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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
四章-7
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7
事が終わったあと、ゴガルンは呻き声をあげながら痙攣していた。
両拳から、両肩の関節、左右の大腿骨を文字通り砕いた。最後は、顎への一発だ。宣言したよりも少ないが、これ以上は命を奪いかねない。
こんな状態でも気絶していないのは、敵ながら賞賛に値する。
俺が村のほうを振り返ると、覗き見していた村人たちが、一斉に物陰や家の中に隠れた。
そこで、俺は自分の姿に気づいた。俺の全身は、ゴガルンの返り血や俺自身の怪我で、相当に汚れていた。
ゴガルンを叩きのめす光景や、この姿を見たのなら、村人たちが怯えるのは仕方が無い。村人たちにとって、今の俺は飢えた狼に近しい存在なんだろう。
怯えるのは、仕方が無い。
これは、しばらく苦労するな……そんなことを思っていると、少し怒ったような顔の瑠胡が近づいていた。
俺が行った暴力行為に、弁明の余地はない。
それを解っていながら、俺の口は言い訳を探していた。
「姫様……ええっと、これは、その。ちょっとやり過ぎただけで」
もちろん、こんな言葉で誤魔化せるとは思ってない。
どんな辛辣な言葉を浴びせられるのか――と覚悟をしてると、瑠胡は折り畳んだ扇子で、俺の頭を軽く叩いた。
「阿呆。まったく……妾を心配させるでない。あのような外道、秒で倒さぬか、秒で」
「いや、その……色々と、難しい問題があったんですよ。監査役っていうのは、相当な権力を持っている訳ですし」
「それが、リリンらを頼らなかった理由かえ? それなら、なぜ妾を頼らなんだ。なにせ、妾は人間ではないからのぅ。お主らの権力問題なぞ、知ったことではない。それとも、誰も信用できぬか?」
その言葉に、俺はドキリとした。
他人を信用しすぎれば自分に油断や頼る心が芽生え、それが弱さに繋がる。これまでの人生で、俺はそう悟っていた。
自己保身や欲――そういったもので、人は容易く他者を見捨てるのだと。
俺は目を僅かに逸らしてしまったが、瑠胡は構わずに言葉を続けた。
「まったく、あまり妾を困らせるな。よいか――」
そこで言葉を切った瑠胡は、俺の顔をまっすぐに見つめてきた。
「お主が妾を裏切らぬ限り、妾も決して裏切らぬ。全天におわす神々に誓って、これだけは違えぬ。だから、もっと妾を頼るがよい」
不退転の意志を秘めた瑠胡の瞳に、俺の心臓が高鳴った。
……この展開は、俺の予想外だった。
瑠胡が口にしたことは。俺が心の底から欲していたものだ。
分別めいた思考で封印したと思っていたけど、瑠胡の言葉で解き放たれてしまった。
今までにない熱を帯びた感情が、一気に溢れだしてきた。
こんな、少年のような恋心を抱くなんて、どうかしてる。そう思ったけど、感情の波を抑えることはできなかった。
俺が真っ赤になった顔を背けると、瑠胡が怪訝そうに覗き込んできた。
「どうした?」
「いえ、その、なんでも……なんでもないです」
「そうか? しかし、その態度は気になるのぅ? 妾に話してみよ」
「それはその、勘弁して下さい」
俺と瑠胡がこんなやりとりをしていると、レティシアが駆け寄ってきた。
片手で顔を押さえた俺を見て、複雑な顔をしながら、謝罪を口にした。
「ランド……その、面倒をかけて、すまなかった」
「それなら、リリンやクロースたちに礼を言ってくれ。俺は、あいつらからの依頼を受けただけだ」
「依頼……?」
俺が頷いた直後、目を瞬かせたレティシアの元に、クロースやリリンたちが駆け寄ってきた。
「団長!」
「おまえたち……まったく、なんてことをしたんだ。監査役に乱暴を働くなど」
「そ……そう、だ……貴様たちは……全員、俺の報告、で……牢屋行き、だ」
俺の与えた傷が痛むのか、ゴガルンは顔を歪めながら、俺たちを睨み付けた。
そこで一気に静まり返った騎士団の前に、瑠胡が進み出た。
「生憎、そうはならぬ」
「その通りだ」
蹄の音に、俺たちは振り返った。
騎馬に跨がったベリット男爵が、そこにいた。その後ろには、二人の男がいる。
