38 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
一章-3
しおりを挟む3
レティシアたち《白翼騎士団》はトルムイ山へ行く途中、馬車を止めた。
鬱蒼と茂る森の中にある街道だ。国境の近くではあるが、国同士の検問からは遠い街道だ。旅人の姿はまったく見えない。
御者台にいたクロースは、周囲を見回してからキャビンにある小窓を開けた。
「団長、周囲の小鳥や獣たちが……少し変です」
「変とは? 具体的に言ってくれ」
レティシアの返答に、クロースは少し困った顔をした。
「恐怖とか警戒とかの感情が伝わってくるんですけど……その理由が、わからなくて」
「ふむ……」
レティシアは少し考えると、リリンを見た。
「魔術で、周囲の探知などはできるか?」
「できますが、少々準備が必要です」
「わかった。馬を休ませるついでに、周囲の状況を確かめよう。クロース、周囲の声は聞き続けてくれ」
「はい」
クロースは御者台の上で、精神を集中させた。鳥獣の中で、感知できるすべての生き物の声を拾おうと、額に汗を滲ませながら《スキル》の効果を広げ始めた。
しかし、周囲の生き物は声を潜めたままだ。
(なにがあったの? みんな……声を聞かせて!!)
クロースは周囲の動物たちに対し、〈動物共感〉で呼びかけ続けた。しかし、なんど繰り返しても反応はない。
まるで捕食動物が近くを通っているかのように、息を顰めているようだ。
しばらくのあいだ《スキル》で呼びかけていたクロースだったが、やがて諦めたように溜息をついた。
「団長、駄目です。周囲の動物たちからは、なんの反応もありません。多分ですけど、怯えているような気がします」
「怯えて……なにに対してだ?」
「さあ……そこまでは」
クロースからの返答に、レティシアは肩を上下させた。
その後ろには二頭立ての茶色いキャビンの馬車が、並んで停まっていた。女性の従者や二日酔いのフレッドが、昼食の準備をしている。
周囲を警戒するセラの横で、リリンは呪文を唱えていた。
少ししてリリンの魔術が完成すると、一羽の鷹が空中に現れた。鷹は騎士団の上空を旋回してから、西の方角へと飛んでいった。
「使い魔か」
レティシアが飛び去っていく鷹を目で追った。
あとはリリンからの報告を待って――と考えていたところで、レティシアはリリンに呼ばれた。
「団長、すぐ近くに人影があります。白い服を着た……女性? だと思います。どういたしましょう?」
「ふむ……クロース、リリンと馬車を守れ。セラ、私と来い。リリン、その女性はどこに?」
「はい。その、そこ……です」
リリンが右手で示す方角に、白い影があった。オロオロと辺りを見回しながら、森の中を進んでいる。
レティシアは肩を竦めると、セラを引き連れて、小走りに白い影を追いかけた。
「ああ、ここにもいない。あそこにもいない。いない、いない、どこにもいない……」
腰まである銀髪が、目を惹く女性だ。白い衣は布を身体に巻き付けるような、古い異国の装束に似ていた。
つま先はサンダル、頭には月桂樹の冠をしている。
緑色の瞳は忙しく動いているが、焦りからか、なにも見えていないような印象がある。
レティシアは銀髪の女性に近寄ると、声をかけた。
「もし。ここで、なにをしておられるのでしょうか?」
「はい? あの……え? あら? あたし?」
辺りを十数回ほど見回してから、銀髪の女性はようやく、レティシアの存在に気付いたようだ。
視線を忙しく動かす銀髪の女性に、レティシアは溜息を押し殺しながら、もう一度同じ事を問いかけた。
「ここで、なにをしておられるのでしょうか?」
「あ、あのね、ペットを探してて。とっても可愛くて、愛嬌があって、鳴き声が超プリチーな子なんですけど……見ませんでした?」
「いえ……我々は、そういうのは見ておりません。それより、この辺りは危険な動物がおります。さらに、ここ最近は魔物が徘徊しているという噂もあります」
少し脅かしてはみたものの、銀髪の女性はレティシアが呆れるほど、のんびりと怖がった。
「ええっと、そうなんですか? こわいんですね……」
「……ええ。ところで、あなたのお住まいはどちらですか? よければ我々の部下が、お送りしますが」
「ええっと……アレレカン湖の近くから」
「アレレカン湖?」
アレレカン湖は、ここから山を二つばかり超えた場所だ。
レティシアはセラと目を合わせてから、銀髪の女性に向き直った。
「そんな遠くから……貴女のペットだって、ここまでは来ないのではありませんか? もっと近所にいると思いますが」
「あら、そうかしら。こっちではないのかしら? でも、あっちかもしれないし……」
女性の言動は、どこかあやふやだ。混乱している……と見えなくもないが、それにしては、移動距離だけ考えても無茶苦茶すぎる。
レティシアは少し考えてから、手を差し伸べた。
「先ほども言いましたが、この辺りは危険です。我々が、湖まで送りましょう」
「あら……でも、それには及びません。一人で帰れますから、ご心配なく」
「いえ、しかし……」
「大丈夫です。来た道を戻るだけですから!」
ご機嫌ようと別れの挨拶をしてから、銀髪の女性は歩き出した――アレレカン湖とは正反対の方角へと。
「あの、湖は逆の方角です」
「あら、ホントに? あらら……どうして帰ろうと思ったのかしら。ああ、ペットがもっと近くにいるかもって言われたのよね。そうだったわ。それでは……どうも、ありがとう。《白翼騎士団》の団長さん」
改めて湖へと向かう銀髪の女性を見送ったあと、セラが「あっ」と声をあげた。
「どうした、セラ」
「あのご婦人……どうして団長が、《白翼騎士団》の団長だと知っていたのでしょう? 我々とは、初対面でしょうに」
セラの指摘に、レティシアは銀髪の女性が去って行った方角を振り返った。
しかしすでに、銀髪の女性の姿は見えなくなっていた。
34
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~
裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】
宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。
異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。
元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。
そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。
大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。
持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。
※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる