35 / 276
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
プロローグ
しおりを挟む
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
プロローグ
俺――ランド・コールは自宅で夕食を作っている最中だった。
邪魔にならない程度にほったらかしにした、ヘーゼルブラウンの髪。目はブルー系だが、やや赤みが混じっているのか、光の加減では紫に見える……らしい。
今は平服に、よく手伝いに行っている店で貰った、エプロンなんかをつけている。
安いけど、そこそこ新鮮な羊の肉が手に入ったから、気合いを入れて焼いている。そして、考えていることは、一つだけ。
同居している瑠胡――天竜族とかいうドラゴンのお姫様。彼女の好みに、近づけるかどうかだ。
金銭的な理由もあって自炊しているわけだが、そんな俺の手料理を、瑠胡は文句も言わずに食べてくれる。
なら、少しでも美味しく食べて欲しい――というだけで、他意はない。ただ、瑠胡の反応を見て、味付けが好みに合っていたときの表情を見るのは、俺の密かな楽しみになっている。
「えっと……今日の味付けはどうです? 香草焼きですけど、ちょっと配分を変えてみたんですけど」
テーブルの真向かいにいる瑠胡は、異国の衣装に身を包んでいた。着物という、前合わせの服を赤、紫、青色のものを重ね着し、幅の広い銅褐色の帯で止めている。
黒髪の長髪は、黒蜜のように艶やかで、太股くらいまである。ピンクゴールドの瞳はつぶらで、白い肌は大理石以上に白く繊細だった。
美少女と美女の中間くらい――というのは、俺の贔屓目のせいだろうか。
その瑠胡が、俺に微笑んだ。
「濃すぎない味付けは、妾の嗜好に合っておるからのう。美味しく食しておるが」
「ホント……に? なら、よかった」
微笑む瑠胡を見て少し暖かい気持ちになりながら、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「なんか要望があれば、言って下さい。出来る範囲で、味付けに挑戦してみますから」
「そこまで気を使わなくともよいぞ? お主の……その、味付けはどれも悪くない。それとも――」
瑠胡は食べ終えた食器を脇に寄せてから、テーブルの上で手を軽く組んだ。
「それとも、妾に気に入られたいか?」
そう言って微笑む瑠胡に対し、俺は照れるのを誤魔化そうと咳払いをした。
「いや……その、どうせなら美味しく食べて欲しいって思っただけ……ですよ」
「ほお……? それ以外の意図がありそうな、そんな顔をしておる気もするが」
俺を検分するかのように目を細める瑠胡だったが、口元には笑みが浮かんでいた。
どこか面白がっているというか……でも、悪意は感じないんだよな。俺は「気のせいですよ」と答えてから、木製のジョッキに注いであった水を飲んだ。
ちなみに瑠胡の問いの答えだけど。正直に言えば、喜んでる顔が見たいって理由があったりする。
家のドアがノックされたのは、そんなときだ。
「ランドさん……ちょっといいかね?」
「えっと、はいはい」
俺がドアを開けると、農家を営むジョンさんの奥方がいた。ややふっくらとした体型で、頭を布で覆った、中年よりも少し上の女性だ。
農家とはいえ作物は賃金と引き替えだから、雇われの身分になるんだけど。
たしか奥方の名前は……アニスさん。
俺は、ほかに誰もいないのを確認してから、やや憔悴気味のアニスさんに視線を戻した。
「どうしたんです? こんな時間に」
「あの……うちの人が釣りに行ってから帰ってこなくて。あ、そっちは騎士団の方が創作してくれてるんだけど……明日の仕事が」
「ああ……仕事の依頼ですか。明日は今のところ仕事は入ってませんから。引き受けますよ」
俺の返答に、アニスさんは少し安堵したように、胸を上下させた。
「それじゃあ……お願いしてもいいかい?」
「もちろん。あ……旦那さん、無事だといいですね」
「ああ……ありがとうよ。それじゃあ、明日の朝一に」
「わかりました」
アニスさんが去って行くのを見送ってから、俺は仕事の前に騎士団に寄ってみようと考えていた。
ドアを閉める前に、俺は夜空を見上げた。雲が出ているのか、満天の星とは言い難いが、三分の一くらいは星が瞬いている。
――こんな田舎で行方不明、か。
どこかイヤな予感を覚えながら、俺はドアを閉めた。
--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
しれっと第二部に突入です。
実は4月上旬には、第二章も書き始めてまして……一章-2までは、ほぼ書き終わっていたんです。五月が終わるまでには二章も書き終わるかな……と、思っていたのですが。
そこで、現場移動がありまして。
現場の忙しさに書く余裕が取れず、そこからまったく進んでおりません。
6月3日の土曜日から、ゆっくりと書いていこうと思ってます。プロットは出来てますし。
お付き合い頂ければ、幸いです。ランドと瑠胡も、もうちょっとは進展させたい……なあと思ってます。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしく願いします!