一人は、額の左側に水晶のようなものがある初老の男。やや痩せ形で、口髭を生やしている。
もう一人は、金髪碧眼の若い男だ。
二人とも、中々に質の良い服装をしていることから、ベリット男爵の従者なのかもしれない。
ベリット男爵は、馬上からゴガルンへと告げた。
「わたしは、ベリット・ハイント男爵。このあたりを治める領主だ。貴公が行った暴力行為は、わたしも目撃した。このことは、監査首座にも伝えておく」
しかし、この言葉にもゴガルンはどこか余裕を見せていた。
「地方領主如きが……監査役の言葉より信頼が、あると思って、いるのか」
「信頼か。もちろん、あるとも! ハイント家――この名に覚えはないか?」
「ハイント――いや……まさか」
「そのまさかだ。わたしの家系は、王家に連なるものでね。かなり下位にはなるが、王位継承権もある。貴様よりは、王家に対しする信頼も高いだろう。それに、貴様の悪事についても証拠もある」
そういえば訓練生時代の最終試験で、ハイント国王って名が出てきた気がする。
それはともかく、ベリット男爵が手を挙げると、初老の男の額から、空中へと光が放たれた。その光の中に、ゴガルンが村に向けて〈遠当て〉を放つ光景が浮かび上がっていた。
「彼は、見た物をこのような幻影として映し出す《スキル》の持ち主だ。証拠としても、これ以上のものはあるまい?
それと、もう一つ言わせてもらえば……監査首座殿は、おまえの性格を危ぶんでおられたよ。今回の監査について、わたしに情報を伝えてきたからな。おまえは秘密裏に試され、そして監査役として不適合と判断されるだろう。部下たちも含めてな」
顔を青ざめさせたゴガルンは、もう減らず口の一つも発しなかった。
悲嘆に暮れるヤツから目を離すと、ベリット男爵は下馬をした。そして瑠胡の前に跪くと、自分の胸に手を添えた。
「竜の姫君におかれましては、村人を護っていただき、感謝の言葉もございません。村での生活では、ご不便も多いことでしょう。そこで、今回のお礼も兼ねてございますが、我が屋敷にお越し下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
「ふむ……それは、一時滞在しての歓待で、違いないか?」
「いえ。そのまま滞在して頂ければ幸いでございます。わたくしめが、あなた様を御護りいたしましょう」
これは……領主自ら、瑠胡に求婚しているんじゃないのか?
胸の奥が、締め付けられるような感覚。嫉妬とか、そんなものとは比べものにならないほどの苦しみだ。
俺が固唾を呑んで、瑠胡とベリット男爵の顛末を見守った。騎士団の面々も二人を見つめているが……セラだけが時折、俺を見ていた。
瑠胡は俺を一瞥してから、ベリット男爵へと向き直った。
「そちの申し出、ありがたく思う。しかし――申し訳ないが、妾は行けぬ。この村でなければ、妾の願いは叶わぬのでな」
「それは――」
俺を見る瑠胡の視線を、ベリット男爵が目で追従した。
それから何かを察したように、苦笑いのような顔を一瞬だけ見せたベリット男爵は、瑠胡へ深々と頭を下げた。
「無粋な真似を致しました。重ね重ね、申し訳ありません」
「……謝らなくともよい。此度のことは、縁がなかったと思うが良い」
瑠胡はベリット男爵に軽い会釈を送ると、俺のところへと歩いて来た。
そんなやり取りに、俺はホッとして――そして、そんな自分に戸惑った。隣まで来た瑠胡に、俺は「良かったんですか?」と言いかけて、止めた。
「えっと……お帰りなさい?」
「なぜ疑問形になる? 妾がランドのところに戻るなど、不思議なことではあるまいに」
「いやまあ……そうかもしれませんけど」
俺は、少し照れていたかもしれない。
慌てて身体を捩った途端、左脚に激痛が走った。ゴガルンの大剣による傷が、今頃になって痛み出してきた。
俺が苦痛を堪える表情を見てから、瑠胡はいきなり自分の唇を噛み切り、人差し指で拭った。
「ちょっと姫様、なにをやって――」
驚いた一瞬の隙を突かれて、瑠胡が俺の口に人差し指を入れてきた。
俺の口から指を抜くと、瑠胡は扇子で口元を隠した。
「ゆっくり、口の中の唾液を飲み込むがよい。ゆっくりと、だぞ?」
「えっと……今のは?」
「傷を治すまじないをしておいた。今日は無理に動かすでないぞ」
「え? ああ……そういう……の、ですか」
少し呆けたままの俺に、瑠胡が少しだけ身体を寄せてきた。
そんなとき、従者を一人だけ連れたベリット男爵が、俺たちのほうへやってきた。
「少しいいかな? 今後、レティシアのたちの従者として数名が駐在する。彼もその一人だ」
金髪碧眼の青年が頭を下げると、俺は会釈で返した。
そんな俺たちと離れる際、ベリット男爵は笑顔を見せた。
「村民たちには、今回のことを説明しておく。ランド――おまえへの対応が和らぐよう、努力はしよう」
「ありがとうございます」
俺が礼を述べると、ベリット男爵は馬首を巡らした。
手綱を操る直前、男爵は俺を振り返った。
「そういえば、あの大剣は《スキル》を増幅させる魔法武具ということだ。貰っていくか?」
「いりませんよ、あんな重そうなヤツ」
これでゴガルンは、力を増幅させていたのか。どうりで、《スキル》を奪っても俺の中の《スキル》の色が濃くならなかったわけだ。
俺が首を横に振ると、ベリット男爵は従者のフレッドを連れて村へと向かった。
*
ランドと瑠胡のほうを見ていたレティシアに、セラが話しかけた。
「あの二人……なにか急接近してるようですね。領地の兵として誘うのでは?」
「……そうだな。今回は、あの姫殿に譲っておく。わたしも……反省するところがあるようだ。保身か。なかったとは、言い難い」
レティシアは。力なくセラに微笑んだ。
「ランドを誘うのは、またの機会にしよう。まったく、身勝手なのは相変わらずか」
「身勝手……ですか?」
「ああ。あいつは自分が嘘つきになるのはイヤだと言ったが、わたしが嘘つきになるのは構わんらしい」
レティシアは、最終試験のときのことを思い出していた。
『もし負けても、わたしの下働きとして雇ってあげるわよ』
そう約束したのは、嘘でも冗談でもなかった。たとえ、ランドがそれを忘れていたとしても。
レティシアは嘆息してから、騎士団の面々を見回した。
「さて、我々は監査役……だった者たちを拘束するぞ。そのあとも、やることは山ほどある。気を抜かず、努めを果たすぞ」
姿勢を正したレティシアに、《白翼騎士団》の団員たちは一斉に敬礼を送った。
事が終わったあと、ゴガルンは呻き声をあげながら痙攣していた。
両拳から、両肩の関節、左右の大腿骨を文字通り砕いた。最後は、顎への一発だ。宣言したよりも少ないが、これ以上は命を奪いかねない。
こんな状態でも気絶していないのは、敵ながら賞賛に値する。
俺が村のほうを振り返ると、覗き見していた村人たちが、一斉に物陰や家の中に隠れた。
そこで、俺は自分の姿に気づいた。俺の全身は、ゴガルンの返り血や俺自身の怪我で、相当に汚れていた。
ゴガルンを叩きのめす光景や、この姿を見たのなら、村人たちが怯えるのは仕方が無い。村人たちにとって、今の俺は飢えた狼に近しい存在なんだろう。
怯えるのは、仕方が無い。
これは、しばらく苦労するな……そんなことを思っていると、少し怒ったような顔の瑠胡が近づいていた。
俺が行った暴力行為に、弁明の余地はない。
それを解っていながら、俺の口は言い訳を探していた。
「姫様……ええっと、これは、その。ちょっとやり過ぎただけで」
もちろん、こんな言葉で誤魔化せるとは思ってない。
どんな辛辣な言葉を浴びせられるのか――と覚悟をしてると、瑠胡は折り畳んだ扇子で、俺の頭を軽く叩いた。
「阿呆。まったく……妾を心配させるでない。あのような外道、秒で倒さぬか、秒で」
「いや、その……色々と、難しい問題があったんですよ。監査役っていうのは、相当な権力を持っている訳ですし」
「それが、リリンらを頼らなかった理由かえ? それなら、なぜ妾を頼らなんだ。なにせ、妾は人間ではないからのぅ。お主らの権力問題なぞ、知ったことではない。それとも、誰も信用できぬか?」
その言葉に、俺はドキリとした。
他人を信用しすぎれば自分に油断や頼る心が芽生え、それが弱さに繋がる。これまでの人生で、俺はそう悟っていた。
自己保身や欲――そういったもので、人は容易く他者を見捨てるのだと。
俺は目を僅かに逸らしてしまったが、瑠胡は構わずに言葉を続けた。
「まったく、あまり妾を困らせるな。よいか――」
そこで言葉を切った瑠胡は、俺の顔をまっすぐに見つめてきた。
「お主が妾を裏切らぬ限り、妾も決して裏切らぬ。全天におわす神々に誓って、これだけは違えぬ。だから、もっと妾を頼るがよい」
不退転の意志を秘めた瑠胡の瞳に、俺の心臓が高鳴った。
……この展開は、俺の予想外だった。
瑠胡が口にしたことは。俺が心の底から欲していたものだ。
分別めいた思考で封印したと思っていたけど、瑠胡の言葉で解き放たれてしまった。
今までにない熱を帯びた感情が、一気に溢れだしてきた。
こんな、少年のような恋心を抱くなんて、どうかしてる。そう思ったけど、感情の波を抑えることはできなかった。
俺が真っ赤になった顔を背けると、瑠胡が怪訝そうに覗き込んできた。
「どうした?」
「いえ、その、なんでも……なんでもないです」
「そうか? しかし、その態度は気になるのぅ? 妾に話してみよ」
「それはその、勘弁して下さい」
俺と瑠胡がこんなやりとりをしていると、レティシアが駆け寄ってきた。
片手で顔を押さえた俺を見て、複雑な顔をしながら、謝罪を口にした。
「ランド……その、面倒をかけて、すまなかった」
「それなら、リリンやクロースたちに礼を言ってくれ。俺は、あいつらからの依頼を受けただけだ」
「依頼……?」
俺が頷いた直後、目を瞬かせたレティシアの元に、クロースやリリンたちが駆け寄ってきた。
「団長!」
「おまえたち……まったく、なんてことをしたんだ。監査役に乱暴を働くなど」
「そ……そう、だ……貴様たちは……全員、俺の報告、で……牢屋行き、だ」
俺の与えた傷が痛むのか、ゴガルンは顔を歪めながら、俺たちを睨み付けた。
そこで一気に静まり返った騎士団の前に、瑠胡が進み出た。
「生憎、そうはならぬ」
「その通りだ」
蹄の音に、俺たちは振り返った。
騎馬に跨がったベリット男爵が、そこにいた。その後ろには、二人の男がいる。
一人は、額の左側に水晶のようなものがある初老の男。やや痩せ形で、口髭を生やしている。
もう一人は、金髪碧眼の若い男だ。
二人とも、中々に質の良い服装をしていることから、ベリット男爵の従者なのかもしれない。
ベリット男爵は、馬上からゴガルンへと告げた。
「わたしは、ベリット・ハイント男爵。このあたりを治める領主だ。貴公が行った暴力行為は、わたしも目撃した。このことは、監査首座にも伝えておく」
しかし、この言葉にもゴガルンはどこか余裕を見せていた。
「地方領主如きが……監査役の言葉より信頼が、あると思って、いるのか」
「信頼か。もちろん、あるとも! ハイント家――この名に覚えはないか?」
「ハイント――いや……まさか」
「そのまさかだ。わたしの家系は、王家に連なるものでね。かなり下位にはなるが、王位継承権もある。貴様よりは、王家に対しする信頼も高いだろう。それに、貴様の悪事についても証拠もある」
そういえば訓練生時代の最終試験で、ハイント国王って名が出てきた気がする。
それはともかく、ベリット男爵が手を挙げると、初老の男の額から、空中へと光が放たれた。その光の中に、ゴガルンが村に向けて〈遠当て〉を放つ光景が浮かび上がっていた。
「彼は、見た物をこのような幻影として映し出す《スキル》の持ち主だ。証拠としても、これ以上のものはあるまい?
それと、もう一つ言わせてもらえば……監査首座殿は、おまえの性格を危ぶんでおられたよ。今回の監査について、わたしに情報を伝えてきたからな。おまえは秘密裏に試され、そして監査役として不適合と判断されるだろう。部下たちも含めてな」
顔を青ざめさせたゴガルンは、もう減らず口の一つも発しなかった。
悲嘆に暮れるヤツから目を離すと、ベリット男爵は下馬をした。そして瑠胡の前に跪くと、自分の胸に手を添えた。
「竜の姫君におかれましては、村人を護っていただき、感謝の言葉もございません。村での生活では、ご不便も多いことでしょう。そこで、今回のお礼も兼ねてございますが、我が屋敷にお越し下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
「ふむ……それは、一時滞在しての歓待で、違いないか?」
「いえ。そのまま滞在して頂ければ幸いでございます。わたくしめが、あなた様を御護りいたしましょう」
これは……領主自ら、瑠胡に求婚しているんじゃないのか?
