながら、瑠胡と前を進む松明の炎を交互に見ながら、そのあとに続いた。
洞穴の壁と床は、粘液のようなもので覆われていた。天井にはないけど、それはすでに滴り落ちたあとだからだ。
気をつけていれば滑ることはないけど、木で出来た高いサンダルのような履き物――下駄という名らしい――の瑠胡には、少し辛いかもしれない。
「姫様、大丈夫ですか? なんなら、俺の腕でも捕まって下さい」
「……では、喜んでそうさせて貰おう」
暗い洞穴で表情まではよく見えなかったけど、瑠胡の声はどこか普段よりも明るいように思えた。ドラゴンの一族なだけあって、暗いところでも平気なのかもしれない。
俺の左腕の袖を掴んだとき、瑠胡の体勢が崩れた。どうやら、下駄がぬめりで滑ったようだ。
俺はすぐに、瑠胡の身体を支えた。俺の足も滑りかけたけど、そこはなんとか踏ん張ることができた。
「だ、大丈夫ですか?」
「す――すまぬ。思いの外、足元が滑るのう」
瑠胡は元の姿勢に戻ろうとしたけど、足元が滑るせいか、なかなか一人で立つことができないでいた。
俺は少し抱くようにしながら、瑠胡の身体を支えた。
「これで、立てますか?」
「ふむ……なかなか、よい感じだな」
「そうですか。それじゃあ――」
「この姿勢のまま、先に向かうとしようかのう」
……へ?
俺は一瞬、瑠胡の言ったことが理解できなかった。
この姿勢って……俺が、瑠胡を抱くような姿勢でってこと?
改まって今の姿勢を意識すると、なんか恥ずかしくなってきた。重ね着してるからか、触れ合っている身体から体温を感じることはない。けど、瑠胡が頬を当てている左胸のあたりから、彼女の温かさが伝わってきている。
俺は照れてることを悟られないよう、深呼吸をしてから口を開いた。
「あの……俺が、姫様の身体に手を回すような姿勢なんですけど。それでいいんですか?」
「別に構わぬぞ? それとも妾と、このような姿勢でいるのは好まぬか?」
「いえ……そんなことは、ないんですけど」
単に恥ずかしいから、とは言えるわけもなく。俺が首を横に振ると、瑠胡から少しホッとしたような気配が伝わって来た。
前にいるキャットは、松明とは逆の手で、乱暴に後頭部を掻いていた。瑠胡が歩けるようになるまで、手間取っていることに気付いたのだろうか?
そんなキャットを余所に、瑠胡は俺の服を軽く掴んできた。
「ならば、必要以上に気にするでない。妾は……なにも気にしておらぬ」
「そ、そうですか……なら、このままで?」
「うむ。頼むぞ」
そう言って、ピッタリと身体を預けてきたんだけど……そんな瑠胡に、俺は戸惑うばかりだ。
あれ? もしかして、俺が思っているより、瑠胡に嫌われてはいないのか? この前、俺が裏切らない限り、裏切らないって言われたばかりだけど。
暗くて、瑠胡の表情は読み取れない。俺は少しだけ腕の力を強めながら、瑠胡の顔を覗き込んだ。
「この体勢がイヤなら、いつでも言って下さいね」
「そのようなこと、思うておらぬ。まったく……気にしすぎよのう。それとも妾に身体を預けられて、照れておるのか?」
「いや、その……少しだけです」
俺が三割ほど正直に答えると、瑠胡は「クス」と笑ったのが聞こえた。
それでまた顔が赤くなりかけたとき、キャットが苛立たしげな声を漏らしながら、俺たちのほうに振り返ってきた。
「ああ……もう! あんたたち、こんなときにイチャイチャするんじゃないよ。そういうのは、家に帰ってからやんな」
「いや、イチャイチャって……」
「それは申し訳なかった。以後、気をつけるとしよう」
あれ、否定……しないの?
松明に照らされた瑠胡の顔は、普段と同じ澄まし顔――ではなく、どこか夢見る乙女のように、うっとりと微笑んでいた。
そんな艶っぽい表情の瑠胡に、俺は見惚れてしまった。熱が頭の芯にまで達して、思考は真っ白だ。
きっと、俺は呆けた顔をしていたんだろう。キャットの舌打ちが聞こえてきた。
「で、そっちは?」
キャットは、あからさまに俺を睨んでいた。
どうやら、俺の返答待ちみたいだ。場を取り繕うことも考えたけど、下手に誤魔化すと、瑠胡の機嫌を損ねそうな気がするし……訳の解らない状況だから、こういった直感には従ったほうがいい。
俺はしばらく悩んでから、顔を赤らめたまま答えた。
「あの、その……すんません」
「わかればいいのよ。まったく……前回、洞窟に粘液なんかなかったし、なにが潜んでるかわからないの。油断しないで」
「わ、わかった」
俺が頷くと、キャットはまた歩き始めた。
俺は瑠胡の身体を支えるようにしながら、ゆっくりとキャットに付いていく。ふと背後のユーキを見れば、目を爛々と輝かせながら、俺たちを見ていた。
……さっきまで、怯えてると思ってたけど。恋愛ごととか大好きなんか、この子。
洞穴の一番奥に到着したのは、数分後のことだった。
岩壁はほぼ垂直で、左右に柱のような鍾乳石がある。抜け道になりそうな隙間などはなく、キャットが言っていたように行き止まりだ。
瑠胡は一番奥の壁に顔を近づけると、僅かに目を細めた。
「なるほど。やはり神域か」
「神域?」
俺の問いに、瑠胡は壁の一点を指で示した。
「神域とは、神を奉る場所。神と交信する場所のこと。ここに、三日月と男の図が刻まれておる。これが行方知れずの者を探す、手掛かりかもしれぬな。少なくとも、月夜でなければならぬのだろう」
「えっと……つまり、昼間だと手掛かりを得られない?」
「恐らく。夜まで待たねばならんだろうな」
「えっと……それなら、一度戻ります?」
先ほどまでの目の輝きが失せたユーキが、どこかホッとした顔で訊いてきた。キャットも異を唱えていないことから、ユーキと同意見のようだ。
「戻りますか」
「それがよかろう。この中で、夜まで過ごしたくはないしの」
意見が一致したことで、俺たちは洞穴から出ることにした。
夜にまた来ることになったわけだけど……あの粘液の中で、また瑠胡を支えながら歩くと思うと、ちょっとだけドキドキとしてしまう。
そんな自分に戸惑いながら、俺は河原に戻るまでのあいだに、頭を冷やすことに専念したのだった。
34
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜
赤井水
ファンタジー
クロス伯爵家に生まれたケビン・クロス。
神に会った記憶も無く、前世で何故死んだのかもよく分からないが転生した事はわかっていた。
洗礼式で初めて神と話よく分からないが転生させて貰ったのは理解することに。
彼は喜んだ。
この世界で魔法を扱える事に。
同い歳の腹違いの兄を持ち、必死に嫡男から逃れ貴族にならない為なら努力を惜しまない。
理由は簡単だ、魔法が研究出来ないから。
その為には彼は変人と言われようが奇人と言われようが構わない。
ケビンは優秀というレッテルや女性という地雷を踏まぬ様に必死に生活して行くのであった。
ダンス?腹芸?んなもん勉強する位なら魔法を勉強するわ!!と。
「絶対に貴族にはならない!うぉぉぉぉ」
今日も魔法を使います。
※作者嬉し泣きの情報
3/21 11:00
ファンタジー・SFでランキング5位(24hptランキング)
有名作品のすぐ下に自分の作品の名前があるのは不思議な感覚です。
3/21
HOT男性向けランキングで2位に入れました。
TOP10入り!!
4/7
お気に入り登録者様の人数が3000人行きました。
応援ありがとうございます。
皆様のおかげです。
これからも上がる様に頑張ります。
※お気に入り登録者数減り続けてる……がむばるOrz
〜第15回ファンタジー大賞〜
67位でした!!
皆様のおかげですこう言った結果になりました。
5万Ptも貰えたことに感謝します!
改稿中……( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )☁︎︎⋆。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

加護とスキルでチートな異世界生活
どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!?
目を覚ますと真っ白い世界にいた!
そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する!
そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる
初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです
ノベルバ様にも公開しております。
※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる