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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
一章-1
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一章 木霊する咆吼
1
騎士に仕える従者は、個人と個人だけでなく家と家の繋がりも強い。
それだけ主従関係が強く、互いの信頼も確立されている――訓練兵時代、俺は座学でそう学んでいた。
「ランドしゃん……聞いてます!? 騎士らんの皆さん、ことあるごとにぃ……ランドさんなら丸太も持てるのにろかぁ……僕につめらいんですぅ……」
アニスさんの依頼を、三日連続で受けたあとの夜。
俺は《白翼騎士団》の従者、フレッドに呼び出された。ベリット男爵に紹介された、あの金髪碧眼の従者だ。
ただ飯、それに瑠胡と一緒に行くという条件で、フレッドの誘いに応じたのだが……正直、断れば良かったと後悔している。
数杯のエールを飲み干し、空のジョッキが転がった酒場のテーブルに突っ伏したフレッドは、酔っ払う前から愚痴を零し続けていた。
金髪碧眼――美少年の素質は揃っているはずなのに、酒癖が凄い悪いな、こいつ。
俺が無言で蒸留水を飲んでいると、フレッドは俺に泥酔した目を向けた。
「仕事も雑用ばっかれすし。どーして、ランドさんは、みんなに頼られてんれすかぁ……」
「しらねえってば。女だらけの場所に男が入ったら、そーなるに決まってるだろ。大体、なんで女騎士団の従者になったんだよ。領主に仕えていたんだろ?」
「そりゃあ……女の子が多いほうが、いいに決まっれるじゃないれすかぁ。仲良くなれるかもしれない……わけれすし」
予想以上に、欲望まみれな理由だった。
騎士と従者は主従関係が強く、互いの信頼も確立されている――訓練兵時代に、そう学んだんだけどなぁ。
現実は、俺の想定よりも斜め上方向に突き抜けていた。
フレッドの言動に呆れた俺は、椅子の背もたれに寄りかかった。
「おまえも《スキル》はあるんだろ? もっと有効的に使ったらどうなんだ?」
「僕の《スキル》は、〈声真似〉なんですよ。聞いた声を真似するってだけなんですぅ……従者としては、なんの役にも立ちませんよぉ……」
「……あ、そ」
曖昧な返答をしてから蒸留水に口を付けた俺に、フレッドは不満げな顔をした。
「なんれ、ランドさんは飲んでないんれす? 僕の奢る酒が飲めないっていうんれす?」
「いや……俺は下戸だから」
「ほんろうれすかぁぁぁ?」
半目で顔を寄せるフレッドを手で押し返していると、右横にいた瑠胡が、酔って赤くなった顔を俺に向けてきた。
「こやつは、家でも酒を飲まぬからのう。妾だけ飲ませておるし……」
「いや、だから……俺は下戸なんですって。酒に弱いんですよ」
俺がフレッドを押しのけながら答えると、瑠胡は酔いの回った目を細めた。
「そう言っておきながら、妾に不埒なことをするつもりではあるまいな。うん?」
「そんなこと、考えてませんよ」
なんか最近、こういうからかいが増えてる気がするな……。
とにかく! 俺はただの村人で、瑠胡はドラゴンのお姫様なわけだ。迂闊に瑠胡に手を出して、
「うちの娘になにさらしとんじゃ糞ガキが! 野郎ども、出入りじゃあっ!」
なとど、ドラゴンの大群にカチコミかけられても困るし。
話題を変えないと、なんか面倒くさいことになりそうだ。俺はフレッドに、まだ行方不明になっているジョンさんのことを訊いてみた。
「それはそうと、ジョンさんの捜索はどうなった?」
俺の質問にフレッドは、一瞬だけ呆けた顔をした。きっと、質問の意味を掴めなかったんだと思う。
……コレだから、酔っ払いとは話をしたくないんだよな。
数秒待って返答がなかったので、俺はもう一度、同じ質問をした。
「ああ……ジョンさん。今日は、キャットさんとクロースさんが探しに出てましたね……結果はぁ、知りませんけれど。戻ってないなら、見つかってない……かもです」
「見つかってないって……ジョンさんの私物とかも見つかってないのか?」
「知りませんよぉ。僕は従者なので、そういった立ち入ったことは、誰も教えてくれなくてぇ……」
「あら、興味あるわけ?」
不意に、横から女の声がした。
振り向くと、赤茶けた髪色を短く切り揃えた美女が、どこか挑発的な視線を送ってきていた。挑発的といっても誘惑とか、そういう色っぽいものではない。寧ろ……敵対的なものだ。
レティシアの《白翼騎士団》に所属する、キャットだ。この名前はきっと、本名ではなく偽名だと思う。
俺と酔っ払った瑠胡の視線を受けたキャットは、丸めた羊皮紙で自分の肩を叩いた。
「これが、依頼書。クロースが推薦してたのよね。捜索の手伝い、やる?」
「まずは、そいつを見せてくれ」
俺はキャットから羊皮紙を受け取ると、内容に目を落とした。
この三日間、ジョンさんの捜索をしたが手掛かりはまるでなし。釣りをしていた筈の川岸には、焚き火の跡が残っていた。足跡を辿ってみたが、洞穴のあたりで痕跡は途絶えてしまった――と、経緯は書いてあるが、要約すると『手詰まりになったから、手助けして欲しい』ということだ。
俺は顔を上げると、丁寧に丸めた羊皮紙を返した。
「依頼料は規定通り、朝は日の出の後って条件ならって、そっちの団長殿に伝えておいてくれ。あとクロースに、あんまり買いかぶるなって言うのも追加で」
「……わかったわ」
俺に頷いたキャットは、俺たちの元から立ち去ろうとした。
それを止めたのは、瑠胡だ。
瑠胡はキャットに扇子の先を向けると、酔っ払って赤くなった顔で言った。
「待て。この依頼、妾も同行させよ」
「……それは、団長に訊かないと。多分だけど、依頼料は一人分しか出ないと思いますけど、それでもいいですか?」
「構わぬ。ただ、食料は所望したい。ランドに苦労をかけたくないのでな」
「……勝手なことを。ま、団長には訊いておきます。それじゃ」
立ち去ったキャットが見えなくなるまで待つと、俺は瑠胡に目を戻した。
「あの、姫様。本当に、一緒に来るつもりですか?」
「無論。人捜しには目が多い方がよかろう? それに神隠しとなれば、ちと気になることもあるしの」
「……神隠しって、なんです?」
「行方知れず、と申したほうがわかりよいか。ただの行方知れではなく、痕跡もないとなれば、妾の出番やもしれぬ」
話をしている間に酔いも醒めてきたのか、瑠胡の顔に冷静さが戻って来た。
俺はふと、瑠胡がここにいる――というか、この地に来た理由を思い出した。
「あ、もしかして占いとかで行き先が分かるとか――」
「阿呆」
瑠胡は短く言いながら、左手に持った扇子で俺の頭を軽く叩いた。
「出番と言うたが、手段のことではないぞ? 子細を話すと長くなるでな。そのときにわかるであろう」
ドラゴンの魔術とか、そういうものなんだろうか?
疑う理由はないし、瑠胡から協力すると言うのなら問題はないのだと、俺はそう思うことにした。
そういうことなら、明日の朝は早い。そろそろ帰ろうとしたとき、テーブルに突っ伏していたフレッドが、俺たちに淀んだ目を向けてきた。
「ランドさぁぁん……ぼくぁれすねぇ、まだ飲み足りてないれすよぉ。ま、帰らないれくらさいよぉ……」
「おま……今の話を聞いたろ。明日の仕事ができたんだって」
「……話って、なんのことれすか? そんなのどーぉでもいいから、もっろ飲みまひょうよぉ……」
フレッドが騎士団の面々に信頼されていないのは、こういうところだと思う。
そのまま目を閉じていくフレッドを残して、俺は瑠胡を連れて家に帰ることにした。
……あとの支払いは、任せた。
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騎士に仕える従者は、個人と個人だけでなく家と家の繋がりも強い。
それだけ主従関係が強く、互いの信頼も確立されている――訓練兵時代、俺は座学でそう学んでいた。
「ランドしゃん……聞いてます!? 騎士らんの皆さん、ことあるごとにぃ……ランドさんなら丸太も持てるのにろかぁ……僕につめらいんですぅ……」
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俺は《白翼騎士団》の従者、フレッドに呼び出された。ベリット男爵に紹介された、あの金髪碧眼の従者だ。
ただ飯、それに瑠胡と一緒に行くという条件で、フレッドの誘いに応じたのだが……正直、断れば良かったと後悔している。
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金髪碧眼――美少年の素質は揃っているはずなのに、酒癖が凄い悪いな、こいつ。
俺が無言で蒸留水を飲んでいると、フレッドは俺に泥酔した目を向けた。
「仕事も雑用ばっかれすし。どーして、ランドさんは、みんなに頼られてんれすかぁ……」
「しらねえってば。女だらけの場所に男が入ったら、そーなるに決まってるだろ。大体、なんで女騎士団の従者になったんだよ。領主に仕えていたんだろ?」
「そりゃあ……女の子が多いほうが、いいに決まっれるじゃないれすかぁ。仲良くなれるかもしれない……わけれすし」
予想以上に、欲望まみれな理由だった。
騎士と従者は主従関係が強く、互いの信頼も確立されている――訓練兵時代に、そう学んだんだけどなぁ。
現実は、俺の想定よりも斜め上方向に突き抜けていた。
フレッドの言動に呆れた俺は、椅子の背もたれに寄りかかった。
「おまえも《スキル》はあるんだろ? もっと有効的に使ったらどうなんだ?」
「僕の《スキル》は、〈声真似〉なんですよ。聞いた声を真似するってだけなんですぅ……従者としては、なんの役にも立ちませんよぉ……」
「……あ、そ」
曖昧な返答をしてから蒸留水に口を付けた俺に、フレッドは不満げな顔をした。
「なんれ、ランドさんは飲んでないんれす? 僕の奢る酒が飲めないっていうんれす?」
「いや……俺は下戸だから」
「ほんろうれすかぁぁぁ?」
半目で顔を寄せるフレッドを手で押し返していると、右横にいた瑠胡が、酔って赤くなった顔を俺に向けてきた。
「こやつは、家でも酒を飲まぬからのう。妾だけ飲ませておるし……」
「いや、だから……俺は下戸なんですって。酒に弱いんですよ」
俺がフレッドを押しのけながら答えると、瑠胡は酔いの回った目を細めた。
「そう言っておきながら、妾に不埒なことをするつもりではあるまいな。うん?」
「そんなこと、考えてませんよ」
なんか最近、こういうからかいが増えてる気がするな……。
とにかく! 俺はただの村人で、瑠胡はドラゴンのお姫様なわけだ。迂闊に瑠胡に手を出して、
「うちの娘になにさらしとんじゃ糞ガキが! 野郎ども、出入りじゃあっ!」
なとど、ドラゴンの大群にカチコミかけられても困るし。
話題を変えないと、なんか面倒くさいことになりそうだ。俺はフレッドに、まだ行方不明になっているジョンさんのことを訊いてみた。
「それはそうと、ジョンさんの捜索はどうなった?」
俺の質問にフレッドは、一瞬だけ呆けた顔をした。きっと、質問の意味を掴めなかったんだと思う。
……コレだから、酔っ払いとは話をしたくないんだよな。
数秒待って返答がなかったので、俺はもう一度、同じ質問をした。
「ああ……ジョンさん。今日は、キャットさんとクロースさんが探しに出てましたね……結果はぁ、知りませんけれど。戻ってないなら、見つかってない……かもです」
「見つかってないって……ジョンさんの私物とかも見つかってないのか?」
「知りませんよぉ。僕は従者なので、そういった立ち入ったことは、誰も教えてくれなくてぇ……」
「あら、興味あるわけ?」
不意に、横から女の声がした。
振り向くと、赤茶けた髪色を短く切り揃えた美女が、どこか挑発的な視線を送ってきていた。挑発的といっても誘惑とか、そういう色っぽいものではない。寧ろ……敵対的なものだ。
レティシアの《白翼騎士団》に所属する、キャットだ。この名前はきっと、本名ではなく偽名だと思う。
俺と酔っ払った瑠胡の視線を受けたキャットは、丸めた羊皮紙で自分の肩を叩いた。
「これが、依頼書。クロースが推薦してたのよね。捜索の手伝い、やる?」
「まずは、そいつを見せてくれ」
俺はキャットから羊皮紙を受け取ると、内容に目を落とした。
この三日間、ジョンさんの捜索をしたが手掛かりはまるでなし。釣りをしていた筈の川岸には、焚き火の跡が残っていた。足跡を辿ってみたが、洞穴のあたりで痕跡は途絶えてしまった――と、経緯は書いてあるが、要約すると『手詰まりになったから、手助けして欲しい』ということだ。
俺は顔を上げると、丁寧に丸めた羊皮紙を返した。
「依頼料は規定通り、朝は日の出の後って条件ならって、そっちの団長殿に伝えておいてくれ。あとクロースに、あんまり買いかぶるなって言うのも追加で」
「……わかったわ」
俺に頷いたキャットは、俺たちの元から立ち去ろうとした。
それを止めたのは、瑠胡だ。
瑠胡はキャットに扇子の先を向けると、酔っ払って赤くなった顔で言った。
「待て。この依頼、妾も同行させよ」
「……それは、団長に訊かないと。多分だけど、依頼料は一人分しか出ないと思いますけど、それでもいいですか?」
「構わぬ。ただ、食料は所望したい。ランドに苦労をかけたくないのでな」
「……勝手なことを。ま、団長には訊いておきます。それじゃ」
立ち去ったキャットが見えなくなるまで待つと、俺は瑠胡に目を戻した。
「あの、姫様。本当に、一緒に来るつもりですか?」
「無論。人捜しには目が多い方がよかろう? それに神隠しとなれば、ちと気になることもあるしの」
「……神隠しって、なんです?」
「行方知れず、と申したほうがわかりよいか。ただの行方知れではなく、痕跡もないとなれば、妾の出番やもしれぬ」
話をしている間に酔いも醒めてきたのか、瑠胡の顔に冷静さが戻って来た。
俺はふと、瑠胡がここにいる――というか、この地に来た理由を思い出した。
「あ、もしかして占いとかで行き先が分かるとか――」
「阿呆」
瑠胡は短く言いながら、左手に持った扇子で俺の頭を軽く叩いた。
「出番と言うたが、手段のことではないぞ? 子細を話すと長くなるでな。そのときにわかるであろう」
ドラゴンの魔術とか、そういうものなんだろうか?
疑う理由はないし、瑠胡から協力すると言うのなら問題はないのだと、俺はそう思うことにした。
そういうことなら、明日の朝は早い。そろそろ帰ろうとしたとき、テーブルに突っ伏していたフレッドが、俺たちに淀んだ目を向けてきた。
「ランドさぁぁん……ぼくぁれすねぇ、まだ飲み足りてないれすよぉ。ま、帰らないれくらさいよぉ……」
「おま……今の話を聞いたろ。明日の仕事ができたんだって」
「……話って、なんのことれすか? そんなのどーぉでもいいから、もっろ飲みまひょうよぉ……」
フレッドが騎士団の面々に信頼されていないのは、こういうところだと思う。
そのまま目を閉じていくフレッドを残して、俺は瑠胡を連れて家に帰ることにした。
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