胸の奥が、締め付けられるような感覚。嫉妬とか、そんなものとは比べものにならないほどの苦しみだ。
俺が固唾を呑んで、瑠胡とベリット男爵の顛末を見守った。騎士団の面々も二人を見つめているが……セラだけが時折、俺を見ていた。
瑠胡は俺を一瞥してから、ベリット男爵へと向き直った。
「そちの申し出、ありがたく思う。しかし――申し訳ないが、妾は行けぬ。この村でなければ、妾の願いは叶わぬのでな」
「それは――」
俺を見る瑠胡の視線を、ベリット男爵が目で追従した。
それから何かを察したように、苦笑いのような顔を一瞬だけ見せたベリット男爵は、瑠胡へ深々と頭を下げた。
「無粋な真似を致しました。重ね重ね、申し訳ありません」
「……謝らなくともよい。此度のことは、縁がなかったと思うが良い」
瑠胡はベリット男爵に軽い会釈を送ると、俺のところへと歩いて来た。
そんなやり取りに、俺はホッとして――そして、そんな自分に戸惑った。隣まで来た瑠胡に、俺は「良かったんですか?」と言いかけて、止めた。
「えっと……お帰りなさい?」
「なぜ疑問形になる? 妾がランドのところに戻るなど、不思議なことではあるまいに」
「いやまあ……そうかもしれませんけど」
俺は、少し照れていたかもしれない。
慌てて身体を捩った途端、左脚に激痛が走った。ゴガルンの大剣による傷が、今頃になって痛み出してきた。
俺が苦痛を堪える表情を見てから、瑠胡はいきなり自分の唇を噛み切り、人差し指で拭った。
「ちょっと姫様、なにをやって――」
驚いた一瞬の隙を突かれて、瑠胡が俺の口に人差し指を入れてきた。
俺の口から指を抜くと、瑠胡は扇子で口元を隠した。
「ゆっくり、口の中の唾液を飲み込むがよい。ゆっくりと、だぞ?」
「えっと……今のは?」
「傷を治すまじないをしておいた。今日は無理に動かすでないぞ」
「え? ああ……そういう……の、ですか」
少し呆けたままの俺に、瑠胡が少しだけ身体を寄せてきた。
そんなとき、従者を一人だけ連れたベリット男爵が、俺たちのほうへやってきた。
「少しいいかな? 今後、レティシアのたちの従者として数名が駐在する。彼もその一人だ」
金髪碧眼の青年が頭を下げると、俺は会釈で返した。
そんな俺たちと離れる際、ベリット男爵は笑顔を見せた。
「村民たちには、今回のことを説明しておく。ランド――おまえへの対応が和らぐよう、努力はしよう」
「ありがとうございます」
俺が礼を述べると、ベリット男爵は馬首を巡らした。
手綱を操る直前、男爵は俺を振り返った。
「そういえば、あの大剣は《スキル》を増幅させる魔法武具ということだ。貰っていくか?」
「いりませんよ、あんな重そうなヤツ」
これでゴガルンは、力を増幅させていたのか。どうりで、《スキル》を奪っても俺の中の《スキル》の色が濃くならなかったわけだ。
俺が首を横に振ると、ベリット男爵は従者のフレッドを連れて村へと向かった。
*
ランドと瑠胡のほうを見ていたレティシアに、セラが話しかけた。
「あの二人……なにか急接近してるようですね。領地の兵として誘うのでは?」
「……そうだな。今回は、あの姫殿に譲っておく。わたしも……反省するところがあるようだ。保身か。なかったとは、言い難い」
レティシアは。力なくセラに微笑んだ。
「ランドを誘うのは、またの機会にしよう。まったく、身勝手なのは相変わらずか」
「身勝手……ですか?」
「ああ。あいつは自分が嘘つきになるのはイヤだと言ったが、わたしが嘘つきになるのは構わんらしい」
レティシアは、最終試験のときのことを思い出していた。
『もし負けても、わたしの下働きとして雇ってあげるわよ』
そう約束したのは、嘘でも冗談でもなかった。たとえ、ランドがそれを忘れていたとしても。
レティシアは嘆息してから、騎士団の面々を見回した。
「さて、我々は監査役……だった者たちを拘束するぞ。そのあとも、やることは山ほどある。気を抜かず、努めを果たすぞ」
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元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。
そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。
大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。
持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。
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