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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
一章-3
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レティシアたち《白翼騎士団》はトルムイ山へ行く途中、馬車を止めた。
鬱蒼と茂る森の中にある街道だ。国境の近くではあるが、国同士の検問からは遠い街道だ。旅人の姿はまったく見えない。
御者台にいたクロースは、周囲を見回してからキャビンにある小窓を開けた。
「団長、周囲の小鳥や獣たちが……少し変です」
「変とは? 具体的に言ってくれ」
レティシアの返答に、クロースは少し困った顔をした。
「恐怖とか警戒とかの感情が伝わってくるんですけど……その理由が、わからなくて」
「ふむ……」
レティシアは少し考えると、リリンを見た。
「魔術で、周囲の探知などはできるか?」
「できますが、少々準備が必要です」
「わかった。馬を休ませるついでに、周囲の状況を確かめよう。クロース、周囲の声は聞き続けてくれ」
「はい」
クロースは御者台の上で、精神を集中させた。鳥獣の中で、感知できるすべての生き物の声を拾おうと、額に汗を滲ませながら《スキル》の効果を広げ始めた。
しかし、周囲の生き物は声を潜めたままだ。
(なにがあったの? みんな……声を聞かせて!!)
クロースは周囲の動物たちに対し、〈動物共感〉で呼びかけ続けた。しかし、なんど繰り返しても反応はない。
まるで捕食動物が近くを通っているかのように、息を顰めているようだ。
しばらくのあいだ《スキル》で呼びかけていたクロースだったが、やがて諦めたように溜息をついた。
「団長、駄目です。周囲の動物たちからは、なんの反応もありません。多分ですけど、怯えているような気がします」
「怯えて……なにに対してだ?」
「さあ……そこまでは」
クロースからの返答に、レティシアは肩を上下させた。
その後ろには二頭立ての茶色いキャビンの馬車が、並んで停まっていた。女性の従者や二日酔いのフレッドが、昼食の準備をしている。
周囲を警戒するセラの横で、リリンは呪文を唱えていた。
少ししてリリンの魔術が完成すると、一羽の鷹が空中に現れた。鷹は騎士団の上空を旋回してから、西の方角へと飛んでいった。
「使い魔か」
レティシアが飛び去っていく鷹を目で追った。
あとはリリンからの報告を待って――と考えていたところで、レティシアはリリンに呼ばれた。
「団長、すぐ近くに人影があります。白い服を着た……女性? だと思います。どういたしましょう?」
「ふむ……クロース、リリンと馬車を守れ。セラ、私と来い。リリン、その女性はどこに?」
「はい。その、そこ……です」
リリンが右手で示す方角に、白い影があった。オロオロと辺りを見回しながら、森の中を進んでいる。
レティシアは肩を竦めると、セラを引き連れて、小走りに白い影を追いかけた。
「ああ、ここにもいない。あそこにもいない。いない、いない、どこにもいない……」
腰まである銀髪が、目を惹く女性だ。白い衣は布を身体に巻き付けるような、古い異国の装束に似ていた。
つま先はサンダル、頭には月桂樹の冠をしている。
緑色の瞳は忙しく動いているが、焦りからか、なにも見えていないような印象がある。
レティシアは銀髪の女性に近寄ると、声をかけた。
「もし。ここで、なにをしておられるのでしょうか?」
「はい? あの……え? あら? あたし?」
辺りを十数回ほど見回してから、銀髪の女性はようやく、レティシアの存在に気付いたようだ。
視線を忙しく動かす銀髪の女性に、レティシアは溜息を押し殺しながら、もう一度同じ事を問いかけた。
「ここで、なにをしておられるのでしょうか?」
「あ、あのね、ペットを探してて。とっても可愛くて、愛嬌があって、鳴き声が超プリチーな子なんですけど……見ませんでした?」
「いえ……我々は、そういうのは見ておりません。それより、この辺りは危険な動物がおります。さらに、ここ最近は魔物が徘徊しているという噂もあります」
少し脅かしてはみたものの、銀髪の女性はレティシアが呆れるほど、のんびりと怖がった。
「ええっと、そうなんですか? こわいんですね……」
「……ええ。ところで、あなたのお住まいはどちらですか? よければ我々の部下が、お送りしますが」
「ええっと……アレレカン湖の近くから」
「アレレカン湖?」
アレレカン湖は、ここから山を二つばかり超えた場所だ。
レティシアはセラと目を合わせてから、銀髪の女性に向き直った。
「そんな遠くから……貴女のペットだって、ここまでは来ないのではありませんか? もっと近所にいると思いますが」
「あら、そうかしら。こっちではないのかしら? でも、あっちかもしれないし……」
女性の言動は、どこかあやふやだ。混乱している……と見えなくもないが、それにしては、移動距離だけ考えても無茶苦茶すぎる。
レティシアは少し考えてから、手を差し伸べた。
「先ほども言いましたが、この辺りは危険です。我々が、湖まで送りましょう」
「あら……でも、それには及びません。一人で帰れますから、ご心配なく」
「いえ、しかし……」
「大丈夫です。来た道を戻るだけですから!」
ご機嫌ようと別れの挨拶をしてから、銀髪の女性は歩き出した――アレレカン湖とは正反対の方角へと。
「あの、湖は逆の方角です」
「あら、ホントに? あらら……どうして帰ろうと思ったのかしら。ああ、ペットがもっと近くにいるかもって言われたのよね。そうだったわ。それでは……どうも、ありがとう。《白翼騎士団》の団長さん」
改めて湖へと向かう銀髪の女性を見送ったあと、セラが「あっ」と声をあげた。
「どうした、セラ」
「あのご婦人……どうして団長が、《白翼騎士団》の団長だと知っていたのでしょう? 我々とは、初対面でしょうに」
セラの指摘に、レティシアは銀髪の女性が去って行った方角を振り返った。
しかしすでに、銀髪の女性の姿は見えなくなっていた。
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