プロローグ
俺――ランド・コールは自宅で夕食を作っている最中だった。
邪魔にならない程度にほったらかしにした、ヘーゼルブラウンの髪。目はブルー系だが、やや赤みが混じっているのか、光の加減では紫に見える……らしい。
今は平服に、よく手伝いに行っている店で貰った、エプロンなんかをつけている。
安いけど、そこそこ新鮮な羊の肉が手に入ったから、気合いを入れて焼いている。そして、考えていることは、一つだけ。
同居している瑠胡――天竜族とかいうドラゴンのお姫様。彼女の好みに、近づけるかどうかだ。
金銭的な理由もあって自炊しているわけだが、そんな俺の手料理を、瑠胡は文句も言わずに食べてくれる。
なら、少しでも美味しく食べて欲しい――というだけで、他意はない。ただ、瑠胡の反応を見て、味付けが好みに合っていたときの表情を見るのは、俺の密かな楽しみになっている。
「えっと……今日の味付けはどうです? 香草焼きですけど、ちょっと配分を変えてみたんですけど」
テーブルの真向かいにいる瑠胡は、異国の衣装に身を包んでいた。着物という、前合わせの服を赤、紫、青色のものを重ね着し、幅の広い銅褐色の帯で止めている。
黒髪の長髪は、黒蜜のように艶やかで、太股くらいまである。ピンクゴールドの瞳はつぶらで、白い肌は大理石以上に白く繊細だった。
美少女と美女の中間くらい――というのは、俺の贔屓目のせいだろうか。
その瑠胡が、俺に微笑んだ。
「濃すぎない味付けは、妾の嗜好に合っておるからのう。美味しく食しておるが」
「ホント……に? なら、よかった」
微笑む瑠胡を見て少し暖かい気持ちになりながら、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「なんか要望があれば、言って下さい。出来る範囲で、味付けに挑戦してみますから」
「そこまで気を使わなくともよいぞ? お主の……その、味付けはどれも悪くない。それとも――」
瑠胡は食べ終えた食器を脇に寄せてから、テーブルの上で手を軽く組んだ。
「それとも、妾に気に入られたいか?」
そう言って微笑む瑠胡に対し、俺は照れるのを誤魔化そうと咳払いをした。
「いや……その、どうせなら美味しく食べて欲しいって思っただけ……ですよ」
「ほお……? それ以外の意図がありそうな、そんな顔をしておる気もするが」
俺を検分するかのように目を細める瑠胡だったが、口元には笑みが浮かんでいた。
どこか面白がっているというか……でも、悪意は感じないんだよな。俺は「気のせいですよ」と答えてから、木製のジョッキに注いであった水を飲んだ。
ちなみに瑠胡の問いの答えだけど。正直に言えば、喜んでる顔が見たいって理由があったりする。
家のドアがノックされたのは、そんなときだ。
「ランドさん……ちょっといいかね?」
「えっと、はいはい」
俺がドアを開けると、農家を営むジョンさんの奥方がいた。ややふっくらとした体型で、頭を布で覆った、中年よりも少し上の女性だ。
農家とはいえ作物は賃金と引き替えだから、雇われの身分になるんだけど。
たしか奥方の名前は……アニスさん。
俺は、ほかに誰もいないのを確認してから、やや憔悴気味のアニスさんに視線を戻した。
「どうしたんです? こんな時間に」
「あの……うちの人が釣りに行ってから帰ってこなくて。あ、そっちは騎士団の方が創作してくれてるんだけど……明日の仕事が」
「ああ……仕事の依頼ですか。明日は今のところ仕事は入ってませんから。引き受けますよ」
俺の返答に、アニスさんは少し安堵したように、胸を上下させた。
「それじゃあ……お願いしてもいいかい?」
「もちろん。あ……旦那さん、無事だといいですね」
「ああ……ありがとうよ。それじゃあ、明日の朝一に」
「わかりました」
アニスさんが去って行くのを見送ってから、俺は仕事の前に騎士団に寄ってみようと考えていた。
ドアを閉める前に、俺は夜空を見上げた。雲が出ているのか、満天の星とは言い難いが、三分の一くらいは星が瞬いている。
――こんな田舎で行方不明、か。
どこかイヤな予感を覚えながら、俺はドアを閉めた。
--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
しれっと第二部に突入です。
実は4月上旬には、第二章も書き始めてまして……一章-2までは、ほぼ書き終わっていたんです。五月が終わるまでには二章も書き終わるかな……と、思っていたのですが。
そこで、現場移動がありまして。
現場の忙しさに書く余裕が取れず、そこからまったく進んでおりません。
6月3日の土曜日から、ゆっくりと書いていこうと思ってます。プロットは出来てますし。
お付き合い頂ければ、幸いです。ランドと瑠胡も、もうちょっとは進展させたい……なあと思ってます。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしく願いします!
30
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる